暗闇の世界で天使の梯子を見る
軽い足音を立てて、彼は飛ぶように駆けていた。
今日はキレイな石を見つけた。オレンジ色に光る石だ。均一に薄くて、水晶のように透けている。
それで機嫌がいいからか、足取りはいつもよりもずっと軽い。
けれども、それなりに慎重に、足元のゴツゴツした岩を避ける。
そうしながら、あちこちの地面をまばらに照らす『天使の梯子』と呼ばれる光も避けて走った。
あの光の下には入ってはいけないし、光も長く見てはいけない。
でないとこの暗闇の世界で、目が役に立たなくなってしまうのだ。
彼の父の世代からは、あの光を『地上光』と呼ぶようになった。だから彼と同世代の者たちもそう呼ぶ。
しかし、彼の祖父の世代は、『天使の梯子』という呼んでいる。
彼はその言葉が何となく気に入っていて、影ではこっそり『天使の梯子』と呼んでいる。
祖父が言うには、かつて、まだ人類が地球の地表で暮らしていた頃、雲という霧のような物が空を覆っていて、太陽の光を遮ることがあったらしい。
しかし太陽の光はとても強くて、雲のその切れ間から地表を照らしたそうだ。その光景はまるで、天界から天使が降りてくるようだった。
とかなんとか。
彼からすれば太陽を見たこともないし、雲も知らない。天使は絵などで見たことがあるが、あの絵に描かれたような景色が地表から見えたというのが信じられないでいる。
それでも『天使の梯子』という言葉の響きは気に入っていた。
駆け足で進むこと数分。
中の岩を削ってできた家が見え始める。
歪にくり抜かれた窓から光が漏れている。火をともしているのだ。
太陽はあの火よりもっと大きな火の塊のなんだとか。
それはあの『天使の梯子』が覗いている地表の穴を見つめるよりも、もっともっと眩しいらしい。
「おかえり! しのぶ」
「ただいま父さん。今日は水晶が随分取れたよ」
「本当だな、加工していいランプが作れそうだ」
彼の父はランプ職人だが、足を悪くして材料を取りにいけなくなった。そこで彼はその手伝いに駆り出されている。
危険だからと殆ど一人で行かせてくれないが、一緒に行く大人がいないときはいつも一人だ。
「おい、しのぶ。この水晶曇りがひどいぞ」
「え? そうか?」
「もしかして、また目が悪くなったんじゃないのか?」
「……そんなこと」
「あまり、地上光を見るなといっただろう。また穴を覗いていたな?」
父の声音が厳しくなる。
「まさか、目が潰れるだろ」
しのぶは手短に返すと、さっと自分の部屋に駆け上がった。
「しのぶ!」
後ろで呼ぶ声が聞こえたが無視する。
一人部屋に戻ったしのぶは、バッグの底からオレンジ色に輝く石を取り出した。
「きっと、天使の梯子の下ではもっと綺麗なんだろうな……」
地表が汚染されて数十年。
人々は地下深くで暮らしている。
陥没し、亀裂の入った地表から降り注ぐ光を糧に。
しかし、眩しすぎる光は目を潰す。
だから彼らは地表を見ない。
その地表に新たな文明ができていることも知らずに。
地下世界の話?




