少女の微笑み
少女が楽しそうに歩いている。草原をただ、歩いている。
どこか足元はふらついて、今にもつまづいて倒れてしまいそうだ。周囲の者たちもそう思ったのだろう。慌てた様子で駆け寄るが、少女から近づくなと言われて足を止める。
少女は叫んだわけでも拒絶したわけでもなさそうで、至極楽しそうに、けれど真面目な顔をして何事かを口にしている。周囲の、おそらく侍従であろう者たちは、恐々と首を縦にふる。
しかしやはり少女が転びそうになると、慌てて両手が前に出る。
ああ、危なっかしい。
遠目から見ていクロウは、そう思った。きっとクロウのようにたまたまこの草原に居合わせた者も同じように思っているのだろう。
ピクニックをしている者たちの視線が全て注がれている。
クロウは気になる気持ちを押さえ込んで、仕事に戻る。
長いハサミを使って、木の枝先を整えていく。
この草原にある木々はどれも国が管理しているもので、定期的にこうして手入れしないといけない。
クロウは庭師だから、こういうことに呼ばれることもある。
ああっ! と声がして、クロウは思わずハサミを止めて振り返った。
先ほどの少女が尻餅をついている。
言わんこっちゃない。そんな風に思って、少女を見た瞬間、クロウは息が止まるかと思った。
実際止まっていた。
少女は笑っていた。
楽しそうに笑っていた。
今時子供だってそんな笑い方はしない。そう思うほど無邪気に、素直に、幸せそうに笑っていた。
クロウはしばらく呆然とその笑顔を見ていたが、少女の侍従が少女に手を差し伸べたあたりで、はっとして顔をそらした。
頰が熱い。
心臓がどくどくと言っている。
全身の血が騒がしく駆け巡っているのがわかった。
クロウは必死にそれらを押し殺し、手に持っていたハサミを無意識に握り込む。
これは。
これは間違いない。初めての経験だが、間違いない。
初恋……。
内心で思って、クロウはさらに真っ赤になった。そうして再び少女を盗み見ると、やはり幸せそうに笑っている。
クロウはどうにか近づけないかと思うのだった。
クロウは庭師。
美しいものをより美しくする仕事。
木々の先を切りとって、人にとって都合の良い見栄えにするのが仕事。
クロウは頰をそめて微笑んだ。
あの少女の微笑みをそのままとどめることはできないものかと。
あの微笑みをずっとみていることはできないかと。
クロウはぎゅっと仕事道具を見つめる。
すこしだけ錆び付いたそれを、うっそりと見つめた。




