宿題、花火、タイムカプセル
町の夏祭りの本番の日は夕立も降ることはなく、月の明るい夜空には星々がたくさん瞬いていて、陳腐な表現にしかならないが、それはそれは綺麗なものであった。
僕たちは子供会の法被を着せられ、目尻や鼻筋に赤と白のドーランを塗りたくられて、木材で打ち建てられた四角四面の櫓に意気揚々と登った。僕とホタルはふたりして、太鼓の担当だった。八木節独特の軽快なリズムを、汗だくになりながら打ち鳴らすのだ。
祭りの会場となっている公園には各商店の名前の刷られた提灯が吊るされてあり、櫓には紙で作られた灯籠が飾りつけられていた。その周りを、花笠を持った踊り手たちが節に合わせて踊り回る。
ばちを握る手の先から痺れが全身に行き渡っていって、身体中が熱くなった。血が沸き立つように駆け巡るのが分かって、その源流元である心臓が心地好く震えた。樽の歌声と横笛と鼓が重なり合い、それを太鼓が引き締めて、みんなで同じ高みへと昇り詰めていくようであった。爽快だった。僕は頬を上気させて、どこか夢の中にでもいるかのような心地で、夢中で太鼓を叩き続けた。いつの間にか、聞き覚えてしまっていた唄も、一緒になって口ずさんでいた。
夢のような演奏を終えて一息つき、みんなできゃあきゃあ騒ぎながらも櫓から降りると、僕の母親とホタルのお母さんが手を振りながら僕たちのほうに駆け寄ってきた。
「まあ、まあ、お疲れ様! ふたりとも、恰好良かったわよ」
「写真を撮ってあげるから、ほら、並んで並んで」
言いながら片手で僕たちに並ぶよう指示し、ホタルのお母さんは、僕とホタルに向かって安っぽいインスタントカメラを構えた。
「イエーイ、ピース!」
「はい、チーズ」
フラッシュが焚かれて、やけにハイテンションになっていた僕がホタルに絡んでいる図がフィルムにしっかりと収められた。
「おばさん、あとで焼き増ししてね」
「ええ、勿論」
小声でちゃっかりと頼むと、ホタルのお母さんは笑顔で快諾してくれた。やわらかく明朗な微笑みはどこか、やはりホタルのそれを思わせるものであった。
「ところで、ふたりはこのあともまだお祭りで遊んでいくの?」
問われたのに、当然、と、ぐっと親指を立てて力強く肯定すると、僕の母親は呆れたように溜息を吐いた。
「母さんたちはもう帰るからね。あんまり遅くならないようにしなさいよ。それから、遊ぶ前にさっさと着替えて、お化粧を落としなさい。あと、汗かいたままじゃ風邪ひくから」
「はいはーい」
「ええと。それから、無駄遣いはしちゃだめよ。あんたはいつも余計なものばかり買ってくるんだから。部屋中がらくたばっかり散らかして…………。だいたい、引越しの準備もまだ終わってないでしょ。早く帰ってきて、さっさと片付けるのよ」
「わかってるって。じゃあね」
いつまでも口やかましい母親から逃れたくて、一刻も早くその場から離れて行きたい一心だった僕は、さっさとホタルの手を引いて駆け出した。すぐさま公園の水道で顔を洗ってドーランを落とし、本日のみ設置されている簡易更衣室にて着替えを済ませると、そろそろと僕たちは祭りの賑わいから離れた。一仕事したあとのラムネや、ヨーヨー掬いや射的なんかの出店を回って見てみるのを楽しめないことは確かに残念ではあったが、今夜はそんなことよりももっと大事な予定があるのだ。つまりは、オバケ森の探検である。
祭りの音頭はスピーカーを通して大音量で流されているため、オバケ森の前までやって来てもまだかすかに聞こえた。オバケ森は、元はきちんと手入れされた立派な松林だったらしいが、ここ数十年のうちに人間の手が離れ、今はほぼ雑木林と化している。鬱蒼とした林は、夜に歩けばより一層不気味だった。真っ暗で、林全体が巨大な生き物となって大きく口を開けて迫ってきているかのような、なんとも言えない圧迫感があった。
「よ、よし、行くぞ!」
ごくりと生唾を呑み込んだ僕はわざとらしく凄み胸を張って、半ば自分を奮い立たせるためのように、勇んで言った。僕の少し斜め後ろに立っているホタルは平然とした様子で、それでも僕の強張っている様子を見て、少しだけ可笑しそうにして笑った。 それがなんだか無性に恥ずかしかった僕はぱっとホタルから視線を外し、ばつの悪さをなんとか押し隠しては、前方へと向かって一歩、足を踏み出した。
「確かさ、噂だと、奥に行くと鳥居があるんだよね」
「そう。それでそこから左右に松が十本ずつ、合わせて二十本、道なりに綺麗に並べられて植えられているの。それが処刑された魂を慰めるための松で、辿っていくと祠があるんだ、っていうね」
