第2話
「それで、此度の大敗。どう責任を取るおつもりなのでしょうかな? ジンク少将」
嫌味たっぷりにそう言ったのは、セルゲン中将。
本来、俺に対しては総司令官閣下という職名並びに敬称を付けるべきなのだが、この男は一切そういったことはしない。代わりに、少将という階級で呼ぶことで、自分の方が階級は上だということを露骨にアピールしてくるのだ。
名門伯爵家の出身だというこの男は、平民出身の俺のことがよほど気に食わないらしい。……いや、それは何もこの男だけじゃないが。
「まったくです。まんまと敵の策に掛かり、500人以上の兵を失うとは。総司令官にあるまじき失態では?」
「聞けば、敵兵の数は明らかに前日よりも減っており、伏兵がいることは一目瞭然だったそうではないですか。そんなところに正面攻撃を指示するとは……やれやれ、軍学校で兵法を学んだ者とはとても……おや、失礼。少将殿は軍学校には通っておりませんでしたな」
その言葉に、会議室中に失笑と嘲笑が満ちる。
この会議室にいる人間は、俺の副官を除いて全員俺よりも年上だし、全員が貴族出身だ。セルゲン中将だけでなく、そもそもこの中に俺の味方など皆無だと言っていい。
「……ルゴスター大佐、敵情視察は貴殿の部隊の担当だったはず。総司令官である私の責任は認めるが、敵の数を誤認させるような報告を行った貴殿にもその責任の一端はあるぞ」
内心の憤りを抑えつつ、適当な報告を行ったルゴスター大佐を糾弾する。
だが、やはりと言うべきか、ルゴスター大佐は腹の立つ表情ですっとぼけてみせた。
「さて? わたくしはきちんと正確な数を報告したつもりですが?」
「とぼけるな……貴殿が碌に視察など行わず、先日見た数をそのまま報告したことは調べが付いているんだぞ」
「とんでもない言いがかりですな。視察は敵に気付かれぬよう極秘に行うもの。閣下の手の者が気付かなかっただけのことでしょう?」
「そんな言い訳が通用するとでも? 報告があった日、貴殿の部下が門すら出ていなかったことは分かっている」
「ですから、それは敵に気付かれぬよう門を通らずに偵察に出たからですよ」
「なら、それは具体的にどう──」
「やれやれ見苦しい。この期に及んで責任逃れですか?」
「まったく品がない。平民はこれだから」
追及しようとしたところで他の者達の横槍が入り、俺は口を噤む。こうなってはもう無駄なことは、嫌と言う程積み重ねられた経験で分かっている。
やむなく、俺は次の相手に矛先を向けた。
「ジギー少将、私は貴殿が出陣する前に作戦の中止を伝えたはず。なぜ命令を無視して出陣した?」
そう、すんでのところで直属の部下からの報告によって敵兵の数がおかしいことに気付いた俺は、伏兵を警戒して作戦の中止を指示したのだ。
だが、俺の命令を軽視したのか功に逸ったのか、この男は指示を無視して正面攻撃を仕掛けた。その結果、まんまと伏兵による奇襲を受けて挟み撃ちになってしまったのだ。が……
「そのような命令は聞いた覚えがございませんな」
やはり、この男もすっとぼける。
聞いていないはずがない。俺が出した伝令兵は、きちんと命令を伝えたと言っていた。その上で、こいつは勝手に出陣したのだ。
しかし、そのことを指摘してもこの男はのらりくらりと躱すばかりで、まともに聞く様子がなかった。挙句……
「総司令官殿は残酷ですな。部下を400人も失い、憔悴している私を追い詰めて楽しいのですかな?」
「おお、おいたわしやジギー少将」
「心中、お察ししますぞ」
「……」
ふざけるなと言いたいのを、きつく拳を握り締めることで堪える。
今度の作戦で戦死した数は500人。この男の部下で戦死したのは400人。では、残りの100人は誰の部下だと思っている? この男が出陣したことを知って、すぐさま後を追った俺の部下だ。
窮地に立たされていたこの男の部隊を救うために、俺の部隊は敵陣に斬り込んだ挙句殿まで務めた。この男が今ここにいるのは、必死に敵軍を食い止めた俺と俺の部下のおかげだというのに、この男は反省も感謝も微塵も見せない。
