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6、天国と地獄

「今日は家でデザイン考えるから、コンビニには行けないからね」

 仕事の合間、彼がこっそりとそう言った。

 私たちはあれから、深夜のコンビニデートをするようになっている。

 もうお互いの電話番号やメールアドレスも交換したが、特に待ち合わせもしていないのに、決まった時間にあのコンビニへ行くのが日課となっていたのだ。

「もう。別に約束してるわけじゃないんだから」

 そう言ったものの、私は残念だった。でも、そう断ってくれた彼が、やっぱり好きだとも思う。

 最近、彼への思いが日増しに強くなっていることに気付いている。だが、先のことが怖いので、無意識に消そうとも思っているようだ。

 しかし不思議なことに、彼から奥さんの話を聞いたことはなかった。でも、聞けば答えてくれるし、いつも持ち歩いている奥さんの写真も見たことがある。また、五歳になるという娘さんの写真も見ていた。


「娘の……真奈ちゃん、どんな服が好きなの?」

 二人でデザイン画を見つめながら、何の気なしに私は尋ねた。

 だが、彼は難しい顔で天井を見上げる。

「うーん……そう聞かれると、好み知らないんだよな」

「ええ? 父親なのに」

「うん……でも、やっぱりピンクとかフリフリとか好きだったよ」

「あはは。なんで過去形……」

「昔から仕事で遅くなっててあんまり会えなかったし、今はよく知らないんだ」

 苦笑してそう言う彼に、私は一つの答えが浮かんだ。

 もしかして、奥さんとは別居中なのかもしれない。離婚調停中なのかもしれない。ならば、すべてに納得がいく。

 淡い期待と辻褄が合う勝手な妄想に、私は一人、首を振った。

 馬鹿なこと考えるのはやめよう――。

 私は仕事に戻った。


 その夜、私は“行けない”という彼の言葉を理解しながらも、日課となったコンビニに足を運んだ。

「今日は彼、まだ来てないですよ」

 いつもの店員が、嬉しそうにそう言ってきた。うざったいのと嬉しいのとで、私は苦笑する。

「ありがとう。でも、今日は……」

 そう言いかけた時、彼の顔が見えた。照れ臭そうに笑っている。

 私は店員から逃げるように、彼のもとへと駆け寄った。

「どうして?」

「いや、なんか……家で仕事してたんだけど、気分転換っていうのかな……それに住友さん、待ってるような気がして……」

 しどろもどろで彼が言った。

 期待してもいいですか――。思わず私は、叫びたくなった。

「……奥さんとは、うまくいってるの?」

 帰り道、私は思わずそう尋ねてしまった。すぐに後悔して、続けて口を開く。

「あ、ごめんなさい。こんなプライベートなこと聞かれたくないよね。でも……毎日遅くに出歩いて大丈夫なのかなって、ちょっと心配で……」

 卑怯な言い訳だったが、私はそう続けた。

「……うちは比較的、自由な家だから……」

 静かに微笑んだまま、彼はそう口にした。でもそれ以上、何も語ろうとはしない。

 いつものように家まで送ってもらったが、私は少しギクシャクしてしまった関係に後悔した。

 でも、彼の心の広さはすでに知っている。明日はきっといつもの笑顔に戻ってくれる、そう信じたい。

 そして私の中に、一つの決意が生まれた。

「この仕事がうまくいったら……」

 この仕事が終わったら、彼に告白しよう――。

 奥さんがいようと、子供がいようと、もう関係ない。とはいえ、彼から笑顔を奪うことは絶対に嫌だし、家族から奪おうなんて思わない。

 でももし、私の妄想が少しでも当たっていて、彼が幸せでないなら、別居中ならば、離婚調停中ならば、私に僅かでも望みがなるならば……私は彼との幸せを夢見たい、そう思った。


 次の日、私は昨日のギクシャクした雰囲気を払拭するように、明るく彼に声をかけた。

「おはよう!」

 だが彼はどこか元気なく、いつもの様子ではない。

「ああ、おはよう……」

「どうしたの?」

 私のせいということはわかっていたが、そう尋ねる。

 すると、彼はいつものように静かな微笑みを返してきた。

「べつに、なんでもないよ」

「でも……あ、そうだ。今日、どっか飲みに行かない?」

 私から男性を誘うことなど初めてだ。もちろん、彼ともまだ飲みに行ったことがない。

「ごめん。今日も家で仕事するから。コンビニにも行けない……というか、もう夜会うのやめよう」

 突然の拒否に、私は自分の犯した過ちを後悔せざるを得なかった。

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