第八話 おや、誰か来たようだ
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初のゴブリン撃退から三日後の昼。
午前中は、毎晩の襲撃で石壁の向こう側で力尽きたゴブリンの死体を回収し、入りきらないものは集積所の反対側の巨大な穴の中に埋めという作業を行い、その後、家の前で昼食用のゴブリン肉を焚火で焼いていた時に、石壁の向こう側に何か気配のようなものを感じ手を止めて耳を澄ます。
「うん?何やら騒がしいな」
今は昼なので、ゴブリンがいるはずはないが壁の向こうに何者かの気配を複数感じる。
俺は正体を探るために石壁の上に登る。すると、壁の向こうに数十人もの人間の姿を確認した。
「人間か?」
明らかに、どう見ても人間に見えるが、今までゴブリンしか見なかったのですぐには信じられなかった。
でも、やっぱりどう見ても人間にしか見えない。
さて、どうしようかと逡巡していると、壁の向こう側にある毒のまきびしを警戒してか、接近しているのを躊躇っている様子の集団の一人が、俺の姿を見つけて大声を上げ、手を振っている。
「おーい!そこにいるのは君だけか?出来れば、我々も中に入れてくれないか?」
うーん、中に入れてくれと来たか。しかもあの人数を。
面倒くさいことになりそうだから、あんまり人間とは関わりたくなかったんだがな、という考えは根底に根付いているが、一度この世界の情報は欲しいとは考えていた。
なので、一旦彼らと対話してみる事にした。
「おお、何だ!!」
「壁が一瞬にして消えたぞ!」
5メートル以内であればアイテムボックスの中に自由に物を出し入れできるため、出入り時は必要に応じて石壁の一部を仕舞えばいいので、実は住居を囲っているこの石壁には門がない。
故に突然壁の一部が消えて中から人が出てきた事に、来訪者の方々は驚いているようだ。
「どういう魔法だ?」
「土壁を作るウォール・クリエイトか?」
「いや、あの魔法は地面の土を操り壁を作る魔法、あのように壁を無くすことはできないはずだ」
魔法? そういえば、ここは剣と魔法の世界だったな。俺は斧とピッケルしか使っていないけど。
何やら、気になる言葉が聞こえてきたが、ここではスルーして、近くで挨拶をするために進行方向上にあるまきびしをアイテムボックス内に戻して、集団の代表が誰かを尋ねてみた。
すると、しばらく待てと言い、何人かがこちらに聞こえないようにヒソヒソと相談し始めたので、一人待たされた俺は、代表者が名乗りを上げるまで、彼らの姿成りを観察して見ることにする。
まず人数だが五十人弱くらいで、大半が三十代から五十代のくらいの男性のようだ。
内訳は成人男性が七割、成人女性が三割弱で、それ以外は、明らかに未成年だと思える大人達に守られる形で奥にいる十代にも満たない少女と、この集団の中で唯一の老婆と、その老婆の隣に立つ十代後半くらいの銀髪の少女と思しき三人くらい。
全員服装は黒などの暗い色のローブを纏っている。先程、魔法がどうのと言っていたので、多分に魔法使いがいるのだろう。
その証拠に、森の中を彷徨っていたはずなのに、全員汚れ一つない綺麗なローブを着ている。魔法で綺麗にしたに違いない。
対して、俺の方は毎日川で水浴びをし、着ているスーツは数日に一回、川で洗濯をしてはいるが、一着しかないものを着まわしているので、もしかしなくても臭うかもしれない。
もし後ろの少女達に、臭いと言われたらどうしよう。流石にショックを受けるかも。
などと、心配していると一番奥にいた老婆と、付き添いのような感じの銀髪の少女がゆっくりと近づいて来た。
