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やさしさ

 私はとっさに言葉が出ず、じっと見つめ返すしかできなかった。

しかし、となりのヴァルベルが口を開いた。


「ジャクロン卿、私の友人にも同じ髪色、瞳の色の女性が何人いることか」


そういって微笑んだ。

思わずヴァルベルを振り返ると、軽くうなずいて、そして、もう一度手をポンポンとしてくれた。

そのあたたかな手に、心が落ち着いていく。


「そうか、そうだな……私としたことが、感傷的になりすぎましたな、うら若い女性を困らせてしまったようだ、すまなかったね」

「い、いえ……そんなことは」


ようやく出せた私の返事に、ジャクロン氏は優しくうなずいた。


 その後も静かに対談は続き、私はしどろもどろになりながらも、懸命に書記をつとめた。

ジャクロン氏は帰り際、振り向いて私にこう言った。


「がんばりなさい、きっと報われる時がくるよ」







 私は渡り廊下をヴァルベルと共に歩いて屋敷へと戻る。


 新聞社の夜は遅く朝は早い、だが、私は腰掛のようなもので、ほんの数時間、ビュフェ子爵の呼び出しがある時だけ用事をしに通うこととなるらしい。


はじめから役に立てるとは思っていなかったが、自分の能力の低さ、気の利かなさにうんざりしてしまった。


こんな調子で、私は今後、どうやって一人で身を立てるのか。

伯爵令嬢であったならば、当然両親の勧めの元結婚し、どこかの夫人として家を切り盛りしただろう。

実際に2年前ぐらいから、縁談の話はいろいろとあった。


しかし今は、単なるスティア。

もう、何者でもない、何もできないスティアだ。

しかも、名すら、自分のものは使えない。


「何を考えている?」


そろそろ夕暮れに差し掛かろうとする時間、少し傾き始めた日差しで、逆光となったヴァルベルは、憂いのこもった視線で私を見ていた。


「いえ、その……なんでもないです」


恥ずかしくて下を向く。

この人を直視すると、どうにもむずがゆい。


「誰もいないときは、君をスティアと呼ぶよ、きっと君はそうしてほしいだろう」


私は思わず足を止め、背の高いヴァルベルを見上げた。


「ええ、そうですね、でも、リリアーネに慣れないといけませんから、私、本名は危ないって聞いているのです」

「ああ、そうだな、だが、誰もいない場所ならいいじゃないか、スティア」


瞬間、涙が流れた。

スティア、そう私を呼んでくれた彼の気持ちがうれしくて。


「……っ」


慌てた彼はポケットからチーフを取り出し私に押し付けた。


「泣き止んでくれないか? 俺、ロゼに殺されるかも」

「まさか!」


泣き笑いになった私に、ヴァルベルも優し気に微笑んだ。


「今日のようなことは今後もあるだろう」

「というと?」

「オベール家のことを人づてに聞いてしまうことだ。今日のあれはおそらく社長の試しだ、泣き出したり部屋を出ていくようならば、仕事は手伝えないからな」

「……ええ、お恥ずかしいです。子供のように動揺してしまって」

「いや、わかるよ、まだ日が浅い、無理をせず休んでいていいと思うのだが」

「ですが、私、何のゆかりもないのにこんなにお世話になっているのです、すこしぐらいお役に立ちたいのです」


ヴァルベルはフゥとため息をついた。


「そうか」


そしてまた歩き出した。

館に戻ればエプロンをつけ、台所仕事だ。

今夜はきっとヴァルベルもいる……おいしいものを食べてもらいたい、そう思った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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