第五十九話 女神ソロン
空鯨艦で突入し、弾幕の嵐を掻い潜り、何とか空中要塞ギャラルホルンの上層にある庭園の一角に不時着できた俺達を待ち受けていたものは、千を超える赤いゴーレム軍団だった。
「おいおい、なんじゃこれは?!」
事前に説明していたとはいえ、帝国でも実用化に至っていないゴーレム軍団を実際に目にし、動揺するクルー達を代表してダグラス船長が声を荒げる。
「おい、離陸できるか?!」
「無理です。不時着時に飛行ユニットの一部が損傷! 修理には時間が掛かります!!」
成功したものの無謀な突入をしたせいで、艦の機能はガタガタ。再び飛び立つことさえ、すぐにはできない。
艦が飛べない中、ゴーレム達に周囲を取り囲まれ、パニック状態に陥りかける艦内。破局が訪れる前に手を打つべきのようだ。
「アマダ殿、一体どちらへ?」
艦長席を立ち上がった俺に対し、ダグラス船長が尋ねてきたので、俺はガラス窓の向こうにいるゴーレム達を指差してこう言った。
「ちょっと、倒してくる」
ハッチを開けて外に出るとすぐに頭上からロカの声が聞こえてきた。
「あの数は私でもちょっと厳しいわよ。どうするの~?」
ロカの言うように、ゴーレム達の戦闘力は単体でも帝国軍の中でも精鋭である親衛隊に匹敵する。
一体ならばともかく、あの数をまともに相手をするには不可能に近いだろう。だが、今回は相手が悪い。
「収納」
狙いをつけて、心の中で念じると取り囲んでいるゴーレムの一体が、一瞬に姿を消した。
試したことがなかったため、確証がなかったが、予想通りだ。
「やはりな。生物ではないゴーレムは築城の加護の力でアイテムボックス内に収納できるようだ」
剣を振りまわすことも、魔法をぶっ放す必要もない。
自分の近くという制限こそあるが、加護を使うだけで、戦わずしてゴーレムを消せると分かった以上、どんどん消していこう。
「収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納、収納!」
アイテムボックス内に一度に送り込める対象は一つのみであるが、イスラの森、王都、同盟国首都など俺はこれまで多くの場所で加護の力を使い資源を回収してきた。
この程度の数を瞬時に、アイテムボックス内に収納するなど造作もない作業だ。
瞬く間に、艦を取り囲むゴーレムたちの姿が消えていく。
気が付くと、周囲のゴーレム達の大部分を一掃していた。
「……滅茶苦茶ね」
ロカからのお褒めの言葉を受けた後、俺は窓ガラスの向こうに見える白亜の城を指差した。
「これから一人で内部に突入する、お前は船を守っていてくれ」
「了解よ。でも一人で大丈夫なの?」
ロカの問いに少しだけ申し訳ない気持ちを持ちながらもはっきりと事実を告げた。
「ああ、むしろ一人の方がやり易い。それに麻痺対策の魔法道具も時間と素材の関係で一つしか作れなかったしな」
右腕にある腕輪を見せつけると、ロカに後を任せて、一人庭園の中央にそびえる白亜の城へと足を進めた。
アマダが船から離れて、しばらく経った後、アマダが向かった方角とは別の方角から、また新手のゴーレム軍団が姿を現した。
「いいか。てめえら、使徒とはいえ、ロカの嬢ちゃんだけを戦わせるな」
ロカ一人に重みを背負わせまいとダグラス船長は部下達に発破を掛ける。
その意見に同意だとクルー達は、武器を掴んだが、気持ちは理解できるものの血気に逸る彼らをロカは宥めた。
「ハイハイ、その気持ちだけで十分よ。でも、私一人で戦った方が早いから、アンタ達は船の修理でもしていなさい」
「ロカ様。それは少し言い過ぎなのでは?」
今回乗船しているクルーの中には、カルスタン家の人間も多数含まれている。かつては戦場で英雄的な活躍をした魔法使い達だ。
だが、人外の存在であるゴーレム軍団を相手するには力不足である。
自分一人でやった方が被害を抑えられると判断したロカは、クルー達を制止させ、それから、やや呆れながらアリシアの方を向く。
「はあ~アンタもよ。アリシアさん。あなたの力はゴーレムには通用しないでしょ」
ロカは手を震わせながらも剣を握り占めるアリシアから武器を没収する。武器を取られたアリシアは、自分の無力さを指摘されてしょぼんとしてみせた。
まあ、自分が使徒なのにも関わらず、後方で指を咥えて見ている歯がゆさは理解できなくもないが、つい最近まで温室育ちの公爵令嬢が大活躍できるほど戦場は甘くはない。