婆さんの方はともかく銀髪の少女は、俺の体が臭いかもしれないから来ないでと心の中で叫んでみたが、声には出せなかったため、二人ともすぐ傍までやってきてしまった。
周囲の人間達の動きと会話から、どうやらこの婆さんがこの集団の代表のようだ。
年齢は八十を超えているだろう。足取りも重く杖に体を預け、皮膚はシワシワで、どうやってゴブリン達の襲撃を凌げたのだろうと疑問に思ったが、口には出さない。
そして、その老婆の付き添いの銀髪の少女であるが遠くから見ていた時点で美少女だと思っていたが、近くまで来て認識を改めた。もうすげえ美少女だった。
日本では二次元にしかいなかったセミロングくらい伸ばした艶のかかった銀色の髪で、顔立もモデル以上に整っている。性格の方は分からないが外見だけならば、誰もが美少女と呼ぶこと間違いなしだ。
それでもあえて欠点を上げるならば、胸部の起伏が悲しいほど真っ平らな点と、年齢がどうみても十代後半くらいなので、俺が手を出したら犯罪だということくらいだ。
故に老婆の方はどうでもいいが、こちらから好きになることはないが嫌われたくはないので、銀髪美少女さんには近くにきて欲しくはなかったのだが、こうなっては仕方がない。素直に挨拶をしよう。
「ええと、こんにちは。私は天田要と申します」
お辞儀をして、こちらから名を名乗ったが、それに対して老婆の方は、何かじっとこちらを見つめている。
何か、失礼なことをしてしまったかと心の中で焦っていると、突然、老婆は大声を上げて俺の方を指さしこう言い放った。
「お前さん、もしや勇者か!!」
俺のことを勇者と間違えた老婆の誤解を解き、軽くお互いに情報交換をした後に、俺は来訪者達を石壁の中に招いて、俺の話を信じてもらえるように、築城の加護を使い木造住居を一棟建ててみせた。
「え?! 今何が起きた!?」
「突然、目の前に家が現れたぞ!」
「最初に話を聞いた時は、この森の中に建造物を建てるなんて絶対に不可能だと思っていたんだが、その力すげえな!」
この世界には魔法はあるが、体を強化したり、火や水を生み出すといったものがほとんどで、アイテムボックスのように空間に干渉するような魔法はないらしい。
それだけに、皆大変驚いていた。
その後、ここまでの道中で疲れている者が多く、横になって休みたいという要望が多数出たため、俺は倉庫を一つ建てた。
倉庫は初めて建設したが、予想通り、簡単な木造建築で、かなりの場所を取る大きな建造物ではあるが、他に荷物を置かなければ、五十人くらいならば余裕で収容できる広さを持つ。
それと倉庫内は木造住居と同様に地面は土だったので、土の上に木の板を敷き、横になれるようにしてあげた後、自由に使ってもいいと伝えたところ、大の大人達が自分のスペースを確保するために競い合って中に入っていった。
このようにして、大半の来訪者達を休める場所を作った後に、俺は現状一番、客人を迎えるのに相応しいと思った自分の家の二階の居間に、この集団の代表である老婆シギン・カルスタンとその孫娘である銀髪の少女エシャル・カルスタンの二人を案内し、テーブルと椅子のある部屋で改めて話し合いを再開した。
「まずは、何からお礼をいうべきかのう。ともかく皆を休ませられる場所を用意してくれたことに一族を代表して、感謝の言葉を贈らせてもらう」
「本当にありがとうございます。この森に追放されて半年になりましたが、ここまで快適な場所は初めてです」
だが、話を始める前に、老婆と銀髪の少女が揃って深々と頭を下げてお礼をしてきた。
その姿を見て、夜間、常にゴブリンの襲撃を受けるこの森の生活に苦しんでいるのを感じ、少しだけ親近感を覚えた後、感謝してばかりでは話が進まないため、本題に入るように促した。
最初に、取りあえず俺の方から、自分の素性を伝えた。
