#6
『真っ白でぼやけた空間に黒髪の千寿が立っていた。誰かと話しているようだ。
「南アジアの古代遺跡で古い医学書が見つかったらしいんだ。その医学書の中には、どんな病も治す不思議な力を宿したものがあるらしい」
千寿は振り返り、微笑む。
「必ず戻って来るよ・・・・・・奈津美―――」
胸元のペンダントのフタを開けると中には奈津美の写真が。
古代遺跡の深部の祭壇。その上に千手観音像が神々しく輝いていた。
そこに千寿と医学研究員、考古学者達が古い医学書を山積みにした台車を引いて現れる。
千寿は千手観音像の懐に備えられている千美禁書を見上げた。
神々しい千手観音像に惹き寄せられる瞳・・・・・・気が付けば千寿は千美禁書に手を伸ばしてい
た。彼の瞳が欲望で混沌と、濁った色に染まり始める。
千美禁書を掴んだ千寿は書を開く。書物はページをパラパラと捲られて―――。
突如、眩い閃光を放ち出す。千寿は思わず顔を背け、光から庇うように手を顔の前にかざす。
「なっ・・・・・・!!」
放たれた光は灼熱の炎と化して、千寿を一瞬で包み込んだ。
「ぐわぁーーーーーーーーーーーっ!!」
神罰の業火が千寿を焼き尽くす。みるみるうちに真っ赤に染まっていく千寿の黒髪―――。』
日差しが千寿の顔を照らしていた。いつの間にか朝になっていたようだった。
千寿は薄っすらと瞼を開き、左手を顔にかざして見つめる。
(あの日から、俺の人生は狂った・・・・・・俺はもう、人間じゃなくなっていたんだ)
夢により思い起こされた千寿の過去。瞼を閉じた彼は真っ暗な空間の中で、
(愛する人と同じ時を歩む事は許されず、生きる糧を患者の毒素で満たさなければならない身体なんて・・・・・・こんな身体で恋人の元へ帰れるはずがなかった・・・・・・)
絶望が千寿の心に広がる。ふいにベッドで寝息を立てている千鶴に視線を移す。
「・・・・・・全く、どういう神経してるんだ」
彼女は無防備に大の字になっていた。千寿は呆れつつ身支度を始めた。
「さて、と・・・・・・」
玄関のドアに千寿が手をかけようとしていた時、
「ねぇ~、朝ごはん、食べないのぉ・・・・・・?」
欠伸まじりの千鶴が起きてきて千寿に声を掛ける。
千寿が振り向くと、ボサボサ頭を掻き毟る千鶴が眠そうに立っていた。
「見たところ、冷蔵庫もなんも、食べ物すらないみたいだし。いつも外食? 身体に悪いよ~」
「・・・・・・このドア、オートロックだから。好きな時に出て行来な」
千寿は千鶴の言葉を無視し、ドアを開ける。
「あっ! 無視するなぁ~」
とぼやくが、パタンと閉まる扉。ぶぅーと頬を膨らませる千鶴。