花の祭り
はぁはぁはぁはぁ……ルーナは力を振り絞り走りに走った。
ママはどこ?パパ助けて!心の中で叫びながら幼い体で身を隠しながら森を進む。嗚咽や声が漏れないように時々その小さな手で口を覆って。
履いていたエナメルの靴は街歩き用で濡れた木の葉で滑り何度も転んだ。
奴らに見つからないように、遠くへ、もっと遠くへ。
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ルーナはつい先日8歳の誕生日を迎えた。
家族は優しい両親に甘えたい盛りの弟の4人暮らし。
ルーナはしっかり者のおませさんでママの真似して背伸びをするお年頃。
家族4人で暮らす平凡で穏やかな日常がずっと続くと信じていた。
ルーナの生まれたこの街では女の子は8歳になると教会でお祝いが行われると聞いていた。
だからその日に向けて白い膝下のドレスを両親からプレゼントされた。
髪にはシスターたちお手製の造花の冠が載せられる。
花嫁さんみたいと女の子ならみんな楽しみの行事だ。
毎年4月の第二週の日曜日と決められていてその日が近づくにつれて女の子のいる家庭では大騒ぎになる。
ルーナの家庭も例外ではなく賢くしっかり者のお姉ちゃんとして準備は怠らない。
「ドレスでしょう、エナメルの靴でしょ、ハンカチに……」
「ルーナ、ご飯食べちゃいなさい。何度見ても忘れ物は無いわよ」
「だってカーターがさっき見てたもん。いたずらしたかもしれないでしょ」
「ボクはそんな事してないもん」5歳の弟は不満そうに頬を膨らませた。
「明日はお姉ちゃんの晴れの舞台ですもの、邪魔はしないわよね」
「うん、カーターはお利口さんなの」
甘えん坊の弟はそう言っていつも母を独占する。
「あっ、狡いーっ!」
私も抱っこをせがむように両手を母に伸ばしたでもいくら伸ばしても届かない。
夢を見ていたあの前日の。
意識が覚醒し涙が頬を伝う、何故こんなことになった?
大きな石の下に出来た窪みに身を伏せて、私の思考は思い出したくないあの日に戻って行った。
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あの日両親に連れられて町の教会へとやって来た。
白いワンピースドレス、白い靴下、エナメルの靴。そして斜め掛けしたお気に入りのショルダーバッグ。女の子の嗜みとしてハンカチや小さながま口のお財布も入っている。
お小遣いを貯めたもので銅貨5枚が入っている。
教会の周りにはいろんなお店が出店していてこの日の為に我慢して貯めたのだ。
「何を買おうかな、キラキラしたブローチかお花のゴム?小さなぬいぐるみのクマさんも欲しい」
「ルーナもうじき始まりますよ、バックは持ってあげるから早く行きなさい」
「ママ欲しいものが見つかったの、帰りに買っても良いでしょう?」
「お小遣いで足りるならね、さぁ早く」
ルーナは慌てて女の子の列に並んだ。
「なんだかドキドキするね~」
周りの子達とお喋りをしながら教会の中へと進む。
教会は何処となくひんやりしていて並んだ列の先頭から一人ずつ頭にお花の冠を乗せられてその先にある小部屋へとはいって行く。
ルーナは不思議に思って前に並んでいる子に聞いた。
「ねぇ、あのお部屋には何があるの?」
「お姉ちゃんが中央に椅子があって腰かけてライトを浴びるんだって」
「ライト?」
「うん、お芝居の主役みたいだったって言ってたよ。直ぐ済むし怖くないよ」
「そうなんだ、ありがとね」
お互い微笑み合って列を進んでいった。
とうとうルーナの番になった。
頭に可愛い白い花の冠を載せて貰い案内された部屋へと入って行く。
中央の椅子に腰かけライトを浴びて立とうとしたところで腕がチクンと痛んだ。そして意識が途切れた。
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目を覚ますとそこはパーテーションで仕切られていたが医療施設の様な所だった。
「ここは病院?具合が悪くなって休んでたのかな?ママは……」
そこまで思った所で看護師のような女性が話しながら入って来た。
「ではルーナさんが適合したのですね、おめでとうございます。すぐ手術して取り出しますか?」
「オーブリーお嬢様をこちらに運び込まないといけないから今手配している。ここ何年も適合者が無かったから屋敷に居られるんだ」
「ところでその子の麻酔は大丈夫か?」
「ハイあと一時間は目覚めない量を注射してあります」
「では目を覚ましたら適当に検査だと言って手術室に入れよう。今回の摘出予定は腎臓と肝臓と甲状腺か」
恐ろしい会話が終わったので寝ている振りをしていたらちょっとのぞいた後また二人は忙しそうに出て行った。
何が何だか分からなかったが私が取り出される側だと言う事だけは分かった。
取り出すって何を?肝臓とか甲何とかって何?
