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火垂灯の孤哀  作者: 仲奈
9/9

火垂、来い

 夏休みが終わって、僕は何の変哲もないただの受験生へと戻った。やはり毎日、相も変わらず、学校と塾の教室を往復しながら参考書と睨み合い、勉強ばかりしている。

 けれど以前と少しだけ違うことだって、勿論あった。たとえば昔のように明朗快活に笑えるようになったこと。携帯電話のアドレス帳の中にあるメモリーの数が増えてきて、受験勉強の合間にはその愚痴を言い合えるような友達が、何人かずつでも出来始めたこと。母親に対して、僕には僕のペースがあるのだと穏やかな気持ちで伝えられるようになったこと。未だぎこちなくはあるものの、母親はそれに理解を示してくれ、応援してくれているということ。

 見仰いだ空は今日も今日とてくすんだ色をしているし、季節柄もうじき冷たくなってきた風にはやはり鼻につく排気ガスの匂いが入り混じっている。けれどももう僕は、ここから逃げ出したいとは、考えなどしなかった。


 歩いていこうと、思う。

 目の前に続くこの道を、ほんの一歩ずつでも良いから自分のこの両の脚で。そう決めたのだ。前へ進もうと、そう、心から素直に思う。

 それでも時折は思い返してしまう。凛々しい眸をした少女の、そのぴんと背筋の伸ばされた姿に、涼やかな声に、表情に、あのとき交わした口唇同士の確かなぬくもりに、与えられた様々なものものに、抱かない感傷も覚えない感情も、無いわけがなかった。きっと、もしもこの感覚を言葉にして言い表してみせるのであるならば、きっと、多分、おそらくは――とても大切で、大好きで、憧れで、誰よりも何よりもいとおしい存在であった。唯一無二の、友達だった。親友だった。そうしておそらくは、大事な大事な、或いはあれは淡い恋のようなものでも、あったのだ。


「なあ、元気か、……――――」


 ふと小さく呟いてみた、あまり馴染みのあるものではなかったフルネームはけれど、街の喧騒に融けて、掠れ、消えていった。それでも愛しいものであることには相違なく、自然と頬の辺りが緩んだ。

 未だ心のずっとずっと奥のやらかbな部分を抉り続ける、そんなどうしようもない憧憬を携えて、それでも前進しようと踏ん張ってみるのもそう悪くないように、今なら感じられる。思うことが出来る。きっと、この想いは消えることなんてない。だから進んでいこうと思う。


歩いて、行こうと思う。


 蛍の発するあの、淡い光の点滅のような一瞬、その燈、瞬間瞬間ごとのひとつひとつを、この双眸へと確かに灼きつけていきながら。

目一杯に、輝かせながら。

ここまでお読みくださってありがとうございました。

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