ここはおとなしくしていてもらいましょう、心の中でそう呟いた矢先、突然、大声を上げるクルーの言葉で心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を覚えた。
「エシャル様!!」
誰よりも早く反応したエシャルは、人混みをくぐり抜けて、全員の先頭に立つと、新たなゴーレム軍団を率いてきたエシャル・カルスタンを見据えた。
「お姉様、お久しぶりですわ」
ロカは敬愛すべきお姉様との再会に心を震わせるが、エシャルの方は、興味がないといわんばかりに、無表情のままだった。
「アマダ様は?……どうやら入れ違いになってしまったようね」
こっちはこれだけ恋い焦がれていると言うのに、自分など一切眼中にはないというエシャルの言動に少しだけカチンと来たロカは、得物である大鎌をエシャルの方に向けて挑発めいた口調で宣戦布告をする。
「お姉様。同じ使徒である私を無視するとはいい度胸ですね。お姉様の心に私のことを刻みこんであげますわ」
ロカの挑発に対し、エシャルは相変わらずの興味のない無表情の顔ではあるが、ロカだけでなく後ろの方にいるアリシアにも聞こえるよう、宣言した。
「七人の使徒の中から、女神様に唯一選ばれた私と同格に思われるのは少々心外です。女神様から新世界の指導者を任された私の力、存分に味わいなさい」
船を離れた俺は、全力疾走で白亜の城の中を突き進んだ。
この要塞の全て支配している以上、女神ソロンには地の利があるが、こちらも、要塞の内部構造は熟知している。
邪魔な扉と行く手を遮るゴーレムをアイテムボックス内に収納し、毒ガスの類は魔法道具で防ぎながら、俺は目的地を目指して要塞内を駆け抜ける。
すると、通路に設置されていたスピーカーから女神ソロンの声が響いてきた。
『ちょ、ちょっと、アマダさん? 天田要さん? 足を止めて私の話を聞いてよ』
悠長に会話をしてやるつもりはない。俺は彼女の提案を無視して爆走する。
むしろ、俺が進む度に、焦りの声が漏れているのが分かる。
気分がいいので、俺は走りながら、ニヤリと笑い、返事を返した。
「どうした。流石の女神様も、ピンチか?」
『え、ええ。それ以上、進んでもらうと、とっても困るわ。その先は毒ガス工場よ。魔法道具で防いでいるとはいえ、完全には防ぎきれないわよ』
その言葉を裏付けるように、通路の先にある扉には、ご丁寧に日本語で毒ガス工場と札が掲げられていた。が、俺は忠告を無視して扉を収納する。
「やっぱり嘘だったな。アンタの魂胆は見え見えだよ」
扉の先は、同じようにまた通路が続いていた。ソロンとしては、扉の前で引き返して欲しかったのだろうが、そうはいかない。
すると、今度は、スピーカーからソロンの苛立つ声が聞こえてきた。
『何でよ! 普通、上層にある指令室に行くでしょうが?! 指令室への攻撃は、要塞攻略の鉄板でしょう?!』
まあ、指令室占領は要塞攻略のお約束だ。ソロンが喚くのも解る。
俺だって、武装した部下を率いて要塞の指令室に侵入し「おとなしく武器を捨てろ」っていうのをやってみたい。
だが、残念なことに、今回に限っては、要塞上層にある指令室に突撃しても無駄なのだ。
「指令室に司令官を始めとする人間が詰めているのであれば、そうであろうが、今、この要塞を制御しているのは女神様アンタだけだからな。エシャルがいるだけのモニターしかない指令室に行っても意味ないだろう」
詳しいことは分からないが、ここまで集めた情報から推測するに、女神様の本体は今も天界と呼ばれるあの白い部屋にあり、そこから命令を飛ばしていると思われる。
そして、天界から下界にあるこの要塞を操るためには、命令を受けるアンテナのような受信機が必要なはずだ。
その受信機こそが、ソロンが管理AIを名乗っていた時に少しだけ漏らした中層に存在する中枢エリアだと俺は睨み、最初から要塞内部を突き進んでいたが、どうやらスピーカーから流れる声色から判断するに正しかったようだ。
『きっーー!! まず最初に指令室を目指していれば、その間に対策を取れたのに!! 中枢エリアの説明なんて一回しかしなかったのに、何で覚えているのよ。本当に腹立つわね』
危ない危ない。どうやら、ここまでの道中で、思ったよりも抵抗が少なかったのは、俺が指令室に向かうと予想していたからのようだ。
女神の負け惜しみの声が心地よい。
「このまま、中枢エリアをぶっ壊してやるよ!」
『そんなことしたら、この要塞は制御を失い、動かぬガラクタと化すわよ』