「僕らの周りで確かめた人は、いないけど」
「当り前じゃない」
声を上げてからからと笑うホタルの陽気さが、暗い雑木林の中での救いみたいだった。唯一と言ってもいいほどの明かりは幸運にも晴れている夜空に浮かんだ月しかない。
「そうそう、だからさ。それで僕たちが……バシッと証拠写真を…………っ、て、あ!」
「どうしたの?」
「カメラ忘れた……!」
なんたる失態だ。
僕が声にならないままに呻き声を上げて唸っていると、ホタルは首を傾いでみせた。平坦な調子で、それなら大丈夫だよ、と静かに言ったホタルの真意がもう既に軽いパニック状態に陥っていた僕には瞬時には掴めなかった。
「それなら、わたしが持ってきたから」
「…………へ?」
「じゃーん」
無感動な声音の効果音を口頭で付けたホタルがその手に取り出してみせたのものは、先程にも目にした憶えのあるようなどこにでも売ってあるインスタントのカメラであった。
「実は、まだ夏休みの自由研究が終わってなくてさ。どうせだから『オバケ森』についてとことん調べてみようと思って。これは取材用に用意したカメラ」
「さっすがホタル!」
僕が両手を広げて賞賛すると、ホタルは、えへへ、と珍しくはにかんだような表情を見せた。
「じゃあ、行ってみようか。怪談だと、夜と昼とでは松の木の数が違うんだって。ええと、それから。人魂が出るとか、落ち武者が彷徨っているとか……」
「ええい、今更余計に脅かすなって! いざ行くぞ、ホタル隊員!」
背負っていたリュックの中からライトの付いたヘルメットを取り出した僕は両手にはごつい懐中電灯を握り締めて、完全装備に徹した。
「……よく、そんなヘルメットがあったね」
「隣の家のおじちゃんから借りてきたのだ。むっ、なんだ、ホタル隊員はそんなちっぽけな懐中電灯ひとつか? しょうがない、片方貸してやろう!」
「ありがとうございます、隊長」
わざとらしい動作で以って恭しく僕の手から懐中電灯を受け取ったホタルはやけに楽しそうにしていて、だから僕のほうにまでそれが伝染して来ているかのように、とてもとても楽しい気分になれた。ふたり揃って同じ感情に胸を躍らせているという感覚は、なかなかに悪くないものである。
古ぼけた『立ち入り禁止』の看板をちらりと横目で見遣って、それから視線を逸らし、僕たちはオバケ森へと、いざ足をそろえて踏み入らせていった。
夜の雑木林の中はひたすらに静かであった。虫や鳥の鳴き声はかすかにあったけれども、それはささやか過ぎて、もはや子守唄にも近似していた。なまぬるい風が緩やかに流れては、鬱蒼とした木々をさやさやと揺らしている。踏み締めた土はしっとりと湿っていて、靴の底から足の裏に柔らかな感触が伝わってきた。じっと耳を澄ましてみれば、まだ遠くには祭囃子が聴こえる。
初めは緊張していた僕も、しばらく先へ行くと、段々と怖さは薄らいでいくようになってきた。外から見たよりも林は何の変哲もなく、何かが起こりそうな気配などまるで無かった。なにより、隣を歩くホタルがまったくいつもと変わらない調子で落ち着いているものだから、僕がひとりでびくびくしているのが莫迦らしくなったのであった。 結局は普段どおりの調子で、たとえば先週観たテレビアニメやなんかの話などを楽しげに交わしているうちに、やがて僕たちの四本の脚は古ぼけた鳥居へと辿り着いた。目の前にあるそれを噂にある鳥居だと認識するまでに一拍置いてしまった僕をよそに、疲れに因る浅い溜息を吐いたホタルが静々と口を開いた。
「……本当に、あったね。意外と大きい」
塗られてあった朱色が風化し剥がれ落ちてしまったのか、それとも最初から色なんて塗られてなどいなかったのかは定かではないが、黒ずんでしまっている鳥居にそっと手のひらを添えて、そのまま見仰いだホタルが感嘆したように、囁くような声音で呟く。
「じゃあ、いよいよ、この先には件の松が並んでいるわけだね……」
鳥居の奥を手に持った懐中電灯で照らして見てみると、確かに道のようなものが先まで延びているのがわかった。少々獣道のようでもあるそれは、けれど歩むのには特に支障もなさそうである。怖じ気づかないうちに、と、早速僕が踏み出そうとすると、それを横から伸びてきた細い腕が阻んだ。
「あ。待って。鳥居の写真を撮るから」
簡潔にそう言うと、その場から何歩か後退し、退がった位置からホタルは鳥居をファインダーの内へ収めると、パチリと軽快な音を立ててシャッターを切った。それからも暗闇の中にフラッシュが幾度か目映く弾ける。
「暗すぎて、現像しても何も写っていなかったら困るな」
