それから①
凛花と付き合い始めてから、八ヶ月が経過した。
一時は同棲状態になっていたが、今は解消している。八ヶ月経って大きく変わった事といえば学年が変わった事だろうか。
現在高校三年生。
まだ大学受験への本腰は入れていないが、そろそろ重たい腰を上げなくてはいけない。
そんな今日この頃。
実家の和菓子屋でのアルバイトを終えた帰り道。
デパートで買い物を済ませた後、今は凛花の家へと向かっている最中だった。
隣を歩く凛花は、俺の左腕にべったりと絡み肩と肩がぶつかる距離感を維持してきている。八ヶ月経過しても尚、倦怠期は訪れていない。ラブラブである。……自分で言ってて恥ずかしくなるな。惚気はやめよう。
俺が勝手に頬を熱くしていると、凛花が満面の笑みを咲かせて見つめてきた。
「先輩。私これ、一生大切にします」
右手を空目掛けて掲げる。
薬指に嵌められたシルバーリングがキラリと輝いた。
「一生は大袈裟だよ」
「全然そんな事ないです。一生モノですよ一生モノ。とはいえ……そうですね。じゃあ、先輩が給料三ヶ月分のやつくれるまではずっと付けてますね」
「荷が重いな……」
「む。なんですか、私と結婚するのは不満ですか」
「そ、そういう事じゃなくてさ。てか、普通にそれは気が早くない?」
「早くないです。晩婚化の流れに逆行しましょう」
まだ学生の身。これから大学、就職といった道がある中で大胆な発言をされる。
ちなみに今日は凛花の誕生日だ。
彼女に要望に応えて、指輪を買ってあげた。
ある程度資金はあったし、金銭的な問題はないのだが。
指輪というチョイスに関しては、少しどうかと思う。……最初は左手の薬指に付けようとしていたし。押し問答あって、右手の薬指に付けることで決着したが。
「先輩の誕生日は何が欲しいですか?」
「欲しいものか……。うーん」
暗くなってきた空を見上げて、少し考えてみる。
元々趣味自体多くないからな。いざ欲しいものを考えると、パッとは出てこない。
「欲しいものがないなら、してほしいコトとか」
「あ、それならある」
「なんですか?」
「俺と一緒にいてよ」
「……っ。い、いつも大体一緒にいるじゃないですか」
「そうだけど、それが一番嬉しいかな」
凛花はみるみるウチに頬を赤く染め上げると、パタリと足を止めその場でうつむく。
俺から逃げるように、視線をあさってに逸らした。
「先輩ってそういうトコありますよね。恥ずかしくなるのでやめてください」
「正直に言っただけなんだけど」
「そ、そういうのがダメなんです。ったく、そういう無自覚な感じイライラします」
「なんで苛つかれてんの……」
俺のカノジョ、横暴である。
とはいえ、俺の腕から離れる気配はない辺り、可愛くて仕方がない。
そうして会話を重ねながら凛花の自宅を目指しているときだった。
「……あ、苗木くん! 良いところに!」
見覚えのある美少女……ではなく、女装した男が目に入った。彼は猛ダッシュでこちらにやってくる。
プラチナブランドのショートカット。お人形のように整った顔をした中学時代の同級生──坂木政宗だ。
坂木は俺の背後に身を隠すと、中腰に姿勢になる。
「さ、坂木? なにしてんだ?」
「僕、追われてるの。不審者に追われてるんだ!」
「不審者。え、ちょ、大丈夫?」
咄嗟のことで俺の身体に緊張が走る。
一歩前進して凛花も背後に隠す。突然すぎて、状況を把握できないでいると、長身の男が目に入った。
「え、あれって……」
凛花がボソリと呟く。
その声にいち早く反応したのは、坂木だった。
「不審者。彼が不審者だよ。僕のこと狙っているみたいなんだ。お願い、苗木くん。僕の彼氏になって」
「彼氏っていや……俺、凛花がいるから」
「もちろんフリだよ。僕、そっちの趣味はないから! 困るんだよねナンパ男って」
一人慌てふためく坂木。
けれど、俺と凛花は落ち着き始めていた。
不審者という強烈がワードを前に身構えてしまったが、相手は知っている人物だった。まぁ、だからといって安心はできないのだけど。
「な、なぜ逃げるんだ! オレはただ君の落とした財布を──……トシヤ、か?」
彼──中条真太郎は俺と目が合うと、パタリと足を止める。
今は眼鏡を付けていないため、眉目秀麗な顔が際立っている。
おそらく、眼鏡を付けていないせいで視力が低下し、距離が迫るまで俺を認識出来なかったのだろう。
道の真ん中。俺たちの間に沈黙に落ちる。
車道を走る車の音や信号の音など雑音はあるのに、不思議と静寂に包まれていた。
「あ、あれ……苗木くんの知り合い?」
突如として降りかかった沈黙を破ったのは坂木だった。
「知り合いって言うか。坂木も知ってるはずなんだけど」
「え? ……あっ、もしかして中条くん? 眼鏡付けてないから、分かんなかった」
訝しむように見つめて、坂木はポンと手をつく。
眼鏡の有る無しでだいぶ印象が変わるからな。何年も会っていない相手となれば、記憶と擦り合せるのは難しい。
「君はオレを知ってるのか」
「知ってるも何も同じ中学だよ」
「……すまない。あまり人を覚えるのは得意じゃなくてな」
「ふーん。僕って結構知名度あるはずなんだけどな。なんか複雑」
坂木はさっきまでの怯えた様子から一転、ぷっくらと頬を膨らませて不満げな表情を見せる。
「これ、落とし物だ。何か誤解しているようだが、オレは君の財布をただ届けにきただけだ」
「あ、ホントだ。ごめん。てっきりタチの悪いナンパなのかと」
「遺憾だな」
「ちょッ。な、なに……ち、近いんだけど!」
「少しを顔を良く見せてくれ。君のことを思い出せるかも知れない」
顔を近づけ、十センチに満たない距離まで坂木に迫る。
坂木は仄かに頬を赤らめると、仰け反るような姿勢を取った。
「ち、近いってば!」
「……っ。……可愛い」
そうして数秒見つめ合った後で、ポツリと呟く。
「はぇ?」
坂木の口から間の抜けた声が漏れた。
「どうして君のことを覚えてないのか不思議なくらいだ」
「あ、ありがとう。で、でも僕、男だからね。女の子じゃないからそこは勘違いしないでね」
「男……そうか。また障害がオレの前に立ち塞がるのか」
「な、何言ってるのかな。うん。絶対お断りだからね!? 僕、こんな格好してるけど女の子大好きだから!」
「知り合いから始めないか」
「勝手に話を進めるな! 財布はありがと! でも金輪際僕とは関わらないでください。身の危険を感じるので!」
「……くっ、行ってしまった」
坂木は身震いを覚えると、逃げるようにこの場を後にした。
再び静まり返る。坂木め、勝手に巻き込んだ上に、何も処理せずに消えやがった……。
凛花が俺の腕にしがみつきながら、
「どうして、この町にいるんですか」




