ぼくのソネットⅠ
あの頃の僕とホタルの笑い声が、今でも鼓膜に灼きついたかのように張り付いては離れてくれない。耳の奥で再び鮮やかに蘇ったそれに僕ははっとして我に返り、それからようやく自分が睡眠から目覚めたのだと認識した。慌てて左手首に巻き着けていた腕時計の短針を見遣り、眠っていたのはほんの数分間のことだと確認して、軽く息を吐く。思っているよりも僕はきっと疲弊していた。何についてなのかは自分でもわからない。ともかく、次の乗り換えまでにはまだ余裕があった。
組んでいた腕の上下を組み替え、古びた座席のシートに腰の位置を深くして座り直し、改めて周りを見遣る。夏休みとはいえ、まだ盆には早い頃合いである。昼日中の下り列車の中には、人影も疎らだった。隅のほうで舟を漕いでいる縒れたスーツの中年男性、重たそうな体つきをして何やら井戸端会議に花を咲かせている主婦連中、甲高い声でお喋りをしている女子高生と、そんな彼女らのことをじろじろと品定めでもするかのような目つきで眺めてはいやらしくにやついている、陽に焼けた金髪の若者たち。
誰も彼も、頭が軽そうに見えた。
大して面白くもないことに大袈裟な馬鹿笑いをしては、無為な日常をただひたすらに過ごし遣って、惰眠を貪っては酸素と二酸化炭素の無駄遣いを繰り返している。自分は一生懸命にやっているのだ、世界は自分を中心にして回っていて当然だと、そういう顔を平気でする。頭の中は空っぽのくせをして、思い通りにいかないことがあると途端に文句を並べ立て始めるのだから、まったくもって世話がない。
ふと上げた視線を投げ掛けた窓の外では、購買意欲を削ぐかのような高層ビルディングの看板ばかりがうるさく流れていく。くすんだ景色だと思った。
どいつもこいつもくだらない。何もかも。くだらない、全部くだらない。口の中だけでそう呟いたら、余計にこの世界はくだらないもののように思えてきてしまって仕方がなかった。そうして、くだらない、と思って塾をさぼってきたくせに、鎮座した膝の上に置かれた鞄の中にはしっかりと高校入試のための参考書が収められている僕だって、おそらくはとてもくだらない人間なのである。
ふいに鞄ごとどこかへぶん投げてやりたい衝動に襲われたけれど、それこそ馬鹿馬鹿しいことこの上ない行動であるのでおとなしくやめておくことにした。
そんな莫迦げた行いを実行に移せるほどには思い切れない自分に、吐き気がする。