「何も写っていないだけならまだいいぞ。余計なものまで写ってたら、どうする」
僕がさも恐ろしげに言うと、ホタルは反転、明るく笑った。
「鳥居と一緒に写っているんだもの、きっと悪いものじゃないよ」
「そういう問題かあ?」
ホタルはおとなしそうに見えて、実は結構図太い神経の持ち主なのかも知れないと、そのときにふと思った。そう、言われてみたならば確かに、急に大胆なことをしでかすときもあるし、第一、未知のものに対して怯むことがまるでなかったようにも思う。自分の眸に映って見えないものや、自分にとってどうでもいいことに対して、然して怯えたりはしないらしい。ホタルのそういったところを、僕は密かに恰好良いと感じていた。本人に直截的に告げたことなど、勿論無かったけれど。
ひとりでなら、夜中にこんなところを探検しようだなんて、きっと絶対に思わない。たとえばそれは他の奴らと一緒にだったとしても、である。絶対に来ないという変な自信があった。ほんの少々情けない気もしたのだが、それが正しく、真実であったのだ。
「さ、進もっか。松の木の数を数えよう。本当に二十本、あるかな?」
どこか楽しげに促すホタルの声に僕も頷いてみせて、それから首を回しつつ、この僕たちの立っている獣道を挟んで左右に植わっている松並木を交互に見遣った。
「おう。じゃあ、僕が右側を数えるから、ホタルは左側な」
「ん。おっけー」
内心びくつきながらも、わざと努めて明るい声音で発した僕の提案にホタルは軽い調子で顎を引いてみせる。それだけの、普段のとおりでしかない遣り取りだったけれど、それだけだったからこそ、なんだかだいぶ救われたような心持ちとなった。
オバケ森の中には何本も何本も松の木が植えられていたけれども、あの鳥居から先に続く並木は他の松とはまったくの別格であることが一目でわかった。平行に整えられて並べられていて、幹も人間ひとりのひと回り以上は太く、そこにはぼろぼろの注連縄が引かれてある。
「いーち」
最初の松に軽く触れるだけのタッチをして、それから次の松へと向かう。 自然と上げる声は平時のそれよりも大きいものとなった。
「にーい」
「さーんっ」
僕とホタルとは交互に松を数えて行きながら、どんどんと奥へ奥へ進んでいった。少しずつ鳥や虫の鳴き声が遠ざかっていって、まるで静寂の世界に招き入れられてでもいるかのような錯覚に陥りそうになる。辺りは不可解なほどに静か過ぎた。気味が悪くないといえば当然嘘であった。道の両側に並び立つ松の木は、まるで首無し地蔵が並んでいるかのような、得体の知れない不気味さがあった。ホタルはそんなことなんて気にも留めていないかのように、時折ポケットから突っ込んでいるカメラを取り出しては、やはり飄々とした表情で淡々と松の写真を撮り続けていっていた。
「十八」
「十九! 次で最後だな」
「うん。二十、と」
噂では、並んでいる松の本数は二十ぴったりのはずであった。最後の松まで無事に何事もなく辿り着いて、思わずほっと胸を撫で下ろしながらも一応の確認はしておこうとし、手にしていた懐中電灯で更にその奥を照らした。だがしかし、そこで僕は息を止めることと相成る。
「……ほ、ホタル…………」
「まだ、続いているみたいだね」
ホタルは動じていない様子であった。
松並木は続いていた。道の奥は暗く、まったくもって果てが無いかのように見えた。それは多分そのときの僕の心理が作用した錯覚でしかなかったのだろうけれど、そうとしか思えはしなかった。来た道を振り返った僕はその深い暗闇に立ち竦む。もはや、道には始まりも終わりも無く、僕たちを閉じ込めて、永遠に続いているようだった。
帰れなくなった、と、僕の中の本能みたいなものがうるさく叫んだ。
「ホタル、どうしよう、僕たち――」
「大丈夫だよ。落ち着いて」
ホタルは相も変わらず穏やかな笑みを浮かべたままで、その手のひらが強張る僕の肩を撫ぜた。あたたかく柔らかなはずの感触がそのときばかりはどうにも感じられずに、それでも少しだけ、安心することは出来た。
「ほら、奥に祠が見えるよ。もうすぐゴールだ」
ホタルが懐中電灯で照らし出した先には、確かに祠のようなものがうっすらと見えるようであった。それでもなかなか最初の一歩を踏み出しきれない僕にホタルはその手を差し伸べてきて、柔和に小首を傾いだ。
「噂が間違っていただけだよ。わたしたちがこの眸で見て確かめたことのほうが、本当。なにも怖いことはない。そうでしょ?」
