表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/67

第六十三話 最終決戦2

「マジか……」


 空中要塞ギャラルホルン指令室の大型スクリーンに映し出されている光景を見て俺は思わず絶句した。


 何を思ったのか、たった一人であの巨大怪獣に突撃した皇帝カリン。


 二足歩行で立ち上がった山よりも巨大な亀から見れば、ちっぽけな存在に過ぎない筈の小さい女の子が、飛び膝蹴りの一発で怪獣を地に這いつくばらせてしまった。


「帝国軍艦隊や、この要塞ですら歯が立たなかった化け物をたった一人で、何て奴だ」


「ふっやはり、人の叡智よりも、神の加護の方が上ということね」


 皇帝カリンに武闘家の加護を与えた本人である元女神ソロンの偉そうな声がスピーカーから聞こえてくる。


 ミサイルやバリスタをバンバン撃ってもビクともしなかった化け物が、女神である自分が力を与えた人間が一矢報いたのだ、さぞや気分が良いのだろう。


 まあ、俺としてはこの女神が喜ぶ顔を見たくないので少々ムカつくが、今は口を閉じて置こう。


「さてと、帝国軍艦隊が熱線一発で壊滅状態になった時は、時間稼ぎにもならずどうしたものかとヒヤヒヤしたけど、あいつなら何とか時間を稼いでくれるだろう。……いや、もしかしたら、このまま倒してくれるかも」


 現在、この空中要塞は姿を消し、代わりに帝国の連中に怪獣の相手をさせている。


 そのおかげで、要塞内の全魔力をラグナロク砲に回すことが可能になった。


 普通に魔力を充填させるよりも、発射までに掛かる時間を大幅に短縮してはいるが、ラグナロク砲を使用することなく皇帝が倒してしまうのであれば、それはそれで一向にかまわないと考えている。


 だが、ソロンは即座に俺の考えを否定した。


「それは不可能よ」


 女神ソロンが皇帝カリンに与えた加護は武闘家の加護。その力はユグド王国で近衛騎士団をやっていた時に身を持って味わっている。


 はっきり言って、あの時は完敗だった。


 そして、この要塞を巡って再び対峙したが、その時も、築城の加護とゴーレム軍団の加勢があったにも関わらず、勝ち切れなかった。


 あの時、裏切ったソロンの介入がなければ、どうなっていたのか分からないし、今だって、あの怪獣相手に一人で戦っている。


 悔しいが、あの幼女はそれほどまでに強いのだ。


 だから、ソロンが否定する理由が分からなかった。


「なぜ?」


「彼女の身体が持たないから」


「??」 


「私が与える七つの加護の中で、身体強化系の加護は、狂戦鬼と武闘家の二種類が存在するけど、狂戦鬼の方は長期戦向けで、武闘家の方は短期戦向けなのよ」


 加護を授けたソロン曰く、同じ身体強化系の加護でもロカが持つ狂戦鬼の加護は、ダメージを受ける度に身体が強化され痛みも快楽に代わるため、長期戦には優れているが最初から全力を出せないという欠点がある。


 翻って、皇帝カリンが有する武闘家の加護の方は、最初から加護の力で極限まで強化された身体能力を振るうことができるそうだが、引き換えに、長時間使用し続けると強大すぎる加護の力に身体が持たないという欠点があるそうだ。


「皇帝が最前線で戦うなんて状況早々ないと思うけど、味方が他にいないこの状況下では、あの娘一人で長時間戦い抜くのは不可能だわ」


 全く役に立ちそうにない帝国艦隊の残存戦力は、皇帝を置き去りにして空域から離れていくのがスクリーンから確認できる。


 同時に、地面に伏していた魔王怪獣が再び立ち上がる。


 ソロンが言うには、魔王災臨とやらを使い、数多の魔物と融合を果たしたメルクリアには自我がほとんど残っていないらしいが、ぶちのめされた怒りは感じているみたいだ。


 カリン目掛けて自らの右腕を振るう。カリンはその圧倒的な身体能力を駆使して回避に成功するが、逸れた一撃は大地に激突し大きく揺らし、衝撃波に飲まれた小さいカリンの身体は吹き飛んでいた。


