占い師
夕食後、ロゼと私はサンルームで気楽な会話を楽しんでいた。
サンルームから見える中庭は、ランプで彩られ、ぼわっと景色が浮かんでいるようだ、とても美しい。
「ねえ、リリアーネ」
昨日から、マダムもロゼも私をそう呼ぶようになった。
間違えて、『スティア』と呼ばないよう普段からそうしたほうが良いと、そうビュフェ子爵に注意をうけたのだ。
「どうしたの?」
私は笑顔でこたえる。
水色の髪をふたつにして、軽く結わえ、丸眼鏡をかけたロゼはとても愛らしい。
髪色に合う深緑のワンピースに、アイボリーのカーデガン、すごくすてきだ。
彼女はとてもセンスが良いと思った。
「ねえ、コンソラータ様が今年もいらっしゃるわ」
「え?」
「一緒にみてもらいましょう? 予約を入れなくてはね!」
「ねえロゼ、コンソラータ様って?」
「え、うそ、ご存じないの?」
ロゼは目を丸くしたが、私はその名にまったく心当たりがなく困ってしまう。
「占い師よ、それはもう、ものすごい美貌の……あ、でもリリアーネあなたのほうが綺麗かもしれないわ」
「ちょっとまって、最後のその言葉は余計だわ」
私たちは笑いあった。
「でも、占い師だなんて……そんなに有名な方なの?」
「ええ、王室の方もお忍びでお呼びになるとも聞くわよ」
「……王室の方って、王妃様かしら」
「おそらくそうよ、だって姫はまだ幼いしね、でも案外、陛下かもしれないわ」
「まあ……その可能性もあるわね」
こんな風に笑いあって友と語り合うのはほんとうに久しぶりだ。
「だけど私、外には絶対に出るなって言われているのよ?」
「あら、呼べばいいのよ。貴族はだいたい自宅に招くんだから」
「そうなの?」
「そう、だから予約しておくわ。母も好きなのよ。ああ見えて」
私たちは口に手をあててくすくすと笑いあう、マダムにもそんな一面があったなんて、なんだかかわいらしい。
「どんな方なのか、楽しみだわ」
「ええ、占いもだけど、私はコンソラータ様のあのお顔を近くで見れるだけで胸がいっぱいになるのよ」
頬を紅潮させてうっとりとするロゼ、まるで恋しているように見える。
「でも、そこまで人気だと予約も取りずらいでしょうし、お値段も張るのでしょうね」
前までは考えもしなかった物の値段。
今は手持ちがほぼ無いのだ、そこはやはり気になる。
「ああ、支払いなんて気にしないで、父に付けるわ」
ロゼは片目を瞑っていたずらっぽく微笑んだ。
「なにしろ母だって楽しみにしているんだもの」
「そうだったわ、マダムもお好きなのだった」
「……あ」
ロゼがいきなり固まった、私は面食らって同じように無言になってしまう。
「ねえ……そういえば……」
「どうしたのよ、ロゼ、なんだか怖いわ」
「あのね、昨年見てもらった時、母も私も言われたことを思い出したの」
「どんな内容だったの?」
「……えっと」
言いよどんで、ちょっと困った顔になったロゼをじっと見つめる。
やがて、彼女は口を開いた。
「家族が増えるって」
すぐには言葉が出なかった。
◇
その日はすぐにやってきた。
ロゼが予約をいれようと連絡を取ると、計ったように「本日いますぐなら」と使者に答えを託してきたという。
そんなことはありえないこと、ロゼはほぼ叫ぶようにしてマダムのもとに走ってきて、「みっともない」とお叱りをうけるほどだった。
「だけど、そう、幸運ね。どなたかの予約が取り消されたのかもしれないわね」
「ええ、きっと、たまたま空いてたのでしょうね!」
ロゼは元気いっぱいだ。
二つに結わえた水色の髪を跳ねさせて、うんうんとうなずく。
「それでもう、来てくださるようにお返事はしたのね?」
「ええ、今日はたまたまサロンもないし大丈夫でしょう?お母様」
「わかったわ、ではお迎えの準備をしましょうね、リリアーネあなたも手伝ってね」
表情を乱さず、完璧な淑女の立ち居振る舞いを見せるマダムは、それでも少しいそいそと応接間の準備をする。
昼間なのでまだメイドがいる。
通いの彼女たちは平民で、このあたりに家があるのだという。
彼女らもまた、マダムのしつけで完璧な礼儀を身につけていて、甘やかされて育つ貴族の娘よりも立ち姿などは美しいのでは?とさえ思う。
「ああ、そこにお花を置きましょう、あの方はお花がお好きよ」
螺旋に巻いた細く長い花台に、白い陶器の花器が置かれる。
私はそこにメイドが持ってきた花を入れていく。
気品高い白いダイヤモンドリリー、それを中心にしてトライアングルスタイルに生けていった、私の助手をするメイドはため息をついた。
「お嬢様、お見事でございますね」
彼女らには私のことを遠くの親戚だと伝えてあるようで、私のこともロゼと同じようにお嬢様と呼んでくれる。
本来なら、そんな風に呼んでもらえるような立場ではないのだけれど。
メイドは切り落とされた茎や葉を片づけると、テーブルのセッティングに取り掛かる。
マダムはテーブルセンターに薄桃色のジャガード織を置くように指示し、その上に先ほどと同じ花で生けた小さなアレンジを置いた。
そしてお茶や菓子の指示をてきぱきとこなす。
瞬く間に準備が整い、私たちはそれぞれの部屋に戻り着替えをした。
私はいつか二人が買ってきてくれたワンピースの中から水色のものを取り出した。
肩から胸にかけて繊細なレースで彩られ、丸く開いた衿ぐりには小さなリボンがついている。
私に何が似合うのか、きっと二人であれこれと考えて選んでくれたもの。
胸がきゅっと痛くなった。
私はそれに袖を通し、ウエストベルトを締める。
今はこうやって、ゆるいシルエットの服をウエストで締めるスタイルが流行っているのか? とも思ったけれど、それはおそらく違う。
全てをあつらえで作る高位貴族とは違って、市井で暮らす人々は、こうやって服のサイズに幅を持たせ、ある程度誰にでも似合うよう作られるものなのだろう。
その工夫を好ましいものと私は思う。
鏡の中の自分を確認する。
飾り気のない鏡の中に映る私はすこし良いところのお嬢さんといった感じだ。
伯爵家の長女であったかつての私ではない。
そう、これでいいのだ。
……お父様、お母様、私……なんとしても生きていくわ、見ていてください。
そっと微笑んで、鏡のカバーをおろした。
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