再開
運命の出会いの次の朝、香澄はまだ夢の中にいた。
両親は早くから仕事に出ており家内には香澄ひとりだけ残されていた。
寝ぼけながら壁に掛けられた時計に目を移す香澄。
時計の指し示す時間は朝の7時15分…
「やばい!また寝坊した!」
香澄は慌てて跳び起きると白いセーラー服に着替え、猛ダッシュで家を飛び出した。
「香澄ちゃん。今朝も元気だね(笑)」
町の人達が声をかけてくる。
香澄は昔から朝は弱かった。
毎朝学校まで全力疾走する姿は今では町内の風物詩と化していた。
魚屋の若旦那
豆腐屋のご主人
雑貨屋の老夫婦
皆が香澄に声を掛ける。
香澄はそれら全ての人達に満面の笑みで返事をしながら香澄は散髪屋の角を曲がった。
その時である。
彼女の目に映ったのは桜坂の入口では無く真っ白の壁だった。
『え゛!』
香澄は停まる事も進路を変える事も出来ずにその壁に体当たりしてしまった。
反動で反対側に倒れる香澄。
顔をぶつけたのか鼻がとてつもなく痛く涙が止まらない。
「いったぁ〜い、何でこんな所に壁があるのぉ〜」
「おいおい、壁とは失礼だな」
聞き覚えのある声だった。
鼻を押さえながら顔を上げてみると、そこには昨日桜坂で出会った彼が立っていた。
「ご、ごめんなさい!」
「曲がり角を曲がる時は気をつけないと。今のが僕だったから良かったものの、もし車だったら大変な事になってたよ」
「はい…すみません…」
「まぁ気にすんな。それよりも大丈夫かい?立てる?」
そういい雄介は香澄に右手を差し出した。
「だ、大丈夫です!」
「なら早く立った方が良い。見えてるぞ」
そういうと雄介は香澄の足元を指差した。
指差す方を見る香澄。
転んだ拍子にスカートがめくれ下着が丸見えになっていた。
「へんたい!!」
香澄はそう叫ぶと雄介を突き飛ばし桜坂へむけ走り出した。
「まったく、元気な子だな。(笑)ん?」
足元を見るとそこには学生証が落ちていた。
拾い上げ中を見る。
『聖心女学館 中西香澄』
それはぶつかった拍子に香澄が落とした物だった。
「まったく。仕方ない、届けてやるか」
雄介は桜坂に向かって歩き出し、香澄の通う聖心女学館へと向かった。
「ない!ないないない!」
教室では香澄の叫び声が響いていた。
「どうしたの?」
智子が話しかける。
「学生証が無いの〜ぉ!」
「家にでも忘れたんじゃない?」
「前日にちゃんと調べたから家じゃない!朝だって確認したんだもん!」
「じゃあ落としたのかな」
「まずいよぉ〜どうしよぉ〜」
「誰か交番に届けてくれれば良いけどね」
その時、前の数名の女子が急に騒ぎ出した。
「ねぇねぇ!あれ士官学校の生徒じゃない?!」
「あっ♪ホントだ♪」
香澄も窓に目をやる。
そこには調度校門を入る雄二の姿が見えた。
「あっ!あいつ!」
香澄は思わず叫んだ。
「昨日話しした彼?」
智子が話し掛けた。
雄二は事務棟に入って行った。
「中西さん知り合い!」
クラスメートが一気に香澄の元に集まる。
「知り合いと言うか何と言うか…」
返事に困った。
なぜなら相手の名前すら知らないからだ。
他の女子から一斉に質問責めに合う。
答えに戸惑っていると、事務棟から担当者が香澄の元にやってきた。
「こちらに中西香澄さんはいらっしゃいますか?」
「はい!」
香澄は人の壁を掻き分け教室から出ると担当者と共に事務棟へと向かった。
事務棟へ着くとなぜか事務室ではなく応接室へ通された。
部屋に入るとそこには雄介がソファーに座っていた。
「大変お待たせしました。この者がその学生証の持ち主になります」
普段はとても無愛想な事務員が異常なぐらい低姿勢だった。
無理も無い。
相手は近い将来、海軍の将校になる人間だ。
「いえいえ。全然大丈夫ですよ。」
雄介は立ち上がると香澄の前に歩み寄った。
「これ、さっきの曲がり角に落ちてたよ」
そう言うと制服の内ポケットから香澄の学生証を取り出した。
「わざわざうちの生徒の為にありがとうございました」
お礼を言おうとした香澄に割って入る様に事務員が口をはさんだ。
香澄はかなりムッとした。
(こいつ人が礼言おうとしたのにしゃべりすぎだよ)
「それでは僕は学校があるので失礼します。」
そう言うと雄介は応接室を出ようとした。
「す、すみません!」
香澄は勇気を出して雄介を呼び止めた。
「はい?」
「あの、もしよろしければお名前教えていただけますか?」
その香澄の申し出に対して事務員が口をはさんだ。
「すみませんね、この子ったら失礼な事言いまして。どうぞお急ぎでしょうから気になさらないでください」
事務員は雄介を部屋の外までエスコートしようとした。
(なんなのこいつ!)
香澄の苛々は頂点に達した時だった。香澄の呼び掛けに対し雄介は振り返ると
「雄介、僕の名前は富永雄介と言います」
雄介はそう言い残し応接室から出て行った。
(富永 雄介かぁ…)
事務棟を出た香澄は調度校門を出る雄介に軽く一礼をした。
雄介は香澄に対し軽く手を振ると桜吹雪の中に姿を消たのだった。