花
その日の午後は、与えられた部屋の窓からずっと外をながめていた。
小さな椅子を窓によせ、そこに座って、頬杖をついて。
あの日からもう1週間経った、私の運命は大きく変わり、今はまだ外に出てはいけないとビュフェ子爵は言う。
私を探す人が大勢いるだろうと。
心配して探している人ではなく、悪意を持って私を見つけようとしているらしい。
どんな悪意なのか……考えるのはよそうと、そっと目線をまた街に移す。
コンコンと扉がなった、返事をすると、丸メガネのロゼが顔を出した。
「スティア、お花を飾るのだけど、手伝ってくださらない?」
そういってにっこりとほほ笑む。
私に?と一瞬驚いて、これは私を励ますためだと思い至った。
「ええ、もちろんよロゼ」
マダムに借りたシンプルなワンピースは足回りが軽い、スッと立って椅子を片づけ、ロゼと一緒にサロンへ向かう。
マダムのサロンはこのあたりの裕福なおうちの子女が、お行儀を習いに来るのだという、道理でロゼのカーテシーも完璧なはずだ。
そういえば、身分が子爵令嬢の彼女は、私と同じ学園にいたはず、でもどうしても思い出せない。
卒業して1年少し、まだ記憶は新しいのに。
考えてみれば、私の周りには高位貴族だらけで、彼女らと出会う機会はほとんどなかったのかもしれないと、少し悲しい気持ちになった。
今では、私は単なるスティアであって、伯爵令嬢ではないのに、と。
「まあ……」
サロンは明るいしつらえだった、白い漆喰の壁に、美しい絵画が大小様々並ぶ、ほとんどが花の絵なのは、廊下と同じ。
もしかして、これも、マダム作なのかもしれない。
テーブルは四角く、地模様のある白いリネンがかけられ、品の良いモーブ色の生地が張られた椅子がその周りを4つ。
ランプは美しい花の形状で、部屋のアクセントとなり、鶯色とモーブのカーテンに合っていた。
「可愛らしいサロンね」
「少人数のサロンですから小さいですが、一流の家具職人のものなんですって」
そういってロゼは微笑んで、花の準備を始めた。
サイドテーブルに防水布をしき、そこに桶に入れてあった花を並べた。
そして、花器は白亜で浮き出るモチーフは葉。
シンプルだが素敵だ。
「スティアはサロンをどのようになさっていたのですか?」
貴族がサロンを持つのは当たり前とされる。
だけど私は母が開くサロンに参加するだけだった。
「うちは母がサロンを、主に服飾のことについて、気楽な社交といった感じでしたわね」
母の顔が胸に浮かんで、涙が出そうになる、だけどそれをグッと押し込んで、無理やり笑顔を作った、うまく笑えただろうか。
「そうですか、ご存じの通りこの辺りは貴族街ではありませんので、うちに来るのも商人や大農場主などのお嬢様です、ですがその中には、貴族に嫁ぐ方もいらっしゃるのですよ」
「ええ、そうでしょうね」
領地経営や先祖由来の事業がうまくいかない貴族は多い、そのため、商いの才能があり財をなした者から妻をめとり、塚の実家からの援助で助かっているところが案外多いのだと聞いたことがある。
「ですのでぜひ、今日は無理でも、いつか、サロンでファッションの講義をお願いしたいものですわ」
「まあ、私が?」
「ええ、スティアの経験はきっと役に立ちます」
本気で驚いて目を見開く。
私なんて、まだ母に認められてもいなかったというのに。
「ああ、いけない、時間がないわ」
ロゼは少し焦った様子で、花を持つ。
花の種類は様々で白、薄い黄色、柔らかな濃い黄色、薄だいたい色のものが並ぶ。
私はロゼが渡してくれる花を無心に生けた。
母も私も花を生けるのが好きだった、だけど、本当のことを言うと、伯爵家では花を飾るのは専用の使用人がいて、私の仕事でも母の仕事でもなかった。
だけど、私も母も、私室に飾る花は自分で生けていたのだ、『心が安らぐわね』母はよくそう呟いていた。
私はいつしか何もかも忘れ、無心に花器に花を入れ、美しく水平に広がる『ホリゾント』に仕上げた。
ロゼが拍手をして喜んでくれる、本当はロゼだって、得意なはず、聞いていないけれどなんとなくそう感じた。
でも、こんな風に微笑んでくれるのが心底うれしい。
「そろそろお客様がいらっしゃるの。スティアはどうする?」
「私は、人前に出る準備もしておりませんし、部屋に戻りますわ」
「ええ、では、のちほどまた」
ロゼは、生ける際に取った葉や枝を片づけ、桶を腕にかけて微笑んだ。
私は一人廊下を戻り、部屋の扉を開けた。
そして、ハッとする。
窓のそばに一人の男性が立っていた。
黒一色のいでたち、黒髪で赤い瞳、あの日私を助けてくれたあの方。
その美しい男性は、光を背に、こちらを振り向き、そして私を真顔でじっと見た。
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