「ふーーー……っ」
今回の作戦で命を落とした仲間のことを思うと、今すぐにこの男の首を刎ね飛ばしたい衝動に駆られる。
だが、そんなことをすればこの男の部下も他の幹部連中も黙っていないのは確実なので、ぐっと我慢する。
そして、この場を収めるために隣の副官に視線を向けた。
平民出身の俺を目の敵にしているこいつらだが、俺の副官には頭が上がらない。なぜなら、俺の副官は軍での階級こそ少佐だが、貴族としては彼らよりも上の立場。れっきとした王族だからだ。
だから、相手側の責任をある程度追及したところで、いつも通り副官に「まあ今回は双方に非があったということで……」とかなんとか言ってこの場を収めてもらおうと思ったのだ。
俺の意を受け、副官は3歩ほど前に進み出ると、「静粛に」と声を張る。
途端、それまでくだらない小芝居を続けていた連中が一斉に口を噤む。これで、今回の茶番は終わりだろう……と、思ったのだが、次の瞬間副官の口から飛び出したのは、信じられない発言だった。
「どうでしょう皆様。ここ最近の続けざまの敗戦、そして今回の失態。ジンク将軍に総司令官の資質がないことは明らかだと思いますが」
「……は?」
全く予想だにしない発言に、思わずぽかんと口を開けて呆ける。
しかし、そんな俺を余所に、室内にいる幹部連中は口々に副官の言葉に同意する。
「このまま彼に付いていったところで、徒に戦争を長引かせ、無駄に兵を死なせるのみ。今こそ新しい指揮官が必要だとは思いませんか? 栄えある王国軍を率いるに相応しい、新たな指揮官が」
「な、なにを──」
「同意ですな。この男がその座に相応しいとはとても思えません」
「ふむ……となると、誰が……」
「そうですな、一体誰がその座に相応しいか……」
俺が全く状況に付いていけない中、幹部連中は既に俺の解任を前提として話を進める。だが、その姿はどこかわざとらしく、まるで既に結論は出ているかのようだった。
(既に……根回しがされている? っ! まさか!?)
その、まさかだった。
「皆様の中から新たに総司令官を選んでは、現場の混乱も大きくなってしまうでしょう。そこで、如何でしょう? 皆様の同意が得られるのであれば、僭越ながら私がその座を引き継ぎたいと思いますが」
そう名乗り出たのは、他ならぬ俺の副官。
すかさず、その場にいる俺以外の全員が椅子から立ち上がり、拍手をし始める。
「おお! ノジバイト少佐であれば安心だ!」
「殿下であれば、何も問題ございません!」
「我々は殿下に付いていきますぞ!!」
幹部達の言葉に頷くと、副官は俺の方を振り返る。
そこには表情らしい表情もなく、その目には、今まで見たことがないほどに冷徹な光が宿っていた。
「さて、では新たな西方戦線総司令官としての最初の仕事……前任者であるジンク将軍をどうするか、ですね」
「シ、シス……」
俺の呼びかけにも、一切の反応を見せず。副官は容赦のない提案をした。
「私としては、彼にはここ最近の敗戦の責任を取ってもらい、軍部より追放処分とするのが相応しいかと思いますが」
「なっ……」
いくらなんでも滅茶苦茶だ。いくら王族とはいえ、シスにそんな権限はない。
だが、この場でそんな理屈は通用しなかった。
「そうですな。このような者がいては、勝てる戦も勝てなくなってしまいましょう」
「おやおや、私としては死んだ兵に報いるためにも、自刃してもらうのが妥当かと思いますが……殿下のなんと慈悲深いことよ」
「まったくです。しかし、殿下がそのようにおっしゃるのであれば、わたくしはそれに従いましょう」
その場に満ちる、敵意。侮蔑。嘲弄。愉悦。
全ては仕組まれたこと。この会議が始まった時点で、こうなることは決まっていたのだ。
全てを悟った俺に、他の誰よりも信頼していた副官が、決定的な一言を告げた。
「それでは、全会一致で本日をもってジンク将軍を罷免。軍部からの追放処分といたします」