ミッション1:幼馴染に疎外感を与えろ!
幼馴染と親友の浮気現場を目撃した翌日。月曜日。
俺は、凛花ちゃんと一緒に居た。二人横並びで歩きながら、登校している。
「確認ですが先輩。普段は、あの人とは一緒に登校してないんですよね」
あの人。それは俺の幼馴染で、カノジョの月宮愛里のことだ。
「ああ、昔は一緒に登校してたんだけどね。俺が一人暮らしを始めてからは全然」
「でも、もし登校中に遭遇すれば一緒に行く。この時間に行けば、十中八九遭遇するんですよね?」
電車を使わずに済む距離に住んでいる俺。遅刻さえ逃れればいいため、家を出る時間は不規則だ。というか遅い時間帯に出る傾向がある。
対して、愛里は電車通学。登校時間には規則性がある。
「多分会えると思う。……今にして思えば、妙なところはあったんだ。愛里と会うと必ずアイツもいたし」
「もしかすると、先輩と付き合う前から月宮さんと兄はデキてたのかもしれませんね。昔は時間にルーズだったのに、いつからか固定の時間に出かけるようになってましたし」
「……キツイ想像だな」
「すみません。私がもっと早く気づいていれば」
「あ、いや、凛花ちゃんのせいじゃないって」
悪いのはあの二人だ。
そして、それを見抜けなかった俺。
どことなく重たい空気が流れると、凛花ちゃんがパンと両手を合わせた。
「えっと、今回のミッションをおさらいしましょう」
「ミッションって……まぁいいか」
「私たちは、偶然にも月宮さんと兄に遭遇します」
「うん」
「自然な流れで一緒に登校。四人での会話と見せかけて、私たちは二人だけでお喋りします。題して『アイツらなんか二人だけの空気できてね? モヤモヤするんだけど』大作戦です!」
「作戦名はさておき……昨日も言ったけど、やる意味あるのかなこれ」
「あります。ただ浮気現場を見せるだけでは弱いんです。積み重ねをしてかないと浮気に根拠がありません。それにまずは肩慣らししとかないと」
「そっか。いきなり浮気現場見せても、浮気と思われなかったら意味ないもんな」
「はい。他に何か質問はありますか。苗木二等兵」
「いや、なんで俺そんな階級低いわけ?」
「その件については異議を受け付けていません。なお、私の階級は軍曹であります」
シャキーンと敬礼をして、どや顔をかます凛花ちゃん。
「あ、ズリぃっと……待って凛花ちゃん」
「なっ。私のことは軍曹と呼び」
「しっ」
口元に人差し指を置いて、静かにするようジェスチャーをする。
ふざける時間は早くも終了したらしい。近くの物陰に隠れる俺。
「居たんですか先輩」
「ああ、愛里がいた」
「でも一人みたいですね」
「だな」
普段見かける際はかなりの高確率で、元親友と一緒に登校している。
ただ、今回は一人だった。
「なにかあったんですかね」
「さぁ。結局やることは変わらないし、手筈通りいこうか」
「合点です」
グッと両手を胸の前で握りしめ、やる気を見せる凛花ちゃん。
少し歩調を早めて、幼馴染のもとへと向かうことにした。
それとなく距離を詰めたあたりで、俺はあたかも今見つけたかのように声を上げる。
「あ、おはよ、愛里」
俺の声に気が付き、彼女はクルリと振り返る。
潤沢を帯びた長い黒髪。目鼻立ちのくっきりした整った容姿。俺の幼馴染で、カノジョの月宮愛里だ。
不思議なもので、俺はまだ彼女に未練があるらしい。目が合っただけで、ドキッと心臓が跳ねる。
「おはようトシ君。今日は早いんだ」
「ああ、早めに目が覚めちゃってさ」
「あ、それよりさ、昨日の夜メッセージ送ったのになんで反応してくれないの」
「え、嘘……ごめん。気が付かなかった」
「ちゃんとしてよね。あたし達、付き合ってるんだからさ」
スマホを確認する。確かに一件入っていた。
