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4、会いたいと想う気持ち

 次の日。酒も抜けて冷静さを取り戻し、私は余計に彼に会うことが恥ずかしく感じるようになっていた。どんな顔をすればいいのかわからない。

「おはようございます」

 そんな気持ちをよそに、相変わらずの優しい声が聞こえた。

 振り向くと、そこには彼がいる。

「おはよう、ございます……」

 私はどもってそう答えた。

「おはようございます、住友さん。昨日はどうも」

 先輩からさん付けに代わり、彼の笑顔はいつになく優しく輝いて見える。

「こちらこそ……」

 今、思い出しても恥ずかしかった。

 ジャージ姿で酒臭くて、更に酒とつまみを買っているような女を、彼はどう思ったことだろう。奥さんと比べられたりしたんだろうか……そう考えると、ここから逃げ出したかった。

 だが、彼の笑顔は変わらず優しい。

「あの、よかったら今度、一緒に食事でもしない? 昔話もいろいろしたいし」

「あ、うん。ぜひ……」

「よかった。じゃあ、また声掛けさせてもらいます……」

 緊張した私に触発され、彼も緊張したかのように、そう言って去っていった。

「なによ、抜けがけ?」

 そこに、裕子が声をかけてきたので、私はハッとした。

「裕子」

「なんかいい感じ? 誰よ、奥さんいるって忠告したの。あんたも彼狙いなわけ?」

「馬鹿言わないでよ」

 私は苦笑することしか出来ない。

「でも、普段奥手なあなたが、そんなに楽しそうに男と話すのかしらー?」

 すっかりからかわれ、私は裕子に彼との経緯を話した。


「へえ、同級生だったんだ?」

 昼、一緒に食堂で食事をしながら、裕子が興味深げにそう言った。

「うん。こっちもびっくりで……」

「でもよく覚えてたね。私なんて、転校生どころか、クラスメイトほとんど覚えてないよ」

「そりゃあ、私だって全員覚えてるわけじゃないよ」

「あ、もしかして! 初恋の人とか?」

 ズバリを言われて、私は飲んでいたお茶でむせ返ってしまった。

「ああ、ごめん。でもその反応! 彩香、わかりやすいなあ」

「違うよ!」

「何が違うのよ。でもまあ、やめときなさい。結婚してるんでしょ? 彼」

 私たちはくだらない恋バナから、冷静に戻った。

 昨日と逆の立場で同じことを言う裕子に、私は苦笑する。

「最初からわかってるわよ。初恋なんて実らないものだもん……あの頃だって、連絡先も聞かずだったし。今更会ったからって、恋には発展しないよ」

「まあ、あんたは普通の恋愛求めてるもんね。浮気とか考えられなそう」

「うん。それは考えられない……」

 私は苦笑しながらも、目は食堂の隅で新入社員たちとしゃべっている、彼の姿を追い続けていた。

 認めたくはなかった――が、気になっている。それでも忘れなければならないと言い聞かせた。

 事実、結婚している彼を奪おうという気はなかった。浮気など考えられない。

 それでも少し、気になっていた。


 その日は彼と二人きりになる機会も、話す機会もなかった。

 もう一度、小学生の頃に戻って、昔話に花を咲かせたいという気持ちでいっぱいになったが、帰りを待ち合わせる関係でもなければ、待っているのもおかしい。

 私は今日会うのは諦め、一人、家路を帰っていった。

「二十三時か……」

 今日やるすべてのことを終え、私はソファに寝そべりながら、時計を見上げて呟く。

 ふと昨日のことを思い出し、コンビニに行きたくなった。

 彼に会えるかもしれない――。

 夜中のハイテンションも手伝って、得体の知れない期待感が私を支配する。奥さんがいる人とわかっていても、自分がこんなに諦めの悪い女だとは思わなかった。

「よし!」

 私は着替えて家を飛び出した。もうジャージ姿など見せられはしない。

 コンビニに着くと、いつもの店員にいつもの客と、特に代わり映えしない店内だった。

「お仕事帰りですか?」

 すっかり顔なじみになった若い女性の店員に、そう尋ねられた。きっと私がジャージでないからだろう。

 私は苦笑して首を振る。

「ううん。ちょっと買い出し」

 そう言って、私は店内へと入り、雑誌コーナーやお菓子売り場を何度も往復し、彼を待った。

 待ったといっても、もちろん待ち合わせしているわけでもない。それどころか携帯番号すら知らない関係に、私は私をストーカーと重ね、苦笑した。

「あれ、いた……」

 突然、近くでそんな声がしたので、私は驚いて振り向いた。

 もう諦めかけていたので、余計に驚いたのだ。

「か、梶くん!」

 そこには、求めていた彼の姿があった。

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