兄の行方 ヴァルベル視点
「ヴァルベル……」
呼ばれて視線だけ動かす。
「ここで間違いないか? だが……」
そう言いよどんだアンドルーは天井を見上げる。
はるか高い場所にある複雑な模様が組まれた天井、真ん中に美しいステンドグラスがあり、色とりどりの光が落ちて来る、そう、まるで、神が姿を現そうとするかのように。
「ここだ」
俺は断言し、歩みを進める。
アンドルーも観念したのか同時に歩き出した。
まっすぐに祭壇に向けて歩き、そこで一人祈りをささげる白い装束の男に近づく。
ふと、祈りが途切れ、そしてゆっくりと振り向いた男は、真顔で口を開いた。
「教会に何の用だ? ヴァルベル」
「ラーシュ、聞きたいことがある」
「ふむ、今祈りの最中なのだが」
「知ってる」
「まあ、見ればわかるよね」
男は右目にかけた片眼鏡の位置を直した。
青く鋭い目が俺をとらえ、そして長いため息となった。
「じゃあ、そこに座ってて」
俺たちは指示に従い、一番前の席に座り彼の祈りを見つめた。
美しい所作で祈る彼はラーシュ・ブルゴー。ブルゴー侯爵家の次男だ。早くから教会で神に身を捧げている、おそらくは次代の神殿長だろう、そう誰もが思っている人物。
彼は俺の学園時代の友人の1人だ。
「待たせたね、ヴァルベル、そして……」
ようやく祈りが終わり、ゆっくりと近づいてきたラーシュは、アンドルーを見つめた。
本来なら目を合わすことさえ不敬になる、侯爵家のおぼっちゃんだ、アンドルーは少々焦っているようだが、ここは教会。
神の名のもと、一応、人間界の身分の差は関係ない。
まあ、一応……だが、
「アンドルーという、俺の部下だ」
「そうか、アンドルーよろしく頼みますよ。このわがまま者を」
「俺をそう呼ぶな」
「だって、君はいつだって自分のことしか考えないじゃないか」
そういって、気さくに笑う。
「で、久しぶりだね、今日は何の調べもの?」
ラーシュは、俺の育ての親が新聞屋で、俺が情報屋をしていることを知っている。
「時間もないだろうし、居心地が大変悪いので、率直に聞くが」
「ん、色々と言いたいことはあるけど、いいよ。なに?」
ラーシュは面白そうに俺の横に座った。
焚きしめられた香の匂いがした。
「オベール家の長男のことだ」
ラーシュは右眉を上げた。
「ほう。オベール家」
「知らないとは言わせないよ」
オベール家は信心深く、毎週末教会に通っていた、少なからず寄付もしている。
「ああ、それはもちろんだよ、あんなことになってしまって、気の毒だ」
表情に憂いをしのばせるが、彼は実際何も感じていないことを俺はよく知っている。
「わざとらしく心配している風を装うな、そういうのはいい」
「あはっ 君らしいね、ヴァルベル」
青い目にきつい光が宿った。
「じゃあ、なにが聞きたい」
「長男の行方だ」
「行方、ねえ」
ラーシュは目をそらし、ふうと息を吐いた。
「教会は助けを求めるものを一時保護するだろう?」
「皆さん、そう思うみたいですね、ヴァルベル以外にもそう思う連中がね、もうすでに何組か……」
そういって困ったように手のひらを上に向けてポーズを取った。
「来たか?」
「ええ、追い返したが」
「信者を守ったか?」
「……そうじゃあない、ここにはいないからね」
「だが、あの家の長男を抱えた道化を見たという証言があるんだよ、ラーシュ」
ラーシュは片眼鏡を指で直し、そして立ち上がった。
「ヴァルベル、こちらへ、ああ、アンドルーさんはそこで」
アンドルーは浮かしかけた腰をもう一度おろし、小さく「はい」と答えた。
俺はアンドルーの肩をポンと叩き、ラーシュと共に神殿の奥に繋がる扉をくぐった。
◇
あたりが暗くなり、彼女の部屋の明かりがともった。
あの部屋は俺がこの家に預けられてから過ごした場所だ、他にも部屋はあるが、母はあの部屋を彼女に与えた。
あの窓からは、街の商業区の一端が見渡せる。
母は、幼い俺を腕に抱き、町を見ながらいつも言った。
『よく御覧なさい、人々の営みを、しっかりと。あなたも私も、帰るべきところはここ。ここは懐が深いわ。誰でも受け入れてくれるのよ』
優しいあたたかな腕の中、幼い俺に母の言葉が理解できようはずもなく、いつの間にか眠ったものだ。
母は、彼女にも同じことを感じてほしかったのだろう。
行き場所がないと、絶望したりなど、しないように。
俺は勝手知ったるかつての自室の窓を叩いた。
音に気付いた彼女は振り向いて目を丸くする。
それはそうだろう、ここは3階だ、普通窓から誰かが自分を呼んだりはしない。
彼女は一瞬固まったのち、窓に走り寄り鍵をあけた。
俺は窓を押し上げ、そしてするりと部屋に降りた。
「すまない、こんなところから」
「い、いえ」
彼女の紅色の頬は可愛らしく色づき、恥ずかしそうに下を向いた。
「あの、どうかなさいましたの? どうして窓から? 玄関からいらっしゃればいいのに、だってご実家なのですし」
その通り過ぎて、何も言えない。
「ああ。俺は昔から自室にはこうして入っていたものでね」
「まあ、変わってらっしゃるわ」
彼女は春風のように微笑んだ。
「君に、話しておきたいことがある」
「何でしょうか?」
「君の兄のことだ」
「え……」
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