表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

3、初恋の人

 そこには今、一番会いたくない人がいた。彼、である。

「やっぱり住友さん! こんばんは。家、近くなんですか?」

 バツの悪い私に反して、彼はいつもの笑顔でそう言った。

 私には、それが逆に切なく感じた。

「ああ……はい」

 どもりながら、私は答える。

「よかったら家まで送りますよ。こんな時間に、女性が一人じゃ危ないですよ」

「そんなこと言って、梶さんが危ないかも……」

 どうしたことか、そんな憎まれ口を叩いてしまった。

 だが彼は驚いた顔をした後、またすぐに笑顔に戻った。

「あはは、確かにそうかもしれないですね。でも大丈夫です。僕には愛する妻がいますんで。もちろん、よかったらですけど……」

 彼は薬指の指輪を見せながら、そう言う。

 私は静かに頷いて、彼とともにコンビニから出て行った。

「あの……僕のこと、嫌いですか?」

 帰り際、突然彼がそう言ったので、私は驚いて彼を見た。

「え?」

「いやなんか、避けられてる気がして……」

 そう言う彼も、ストレート過ぎる質問に、すまなそうにしている。

「嫌いじゃ、ないですよ……」

 私は、そう言うのが精一杯だった。

「そうですか。それはよかった……変なこと聞いてすみません」

 彼のその言葉の後、私たちは無言のまま時を過ごした。

 昔からそうだが、好意がある人にはうまくしゃべれない自分がいる。克服したいと思っても、それはどうにもなっていない。

「あの!」

 そんな自分に嫌気が差して、私は思い切って声にした。お酒がまだ抜けていないせいもある。

「あの、東高下台小学校にいたことはありませんか?」

 突然の質問に、彼は驚いた顔をした。だが、すぐに思い出そうと、空を見つめる。

「さあ……僕の家、転勤家族で、子供の頃は何度転校したかわからないんですよね……」

「そうですか……変なこと聞いてすみません」

 すっかり意気消沈して、私は黙り込んだ。

 私たちは沈黙に戻って、家へと進んでいく。

「もしかして……校門のすぐそばに、小便小僧がいる学校?」

 突然、彼が自信なさげにそう言った。

 私は思わず、大きく頷く。

「そう! 確かにそう!」

「じゃあ、池の噴水部分が鯉の口になってる学校だ」

「うん、そう!」

「歴代校長の写真が、廊下に飾ってある!」

「そう、そこ!」

 私たちは、少年少女時代の笑顔に戻っていた。

「じゃあ、もしかして……」

 彼の目は、懐かしさに輝いている。

 私は小さく頷いた。

「小学校四年の時に、同じクラスだった……」

 私の言葉に、彼は白い歯を見せて笑う。

「なんだ、早く言ってよ! 全然気付かなかった」

「だ、だって、すぐいなくなっちゃったし……それに、苗字も違うし」

 私は少しむきになって、口を開いた。

「ああ、親が再婚したからね……でもそうか、こんなところで昔の同級生に再会するとは思わなかったよ。そうか、あの学校の……」

「……覚えてる? うちの学校」

「覚えてるよ。さっき言ったことにしても、何かと変な学校だったもん。でも、すぐにみんな迎えてくれて居心地が良かったし、楽しかった。人に関しては、悪いけど全然覚えてないけどね……まあ、高校や大学の時のクラスメイトも、仲の良い男友達以外は全然覚えてないくらい」

「いいの。私、地味なタイプだし、梶君とも全然しゃべったことないもん」

「そっか……でも、これも何かの縁だね。これから同じ職場な者同士、よろしくお願いします!」

 彼はそう言って、深々と頭を下げた。

「こちらこそ」

 私は素直さを取り戻し、そう答える。

 その時、二人同時にくしゃみをしてしまった。

「あははは。少し冷えてきたね」

 彼が言う。その声はいつも明るく、陽だまりのように暖かい。

 すっかり路上に立ち止まって話し込んでいた私たちは、懐かしい話に終止符を打ち、とりあえずまた歩き始めた。

「家、どのへん?」

 彼が言った。私は前を指差す。

「この先の道、右に曲がったところ……もういいよ。夜出歩くのも慣れてるし。早く帰ってあげないと、奥さん心配するんじゃないの?」

「うん……でも送るよ。どうせ僕の家もこっちだし」

 彼の言葉に甘え、私はマンションの下まで送ってもらった。

「ありがとう。なんか、みっともない姿晒しまして……」

「あはは。人のこと言えないよ。僕なんて、家の中じゃパンツ一丁……いやいや、では先輩。また明日」

「もう。先輩はやめてください」

「でも新人だから……じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

 彼は私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 部屋に戻るなり、私は嬉しさに顔を綻ばせ、開いたままの卒業アルバムに貼られた、ハートマークをなぞる。

「嬉しいな……」

 小学校の頃、ろくに話も出来なかった彼と出会えたこと、わかりあえたこと、何もかも満足だった。

 でも、この初恋が実ることはない――。

 彼には奥さんがいるし、私の現在抱えている気持ちは、恋ではないはずだから。

 なにより、私はこれ以上ないという幸せで温かい気持ちになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