深くにっこりと微笑みかけられて、そこでやっと僕は生きた心地を取り戻した気がした。冷静になって考えてみれば、ホタルの言うことは至極当然のことであった。噂なんて所詮は噂でしかなく、伝達に多少のずれが生じてあったところで、そんなことは当たり前のことなのだ。自分がいかにこの雰囲気に呑まれて平静さを失っていたかを思い知り、情けなくなった。
落ち着きを取り戻した僕を見てひと安心したのか、僕の手を軽く引くようにしてホタルは明るく言った。
「さあ、続きを数えてしまおう。ちゃんとメモしておかなきゃ。えーっと、二十一」
「お、おう。…………二十二」
そうやって数えていくと、注連縄のしてある松は結局、合計で二十五本あった。古びた祠まで辿り着いてから、うーん、と、考え込むような仕種を取ったホタルに僕は小首を傾げた。一体どうしたというのだろうかと、疑問が頭を過ぎる。
「きちんと揃えて埋められているように見えるのに、左右で数が違うなんて奇妙ね。二十五って数字に、何か意味でもあるのかな?」
「だから、処刑された奴の数だろ」
「二十五人? なんだか少なすぎる気がするけど」
依然として、ホタルはまるで納得のいっていない顔である。僕にしてみればそんなことは、疑問を挟む余地もないような、至極どうでもいいことであったのだけれど。
「少し、図書室で調べたんだけどね。ここが昔、処刑場だったことは本当らしいの。藩刑場だったんだって」
「ハンケイジョウ?」
あまりに聞き慣れない言葉であった。鸚鵡返しに問うと、わざとらしい仕種で以って手を顎に充てたホタルは「ふむ」と大袈裟にひとつ息を吐いてみせてから、真っ直ぐに僕のほうへと向き直った。朧気な月と星々の醸し出す明かりの中に、ぼんやりとホタルの白い頬が浮かび上がっていた。
「江戸時代の処刑場ってこと。ちなみに、近くの川で首や死体を洗ったっていうから、多分あの――」
「…………やっ、やめやめー!」
いつも遊んでいる川の名前を出そうとしたホタルの口を、とっさに両手で塞ぐ。手のひらの向こう側でホタルの喉の奥がくつくつと鳴った。
「そんな話聞いたら、もう遊びに行けなくなるだろうがっ」
「ごめん、ごめん」
軽く片手を挙げ、あはは、と場違いにも程があるほど朗らかに笑いながら僕の慌てっぷりを流したホタルは、こちらが脱力してしまうくらいにどこまでも暢気な調子である。
「そうだな……。この松が首塚なら、かなりの重罪人で、よっぽど惨い処刑のされかたをした人たちってところなんだろうね、きっと。町内引き回しの刑とか」
「……く……首塚って」
何気なく松に寄りかかっていた僕はその身を咄嗟に引き剥がした。サーッ、と、血の気が引いていく音が耳の奥で聞こえたような気さえしてきてしまった。
「その下に、首が埋まってるってことだよ」
「ぎゃーっ」
今度こそ僕は蒼褪めてその場所から飛び退き、そのままの勢いでホタルにしがみついた。平然としているままのホタルは自身の腹の辺りに軽く手を遣り、そうしてくすくすと喉の奥で笑う。
「きみって、実は可愛いよね」
「お前が可愛げなさすぎるんだ!」
憎たらしいくらいに涼しい顔をしているホタルに向かって、僕は半ば怒鳴りつけるような声量で言った。
「おらっ。さっさと写真撮って、タイムカプセル埋めて、帰るぞっ」
「――うん」
未だにくすくす笑いを堪えているかのような、それでいてしかもそれを隠そうとする素振りも見せないでいるホタルは、それでも僕の怒声交じりの言葉へ応えたとおりに祠へと向かい、何度か角度を変えてはシャッターを切った。
「…………そういえば、ホタル。お前がまだ夏休みの宿題を終わらせてないなんて、ちょっと珍しいよな」
毎年いつものこの時期なら、疾うにホタルは宿題を終えているはずであった。そうして僕はと言えば八月三十一日にひいひいと涙目になっているのが例年のことで、結果としてホタルに泣きつくのが常だった。とはいえこの年は、夏休み明けの転校を控えているから、僕にとっては宿題なんて無いも同然だったのだけれど。
「うーん…………」
なんだかやけに言い淀む姿は変にホタルらしくなく、その様相に対して訝しんでいると、そんな僕の思考に気がついたのか彼女は未だ手にしていたらしいカメラのファインダーを覗き込みながら、淡く苦笑してみせた。
「宿題は、ほら、さ。あとでも出来るから」
「はあ? なんじゃそりゃ」
僕が首を傾げても、もうホタルは、困ったような表情をして微笑むだけでしかなかった。
実際のところ、ホタルはほぼ毎日、朝から晩まで僕に付き合って遊び回っていたのだった。だから宿題なんて、当然、済んでいるはずなどなかったのである。それに気づくことも出来やしないなんて、僕も大概ぼけたガキであったことだ。