おや、やはり、その可能性はあるのか。でも、ぶっちゃけ、その真偽などどうでもいい。
「ハハハッ、別に構わん。手に入らないならば、壊してしまえが俺のモットーだからな。少し惜しいが、一撃で都市を消し飛ばす要塞は消え、アンタが悔しがる姿を拝めればそれで満足さ! これで厄介な二つの脅威の内、女神は退場。残る魔王は、賢いメルクリアが相手ならば交渉でしばらく時間を稼げるだろう」
「え、いやちょっと、今、魔王は……」
スローライフの実現のためには、魔王も倒すべき敵ではあるが、厄介な敵は、叩ける時に叩いておくべきだと判断した俺は、女神の言葉にこれ以上、耳を傾けずに通路を爆走。
そして遂にお目当ての場所に到着した。
収納で扉を消し、内部に足を踏み入れる。一度も覗いたことのなかった中枢エリア内部の光景を見て思わず、感嘆の声を漏らした。
「ほう、これは……」
何もない室内の中央付近に、巨大な黄金のキューブがゆっくりと回転していた。とても幻想的な光景である。
「他に何もないところを見るに、この黄金のキューブが、天界からの信号を受信する装置の役割をしているようだな」
サイズ的にも収納できる大きさと判断し、手っ取り早く排除するために破壊ではなくアイテムボックス内に収納してしまおうと手を伸ばす。
だが、その瞬間、頭の中に激痛が走り、視界が暗くなった。
「うう、ここは……」
気が付くと、またあの白い空間にいた。神々が住まう天界と呼ばれる地に。
しかし、何度か足を運んだが、今回は様子が違った。
「やってくれたわね。この手だけは使いたくなかったわ」
俺の目の前には、腕を組み、仁王立ちで佇む女神ソロンの姿があった。
懐柔するためとはいえ、友好的な態度を見せていたこれまでとは違い、怒髪天を衝くかのように怒り心頭なご様子なのがすぐに分かった。
彼女の足元にはヘルメットのような物が落ちている。VRゲームのようにあれを被って、ここから要塞を操っていたのだろうか?
聞いてみたいところではあるが、どう考えてもそんな雰囲気ではない。
ソロンは、以前見たのと同じ一台の大型テレビを指差す。そこには黄金のキューブの前で床に倒れる俺の身体が映し出されていた。
「強制的にあなたの精神だけを天界に呼び寄せたわ。意識のある人間を連れて来るのは重大なルール違反だけど、バレなきゃ問題ないわ」
なるほど、無理やり幽体離脱させられて、精神だけこの世界に召喚されたわけか。勝ったと思ったが、これは思わぬ誤算だ。
つーか。ズルくねなどと思いながらも、これは千載一遇のチャンスだと思い至った俺は、アイテムボックスから黒騎士装備を取り出した。
加護は肉体ではなく精神に宿るものなのか、原理は分からんが、幸いなことに、この場所でも築城の加護は問題なく使えるみたいだ。
「わざわざ、そちらから本体を曝け出したわけか。ようは、この場でアンタを倒せば、俺の勝ちというわけだな?」
ここで倒せば、女神は終わり。まさか、天界にいる女神を直接倒せるとは、運が良い。
要塞内にある黄金のキューブを撤去しても女神様の干渉を防げるだけで、倒すことはできないと諦めていただけに、チャンスが向こうから転がり込んできたと俺は舞い上がった。
だがしかし、その考えはとても愚かだったと俺はすぐに思い知ることになる。
「……もういいわ」
その瞬間、空気が変わった。
風にない静止したはずの空間を、冷たい冷気が包みこむ。
ここまで見せていた人懐さは完全に消え失せ、幼い少女にしか見えなかったその身体は、直視することすら躊躇う、圧倒的な存在感をまとう。
うっすらと開かれた眼を見た瞬間、俺は、かつてないほどの強烈な死を感じた。
その殺意に晒され、あちらの世界では無敵だったこの身に纏う黒騎士装備が、この少女の前では紙切れ同然だと瞬時に悟る。
空間を軋ませるほどの言葉にはできない強大な力を発する姿を目に焼き付け、俺は改めて知る。
これが神なのだと。
「最後にチャンスをくれてやろう。精神だけこの空間にやって来た貴様とは違い、精神と肉体の両方が揃った私を倒すことができれば、私を殺すことができるぞ。一発逆転を狙って、精々足掻くがいい」
確かに彼女の言うように、この場で倒せれば、女神を殺すことができる。できるのだが。
「ハハッ、勝てるか。こんな化け物」
要塞を通して意識だけしか送れなかった時とは異なり、今の彼女は神の力の全てを制限なく使える。
使徒? 魔王? 空鯨艦の大艦隊? 空中要塞?
