条件
一日中泣いてばかり、というわけではなくなった。
そうなってくると、行方が知れないという兄のこと、そして他人の家に厚かましくも居座っている自分の状況がどうしたって気になってくる。
私は今日も窓に肘をついて外を眺めた。
この部屋からは、商店が連なる街が良く見えた。
4階5階まである細長い建物に、道を挟む渡り廊下があったり、ベランダにテーブルセットが置かれ、カフェとして営業していたり、人々の行き交う様子はにぎやかで、かなりの人出だ。
これまで、学園、そして買い物なども馬車に揺られ、玄関から玄関にという生活だった。
こんな風に人々の営みをじっと見つめたことも、また……考えたこともなかった。
そして私は気づく。
その街並みのどこかに、黒づくめのあの人がいないかと、いつの間にかあの姿を追い求めていたことに。
自分が恥ずかしくて、街から目を離して手元を見た。
フゥとため息をついて、そして、便箋を取り出す。
ロゼから渡されたそれは、青い小さな花が四方に描かれた美しいもの、右下にあるのは有名なグリーティングカードの店の名。
私もかつて、そこに私だけのデザインのあれこれを発注していた。
もうこれからは、こういったものも手に入らないのかもしれないと思うと、世界から私だけが置いて行かれたような気になってしまう。
マダムは、匿名で叔母に手紙を届けておくから、一筆書いておいてと私に伝えた。
書いてはいけないことは、私の名と、今いる場所、そして、状況。
つまり、元気です、と、一言で良いと、言われている。
私はあの借金取りたちに探されている、とても危ないのだという。
ならば、私が元気だということさえも、叔母に伝えてしまうことだって、叔母にとっては良くないことかもしれない。
巻き込みたくなかった。
母の年の離れた妹である、叔母、彼女は私にとっては姉のような存在でもあった。
厳しい母と違って、柔らかな叔母の姿を心に思い描き、会いたいと心から思った。
でも……だからこそ。手紙なんて出してはだめだと、そう感じた。
「やっぱり、やめましょう」
私は机の引き出しに、便箋をしまい込んだ。
◇
夜、夕食の時間、今夜は3人で冬野菜のサラダ、ポトフ、ミートパイ、そしてリンゴのコンポートを作った。
リンゴのコンポートは私の練習台になっている皮むきのせいで二日連続だ。
サラダを美しく盛り、テーブルに並べていく。
シェフの仕事も給仕も自分でする、これが普通の暮らしなどだと教えられ、私はそれに慣れようと必死だった。
「まあ、美しいわね、スティア」
マダムは微笑んで私の並べたサラダを見た。
「ええ、とても」
ロゼも微笑む。
私はなぜか恥ずかしくなって、はにかむしかなかった。
「ああ、お皿をもう一つお願いね」
「え?どなたかいらっしゃるのですか?」
「息子よ、ヴァルベルも来ているの」
マダムは困ったように、ため息まじり言いながらスープをサーブする。
私は一瞬体をはねさせて、そして急いでもう一人分を用意する。
……そうだった……あの方はこちらの息子さん……
「ああ、良い匂いだね」
その時、奥の扉が開き、書斎から仕事を終えて出て来たビュフェ子爵と、ご子息のヴァルベルが入ってきた。
「ええ、今日もスティア頑張ったのよ?」
ロゼの明るい声に、私の顔に熱が集まる。
あの方につたない皮むきのリンゴを出すのがためらわれる。
「すぐにうまくなるさ、こういったことは経験だ」
ビュフェ子爵はやさしげに言いながら、着席する、その横に無表情のヴァルベルが何も言わずに座った。
皆も静かに着席し、一瞬の間をおいて、お祈りを捧げた。
そして、静かに食事が始まる。
野菜のたっぷり入ったポトフを一口いただく、あたたかくて体にしみいるようにおいしい。
「スティア、君は今後、どうしたいと思う?」
突然の問いに、とっさに返事ができずに固まってしまった。
「君さえよければ、ここにいてもらって構わないんだよ」
私はためらった。
私にとってもなぜか居心地の良いこの家、結婚している叔母の家に転がり込むよりも、こちらのほうが良い気もする。
だけど、それはあまりにも、虫が良すぎないか?とも思う。
「もし、君がこの家に残りたいというのなら、条件がある」
「条件ですか?」
「ああ」
「あの、どのような条件でしょうか……私にできそうですか?」
「もちろんさ、そういう返事が来るということは、この家に残ることを少しは考えているということかな?」
私はためらいがちにうなずいた。
「君にはね、名を変え、新聞社の手伝いをしてもらいたいんだ」
「お手伝い!ヴュウタイムスの?!」
「手伝いと言っても、印刷の現場にやらせるのでもなければ、記者として取材にいってほしいということでもないよ、私の秘書として働いてほしい、あくまで君はこの屋敷を出てはいけない、これも条件だ」
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