「よし。じゃあ…………」
ようやく撮影が済んだらしいホタルは徐に僕のほうへと振り向き、それからにやりと口角を上げてみせた。それと同様の類の笑みを僕もそちらへ律儀に返す。
「ちゃんと持ってきたか、ホタル」
「勿論だよ、きみは?」
「カンペキ」
僕はにいっと歯を見せて笑い、家の台所で放置されていたクッキーの詰め合わせが入っていたらしい缶を掲げた。ホタルも、おそらくは茶葉が入っていたのであろう筒状の缶を携えていた鞄から取り出した。
「お前の宝物、ずいぶん小さいんだな。何が入ってるんだ?」
「秘密だよ」
ホタルは楽しげに笑う。僕もつられて笑った。
「きみのほうは、その箱いっぱいにウッカリマンカードが入っているの?」
「………………秘密だ」
憮然として僕は答えた。たとえ図星でも、ばればれであっても、正直に認めるほど素直な性格の持ち合わせは僕にはなかった。
短い話し合いの結果、タイムカプセルを埋めるのは、祠の横、すぐ脇ということにした。当初の目的では松の木の下に埋めるつもりだったのだけれど、掘っているうちに白骨でも出てきそうな気がしてしまい、どうにも気後れしてしまったのであった。そんな僕をやはりホタルは笑ったけれど、案外それに厭な気はしなかった。お互いに持ってきたスコップを鞄から取り出すと、どちらからともなく僕たちはざくざくと柔らかな土を返して穴を掘り始めた。
「ところでさ」
「なんだ、ホタル」
またしても薄気味悪い話が始まるのかと、つい身構える僕を見て、小さくホタルは肩を竦めてみせた。
「このタイムカプセル、いつ掘り返そうか?」
瞬間、ぽかん、としてしまった。不覚にも僕はそのことにまったく考えが及んでいなかったのだ。
「そ、そういえば! すっかり忘れてたよ。重要なことじゃないか」
「何年後がいいかな。五年後? 十年後?」
「そうだなあ…………」
僕が答えを出そうとするのをホタルの声が遮っていく。
「わたしとしては、あんまり後だと、きみがこのことを忘れちゃうような気がするんだよね。そのうち、この町のことも、わたしのことも。忘れちゃうんじゃないかなあ、って」
「失敬な。そんなわけないだろ」
むっとして、微笑むホタルの顔を真っ直ぐにねめつけると、ホタルは形の良いその眉を下げてみせ、それだけで謝罪の意を伝えてきた。
「……うん、冗談だよ」
多分、あれは本音だったのだ。人間が環境と時間とにとても流されやすい生き物であることを、ホタルはよく承知していた。きっと僕なんかよりもずっと、ずっと深く理解していた。
「だったら、三年後にする」
「え?」
臍を曲げながら、不機嫌になっていた僕はわざとぶっきらぼうに言い放った。
「僕のこと、忘れっぽい奴だって言うんだろ。だったら、三年後の夏祭りの日に、ここへ戻ってくるよ。長くもなく、短くもなく、丁度良いだろう」
「あ。勘違いしないで。きみを薄情な奴だと思ってるとか、そういうわけなんじゃないよ」
俯きながら、ホタルは静かに微笑んでいた。 少しだけ寂しそうに見えたのはおそらく、見間違いなんかではなかったのだと思う。ただそのときの僕にはそれをどうすることも出来るはずがなくて、一方的に気まずい心情に陥っていってしまうだけであった。
「三年後か。……中学、三年生……だね。きみはどんな人になってるんだろ。会えるのが楽しみだな」
「お前は、あんまり変わってなさそうだよな」
「どうだろうね」
僕は少しだけ睫を伏せて、再びこの場所に戻りこのタイムカプセルを開ける日のことに思いを馳せた。
三年間。
その時間が、僕たちをどれだけ変えられると言うのだろう。何も変わらない気がするのに、何故だか妙に不安になった。
この缶の中に僕の一部を切り取って封印していくのだと感じた。それは、もしかすれば永遠に僕の許には還ってなんて来ないもので、この地で眠り続けるもうひとりの僕自身のようでもあった。関係や、気持ちというものは、果たして消えていってしまうものなのであろうか。忘れるのではなくて、それは消去である。一度手放したら、もう取り戻せないのだろうか。そんな自問に対し、自答は当然ながら有りはしなかった。
ひょっとすると、大人になるというのはそういうことなのかも知れない。そんなことをぼんやりと考えていても、タイムカプセルは僕とホタルの手たちによって、丁寧に埋められていった。
「さてと、帰るか」
「すっかり遅くなっちゃったね」
軍手やらスコップやらの道具のひと通りを片付ける、その大方の作業を終わらせた僕が腰を浮かせると、それに倣ってホタルも一緒に立ち上がった。そうしてそれからホタルは僕のほうに目を向け、「ん?」と、呟いたその瞬間にくるりと大きめの双眸を大袈裟に円くしてみせる。
