プロローグ
2009年 3月 21日
ざわめく館内
微かに香る消毒液の匂い
部屋の外では看護婦達が談笑し、ゆきなは祖母の病室にいた。
末期ガン…
おばあちゃん子のゆきなは高校の帰りに毎日花を持ち病室を訪れていた。
明るい性格の祖母。
ゆきなが見舞に訪れると、いつも最高の笑顔で出迎えてくれていた。
祖母は今で言うシングルマザーだった。
いつ祖父が他界したのかは今まで触れなかった。
祖母は戦後の混乱期にゆきなの母を生み、まだ女性蔑視の風潮の強い時代を女手一つで育て上げた。
この日ゆきなは花束の他に一つの紙袋を持っていた。
昨日訪れた時に祖母に頼まれた物だ。
「毎日お見舞いに来てくれてありがとう。学校大変なのに悪いね」
祖母は来る度に同じ言葉を満面の笑みで切り出した。
ゆきなもこの台詞は毎回聞いていたが、嫌な気持ちになった事は一度もなく、むしろ末期ガンで苦しいはずなのにいつも笑顔で接してくれるそんな祖母が大好きだった。
「おばぁちゃん、昨日の頼まれ物持ってきたよ。これで良いのかな?」
そういうと持参した紙袋を祖母に手渡した。
「わざわざありがとう。重かったでしょ?」
「ぜんぜん♪これぐらいバイトの荷物に比べたらたいした事ないよ♪」
笑顔で答えると、祖母が取り出した中身を見た。
紙袋の中には紫色の風呂敷に包まれた箱が入っていた。
箱を開けると中には一冊の古びたアルバム…
祖母はアルバムを取り出すと愛おしそうに胸に抱き、こう切り出した。
「これはね、おばあちゃんがまだゆきなぐらいの頃の写真が入ってるの。急にあの頃が懐かしくなってね」
「へ〜♪ねぇ、私も見ていい?」
「いいわよ」
そういいアルバムを開くと、時間の流れを感じさせる風合いの白黒写真が姿を表した。
当時地元でも有力な地主だった祖母の実家。
まだ写真が高価な時代。
そこには17〜8ぐらいの祖母が今と変わらない笑顔で写し出されていた。
「この頃は大変だったの。ゆきなも学校で勉強したと思うけどね。おじいちゃんと出会ったのも調度この頃だったのよ…」
そういうと祖母は病室の窓の外に目を移した。
雲一つない快晴の空、一本の飛行機雲がまるで祖母の遠い記憶を呼び覚ます様にどこまでも延びていた。