第六十二話 最終決戦1
何とか要塞の機能を奪い返したが、前方からは大怪獣へと姿を変えた魔王。後方からは帝国軍の大艦隊。
前後から敵に攻められ、おまけに要塞内では聖女と狂戦鬼が激しく激突し、再び窮地に陥った空中要塞ギャラルホルン。
その指令室で女の戦いは怖いのであいつらは一旦保留にしようと決めた俺は、一先ず、先程から従者のように接してくるソロンにその言動止めるように命じた。
「以前、お前がやってたAIごっこを思い出すから、その言葉遣いはやめろ」
すると、肩の荷が下りたような安堵の声が耳に入ってきた。
「え? いいの? 正直、この喋り方慣れないから助かるわ」
人を騙すつもりでやっていた時は良いらしいが、日常的にはやりたくなかったようだ。
ソロンはあっさりと女神として接した時と同じような雰囲気で喋り出した。
何か、これはこれでムカつくが、まあ、いいかと許した矢先、ふとある疑問が脳裏をよぎる。
「目の前の怪獣はともかく、帝国軍艦隊はどうして真っすぐにこちらに近づいて来るんだ?」
モニターに目をやれば、この要塞を目指す両者共に、一直線にこちらに向かっているのが確認できる。
魔王怪獣の方は人知を超えた存在なので、考えるのを止めたが、人間が操艦する帝国軍艦隊がこの要塞に向かって来れるのに疑問を感じた。
空中要塞ギャラルホルンはこの世界における最大の建造物なのは間違いないが、この広い大空から見れば、米粒ほどの大きさでしかないからだ。
すると、今まで忘れていたかのように、スピーカーからソロンの声が響く。
「あっ!! ジオ・エクセ二ウム鉱石に取り付けてあった発信機を外すのを忘れていました」
「おい、待て。なんだそれは?! 聞いてないぞ!」
慌てて問い詰めると、うっかりしてましたとあっけらかんにソロンは説明してきた。
「帝国の艦からジオ・エクセ二ウム鉱石回収した時に、ジオ・エクセ二ウム鉱石の表面に魔力で動く発信機が取り付けられておりました」
「……何故、外さなかった?」
「ようやく念願のジオ・エクセ二ウム鉱石を手に入れて浮かれていたのと、場所が知られても帝国如きにどうこうできるとは思えなかったからです。テへッ」
テへッと可愛く言われても、姿の見えないスピーカーの声しか聞こえてこないので、苛立ちしか感じなかった。
それにしても発信機を取り付けておくとは、帝国の連中小癪な真似を。
「それで、どうするの? 怪獣の方は余り打てる手はないけど、艦隊の方は全火力を集中すれば、簡単に殲滅できるわよ?」
ソロン曰く、この要塞の全火力を十数分間、帝国軍艦隊に向ければ全滅できると自らの予想を述べる。
確かに大量のミサイルを撃ちこめば、射程外からの一方的な攻撃により帝国軍艦隊は手も足も出ずに敗北するのは想像に難くない。
ただ、それをやるのには躊躇いを覚える。
帝国軍兵士が可哀想とかではない。共和国本土を空爆した帝国軍に慈悲はない。
懸念しているのは、帝国軍艦隊へ攻撃している間に、怪獣の更なる接近を許してしまうことだ。
魔弾テンペストを中心とした怪獣への攻撃は、決定打にはならないが、少しではあるが、こちらへの接近を遅らせることに成功している。
「もし、怪獣への攻撃を一時的に停止し、帝国軍艦隊への攻撃に力を注げば、その間にあの怪獣はこの要塞の目と鼻の先まで接近してしまうわね」
記録映像で確認したが、近距離であの怪獣が放つ熱線を浴びれば、難航不落のこの要塞もお終いだ。それだけは何としても避けたい。
かと言って、帝国軍艦隊は艦隊を維持するために何が何でもジオ・エクセ二ウム鉱石を奪取してくる筈だ。
彼らは必死に突撃してくるだろう。中途半端な攻撃では撃退もままならない。
ソロンの計算では、時間を稼いでラグナロク砲を怪獣に直撃させれば撃破可能らしいが、肝心のラグナロク砲の再発射まで時間が掛かるそうだ。
一秒でも長く時間を稼ぎたいこの状況下での帝国軍艦隊の接近は本当に邪魔でしかない。
「どうしたものかな。そうだ、神の叡智で何とかしてくれ」
