りんご
その日の夕食の支度を、キッチンに立って手伝う。
この家には通いのメイドが二人いる。
家令や執事はいない、とてもシンプルな暮らしで、私には初めて経験することばかりだった。
朝食と昼食はそのメイドたちが用意する、ディナーは今こうしているように、母と娘でゆったりと作るのだという、サンルームから入るあたたかなひだまりの中で働く、私はこんな時間を知らなかった。
「ねえ、スティア……」
ロゼは私からナイフをすっと取り去った。
「ねえ、初めてじゃないって嘘ですね?」
「違いますわ、ほんとうに……えっと」
「まあまあロゼ」
マダムは優し気に微笑みながら、ジャガイモの皮をむく手を休めない。
今、3人でキッチンのテーブルを囲み、野菜の下ごしらえをしているのだが、どうやら私はそれに加わるには経験不足過ぎたようだ。
「だってそんな手つきでナイフを扱ったら危ないわよ」
「そうかしら?でも、宿泊訓練では……」
「ああ……」
なぜかロゼが脱力して肩を落とした。
「どうかなさって?」
「スティアと私は同学年ですもの、訓練には私もいましたよ」
「そうでした、私ロゼを覚えていなくて残念に思っていたのですよ」
「それはそうでしょうとも、私、高位貴族のお嬢様がたには近寄りませんから」
「まあ、ロゼ、自慢気に何を言うの」
マダムは愉快げに笑った。
「あの訓練の時に出されたものと言えば……」
「私、ニンジンを切りましたのよ、こうやって、とんとんと」
まな板の上に手刀で切る様子を伝えた。
「皮が付いたままですよね?」
「……ええ、お恥ずかしながら、皮をむくなんて知らなくて」
「あの時、ちゃんと皮をむいてお料理を仕上げた組は、ほとんどいなかったように思いますもの」
「あの後、散々な出来だったということで、別メニューをいただきました、だから、お腹がすくようなことは無かったのです、あれはおいしいシチューでしたわ」
「スティア、そのシチューは私の組が作ったんです」
ロゼの言葉に目が真ん丸になる。
「え?本当に?」
「そう、高位貴族の令嬢は料理を毎年失敗されるので、私たちにたくさん作るよう、指示があらかじめ出ておりました」
私はそれを聞いて驚いてしまった、失敗が前提だったなんて。
「ですけど、まずは立ち向かう、それがお勉強だったのですよ、それでよろしいのです。お料理なんていつからでも覚えられますわ」
マダムは落ち着いた声で私を慰め、右手を伸ばして私の左手の上で重ねた。
あたたかい手だった。
「……ということですから、あれを料理経験と言われましても」
ロゼは困惑ぎみにナイフをじっと見た。
「そうね、では、リンゴの皮むきはどうかしら?」
「まあ、リンゴを?」
木箱の中にずらりと並ぶ赤い果実を一つ取った、小さめのナイフを渡された私は、ロゼの教えるように、慎重に薄く、そして繋がっていくようリンゴの皮をむき始めた。
思ったようにいかず、皮はとぎれとぎれにちぎれてしまう。
しかも、皮と共に白い果実部分も削げてしまって、このままでは食べる部分が無くなってしまうと焦った。
「大丈夫ですよ、うまくいってます、スティア!その調子」
ロゼは懸命に励ましてくれるけれど、これで本当にいいのか、わからない。
くるくるとリンゴを回しながら、分厚い皮は相変わらずぶつぶつと切れる。
「ん……」
知らなかった……悲しいぐらい私は不器用だ。
「誰でも最初はこうです、集中ですよ、スティア!」
「はい!」
ロゼの熱血は止まらない。
私も額に汗し、懸命に頑張った。
二つ目をむき終わった時には額に汗が滲んでいた。
りんごを二つ並べてみると、少しは上達もうかがえる……と思いたい。
「スティア、頑張ったわね」
マダムとロゼは優しく微笑んでくれた。
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