「どうした?」
「……後ろの、……松…………」
おどろおどろしく、呟き声程度の声量で言ったホタルが懐中電灯で照らした方向を、素直に僕は振り返る。僕の立っているすぐ後ろの松の木に、何か、大きな虫のような影が無数に磔の状態になっていた。見とめて、それから愕然とする。
「…………へ?」
恐ろしいながらもなんとか目を凝らして、よくよく見てみると、いくつもの藁人形が、五寸釘で打ち付けられていたのだった。一瞬互いに固まったのち、先に動いたのは僕の両脚のほうだった。
「う、あ、……ぎゃああああーっ!」
みっともない悲鳴を上げて、僕はその場から駆け出した。
「逃げろっ、ホタル!」
「あ、待ってよ!」
ホタルもすぐに僕の後ろを追いかけてくる。全速力で駆け、林を抜けた僕たちは、夢中だったからなのかあまり憶えてはいないが、たとえ運動会のリレーでもあんなに速くは走れなかったであろうという確信ならあった。鳥居を抜け、オバケ森から飛び出すと、ふたりとも一気に脱力して座り込んだ。息が切れて、軽い吐き気がした。
「呪いの、……藁人形、なんて、初めて見た…………」
息も絶え絶えに僕がなんとかして口を開くと、ホタルは汗を拭いながらふにゃりと笑った。
「わ、わたしも、だよ……」
周囲を気にもせずに、ぜえぜえ、はあはあ、と、お互いに肩で息をしている音しか響かない静かな雑木林の暗い空が、ふと急に明るさを帯びた。花火だった。公園の方で、祭りがその終わりを告げているのだ。一気に風が涼しくなったような気がした。なんとも言えず柔らかく、心地好い。道路に座り込んだまま夜風に身を晒し、無言のまま僕たちは静かに花火を見上げていた。
「…………綺麗だね」
静々と、先に口を開いたのはホタルのほうであった。柔らかな声で囁かれたその言葉に、うん、と素直な頷きを僕も返す。夜空に一瞬で鮮やかに花開き、ぱらぱらと散って消えていく花火。じっとそれらを眺めながら、きっと忘れない、と、僕はそのとき強く思った。
僕たちが花火にしばし見入っていると、横から突然に、目映い光を当てられた。思わず目を眇めてそちらに視線をやる。
「きみたち、そんなところで何をしとるんだね」
唐突な眩しさに顔を顰めながらよくよく見てみれば、懐中電灯でこちらを照らしているのは見知った駐在さんだった。
「あ、こんばんは」
一応の礼儀として立ち上がり挨拶をすると、向こうも乗っていた錆びかけの自転車から降りてこちらへと向かってやってきた。そうして一見いかつい顔面一杯に柔和な笑みを浮かべる。
「ああ。なんだ、きみたちか」
この駐在さんは、普段から僕たちが柿やら何やらを盗み食いしているのを見つけては叱ってくる、それでいて親や学校にまでは告げ口をしないでいてくれる、いわゆる気の良いおじさんだった。いつも自転車で町内を回っていて、町中のみんなから親しまれている人である。今も祭りの最中をパトロールして巡っていたのであろう。
「こんなところで、今度は何のいたずらだね。まさか、あの松林に入ったんじゃなかろう」
「…………あはは」
苦笑いを浮かべるしかなかった僕とホタルの両方の顔をじっと交互に見つめると、途端に、駐在さんは思い切り難しい顔をしてみせた。
「その年になって、立ち入り禁止の文字も読めないのかね」
「ちょっと、自由研究の取材で。学校の宿題なんですよ」
ホタルが悪戯っぽくカメラを掲げて見せると、駐在さんは呆れかえったと言わんばかりに肩で大きな溜息を吐いた。下ろしていた両腕を腰まで持っていき、もう一度息を吐く。
「まったく……ここは本当に危ないところなんだぞ」
「それはもう、よくわかりました」
僕の、もう懲りました、という風体であることを見て、駐在さんの眉がぴくりと跳ねた。
「中で、何か見たのかい?」
「はい。なんと、呪いの藁人形が山ほど……」
おどろおどろしげに僕が言ってみせると、瞬間、ごつんと脳天への直撃の拳骨を食らった。
「いってえー!」
「こぉの、いたずら小僧ども! 今度悪さをしているのを見つけたら、親御さんたちにしこたまお説教してもらうからな。覚悟しておくんだぞ」
「……はーい…………」
どうして僕だけが殴られなければならないのか。これでは不当なのではないのか。そんなことを考えつつも、涙目になって痛む頭をさすりながら、渋々と返事をする。少しだけ目線を隣に遣ると、いかにも不満をうな表情をしていたのであろう僕のことを見て、くすくす笑いを堪え切れずにいるようであった。その様相にむっとすると同時に、わずかばかりの安心感も覚える。