良い案が浮かばないので、俺は手下になった神様に助けを求めた。
「私、勉学の方は、昔から赤点スレスレだったから期待しないで。じゃなきゃ、戦女神なんてやっていないわ」
使えん神だ。この脳筋神め。
などと吐き捨てたい所ではあるが、こいつが賢かったら、勇者を失ったり、メルクリアに振り回されることはなかったので、引っ込めることにした。
俺は神には頼れんと、懸命に考えた。そして、一つの作戦を思い付き、実現可能かどうかソロンに尋ねた。
ソロンは少しだけ驚いた後、こう言った。
「行ける! 勝ったわ! ガハハッ」
俺の指示通りにソロンは、帝国がジオ・エクセ二ウム鉱石に取り付けた発信機を回収するとミサイルに載せ、今度は怪獣の皮膚に取り付けた。
その後、透明化の魔法を付与する魔法装置により、要塞そのものを透明化した。
魔王怪獣は透明になっても、魔力かそれとも別の気配を辿っているのか、これまで通りにこちらに向かって進行しているが、発信機の信号を頼りにやってきた帝国軍艦隊の方は、目視できる距離にいる要塞を発見できないようだ。
そして狙い通りに、帝国軍艦隊はこちらではなく、怪獣の方へと向かっていく。
「よし、これで、しばらくは帝国軍が時間を稼いでくれることだろう」
俺はラグナロク砲専用に使用しているジオ・エクセ二ウム鉱石だけでなく、少しでも早く再発射できるよう、要塞を動かすために使っていたオリハルコンの魔力もラグナロク砲に回すようにソロンに指示した。
これにより、魔力消費の大きいゴーレム工場やミサイル工場、あとは防御シールドなんかも全て停止した。
もし今、魔王怪獣に狙われたら一溜りもないだろう。だからこそ、俺はかつてないほどの声援を帝国軍に送るのだった。
帝国軍艦隊総旗艦グレート・シンドウ。
悲願の世界制覇のため、長い年月を掛けて建造を進めていたラグナロク艦隊を遂に出撃させた稀代の皇帝カリン。
その圧倒的な大艦隊の前に、共和国の各都市とイスラ同盟国首都セントラル・イスラは炎に包まれ、同盟勢力を滅亡一歩手前まで追い詰めた。
だが突如出現した空中要塞ギャラルホルンにより、ラグナロク艦隊は全艦艇の約半数を失い、皇帝カリンも屈辱的な敗北を味わった。
それでも、カリンは諦めずに前を進んだ。
一時は、旗艦ごと共和国の虜囚となるも、共和国基地への連行中に艦を奪い返し、空中要塞での戦いで麻痺ガスを受けていたクルー達も全快し、一路、本国を目指す。
途中、共和国都市への攻撃のために、別れていたラグナロク艦隊のもう半数と合流を果たすという幸運もあったが、大きな問題が発生した。
「艦隊を動かすのに必要な魔力が足りないじゃと?!」
「はい、総旗艦に搭載されていたジオ・エクセ二ウム鉱石を、あの謎の空飛ぶ要塞に奪われてしまったので」
「ああ、そうじゃった」
空鯨艦の動力は魔力である。人間の魔力やミスリルのような鉱物に宿る魔力でも、魔力であれば基本的に何でもいい。
だがしかし、半数にまで数を減らしたとは言え、まだ百五十隻近く残るラグナロク艦隊を動かすとなると、普通の手段では到底足りない。
現状、ジオ・エクセ二ウム鉱石だけが、この大艦隊を維持できる唯一の魔力源なのだが、今の帝国軍にはそれがなかった。
「残りの魔力では、一戦やって本国に帰還するのがやっとです」
一応、一戦やって帰還する分は残されているが、それで本国の基地に戻れば、艦隊は鉄のガラクタと成り果てる。
帝国中から魔力をかき集めても、残存する百五十隻全てを同時に稼働させるのは絶望的だからだ。
空鯨艦の技術で統合軍勢力に劣り、数を頼りにする帝国軍にそれは致命的だ。
頭を悩ませるカリンと上層部。そんな中、一人の技術将校が恐る恐る手を挙げた。
「万が一に備えて、ジオ・エクセ二ウム鉱石に発信機を取り付けておりますので、奪った要塞の位置は把握しております。一か八か、全戦力を結集して奪い返すというのはどうでしょうか?」
