表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/51

しつけぇ

 現在、時刻は二十四時を回ったところ。

 寝る準備を整えたというのに、部屋はまだ明かりが付いていた。薄い壁越しに、シャワーの流れる音がする。……冷え切った身体を温めるため、幼馴染がシャワーを浴びているのだ。


 俺はスマホを手に持つと、凛花へと通話をつなげる。

 が、いつまで経ってもつながらない。もう寝ているのか、あるいはスマホの電源を落としているのだろう。


 俺は包み隠さずに、今、幼馴染がウチに居ることとその経緯をメッセージで送る。

 連絡すれば済む話ではないが、隠しておく方がもっとよくない。


 どうしよう、嫌われたら……。

 でも、いくら幼馴染相手とは言え、この寒空の下、放置することは出来ない。いや、言い訳だな。結局、何かあったとき責任を負いたくないだけだ。……クズかよ俺……。


 しばらく悶々とした時間を過ごしていると、奥の扉が開く。


「シャワー、ありがと」

「……あ、ああ」


 俺の家にドライヤーはないから、まだしっとりと水気を含んでいる。


「トシ君のシャツだから、ぶかぶかだ」


 ゆらゆらと余った袖の部分を、左右に揺らす。

 太もものエリアにはみ出すくらい、シャツの丈が合っていなかった。


「気にくわないなら着なくていいけど」

「ううん、違うの。なんか新鮮だなって」


 嬉しそうにはにかむ。

 少し前なら、そんな彼女の些細な反応に、心がざわついていたのだろう。だが今は、無感情でいられる。それだけ俺の気持ちが、彼女から離れていることを痛感した。


 幼馴染が、俺の元に寄ってくる。ちゃぶ台を挟んで対面の位置に座った。


「誰に、連絡してるの?」


 俺のスマホを一瞥して、不安そうに聞いてくる。

 ここはありのまま事実を伝えることにした。


「俺のカノジョ」


 その返答を受け、幼馴染は慌てて自分の携帯を確認する。

 けれど、俺が連絡しているのは凛花だ。


「お、おかしいな……あはっ……カノジョってあたしのことだよね」

「いい加減しつこいな。もう愛──月宮さんとは別れた。月宮さんは俺のカノジョじゃない」

「なんでそんな距離のある呼び方するの……もう、愛里って呼んでくれないの?」

「ああ。呼ぶ気はない」


 基本的に、名前呼びは親交の証だ。

 ただの意思表示でしかないが、名前呼びを封印することが、彼女との距離を置く第一歩に繋がると思っている。


 ピシャリと告げると、幼馴染の表情に影が差した。

 僅かに目を見開き、下唇を噛んでいる。


「もう、やり直せないのかな……」

「余地はない」

「あたしが間違ってた……。もう言い訳はしないよ。トシ君を傷つけて、身勝手で、最低だった」

「口先だけの謝罪なら誰にだって出来る」

「ぜ、全部……全部直すよ。あたしのダメなとこ、全部直す。あたし、心入れ替えるから! だからもう一回だけ……やり直せないのかな……」


 段々尻すぼみになって、復縁を切実にお願いされる。

 長い時間、外で待って健気なアピールをすれば、俺が折れると思っているのだろうか。非を認めて、これからの展望を話せば、俺が許すと思っているのだろうか。


「無理。どれだけ更生しても俺の気持ちは変わらない。俺を馬鹿にするのも大概にしてくれないかな」

「……っ。そんな、つもりじゃ……」

「布団はそこに敷いてあるのを使って、このちゃぶ台が境界線だ。こっちに来たら、その時は無理矢理にでも追い出すから」

「トシ君……」


 今にも消え入りそうな声で俺の名前を呼ばれる。

 けど、そんなのはお構いなしに、俺は電気を消す。


 俺は枕に頭を預けると、壁の方に顔を向けてまぶたを落とした。

 今日は色々あったせいか、すぐに眠りにはつけない。


「……起きてる、よねトシ君」


 電気を消してから一分足らず。

 まだ起きているが、返事はしない。


「……そっか。じゃあ独り言」

「…………」

「信じてもらえないかもだけど、あたし本当にトシ君が好き。……覚えてる? 昔、あたしがママと喧嘩して公園に一人で居たら、トシ君『一緒に家出してあげる』って言ってくれたんだよ。普通、家に連れ戻すところなのにさ。あたしの手を握って、知らないところまで連れてってくれた。結局その後、物凄い怒られたけど……」

「…………」

「でもね、ああいうトシ君の何気ない優しさが好きなの。それが正しいとか間違ってるとかじゃなくて、その時、あたしが一番してほしいことをしてくれるから」

「…………」

「あ、別にあたしにとって都合が良いから好きって事じゃないの。完全にその側面がないって言ったら嘘になるけど。トシ君の真面目で熱心なとこも、掛け値なしに人助けできるところも、あんまり気づかれてないけど塩顔でカッコいいところも、手先が器用なところも、全部……全部好き」


 胸の内を吐露する。

 暗がりで彼女の顔がどんな顔をしているのかは窺えない。


 これが本心なのか、ただ俺を揺さぶるためのお世辞なのかは分からない。

 しかしいずれにせよ、俺から言えることは一つしかない。


「だったらどうして、裏切るような真似をしたんだよ」

「……っ。寂しかった……の。中学に上がってからトシ君、和菓子屋のお手伝いであたしに構ってくれる時間少なかった。高二になるまで、トシ君があたしのこと好きでいてくれてるって知らなかった。自分自身に磨き掛けたり、他の女子に牽制かけたり、色々してたらストレスが溜まって、それに家のこともあって……それで」

「それは昔の話だろ。俺と付き合う前に誰と何があったって、それを咎める気はない。けど、付き合った後はやめることができたはずだ」

「……っ。……そう、だね。トシ君の言うとおりだ。ごめんね」


 それを境にパタリと静まりかえる室内。

 衣擦れの音がわずかに聞こえるだけだった。


 ようやく眠りにつける──そう思った、矢先。


「本当にもう……やり直せないのかな……?」


 いや、いい加減しつこいな……。

 もう何度目にもなる復縁を申し込まれる。だがそれに応じる気は更々ない。

  

 俺は布団を目深に被ると、まぶたを落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍化しました。試し読みだけでもぜひ!

こちらから飛べます
― 新着の感想 ―
ドアの前にいるなら親に連絡するか不審者が居ると警察に連絡。 なぜ部屋に入れるのか。 赤の他人より他人のドブビッチがどうなろうと構わないよね。 むしろどうにかなってほしいわ。
[良い点] 語りの部分の記述や会話の記述はテンポが良くて読み易いです。 違和感が無くてスラスラ読み進める文章を記述できるのは才能だと思うしうらやましいです。 [気になる点] 愛里の家に連絡して帰らすの…
[一言] ほんとに主人公のことは好きなんだろうけど全て自分本位なんですよね。性欲解消として平気で好きでもない人とセックスする癖に主人公とは雰囲気大事にしていきたいとか。全く彼氏の気持ちを考えてないし、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