「もう、祭りも終わったぞ。こんな時間に子供たちだけでうろつくのは危ない。俺が家まで送っていってやろう」
「……ありがとうございまーす」
そうして駐在さんに首根っこを掴まれながら、僕たちふたりの祭りの夜は、まるで何事も無かったかのようにその幕を閉じたのであった。
いよいよ引越しが迫ってきた或る日、暢気なことにも僕はホタルの家でテレビゲームをして遊んでいた。そうして、そろそろ日も暮れかけてきて自宅へと帰らなくてはいけないというようなときになって、まるでその時期を見計らったかのような激しい夕立が降ってきたのだった。僕はそれでも帰宅を試みようとしたのだけれど、こんな土砂降りの雨の中を走ったところで何をどうしてもずぶ濡れになってしまう、と言ってホタルに思い切り説得されてしまい、さてどうしたものかと僕が悩み込んでいる最中の脇から、仕舞いにはホタルのお母さんが困ったみたいな微笑を浮かべつつ、「いっそ泊まっていきなさいな」だなんて、柔らかに言ってくれた。やはりその微笑みは僕の隣に立ち居る少女のそれとよく似ていたけれど、そのときの僕にはそんな些細な事象にいちいち胸中を動揺させてしまっている自分の心情など、当然ながら理解なんて出来てはいなかった。
「やっりい。おばちゃんのご飯、美味いんだよな!」
その言葉を待っていました、とばかりに飛び上がって指を鳴らしてみせると、そんな僕を見上げたホタルも僕のほうへにこにこと微笑みを返し、それから一緒になって喜んだ。この家に住まう人間には、それこそホタルの両親にと言わず、彼女のお祖父さんやお祖母さんにすらも僕は可愛がられていたので、その晩はこれでもかというほど大人たちにちやほやと持て囃された。悪くない気分だった。おそらくみんな、僕が、この町から居なくなってしまうということを本当に心から残念がってくれていた。
ホタルのお祖母さんは涙目になって、その皺のたくさん刻まれた温かい両手で僕の手を優しく包み、「元気でね」と、何度も繰り返し、繰り返し言って聞かせてくれた。続いて握手を求めてきたお祖父さんの手もやはり皺くちゃで、だけれどとても、あたたかかった。
先にいただいた風呂から上がって、ホタルの部屋で雑魚寝仕様に敷かれた布団に潜り入ってからも、窓の外で雨は頻りに降り続いていた。どうやらこの時期にはよくある類の、いつもの通り雨ではなかったようであった。
ホタルはひとりっ子で、彼女のために誂えられた子供部屋は僕のそれなんかとは較べ物にならないくらいに広々としている。その割には物が少なくていて、若干閑散とした印象を覚えないわけではないのだけれども、それはそれでホタルらしいと言えばそうなのかも知れなかった。この場所へ泊まりに来たことは今までにも何度かはあったのだけれど、僕はこの部屋の畳の匂いがとても好きだった。見上げた天井に張り巡らされている板も、じっと見つめていると木目が色々な形に見えてきて、面白いものだと常々思っていた。
けれどもその夜は、明かりを消した天井を見上げながら、ここで眠ることももうしばらくはないのだということを、多分それは隣の布団に横たわっているホタルもずっと、考えていた。あとほんのわずかで、ホタルのお母さんの手料理を食べることも、ホタルのお父さんの大きな手のひらで頭をくしゃくしゃと掻き混ぜられることも、ホタルのお祖父さんやお祖母さんの温かな手に触れることも、この青い匂いの残る畳の部屋でホタルと布団を並べて共に眠ることも、もしかすると、もしかしなくとも、もう二度と無いのかも知れないのだ。すべてがこれで最後なのかも知れないのだ。そこまで思考して、自分は本当にこの町を出て行くのだということを、ようやっと実感してきつつあっていた。
「…………起きてる?」
不自然な静寂を破ったのは耳に慣れないか細い声であり、それはそうっと、隣の布団に寝そべっているホタルが僕に話しかけてきていたものであった。こんなホタルの弱々しい声音はなかなかに珍しいもので、思わず僕は意味のわからない緊張に身を強張らせてしまった。
「起きてるよ」
喉の奥からなんとか搾り出した言葉は、案外に普通の響きを持っていた。僕もホタルも、その場でじっとしたまま動かないでいて、揃って天井を見上げていた。
「……明後日だよね、引越し」
「うん」
「本当に、行っちゃうんだね」
「…………ああ」
障子の向こう側から、雨が土を打つ静かな音がいやに大きく響く。
「見送り、……行くから。公園のバス停でしょ?」
「そう。お昼前のやつ」
