元親友の妹とウチに泊まる準備をします
「……ちょ、ま、待って! 俺まだ心の準備が」
「平気ですってば先輩。ほら、行きましょう」
現在、俺は凛花の家の前に居た。元親友の家でもある。白を基調とした、三階建ての一軒家だ。
ウチに泊まるにあたって、凛花は何も持ってきていない。
着替えやら何やらを取りに、一度家に戻る必要があった。
荷物運びに人手がいるのは分かるが……身構えないワケにはいかない。
だってカノジョの家だ。何度も訪れたことはあるが、凛花の彼氏として訪れるのは初めて。
緊張ゆえに、俺が駄々をこねていると、凛花がムスッと俺を睨み付けてきた。
「それに、あんまりウカウカしていると、兄が帰ってきます」
「それは……そうだな。よしっ」
パンパンと頬を叩いて気合いを入れる。
凛花は玄関のカギを開けると、俺の腕を引いてずんずん進んでいく。
玄関の敷居をまたぐと、程なくしてリビングの扉が開いた。
そこから現れたのは、凛花の母親──美香さん。
凛花とは血が繋がっていないため、外見は似ていない。だが、雰囲気はよく似ている。
「おかえりなさいりっちゃん。あ、トシヤくんも一緒なのね」
「ご、ご無沙汰してます」
微笑を湛えて、楽しそうに俺たちを見てくる。
俺は身体に緊張を走らせ、生唾を飲み込んだ。
「ただいま。ってまぁ、すぐ出掛けるんだけど」
「分かってるわ。荷物取りに来たんでしょう」
「うん。先輩、こっちです」
「あ、おお……」
凛花が俺の手を掴んで、歩を進める。
階段を上ろうとしたところで、美香さんから待ったがかかった。
「待ってりっちゃん」
「ん?」
「荷物って事は着替えもあるでしょう。トシヤくんに見せちゃって良いの?」
「……あっ、確かに。先輩、私すぐに荷物まとめてくるので、待っててもらっていいですか?」
「お、おう。わかった」
荷物をまとめるにあたって、下着など迂闊に見られたくない物はあるだろう。
凛花は慌ただしく階段を上っていく。
それに伴い、美香さんと二人きりになる。
「じゃ、トシヤくんはりっちゃんの準備が整うまで私とお話ししてよっか」
「は、はい……ぜひ」
俺は身体に緊張を走らせつつも、この展開になったことに少しホッとしていた。
リビングに移動する。
美香さんの用意してくれた温かい緑茶が、手前に置かれている。
ズズズ、と一口含む。美香さんはテーブルに頬杖をついた。
「トシヤくん、りっちゃんの彼氏になったんだ?」
開口一番、美香さんの口から飛び出た発言に、吹き出しそうになる。
すんでのところで堪えて、俺は息を整えた。
「は、はい。付き合わせてもらってます」
「嬉しいな。りっちゃんね、いつも私にトシヤくんの話するのよ。今日先輩がどうだったとか、先輩が先輩が~って。それで、トシヤくんと全然話せない週が来ると、それだけでテンション低くなってたりしてね。だからりっちゃんの想いが成就して嬉しいの私」
当然ながら、初耳の情報だった。
こういうのは、素直に照れ臭い。まともに受け答えができないでいると、美香さんは更に続ける。
「でもだからこそ、少し意外なのよね。トシヤくん、りっちゃんのこと恋愛対象として見てないと思ってたから」
「……それは、まぁ、色々あって」
「そうなのね。それにしても、付き合ってそうそう泊まるなんて大胆よね。最近の子は、そういう感じなのかしら」
ズバリ、といった感じで質問される。
泊まることに関して否定的というよりは、付き合い立てでもうお泊まりという展開の早さを疑問視しているようだった。
俺はこのタイミングで、カードを切ることにした。
「実は、美香さんに伝えておきたい事があります」
「私に伝えておきたい事?」
「はい。真太郎のことで」
「真ちゃんがどうかしたの?」
「真太郎は、その。凛花の事を妹じゃなく、異性として見ている節があるんです」
「……え?」
美香さんの表情が固まる。ぽかんと開いた口は、塞がる気配がなかった。
「ちゃんと事実確認しました。俺もまさかとは思ったんですけど」
「……ご、ごめんなさい。少し頭の理解が追いつきそうにないわ」
額に指を置いて、眉間にシワを寄せる。
「正直、これまで冗談だと思ってました。ただシスコンの度合いが行きすぎてるんだって。でも、どうにもそれだけじゃないみたいで」
「……そう。ごめんなさい。あの子とはあまり口を聞けてなくて。……いや、言い訳よね。……真ちゃんがりっちゃんを……」
「凛花は、真太郎の存在に身の危険を感じています。俺の家に泊めるのもそれが理由です。だから」
「ええ、真太郎とは一度しっかり話すわ。りっちゃんにしては、大胆な行動に出ると思ったら、そういうことだったのね……」
得心のいく部分があったのか、美香さんは小さく呟く。
中条家に行くにあたって、この報告だけはしておきたかった。
こういう問題は、本人の口からは言い出しにくい。かといって、俺が勝手に言っていい問題でもないとは思う。だが、言わないで放置して何か起きたら手遅れだ。
「あ、だから俺、凛花に手を出そうとかは考えてないですから。あくまで一時避難場所というか。ちゃんと、美香さんに顔向けできるような節度のあるお付き合いをしてくので、ご安心ください」
「わざわざ言わなくても平気よ。別に心配してないわ」
「そう、なんですか?」
「うん、私は娘の意思は尊重するタイプなの。当人同士が納得しているなら、別に自由にしていいと思うの。もちろん、納得してないのはダメよ?」
ピンと人差し指を立てて、注意される。
美香さんは、微笑を湛えると。
「じゃあ、りっちゃんの事お願いね。何かあったらすぐに相談して。力になるから」
「はい」
コクリと首を縦に下ろす。
と、そのタイミングでリビングの扉が開いた。
「ぜぇ、ぜぇ……お、お待たせしました先輩……」
息を切らした凛花が、キャリーケース片手に立っている。
「早かったな」
「急いで準備したので」
元親友がいつ帰ってくるか分からない。
その状況下で、悠長にしている暇はない。にしても、早すぎな気はするが。
俺は椅子から立って凛花の元へと向かう。
「行ってらっしゃい、りっちゃん」
「うん。行ってきます」
美香さんは椅子から立ち上がると、ひらひらと手を振ってきた。
俺はペコペコと、何度か頭を下げる。美香さんに見送られながら、俺たちは中条家を後にしたのだった。