 口から吐く熱線だけを警戒していたが、今の光景を見て、パンチのような通常攻撃の類ですら、この要塞を脅かしかねないと見るべきだろう。


「ヤバいな……」


「ヤバいわね」


 何やかんや言っても、もしかして皇帝カリン一人でも行けるんじゃね?と期待していただけに、怒りの瞳を浮かべながら再び立ち上がった魔王怪獣に戦慄さえ覚えた。


 その矢先だった。


 突然、閃光のような物が魔王怪獣の右肩を貫き、怪獣は大きな悲鳴を上げて、後ろに後ずさった。






「陛下、ご無事ですか?!」


「ネオか?! 来るのが遅いわ!!」


 直撃を回避したとは言え、怪獣が繰り出した拳一発の余波で、撃ち落とされたカリンの危機を救ったのは、唯一付き添うことを宣言した賢者ネオであったが、カリンは来るのが遅いと不満げな顔で小突いた。


「まあいい。それで状況は?」


 怪獣の方を見上げると、右肩に小さな穴が空いているのが確認できた。


「アレ、お前が開けたのか?」


「はい、聖女が張る結界を破れるように貫通力を高めたオリジナルの風魔法です」


 自慢げに皇帝に語るものの、ネオの胸中には怒りの感情が渦巻いていた。


(あの小娘、今度会った時は覚悟しろ)