「……都会は遠いんだろうなぁ…………」
小さな、とても小さなホタルの呟き声に、僕はハッとして勢い欲飛び起きた。そしてそのまま枕元の鞄の中から無造作に使い古しのメモ帳を引っ張り出す。それの最後のページを適当に破いて、大きめの眸を更に大きく円くしてぱちくりさせているホタルの胸の前に突きつけた。
「これ、向こうの住所」
一連の動作は、我ながらかなりぶっきらぼうなものであったように思う。事実、ホタルは一層その大きな眸を円くして、それからゆっくりと口許に苦笑を作ってみせた。こんな彼女の表情を見ることももうあと残り回数がないんだなと実感していると、いつの間にか嬉しそうに、まるではにかむかのように破顔していたホタルが静かにそのメモを僕の手から受け取った。
「……手紙、書けよ。僕も書くから、おまえも書けよ」
「うん」
「絶対だぞ。絶対、書けよ。見送りにも来いよ」
顔が、情けなく歪んでいくのを僕は終ぞ止められることが出来なかった。それでもやはりホタルは優しく微笑んでいた。まるで夕方に目にした彼女の母のそれみたいにして、穏やかに、柔らかく、優しく。そのとき初めて僕はホタルのことを、可憐な少女であると感じた。
「うん。絶対」
「……運動会、出たかった」
堪えようとしても、双眸からはぼろぼろと涙が零れた。堰を切ったように溢れ出しては止まらない体液は変に塩辛くて、それが余計に僕の心を煽った。静謐な動作で以って僕の頬にその手指を添えてきたのは、目の前に鎮座しているホタルであった。後から後から流れ出ていく涙のその一筋を、ホタルの白くて細い指たちはゆっくりとなぞっていって、それからその指先を、なんの躊躇いもない風に自身の口の中へ銜えた。瞬間、心臓がどきりと跳ね上がって、顔面のほうに熱が集中していく感覚があったのだけれど、やはりそのときの僕にはその感情の意味がよく理解出来ていないでいたのだった。
「修学旅行だって……行きたかった」
肩口で揃えられたホタルの緑の黒髪と、綺麗につるりと卵型をしている顔と、いつの間にか僕のそれを遥かに下回ってしまっていた華奢な体格、そのすべての輪郭が窓から洩れて入るぼんやりとした薄暗い月と星々の明かりに浮かび上がらされていて、それがあまりにも普段の彼女の印象と違っていたものだったから、どうしていいのかが分からずに内心とても惑乱していた僕には、見たことも無いような切なげな表情でその長い睫を伏せがちにするホタルから、そっと視線を外すことしか出来なかった。
「……そうだね」
どこまでも、どこまでもたおやかに空気を揺らすホタルの澄明な声音は、意地っ張りで見栄っ張りな僕が未だに張り続けている微弱な虚勢の部分すら、容易く溶かしていくのであった。この感覚が、僕は一等、大好きだったのだ。
「一緒に、卒業したかった」
「そうだね……」
本当は、もっと、ずっと、一緒にいたかった。ともに過ごしていたかった。そんなこと、当たり前すぎて気がつかなかったのだ。離れるのがこんなに寂しいことだっただなんて、このとき、初めて僕は思い知らされた。
「忘れるなよ……?」
「……忘れないよ」
寝間着の袖口で、乱暴にぐいぐいと、後から後から溢れては零れてほ穂を伝い落ちてくる涙を拭った。よく知っていたからだ。けしてホタルは嘘を吐かない。だからきっと、泣く必要はなかったのである。どんなに淋しくても、哀しむことは何も、ないはずであった。
涙に濡れた僕の手を、そっとその手に絡め取ったホタルの手のひらはじんわりと温かかった。眼前でさらりと揺れた、しばらく散髪を怠っていたのであろうか、わずかに伸びて以前よりも長くなってしまっている少々不揃いの前髪の向こう側にちらちらと見え隠れする黒目がちなホタルの双眸には、溜まりに溜まった透明な液体が、潤みを生じさせていた。
「指切り」
自分の小指を僕の小指に絡めてくると、そう、ホタルははっきりと言った。絡め合った小指と小指がやたらに熱を孕んでいるようで、少しだけ不思議な気分になった。必死になって抑え、堪えているような涙声雑じりの短い一言の懇願が、余計、僕の胸中に揺さぶりをかけた。
「約束するよ。絶対にお見送りに行くし、手紙も書いて送る。きみを忘れない。三年経ったら、一緒にあのタイムカプセルを掘り起こそう」
微細な声の震えに、そんな静かな夜の中、気がつけないはずがなかった。それでもホタルはまるで平常時のように微笑んでみせて、確かにそう、約束を交わしたのだ。
だがしかし結論はといえばそれは違っていた。
だけれど、結局、結果として、引越しの当日ホタルは僕を見送りに来てはくれなかった。