何らかの事故で、総旗艦が墜落しても最も重要なジオ・エクセ二ウム鉱石を速やかに回収できるように、技術の粋を結集して開発した発信機を取り付けていた技術将校のファインプレーを同席していた将校達は称えるべきだっただろう。
だが、あの要塞の強さを知っていた者達は大反対した。
「また、こちらの射程外から一方的に蹴散らさせるだけだぞ!」
「帝国軍艦隊が本当に全滅してしまうわ!」
百戦錬磨の帝国軍将校でも、あの要塞には近づくなの一点張りだ。
合流したラグナロク艦隊の残り半数の将校達は、実際にその恐ろしさを目の当たりにしていないため、今一実感がないものの、ネルガル提督を始めとする総旗艦のエリート将校達の拒絶反応を見て、賛成の声は出せなかった。
そんな中、上座に座る皇帝カリンは賛成した。
「よし、やろう」
「へ、陛下! 危険過ぎます!」
ネルガル提督は真っ青の顔になって思い留まるように進言したが、カリンの一言を聞き、考えを改める。
「あの要塞の主が誰かは分からんが、あの時聞こえてきた声はこう言っておった。魔王諸共帝都を焼き尽くすと」
現在、帝都に向かって魔王軍と統合軍が侵攻中だ。イェーガー元帥が指揮する帝都守備隊が簡単に負けるとは思わないが、あの要塞であれば、帝都ごと魔王軍も統合軍も関係なく殲滅できるだろう。
帝国の敵が消えるので歓迎すべき所ではあるが、犠牲が大きすぎるし、何より、今度は魔王軍に代わる脅威としてあの要塞が大空に君臨するに違いない。
だとしたら、艦隊がまだ戦える今、一か八かの決戦を行うのは悪手ではない。
勝ち目は限りなく小さいが、この機会を逃せば、帝国は勝機を逃す。
数時間後、帝国軍残存艦隊は、総力を挙げて発信機が出す信号の方へと舵を切った。
そして今、発信機がある場所を目視で確認できる位置まで来た。
帝国の未来を賭けて空飛ぶ要塞と決戦と意気込んでいた帝国軍艦隊のクルー達だったが、彼らの瞳に映ったのは、山を超えるほどの巨躯を持つ二足歩行する謎の巨大亀だった。
「何じゃ、アレは?! おい、ネオ! アレを知っておるか?」
「し、知りませんよ。あんな怪物」
「魔物の生態を調べることが密かな趣味であるお主も知らんのか? というか、アレは魔物なのか?」
総旗艦のブリッジに、普段は威厳のある言動しか見せない皇帝と賢者の会話が木霊するが、それについて驚く者はいなかった。あの空飛ぶ巨大要塞も大概だったが、あの巨亀の方にもっと驚いたからだ。
「ええと、発信機の信号はあの亀から出ております」
自信がないのか技術将校の弱々しい声が聞こえてくる。
「あの要塞が姿を変えたのかの?」
「いや、流石にそれはないでしょう。と言えたらどんなに楽か」
ともあれ、詳しいことは分からないが、帝国技術局が開発した発信機の性能を信じるならば、ジオ・エクセ二ウム鉱石はあの亀の身体の何処かにある。
決死の覚悟で戦いに臨んだ以上、帝国軍に取れる選択肢は一つだけだ。
全艦隊に皇帝カリンの号令が伝えられる。
「目標、前方、巨大生物。あの生物を打倒し、なんとしてもジオ・エクセ二ウム鉱石を確保するのじゃ!」
総攻撃。
皇帝からの命令を受け、帝国軍艦隊は、主力兵器であるバリスタの射程圏内まで一気に接近する。
その間、二足歩行であるが、巨亀の方は何もせずにノロノロと歩くだけだ。
図体だけがデカい、見た目通りの鈍感な生き物だと帝国軍将兵の大半が甘く見た。そしてすぐにその代償を支払う。
「射程内に入りました!」
「よし、攻撃を開始せよ」
バリスタの射程内に入ったと同時に、約百五十隻の帝国軍艦隊は、一斉にバリスタを斉射した。
これだけの数の対艦用のバリスタを一度に受ければ、どんな生物もあの世行きだろうと誰もが高を括ったが、ただの一発たりとも巨亀の甲羅も皮膚も貫通できず、あっさりと弾かれた。
「「「馬鹿な」」」
魔法で弾くならばまだ理解できる。しかし、対象は防御姿勢のような行動は一切取らずに、ほぼそのままの状態で帝国軍艦隊の攻撃を何事もなかったかのように、はじき返した。
この光景を見た全てのクルーがあり得ないと叫ぶが、本当にあり得ない光景はこの直後に起こった。