何だか恐ろしくて泣くのも忘れてとにかく逃げる事だけを考えた。
身体を起こし履物を探すと子供用のスリッパが揃えてあった。
其れを履いて見回すとゴミ箱にルーナのエナメルの靴が投げ込まれたように捨ててあった。
「これを捨ててあると言う事は戻れないと言う事だ」
靴に履き替えながらそんな気がしていた。
「兎に角ここから逃げる」
ドアは危ない気がしたから窓から覗くと幸いなことにここは一階だった。
窓から外に出ると森が広がっていた。
怖いけどここに居るよりましだ、そう思ってルーナは走り出した。
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其れから森の湧き水を飲んだり木の実を食べたりして森を進んだ。
幸いなことに危ない動物にも出会う事無くここまで逃げてくる事が出来た。
木に登って休んでいると人の話し声が聞こえてきた。
「それで調査の方はどうなっている?今年も行方不明者が出たそうじゃないか」
「そうですね、多分もう生きてはおりますまい。可哀想に」
「前は3年前だったか」
「そうです。やはり花の祭りで8歳の女の子だったそうです」
「それにしてもなぜそれが大きな問題にならん?」
「箝口令が敷かれているようですが親は諦められず訴え出たところ何者かに殺されたようです」
「体のいい口封じか」
「強盗による一家皆殺しと言う事でしたが酷い話です」
「何も知らない親たちはそうとも知らず自分の娘を選別の儀に出している訳だから何ともやり切れん」
「せめて何か証拠でもあれば」
「あの、助けて下さい」ルーナはこの人達に縋るしか生きる道は無いと思った。
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其れから三か月が経った。
領主の邸宅には騎士たちが押し入り領主他関係者を逮捕する事となった。
その中にはオーブリーと言う病気の娘も含まれた。
ルーナと家族は秘密裏に保護されており王都に匿われていた。
ルーナと言う生き証人によって領主による恐ろしい犯罪が明らかになった。
領主は愛する娘が病気になった為、花の祭りで適合者を見つけて攫い娘に移植を繰り返していたと言う。あのライトの様な光で適合者かどうか判断していたらしい。
オーブリーという娘は謎の病で8歳の頃から成長を止め、昏睡状態で弱ってきたいろんな臓器の移植を繰り返していたという。オーブリーの両親は最後まで娘の移植を急いでやってくれと当然の如く言っていたという。
この件に関わってきた医師たちや関係者もそれぞれ刑が言い渡され、オーブリーはその後苦しむことなく静かな眠りについたと言う。
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「ルーナ」
「騎士様、その節は助けて下さってありがとうございました」
「いや、ルーナは運が良かったんだ」
「いえもしあの時出会えていなければ私も家族も生きてはいなかったでしょう。感謝しています」
「ご家族の皆さんお元気か?」
「ハイ、こちらの生活にも慣れてみんな元気に過ごしています」
「それは良かった。でも故郷に戻らなくて良かったのか?」
「何だか怖くて。それに王都が好きですし」
「そうか、なら良かった。何か困った事があれば力になるから」
「はい。ありがとうございました」
ルーナ家族は王都で暮らす事になった。
でもルーナはあれ以来白いワンピースを着れなくなった。
足や腕には森の中で出来た複数の傷が今でも残る。
心にも深い傷を負いながらルーナは笑う、ただ家族の為に。
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他の作品も書いていますので是非遊びに来て下さい( *´艸`)