シギン婆さんが俺の事を勇者と間違えた理由は、俺が過去に勇者として召喚された日本人と同じ、黒髪黒目だった事にある。
なので、俺は自分が勇者ではなく、日本で死んで神様が仕方なくこちらの世界に送りこんだだけの人間であることを話した。
その際に、お詫びで貰った築城の加護については、細かくルールを話すのが面倒であったため、物を消したり生み出したりする力と伝えておいた。
シギン婆さんとしては、この世界で確認されている勇者の加護と、現地の人間に与えられる七つの加護以外の未知の神の力である築城の加護に興味津々の様子だったが、エシャルさんがシギン婆さんを宥めてくれたおかげで、話を進めることができた。
エシャルさん、外見だけではなく中身も素晴らしいな。
次に俺の方から彼らの素性について尋ねた。
彼らは全員が、イスラの森と呼ばれるこの森に隣接するバルク帝国に仕える、名門貴族カルスタン伯爵家の血族らしい。
そして、目の間の老婆のシギンが当主、孫娘のエシャルの方が次期当主であり、倉庫で休んでいる人達は、分家筋の人間だそうだ。
貴族と聞いて、もうこの時点でめんどくさそうな予感を感じがしてきて、ストレスフリーの今の生活が離れていくような気がしたが、一応最後まで話を聞くことにした。
「我ら、カルスタン家は、帝国でも長い歴史を持つ魔法に秀でた者達を排出してきた名家で、自分達でいうのもなんじゃが、戦場では『魔法のカルスタン』と近隣諸国ではその名を知らぬ者がいないほどの存在じゃった」
話をまとめると、他国と戦争状態になれば、常に戦場で敵を魔法で薙ぎ払う英雄達、それがカルスタン家だったそうだが、帝国内での陰謀に巻き込まれ、当主だったシギン婆さんの息子でありエシャルさんの父親とその奥さんは処刑され、一族の財産は没収されて、残った一族は、帝国では流刑地も兼ねているこの森に追放されたらしい。
「追放された時は、本家と分家を合わせて三百人以上はいましたが、終わることのないゴブリン達の夜襲により、残すは四十七人となり、他のみんなは……死にました……」
話ながら涙を流すエシャルさんと下を俯いたまま無口になったシギン婆さん。
魔法に秀でたカルスタン家といえど、拠点もなく、食料も満足に得られないまま、この森を生き抜くのは困難だったらしく、幾多の戦闘で疲労が蓄積し、力の未熟な幼い者、未成年者、老人の順番にゴブリン達に殺されたらしい。
そんな彼女達の姿を見て俺は、神の力を持たない者達にとって、この森は地獄であるということを初めて知るのであった。
さてと、カルスタン家の皆さんの苦労は理解できた。
向こうは大所帯だし、同じ一族で人間関係も面倒くさそうだったので、大真面目に、明日にでも追い出そうと当初は決めていたが、彼女達の過酷な境遇を聞いて、思うところが多々あるので、ここに滞在することと引き換えにある条件を出してみた。
「条件じゃと?」
「はい、皆さん全員が、かつての貴族暮らしができるまでとは言えませんが、快適に暮らせるように、神様から頂いた築城の加護の力を使うことをお約束します」
「おお!!」
「それは!!」
「その引き換えと言ってはなんですが、みなさんには、素材集めを手伝って貰いたいと思います。いかがでしょうか?」
五十人弱の物資を俺一人で集めるのは流石に面倒だ。なので、自分達が使う分は自分で集めろと、原料を持って来たら、生活の役に立つ物を作ってやる。これはそういう取引だ。
そして、最終的には素材集めの全てを任せたい。そうなれば、俺は家でゴロゴロしているだけで、自然と資源が手に入り、アイテムボックスを駆使して生活レベルを上げられる。
働かなくても収入を得られる。サラリーマン時代に夢に見た、それをこの異世界で実現するのだ。
