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プロローグ


 勇者は、召喚陣に導かれる。

 勇者は、神剣【アルマス・グラム】を装備する資格を持つ者である。


 過去の英雄の経験を血肉にできるその神剣を用いて、勇者は災厄を解決する。

 数多の英雄譚において、災厄とそれを解決する勇者の姿は謳われてきた。


 ただし。

 不思議と、その後の勇者の姿が記述されたものはない。


 災厄と勇者は、切っても切れぬ関係である。

 どちらかが生まれれば、どちらかが生まれる。


 即ち。

 どちらかが滅びれば、どちらかも滅びるということではないだろうか。


 『勇者と災厄概論』 序文





 切り立った崖の上に、ポツンと立つ墓があった。


「ああ…………そうなのか」


 墓の向こうには、綺麗な街が広がっている。

 粒のような人々が忙しなく行き来している光景は平和そのもの。遠く離れたこの場所まで往来の賑やかさが伝わってくるようだ。

 往来の向こうには、大きな邸宅が見える。

 懐かしくも見覚えのあるそれに、目を細めた。

 全ての、始まりの場所だ。


 だからこそ、墓はここに作られたのだろう。


 墓はよく磨かれた石だった。

 台座の上に平たい石が載せられていて、尖ったもので削り出したような文字がのたくっている。


【——勇者 此処に眠る】


 震えた筆跡で、そう書いてあった。

 読み取れない部分も多かったけれど、誰を指しているかははっきりしていた。

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。


 すっかり伸びっ放しになった髭を撫でる。

 髪もボサボサ。顔もやつれて。今にも死にかけの表情をしていると思う。


 ようやくここに辿り着いたかと思えば、そこにあったのは墓石ただ一つ。

 少なからず予想していたことだった。


「思えば、長かったな」


 誰ともなく、呟いていた。

 短くも長い半生が脳内を駆け巡る。


 純白の剣を地面に突き刺す。

 役目を終えたかのように、その剣は光沢を失っていた。


 旅は終わった。

 勇者と魔王の物語もまた、幕を引こうとしている。


 いいや。

 あるいは既に、もう終わっているのだろう。

 いわば、これは歴史に語られない裏話というものなのかもしれない。


 地べたに腰掛けて、墓石に背中を預ける。

 のろい動きでポーチからタバコを取り出す。

 魔術で火を灯して、紫煙で肺を満たした。


「あぁ……」


 意味のない声と共に、むわりと煙が空に伸びていく。

 人は死ぬと、煙になるという。

 骸は土に還り、魂は煙となって天に昇る。

 俺の魂も、死んだら煙になるのだろうか。タバコの先から伸びる、白くほつれた糸のような煙に。

 晴れ渡る青空の向こうへ、空気に薄らぎながらもどこまでも昇っていくのだ。

 きっとそこから見える景色は、とても美しいのだろう。


 少し、眠気が強くなってきた。

 ぼやけた視界の向こうに、かつての景色が蘇る。


『——ナル!』


 木陰にいた俺を見下ろして、輝くように笑う少女。

 俺に手を差し伸べていた。


『ほら、帰るわよ?』


「ミリ……」


 名前を呼んだ。

 タバコを持った手で、手を伸ばす。


 白く小さな手に、震えながらも伸ばした手は…………空を切る。

 何も、掴めなかった。


 当たり前だ。

 彼女はここにはいないのだから。


 あの時の俺は、彼女とならどこへでもいけると思っていた。

 二人で手を繋いで、どこまでも行きたかった。


 背中に感じる、冷たい石の感触が俺を現実に引き戻す。

 子供心に願った無邪気な希望の終着点が、この場所だ。


 だとしても——、


「ちゃんと、帰ってきたよ」


 今は、それだけを伝えたかったんだ。


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