カバンの中身
「あの……」
私は足を動かせずにいた、そしてようやく出た言葉がそれ、恥ずかしくて顔に熱が集まる。
「レディーの部屋に勝手に入って申し訳ない、少し内密に聞きたいことがあって」
「はい、なんでしょう!」
私の勢いのある返事に黒づくめの男は少し驚いたように目を見開いた。
「……昔、この部屋は、俺の部屋だったんだ」
「え?」
私は思わずきょろきょろと見渡す。
シンプルなベッドにシンプルな机と椅子、姿見とクローゼット。
学園の寮のような雰囲気の部屋、確かに、女性用にしては装飾が無さすぎな気もする。
男性のお部屋だったのなら、納得もする。
「私、知らなくて……もうしわ」
「謝らずとも良い、とっくにこの家からは独立したのだから……何が言いたいのかというと、懐かしかったということだ」
「はい……」
「すまない、どうでもいいことだった」
咳払いの音が聞こえた。
どうしていいかわからず、思わず自分のつま先を見た。
「もう、大丈夫か?」
「え?」
問われて顔を上げると、深紅の瞳と視線がかち合う。
ただそれだけなのに、心臓がどきりと跳ねた。
「しばらく寝たきりだったと聞いていた」
表情を動かさず、静かにそう、呟くように言った彼に私は応えた。
「もう、大丈夫ですわ、マダムもロゼも、本当に親身になってくださって」
「そうか」
「ええ」
無言の圧力に耐え切れずに、何か言おうと頑張った私
「あの」
「なんだ?」
「その、お名前はヴァルベル様でしたよね?」
「そうだ、……そういえば、名も告げていなかったな」
「あんな状況でしたから、自己紹介なんて無理でしょうしね」
ヴァルベルは少し微笑んだ。
また、心臓が跳ねる。
クールに見えるのに、笑顔は少しかわいかった。
「その……あなたは、父が遣わした方だとあの時、おっしゃって」
ヴァルベルは一瞬固まって、次の瞬間右手で後頭部を掻いた。
「ああ……そういった……かな?」
「父とはどういう?」
父のことが何かわかるかもしれないと、そんな望みを込めて、聞いてみる。
「……いや……すまない、それは言えないかな」
「あ、はい……そうですか」
私は心がしぼんでいく気がした。
立っていられなくて、ベッドの隅に腰掛けて、膝の上に置いた自分の手を見つめた。
「すまない」
ヴァルベルの声が、消え入るように響いた。
「で、聞きたいことがあるんだ」
私はもう一度顔を上げ、見つめ返した。
「君、カバンを持っていたね?」
「ええ、母が逃げる時に持っていきなさいと持たせてくださったの」
「中には、何が入っていたのか、教えてくれないか?」
どこか、切羽詰まったようなヴァルベルの問いに、私は少し面食らいながらもうなずき、クローゼットを開けた。
「このカバンですが、中には」
私は黒皮のカバンを開け、少々のお金の束と、小さいころ兄とお揃いで買ってもらったペンダント、母がいつもつけていたブローチ、母の刺繍の入ったハンカチ、そして、日記帳を出した。
「母も、慌てていたのでしょう。お金はともかく、他はさほど役に立たなさそうで」
そういって笑うしかなかった。
あの状況で、なんとか工面できたお金の束、金貨の一つもない。
この紙幣では、お菓子がいくつか買える程度しかないのは、いかに世間知らずの私でもわかっていた。
「なるほど……」
ヴァルベルはそれらをしげしげと見つめ、そしてバックをじっと見つめた。
「すまなかった、失礼なお願いをして」
「いえ、そんなことは……あの、もしかして父から何か持たされていないかと、思われたのですか?」
ヴァルベルはなぜか少し困ったような顔で眉を下げて言った。
「いや、もういいんだよ、大丈夫だ。……ここの家は、ひとまず安全だ。だが、くれぐれも外には出ないようにしてくれ。そのうち、君の遠い親戚にでもあたって落ち着き先を探そう」
「ええ……でもどうしてそこまで」
「……君の父上に頼まれているからね」
ヴァルベルは用事が済んだとばかりに、扉の方へ歩いて行った、そして部屋から出る前にもう一度私を振り返り、深紅の瞳で私を見つめた。
「君は怖い思いをした。今、君には時間が必要だろう。ゆっくりと静養してくれ」
扉はパタンと閉まった。
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