家から出なければ、人間関係に悩むことはないだろう。いっそのこと、デカい城でも建てて、物理的に人と会わないようにしてもいいかもしれない。
ともあれ、俺は、夢に見たロイヤルニート生活を、カルスタン家の皆さまはゴブリンの夜襲を凌ぎ人間らしい生活を取り戻せる。みんながハッピーになれる取引のはずだ。
ただ問題は、カルスタン家の皆さんが、この話に乗るかどうか。少しだけ心配したが、すぐに杞憂に終わった。
「素晴らしい!!」
「是非、お願い致します!!」
二人共、勢いよく椅子から立ち上り、俺の手を握り締めてきた。
良かった。良かった。
こうして、俺は良い労働力、もとい協力者を得られて大変満足したのであった。
深夜、俺は目を覚まして、急に風に当たりたくなり家を出た。
石壁の向こうからは、ゴブリン達のうめき声と何かが炸裂するような爆音が聞こえてくる。エシャルさんから聞いたのだが、実はゴブリンは人数に応じて、出現数が増えるそうだ。
なので、一気に四十八人になってしまったこの地にはいつもの数倍以上のゴブリンが襲い掛かっている。
どう考えても、これまでの石壁や毒のまきびしでは処理しきれないのだが、幸いなことにカルスタン家の人達の方から迎撃を買って出てくれた。
初めは大丈夫かと心配したが、彼らは、石壁の上から一方的に炎や雷、氷の礫などの遠距離魔法を撃てるため、全体の三分の一程度が交代で防衛していれば十分防げると豪語して、実際に今のところは完璧に防いでくれている。
人が増えるのも悪くないなと、思いながら歩いていると、カルスタン家の人達が利用している倉庫にまだ明かりが灯っているのに気が付いた。
五十人弱の人間が快適な生活を送るためには、今の石壁内の敷地面積では少々手狭である。なので明日にでも石壁を増設して敷地面積を増やすことにして、とりあえず今晩は倉庫内で寝泊まりしてもらうことにしてもらっていた。
あちらの様子はどうかな?ゆっくり休めているだろうかと、心配して、倉庫の方へ移動する。少し顔を出そうかなと入口付近に近づくと、中から声が漏れてきて思わず、立ち聞きしてしまった。
「皆、静かに」
「それで、シギン様。今後の方針は?」
「うむ、あの男は利用価値がある。好きな場所に、一瞬にして砦を建てるなど規格外の能力じゃ。我々の復讐を果たすためにも、是非、手中に納めておきたいの」
「では」
「我々の目標は、この森を脱出して、我が一族と同盟関係にあった辺境の貴族達と合流して、帝都まで攻め入り、あの卑怯者共を一人残らず滅ぼすことじゃ。そのための第一歩として、あの男、天田要を我が血族の一員に加える必要がある。その辺の事は理解したかエシャルよ」
「はい、お婆様、父と母の無念を晴らすためにも、必ずや天田要様を落としてご覧に見せます」
「よい、返事じゃ。我が孫娘よ」
…………。
うっかり、全てを聞いてしまった。
どうやらカルスタン家の皆様、復讐のために、俺を取り込む腹積もりみたいだ。
………。
冗談じゃないぞ!!
あいつらのやろうとしていることは、完全にクーデターじゃないか!!
失敗したら処刑だぞ! 仮に成功しても、その後は、国中枢、貴族社会、歴史の表舞台に引き出されてどんな目に合うか分かったものじゃない。
それ以前に、既に追放処分されて廃嫡されている没落貴族の仲間の入りもまっぴら御免である。
どう転んでもあの連中と一緒にいては、身の破滅しか感じない。
いい人達に見えたのに……物事本当に上手くはいかない、彼らを労働力扱いした報いか。
俺はただひっそりとストレスを抱えずに生きていたいだけなのに……。
ああ、マズイ。これはとてもマズイぞ。
俺は見つからないように静かに家に戻ると朝まで、どうすれば平穏に暮らせるのかを必死になって考えた。