 数年ぶりに、因縁のエシャル・カルスタンと再会したものの、ほとんど何もできずに麻痺ガスによって敗北した屈辱を晴らすことを考えていた。


 それでも、主席魔法官の職務として私情よりも皇帝の命令を優先する理性は残されている。


 とはいえ、こうなった以上は、さっさと片づけたい。


「それでいかがしますか? このまま二人であの化け物を倒すのですか?」


 ネオとしては、艦隊が逃げるまでの時間を稼げれば良いと考えていたが、主の思惑は異なる。


「無論じゃ」


 そう言い残すと、次なる一撃を加えるために、カリンは力強く大地を蹴った。


 後に残されたネオは、小さくため息をつくと、自らが開発した飛行魔法を発動しその小さな背中を追った。




「エアロ・スラッシュ!」


 本格的な交戦を開始したネオが最初に唱えた魔法は、空鯨艦をも両断する風の刃だ。


 空鯨艦ならば一撃で真っ二つだが、分厚い皮膚に守られている怪獣が相手では皮膚の表面にかすり傷程度のダメージしか与えられなかった。


「ちっ! この程度の魔法では効果無しですか」


 自らの攻撃がほとんど効かず苛立ちを募らせるネオ。


 だが、ふと怪獣から目を逸らすと、圧倒的な身体能力を駆使して、怪獣の周囲を跳び回り、隙あらば強烈な拳を叩きこむ皇帝の姿を見て、今度は焦りを募らせた。


「陛下の方が、奴に多くダメージを与えておられる。これでは臣下として恥ずかしい」


 ネオは、魔力の燃費の悪さ故に使用を躊躇っていた魔法を再び発動させる。


「エアリアル・ジャベリン!!」


 ネオが放った対聖女用に開発した結界貫通魔法が巨大亀の脇腹を貫く。


 言葉を交わすことができない怪獣が何を考えているのか定かではないものの、その苦悶の表情から大きなダメージを与えることには成功したようだ。


 そして、チャンスとばかりに、カリンの強烈な一打が怪獣に更なる追い打ちを掛け、怪獣の巨体はかつてないほど大きく揺らめいた。


「どうやら、勝ち目が見えてきたようだのお」


 勝機ありと、勢いに乗るカリンは一度地面に着地し、再度攻撃を掛ける構えを見せる。


 その様子を、飛行魔法による恩恵を受けて上空から眺めていたネオも、勝利を確信した。


「よし、これで止めだ」


 しかし、世の中、そう甘くはなかった。


 これで決めるとばかり、怪獣の正面に向けて跳躍するカリン。


 これで終わりだと右腕に力を込めるが……。


「ガハッ」


 突然、その小さな身体の全身に激痛が走り、空中で吐血し、態勢を大きく崩した。


「一体何が……」


 ソロンが言っていたように、武闘家の加護が長期戦には向いていなかったことをカリンは知っていた。


 だが、これまで皇帝として玉座に座り、あまり前線で長時間戦った経験がなかったがために、力の代償がどういうものなのかというのを、今初めて体験する事となった。


「武闘家の加護が持つ力に妾の身体が耐えきれないのか……」


 落下する中で、カリンは己の身に何が起きたのかを悟るも、既に手遅れだった。


「陛下!!」


 焦燥に駆られたネオの声が響く。見上げると天井が落ちてくる。


 目障りだった羽虫が失速するのをチャンスと捉えた怪獣がカリンに引導を渡さんと放った拳の一振りだった。


「今、お助けします!!」


 魔力全開でネオが駆けつけるも、一歩間に合わなかった。


 魔王怪獣メルクリアの一撃は、小さな少女の身体ごと大地を吹き飛ばすのであった。








「あんな巨大な化け物と戦っている命知らずが誰かと思えば、バイキング帝国の皇帝じゃないか?!」


 本気で死を覚悟したカリンが恐る恐る眼を開けると、いい歳をしたおじさんの顔が映った。


 最初は誰か分からなかったが、すぐに以前一度だけ会ったことのある男だと気が付いた。


「お主は、剣聖ガルダ・ザルバトーレか?!」


 ああ、と小さく頷く男を見てカリンは驚愕の顔を露わにする。


 ガルダ・ザルバトーレ。


 剣聖の加護を持つ世界最強の剣士にして、統合軍の最高司令官を務める人物が何故このような場所にいるのか。


 そのような疑問がカリンの脳裡によぎった矢先、ガルダ・ザルバトーレとは異なる若い男の声が聞こえてきた。


「揺れるぞ。何かに掴まっていろ」


 一瞬、無重力を感じた。その直後、頭上を真っ赤な閃光が掠めていく。


「危ないな。もう少し安全運転はできないのか?」


「馬鹿を言うな。あんな攻撃、躱すだけで精一杯だ」


 口論を横目に、周囲を見渡すと大体のことが理解できた。


 カリンは今、真っ赤な鱗に覆われた赤い竜の背にいた。そして、この場には自分とガルダ・ザルバトーレ以外にもう一人いた。


「赤き竜を使役する者。竜騎士レヴァン・ゼーレスか……」


 ユグド王国が誇る近衛騎士団団長、竜騎士レヴァン・ゼーレス。カリンの記憶が正しければ、彼もまたユグド王国軍の司令官だったはずの男だ。


 今のカリンは知る由もないが、ケルベロスが盾になったとはいえ、魔王怪獣メルクリアの攻撃により、帝都と、帝都の周囲を包囲していた連合軍は壊滅的な打撃を被った。


 連合軍に限って被害を述べるのであれば、最高司令官は逃亡、参謀達がいた本陣は壊滅、空鯨艦も七割が航行不能、その他地上軍も被害甚大。


 そんなボロボロの連合軍の窮地を救ったのは、帝国内を強行突破して来たガルダ・ザルバトーレ率いる共和国本土防衛軍である。


 しかしながら、強行突破したが故に物資に余裕がない共和国本土防衛軍では、先んじて帝都を包囲していた連合軍残存勢力を立て直し、再び帝都に総攻撃する余裕はもはや残されてはいなかった。


 ガルダ・ザルバトーレは、運良く生き延びていた帝都包囲軍のトップであるレヴァン・ゼーレスと協議した。


 そこから、魔王の正体がメルクリアであった事と、レヴァンの推測からメルクリアが魔物と合体し巨大な怪獣になった事と、その怪獣が帝都を襲った謎の攻撃をしてきた方角へ去った事を知ると、連合軍全軍に撤退命令を下した。


 だが、撤退と並行して今後のために、帝都に攻撃してきた何者かがいる北西への調査と、怪獣の行方は把握しておく必要があった。


 そのためいくつかの指示を出し、後の事をロズウェル・カルスタインに任せたガルダは、空鯨艦を遥かに上回るスピードで空を飛ぶ赤き竜を召喚する竜騎士レヴァン・ゼーレスと共に怪獣の後を追ってきたのだ。


「なるほどな……」


 自分の周囲をちょこまか跳び回る赤き竜を落とそう熱線を吐き続ける怪獣の攻撃を、レヴァンが使役する竜が紙一重で躱し続ける状況下で、手短にガルダ・ザルバトーレ達がこの場にやってきた経緯を聞いたカリンは、帝都の現状を心配しつつも、意を決して二人にある提案をする。


