古いパソコンと不思議な電車
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二十六になる今年の冬、僕はこの間亡くなった父親の物置部屋の前に手をさすりながら立っていた。そこは埃まみれで、足の踏み場もなかった。
厳格だった父親は日頃、一人息子の僕に弱みを一つも見せなかったが、死んだ今頃になって見せてきて少し白い息とともに笑ってしまった。なにが置いてあるか全くわからなかったから、手前にあるものをとりあえず廊下に出した。
ある程度ものを出し、寒いのでそろそろ休憩をと思った時、ある大き目の袋が視界に入った。なんだこれはと思ったが、持って重さを確かめたところあまり重くなかった。廊下に出て袋を開け、中を見ると部屋同様埃まみれになったノートパソコンが入っていた。親父のかなと思いどうするか悩んだが、この部屋みたいに親父の弱みがあるかもしれないと考え、一緒に入っていたアダプターをコンセントに挿し充電した。
少し休憩して、暖房が壊れていたので炬燵に入りながらさっそくノートパソコンの電源を入れてみた。それはしばらくして、パソコンの内部を冷やすためのファンを忙しくさせながら起動した。多少負い目を感じながらも操作してみると父親がプライベートで使っていたノートパソコンだった。
手を顔の前で組み、息で温めながら中のデータをいろいろ調べてみると、ほとんど空っぽだったが、一つのテキストファイルを見つけた。なにが書いてあるのか気になったのでそのファイルを開いてみると、題名には「キャンプができる電車」と書いてあった。
僕はなんのことかさっぱりわからなかった。キャンプというと父親は小さいころよく僕を連れて楽しんでいた。あまり僕は楽しくなかったが、厳格で不愛想な父親が珍しく笑っていた。よく考えると他に笑っていた場面が思い出せない。もう少し積極的に付き合ってやればよかったと少し後悔した。
題名を読んで本文を見てみたが、大したことは書いていなかった。親父の地元の駅に一か月に一回、特別な電車がくること。その電車の行先は書いていないこと。電車の中ではキャンプができること。それだけが書かれていた。どういうことだと考えていると、だんだん手から汗が滲んできた。先ほどまで手が震えるような寒さだったのに今では寒くもなんともない。おかしいなと思ったが答えはすぐにわかった。ノートパソコンがかなりの熱を持っていたのだ。古いから仕方ないかと一旦ノートパソコンを閉じてひと眠りついた。
二時間くらい経ったところで僕は目が覚めた。意識をはっきりさせると、顔に冷たいなにかがあった。僕は泣いていた。なんで泣いてるんだと考えたが、そういえば親父とキャンプした夢を見た。キャンプをしていた僕は小さいころの僕ではなく、成人して就職し毎日が大変だけれどあまり充実していない今の僕だった。しかしその僕は小さいころのように楽しくなさそうにしていたわけではなく、むしろ会社にいる時よりも生き生きしていた。
小さなため息を吐いた後、さっき見た親父の「キャンプができる電車」が気になった。冬休みはもう少しあるので今からそのキャンプができる電車が来るという駅に行ってもいいかもしれない。思いたったが吉日という言葉もある。僕はすぐにでかける準備をした。
ここから親父の地元までは車で二時間掛かる。今はまだ昼過ぎなので行って帰ってこれる時間はあった。雪が大人しくとも、激しくとも言えないような感じで降る中、車を運転した。しばらくするとその駅が見えてきたので僕は近くのパーキングに車を停め、駅へ向かった。
駅のホームに入ると田舎だからか人は誰一人もいなかった。しばらく椅子に座って電車を待つことにした。一時間くらい待ったが目当ての電車は来なかった。
体が心から冷えてきそうだったので帰ろうと思い立ちあがると、ちょうど車両の側面に「キャンプができる電車」と書かれた電車がやってきた。それは僕の前でキィと音を立てながら停まった。ほんとに存在するのかと驚嘆しているとゆっくりとドアが開いた。乗るかどうか迷ったがせっかく来たのに乗らないで帰るのはもったいないと思い電車の中へと駆け込んだ。
そこはごく普通の電車だった。違うのはどこに行くのかわからないことと、二人ぐらいしか入れない小さいテントがあったことだ。なにがなんだかわからないが一応テントの中に入ってみた。ペタンと座り込んでしばらくぼんやりしていると昼間あれだけ寝たのにまた睡魔が襲ってきた。こんなところで寝るわけにはいかないと思いながらも、あまりにも睡魔の奴が強かったので僕は根負けして深い眠りに落ちてしまった。
僕が目を覚ますと目の前には人がいた。びっくりして目を見開いたらそこにいたのは、
親父だった。
よく見た不愛想な顔で、しかし少し嬉しそうな表情で僕を見つめていた。なんで死んだはずの親父がと思ったら、その気持ちが僕の顔に出てたらしく、親父がおもむろに、久しぶりだなと声をかけてきた。僕はなんて返せばいいか分からず、おおとしか言えなかった。
すると親父は最近どうだと聞いてきた。僕は端的に、楽しくやってるよと言った。親父はそうか、とつぶやいたあと、キャンプしないか、と言ってきた。こんな場所でかと尋ねたらそうだと言って、テントから出た。
僕もそれについて出ると周りは電車の中などではなく子供のころよく親父に連れてこられたキャンプ場だった。木々が生い茂り太陽からの光が葉と葉の間から零れ落ちていた。僕が眩しさに目がくらんでいると、よしまずはテントを作るぞと振り返りながら言ってきた。
もうテントなら僕の後ろにあるじゃないかと思ったら、そこにあったはずのテントは消えてしまっていた。仕方ないなと思い親父がどこから持ってきたのかわからないテントの部品を使い二人でテントを作った。そこからはやれ火起こしだの飯の準備だのと言ってきて僕をこき使いまわした。
飯も食べ終わり、二人でゆっくり星がちりばめられた夜空を見ていると、親父が小さいころ親父もあの電車に乗ったと言い始めた。そうだったのかと考えていると親父はその電車に乗ったあと、親父が生まれてすぐに亡くなった親父の父、つまり僕の祖父と同じようにキャンプしたと言う。
親父は祖父のことを写真でしか見たことがなかったそうだが、すぐにそれが自分の父親だとわかったらしい。親父は祖父とキャンプするのが楽しくて楽しくて何度もあの電車に乗ったそうだ。しかし毎回二人でテントに入ると祖父は目の前からいなくなって自分も家の居間で寝ていたと語ってくれた。
すると突然親父は僕の方に向いて、まさかお前も来るとはなと自嘲的に笑った。僕はそれを無言で返すと、親父は今までに見たことのない笑顔で、お前は一人でやっていける、だからもう来るなよと言ってテントの中に入っていった。慌てて呼び止めたがもうそこに親父の姿はなかった。
気づくと俺は炬燵に下半身を入れて寝ていた。あれ、と思い時間を見てみるともう夕方だった。なんだったんだと呟き、目の前にあったノートパソコンを見てみるとさっきまであったテキストファイルは消えてしまっていた。
ふと、車はどうなったんだと車庫に行くと、そこはもぬけの殻だった。あのテキストファイルも消え、車も多分あの駅の近くのパーキングにおいてきてしまったが、悲しみはなかった。むしろ、僕の心の中に、淡く、しかし、はっきりとした暖かいなにかが残っていた。
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