愛里は、不満げに俺を睨む。だが本気で怒っているわけじゃないのか、口角を緩めていた。
と、背後からおどろおどろしい視線を感じた。
見れば、凛花ちゃんが紫色の瘴気を放出しながら、恨めしそうに俺を睨んでいた。
「こ、コホン。おはようございます月宮先輩」
「おはよう。凛ちゃんも一緒だったんだ」
咳払いをして自らに注目を集める凛花ちゃん。
「ええまあ、先輩がどうしてもというので一緒に登校してあげてて」
「ゴホッコホッ!」
そしていきなり妙なことを言い出した。
俺と凛花ちゃんは偶然出会して一緒に登校している設定だ。不必要なアドリブに焦る俺。
「先輩も意外と寂しがり屋さんですよね。なんというか傍で支えてあげたくなるというか」
「ふーん……そうなんだ」
愛里はチラリと俺に視線を配る。
なんでそんな軽蔑を含んだ視線を向けられないといけないのだろう。
俺は凛花ちゃんを引っ張ると、愛里には聞こえないようそっと耳打ちする。
「予定と違くないか。なにしてるんだよ」
「すみません先輩。あの人の顔を見た途端、マウントが取りたくなって」
「マウント?」
「はい。もうこのまま先輩は私のものだって言ってやろうと思います」
「抑えてその気持ち! それだと何も仕返しになってないから!」
「ふふっ……あの人の歪んだ顔を見れると思うとヨダレが──」
「凛花ちゃんそんなキャラだっけ⁉︎」
「あれ知りませんでした? 私、普通に性格悪いですよ」
「それは……知ってた」
「そこは否定してくださいよ! 先輩が否定してくれないと、私本気で性格悪い人みたいじゃないですかっ」
「でもしょっちゅう悪態ついてくるしな。口が悪いの折り紙付きっていうか」
「だ、だからそれは基本先輩にだけですって。他の人にはしませんから」
「嫌な特別扱いだなっ!」
「そうでもしないと構ってくれない先輩が悪いんでしょう⁉︎」
「そこまでされなくても構うよ俺!」
「とにかくですね。先輩は──」
「こほんっ!」
俺たちが二人ひそひそと会話を弾ませていると、盛大な咳払いが聞こえてきた。
振り返ると、一切目が笑っていない微笑を湛える愛里の姿があった。
「何二人でコソコソと話してるのかな。楽しそうだね」
「あ、いやこれは……」
凛花ちゃんが俺の声に被せる形で、口を開く。
「そう見えましたか。すみません、悪気はなかったんです」
「凛ちゃんは知ってるよね。あたしとトシ君がお付き合いしていること」
「知ってますが」
「トシ君と仲良くするのも程々にしてほしい、かな。……あ、別に話すなって言ってる訳じゃないんだよ。ただ」
愛里は俺のそばによると、ギュッと腕に絡んでくる。
「トシ君はあたしのだから、ね」
そしてそう、ハッキリと宣言してきた。
制服越しとはいえ、柔い感触が伝わってくる。
ピキピキと額に青筋を立てる凛花ちゃん。
「へ、へえぇ。だったら死んでも先輩を悲しませるような真似しないでくださいね!」
「ん? うん。当たり前だよ。トシ君が悲しむとこなんて見たくないし」
……何を、言ってるんだこの女は。
俺の頬が僅かに歪む。表情に出してはいけない。そう思ったけれど、耐えられそうになかった。
俺が悲しむところを見たくない。
だったらなんで、浮気出来るんだよ。俺にバレないと思ったのか? バレなければいいって、甘い考えがあったのか?
愛里の事は誰よりも理解していると思っていた。
けど、違うみたいだ。俺にはもう、彼女の考えていることが分からない。
俺は愛里の腕を振り解く。無理矢理笑顔を取り繕うと。
「ご、ごめん。そういや俺、日直の仕事あったんだった。先行ってる!」
逃げるようにこの場を後にした。
このままだと、つい弾みで余計な事を言いそうだ。
「あ、うん。わかった」
「先輩……」
背後でしょんぼりと呟く凛花ちゃんの声が届く。
だが、今は振り返るのがしんどかった。