「どうじゃ、お主ら、あの怪物を倒すまでで良い。各々、国を背負うのはやめて、女神から加護を授かった使徒同士、一時休戦して共にあの化け物を倒さんか?」


 他国と、ましてや帝都の目と鼻の先まで迫って来た敵国と手を結ぶことは不本意ではあるが、あの強大な敵を前に、剣聖と竜騎士が仲間になるのは大変心強かった。


 レヴァンとガルダもまた、あの魔王怪獣をここで止めなければ、大陸が灰燼に帰す可能性がある事を悟っていたので、少しだけ思案した後、その提案を飲むことを決めた。


「あの化け物を倒すまでなら、その提案受け入れてもいいぜ」


「そうだな。私としては、未だに正体が掴めない帝都に攻撃した奴の方が気になるが、ここは目の前の脅威を倒すことに専念しよう」


 より強大な敵を前に、これまで敵同士だった者達が手を結んだ。


 武闘家、賢者、剣聖、竜騎士。


 それぞれ、思う所はあるものの、同じ使徒として互いにその力は熟知している。


 そして、ただ目の前にある脅威を駆逐するために行動を開始した。








「え? 何、なに? 何で、あいつ等がいるわけ?」


 指令室のスクリーンに映るのは、竜騎士レヴァン・ゼーレスと剣聖ガルダ・ザルバトーレだった。


 音声までは拾えないが、どうやら魔王怪獣を倒すために、一時的に手を組んだようだ。


 状況がいまいち理解できないが、どうやら、レヴァンの召喚する竜に乗ってこの場に駆け付けたみたいである。


 よく分からんが、これはラッキーだ。


「う~ん。私もよく分かんないけど、これで時間稼ぎくらいにはなるわね」


 ソロンも詳しいことは分からないが、俺と同意見だ。


「ああ、あの四人であれば、あの怪獣が相手でもそこそこ時間を稼いでくれるだろう」


 武闘家の加護の反動か、カリンはこれまでのように全力を出して戦うのは厳しそうだ。


 でも新たにやって来た二人の援軍が、カリン弱体化による戦力低下を大いに補っていた。


 まず、自力で飛行が可能で、しかも有効打を放てる賢者ネオ。


 召喚した竜の背中にカリンとガルダの二人を乗せて、戦闘機のように怪獣の周囲を跳び回る竜騎士レヴァン。


 魔法を無効化するという剣聖ガルダ・ザルバトーレの加護は、驚くべきことにあの怪獣の熱線さえも打ち消している。


 更に、攻撃時以外は、竜の背に乗ることで加護の負担を軽減できるようになった武闘家カリン。


 彼ら四人には一撃で倒せるという決定打はない。


 莫大なHPを持つ巨大モンスターのHPを少しずつ削るという状況は変わらない。


 しかし、時間を稼いでくれれば十分だ。


「ここが正念場か。ソロン! ラグナロク砲の発射まで後どれくらいだ」


「後、三十分よ!」


 残り三十分。


 透明化の魔法で姿を隠しているとはいえ、移動力もラグナロク砲に回したこの要塞は、既に魔王怪獣の放つ熱線のギリギリ射程内にいる。


 とはいえ、確実にラグナロク砲を命中させたいので、後退することは考えていない。


 なので、レヴァン達には頑張って時間を稼いでもらいたいが、世界屈指の強さを持つあの四人でも、あの怪獣が相手では厳しいだろう。


 そこで、こちらからも応援を出す事にした。


「よし、今出せる全戦力を出すぞ」


「全戦力? 隠蔽とラグナロク砲へのチャージを優先しているから、ミサイルもゴーレムも出せないわよ」


 コイツ自分が女神だった事を忘れてしまったのだろうか?


 この要塞にはまだ要塞の魔力に頼らず、あの戦いに参戦できる人間、元女神ソロンに選ばれし使徒が三人もいるのに。


 いや、一人は役に立たないか。


 まあそれでも、後の二人は、あの四人にも負けず劣らない強者達だ。


「下手に女の戦いに干渉するのが怖かったからこれまで放置していたが最終決戦だ。喧嘩を続けているエシャルとロカにも働いてもらおう」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