はっ、こいつが相手では束になって掛かっても一捻りだ。
神と人の間にある決して揺るがない絶対的な力の差を前に、もはや乾いた笑みを浮かべるしかできることはなかった。
「安心しろ。貴様の精神は滅びるが、肉体はあの世界に残る。何も考えず、廃人同然の穏やかな余生を過ごすがいい」
その言葉を聞いた直後、世界は光に包まれ、俺は目蓋を閉じた。
「メガ~ミ、チョップ!!」
場違いな陽気な声は耳の中に入ってくる。
知らない声だが、そんなことよりも、死んだとばかり思ったのに、何故か意識がある!
恐る恐る目を開けると、想像を絶する光景が飛び込んで来た。
最初に視界に映ったのは、ニコニコした笑顔で、長い紫色の髪の二十代前半くらいの見知らぬ若い美女だった。
そして、その美女の足元にそれはそれは見事な土下座をする女神ソロンの姿があった。
先ほどまでの、神々しい絶対的な姿など微塵の残っていない。
状況は分からないが、情けないとすら思えるほど哀れだ。
「あの~これは一体?」
混乱のあまり、思わず声を出してしまった。すると、音速を超える勢いで、顔を真っ青にしながら、女神ソロンが口をパクパクさせつつ叫んだ。
「ちょ、お前、神々の頂点の一角に立たれる先輩の前で、なんてことを」
そのまま、早く頭を垂れろと言葉を続けるも、言い終わる前に、紫色の髪の女性が、強い口調で言う。
「ソロンちゃん。あなたは黙っていなさい」
「はい!! 申し訳ありません」
不快な思いをさせてはならないとばかりに、女神ソロンは額を床にこすり付ける。
女神ソロンの態度から、間違いなくこの紫色の髪の女性は、女神ソロンよりも格上だと判断し、絶対に粗相のないように気をつけなければと、肝に銘じるが、その遥か高みにいると思われる女性は、なんと、俺に対し深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「このたびは、後輩がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません」
少しだけ頭を上げて、視線だけこちらを向けているソロンが、目玉が飛び出るほど驚いた顔をしているのを見ながら、俺は慌ててながら頭を上げてくださいと言う。
俺の言葉を聞き、視線を合わせた美女は、ゆっくりと口を開く。
「私の名前は女神マキナ。そこにいるソロンちゃんの先輩です」
「そ、そうですか。わ、私の名前は」
女神ソロンの先輩なら、俺も名乗るべきかなと思ったが、その前に女神マキナの方が口を開いた。
「天田要さんですね。ずっと見ていたので自己紹介は不要ですよ」
「ずっと、見ていた?」
「ええ、貴方が持つ築城の加護は、ソロンちゃんに貸してあげた私の権能の一部ですからね」
衝撃の真実を知り、俺もまた女神ソロンと同様に、速やかに土下座の姿勢に入り、感謝の言葉を述べた。
「この力のおかげで、自分は不慣れな異世界で、今日まで生きて来られました。本当にありがとうございます」
俺の全身全霊の感謝の言葉に、女神マキナは優しく微笑むと、土下座を続ける女神ソロンに視線を移す。
「数少ない貴女の功績ね。でも、貴女はずっとバレていないと思っていたのでしょうけど、いくら私でも、ミスの隠蔽に、ルール破り、功績が霞む程の失態を山のように重ねた貴女を、これ以上は庇いきれません」
顔を上げ、この世の終わりのような顔をする女神ソロンに、女神マキナは聞き間違いのないように、はっきりと告げた。
「ソロンちゃん。貴女、クビね」