巨亀は大きく息を吸い込むと、口から真っ赤な熱線を放つ。
これまで空中要塞ギャラルホルンやその防衛兵器を狙った時と比べれば、射程も威力も劣る一撃だったが、そのたったの一撃で、帝国軍艦隊の二割が消えた。
直撃を食らった艦は瞬時に蒸発し、余波を受けた艦は爆風により地に落下していった。
帝国軍の練度は世界的に見ても非常に高いが、触れてはいけないものに触れてしまったことを知った生き残りは恐慌状態に陥る。
陣形を維持したままゆっくりと後退せよという総旗艦からの発光信号に従う艦は一隻もいない。
どの艦も、我先へと空域から離脱しようと、巨亀に背を向け、バラバラの方向へと逃げ出す始末だ。
巨亀は一隻も逃がすつもりがないのか、第二射を放ち、また二割近くの艦を葬った。
そんな情けない姿を総旗艦のブリッジから目撃していた皇帝カリンは、何を悟ったのか、口元を歪ませるとネルガル提督を呼びつける。
彼も他のクルー達と同様に、パニック状態にあったが、絶対者である皇帝の声を聞き正気に戻る。
「はっ、陛下、ご命令を」
この圧倒的な劣勢下でどうやって挽回するのか。稀代の皇帝の命令を聞き洩らさないように意識を集中するネルガルだったが、皇帝カリンの言葉に己の耳を疑った。
「これより、一時的じゃろうが、あの生物の標的を艦隊から逸らす。その間に、全艦隊、即座にこの空域を離脱し、生きて本国に帰還せよ」
全艦隊のバリスタ攻撃ですら、ものともしないあの巨亀の標的を変える方法が分からずに混乱するネルガル提督に指示を出したカリンは、腰かけていた椅子から立ち上がり、傍に控えていた賢者ネオと共にブリッジから出る。
ようやく、カリンがやろうとしていることを理解できたネルガルだったが、覚悟を決めた顔をしていた幼き皇帝の姿に一言も発することはできなかった。
国宝指定の最高級の魔法武具を身に纏い総旗艦の上部甲板に出たカリンとネオ。
自分達だけが逃げるために、こんな所に来たわけではない。
使徒としての本能が告げる。アレは、姿を変えた魔王であると。
二人が夢見た帝国の勝利は潰えた。
であるならば、最後くらいは皇帝と主席魔法官としてではなく、魔王と戦うために選ばれた女神の使徒としての務めを果たそうと。
主であるカリンの考えを理解したつもりだったネオは、最後までこの幼い皇帝と共にあると改めて決意する。
「陛下。最後までご一緒します」
言葉は短いが、一礼して己の覚悟を伝えるネオ。
そんなネオの様子を見て、首をかしげて不可解な顔をしたカリンは、最後に残った忠臣ではなく、前方にいる巨亀を真っすぐに見据えながら口を開く。
「お主、何か勘違いしておらんか?」
「か、勘違いですか?」
「そうじゃ。艦隊に帰還命令を出したのは、この先の戦いには役に立たんからじゃ。今回は相手が悪い。空飛ぶ要塞やあの巨大な化け物以外が相手ならば、ラグナロク艦隊は決して負けない!」
「で、では、これから、艦隊を逃がす時間を稼ぐために、あの巨亀に玉砕覚悟で突撃するおつもりではないのですか?」
ネオの言葉を聞き、カリンは首を横に振る。
「何を勘違いしておる。今回は敗けたかもしれんが、また力を付けて再度挑戦すればいいじゃろうが、老い先短い老婆じゃあるまいし、何故、余がここで全てを諦めて命を散らせねばならぬ。知っておるぞ。他国の人間が余の事をちびっ子皇帝と呼んでいるのはな!!」
言うだけ言うと、身体能力を極限まで上昇させる武闘家の加護の全力発動させ、皇帝カリンは甲板を大きく蹴り、空を飛ぶ。
そして、そのまま落下の勢いを利用して巨亀の頭部を目掛けて、飛び膝蹴りを仕掛けながら叫んだ。
「ハハハッ、丁度いい大きさの的だ。長年練った計画を潰された余の怒りを、代わりに貴様が全てその身に受けろ!!」
どちらかというと、艦隊を逃すよりも八つ当たりの方が大きかったカリンの飛び膝蹴りは、魔王怪獣の頭部に直撃し、要塞のミサイル攻撃も艦隊のバリスタ攻撃も物ともしなかった巨大な怪獣を初めて地に這いつくばらせた。




