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5、深夜のコンビニ

 そこには、求めていた彼の姿があった。

「毎日いるの? もしやとは思ったんだけど」

 彼も驚きながらそう言って、苦笑する。

 スーツ姿の彼は、今日はまだ一度も家に帰っていないようだ。

「毎日じゃないわよ。でも私も、もしやと思って……」

 正直に言った私に、彼は無邪気に笑った。

「今日はジャージじゃないんだね」

「もう! いつもジャージじゃないわよ」

 見え見えの嘘をつきながら、私は素直に嬉しさを感じていた。

 そんな私に、彼も温かい眼差しを向けてくれている。

「駄目だよ、こんな時間に女の子が出歩いちゃ」

「もう女の子じゃないわよ。梶くんは、まだ帰ってなかったの?」

「ああ、うん。昨日もだけど、社長と今後のプラン練ってて……」

 仕事の話題に我に返り、私は彼を見つめる。

「あ……噂聞いたよ。社長に引き抜かれたって……」

 正直に、私は噂話を言った。

 彼は困ったように笑う。

「引き抜かれたわけじゃないよ。確かに社長は、前の会社時代から知ってるけど……そんなんじゃない」

 誠実に答える彼は、子供時代から変わらない。

 直接話したことはなくても、彼が明るくて誠実だったことは知っている。だからみんなに好かれていたのだ。そして、私からも――。

「帰ろうか」

 自然にそう言う彼に頷き、私たちはコンビニを出て行った。

「今日は私が送るよ」

 突然、私はそう切り出した。

 彼は驚いたように首を振る。

「いいよ。住友さんの家のが近いんだし」

「でも、私も知りたいもん。私は家知られてるのに、フェアじゃないわ」

 私の言葉に折れたように、彼は頷いた。

「わかったよ。でも、帰り襲われないようにね」

「大丈夫。この辺り、明るくて治安もいいし」

 私たちは、当たり前のように歩き出す。

「……うちの会社には慣れた?」

 沈黙になる前に、私はそう尋ねた。

 先輩という立場を利用すれば、普段は奥手の私でも、すらすらと言葉が出てくる。

「うん、だいぶ。やっぱり新人研修受けてよかったよ。前の会社とは規模も違うし、同期もいいやつばっかだし」

「そっか。でも、新人なのに社長と飲みに行ってるなんて、聞いたらうちの上司も真っ青だよ」

 冗談めかして言った言葉だが、彼は一瞬、口をつぐんだ。

「……まあ、引き抜かれたわけじゃないにしろ、社長のコネで入ったのは事実だからね。何言われても仕方がないけど……」

 やがてそう言った彼は、どこか寂しそうだった。

「ここが、うち」

 私のマンションを越えてしばらく行ったところで、彼が一軒家を指差して言った。

「すごい! 一軒家」

 思わず私はそう言った。

 しかし玄関は真っ暗で、閉め切った雨戸に、家の中にあるはずの温もりは感じられない。

「奥さんの実家に住まわせてもらってるだけだよ。そのご両親も、もう亡くなったけどね……」

「そうなんだ。でも新しいよね」

「子供が生まれてからリフォームしたからね。おかげで、ローンで首が回らないよ」

 私は少し衝撃を受けていた。

 当たり前のことかもしれないが、奥さんがいるだけでなく、子供までいたとは知らなかったからだ。

 でも私の心を知る由もなく、彼の笑顔は優しいままだ。また、その顔は私にとって、癒しであり、そして輝いて見える。

「お茶でも、と言いたいところなんだけど……」

「あ、いいです、そんな。帰るから」

 彼の言葉に、私は慌てて拒否をした。奥さんに会う勇気など、まだない。

「そう。本当に一人で大丈夫? やっぱり送ろうか?」

 優しい彼の言葉が沁みる。でも、私は続けて首を振った。

「ううん、平気。じゃあ、また明日」

「あ、うん……あのさ、近いうち話がいくと思うけど、新人研修が終わったら、僕と住友さん、デザイナーとして組むと思う」

 言いにくそうに切り出した彼の言葉に、私は驚きと嬉しさを感じた。

「本当?」

「うん。さっき社長と話してて。住友さんさえよければなんだけど……」

「いいよ、もちろん! 何のデザイン?」

「子供服らしいよ」

「わあ、遂にうちも子供服ブランド立ち上げるのね。俄然やる気出てきた。いい話をありがとう!」

 私はそう言ってお辞儀をした。

 きっと彼が社長に私を推薦してくれたんだと思った。そう思いたかった。

 彼にとって、うちの会社で知っている人は私以外にほとんどいないはずだから、当然といえば当然だけど、素直に嬉しい。

「こちらこそ、よろしく」

 勢い余った様子の私にも、彼は笑顔を向けてくれる。

「うん。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ……気を付けて」

 彼に見送られ、私は意気揚々と自分の家へ帰っていった。


 それから数日後、一週間の新人研修が終わり、新人はバラバラの部署に配属された。そこから更に、部署別の研修が待っている。

 彼はもちろん、私と同じデザイン部署である。そして彼に言われた通り、私は彼と組んで、オリジナルブランドでの子供服のデザインを担当することになった。

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