第五十七話 要塞VS怪獣
空中要塞ギャラルホルンの司令室にて、女神ソロンからただ一人、要塞内にいることを許された少女エシャル・カルスタンは、目の前にいくつかあるスクリーンの一つを眺めていた。
そのスクリーンには周辺の地図が映し出されている。
地図の中央にある白い点が空中要塞ギャラルホルンを表し、画面の上部からゆっくりと近づいて来ている、この要塞を脅かさんとしている最大の脅威は黒い点で表されていた。
『第三次攻撃開始』
スピーカーから流れる女神ソロンの言葉と共に、白い点から出てきた、いくつもの小さな赤い三角点が黒い点で記されたターゲットに向かって移動していく。
そして、黒い点に接触すると、一瞬だけこの世界の文字で命中という単語を表示して画面から消え失せた。
しかしながら、こちらに接近しつつある黒い点の移動速度に変化はない。
『ちっ、やはり、魔弾テンペストでは、どこを狙っても余り効果は期待できないのかしら?』
後世において、魔獣王メルクリアと呼ばれることになるが、今はソロンが便宜上、単に怪獣と名付けた、魔王災臨によって巨大な赤茶色の亀へと姿を変えた魔王メルクリアを討とうと、彼女は冷静に分析をする。
エシャルは、女神ソロンの役に立てるように、要塞が持つ機能について勉強をしてはいるが、流石の彼女も一週間とちょっとでは、ほとんど理解できてはいない。が、それでも、素人考えではあるが、ソロンの役に立てるように自分の意見を述べた。
「ソロン様、あの巨大な魔物についてはほとんど存じ上げませんが、あれが魔物だとするならば、他の魔物と同様に弱点があるはずです」
例えば、ゴブリンは火属性に弱く、オークは物理的な攻撃には弱いが魔法には強いといったように、人間よりも基本的に頑丈な魔物には、種族によって、弱点属性や攻撃方法などが存在する。
魔王災臨とやらの知識は全くないが、あの怪獣が、魔王を中心とした無数の魔物の集合体であるならば、明確な弱点があるはずだとエシャルは主張してみた。
『……そうね。確かに、歴代の魔王再臨を果たした魔王達は、合体した魔物の弱点を引き継いでいたわね。でも、アレの弱点ってなにかしら?』
「色々、試してみればいいのではないでしょうか? この要塞の生産力であれば、それが可能ではないでしょうか?」
『ふ~む』
この空中要塞ギャラルホルンにおいて、主砲である女神の鉄槌を除けば一番破壊力のある兵器は、各国が空鯨艦に搭載している空爆用の爆弾の数倍の爆発力を誇るミサイル、魔弾テンペストだ。
帝国艦隊すら射程外から一方的に殲滅したオーバーキル兵器である。
なので、帝都までの移動中に主力兵器として大量に製造した事もあり、これまでは魔弾テンペストのみによる攻撃を繰り返してきたが、エシャルの言葉を聞き、あの怪獣には効果がないと判断したソロンは攻撃方法を切り替えることにした。
『分かったわ。確かに、作り過ぎたので、在庫処分に丁度いいと思っていたけれど、効果がないのであれば、変えるべきね。さてと、じゃあどれからいってみましょうか』
空中要塞ギャラルホルンは、ただデカいだけの空飛ぶ要塞ではない。魔光バキュームで地上から資源を回収し、その資源を使って要塞内の生産エリアで必要な物を製造できる進化し続ける要塞なのである。
なので、共和国を蹂躙した帝国艦隊では役不足だったが、あの怪獣が相手ならば、少しは楽しめるとソロンは心を躍らせて、創意工夫に励むことにした。
まずは、有効な属性を割り出そう、そう考えたソロンは、流石に一から作っている時間はないため、今まで爆薬が搭載されていた魔弾テンペストから爆薬を抜き、代わりに属性弾を載せてみた。
火炎弾、氷結弾、雷撃弾など、一通りの属性弾を作り、それらを魔弾テンペストに搭載して撃つ。
他にもエシャルの加護のバフが乗った麻痺弾や猛毒弾などもぶち込んでやった。
だが、怪獣と化したメルクリアの進撃は止まらない。
雷属性を嫌っていることと、甲羅以外の手足や頭部には、僅かながら損傷が確認できたが、ほんの少し怯むだけで、ダメージと呼ぶには程遠い。
『ああ、もうどうすればいいのよ!!』
最初は余裕のあったソロンだったが、攻撃方法を変えても進撃を続ける怪獣に徐々に、苛立ちを募らせていく。
スピーカーから聞こえてくるご機嫌斜めな神様にどんな言葉をかければいいのか分からなかったエシャルは、声を掛けるのは止めて、近くにあった1403と数字が表示されているモニターに目をやる。
ソロン曰く、この1403という数字は、この要塞とあの怪獣との間の距離を表すそうだ。
最初、あの怪獣が帝都にいた時は、2000だった。あれから数時間が経過し、600近く距離を詰められたことになる。
そして、ソロンの計算によれば、400を切ると、直撃すればこの要塞といえど、甚大な被害を被るであろう、あの怪獣が口から放つ熱線の射程範囲に入るらしい。
故に、あの怪獣の出現時に、ソロンは最強の破壊兵器である女神の鉄槌が再び発射可能になる半日後まで、魔弾テンペストなどの通常兵器で何とか凌いで、魔力供給が完了次第、再度発射するという作戦を立てた。
エシャルもこの作戦しかないと考えていたが、全くといっていいほど足止めが上手くいかないため、一度ソロンに却下された案の再び提案してみることにした。
「ソロン様、やはり、後退すべきです」
外見が大きな亀であるあの怪獣は、その見た目通り、鈍重だ。四本の足でノロノロと地面を歩くその移動速度は、空中要塞ギャラルホルンとほぼ同じである。
そのため、無理に戦わずとも要塞を後退させるだけで、怪獣との距離を容易に維持できる。
おまけに、こちらの攻撃手段である魔弾テンペストも、本命の女神の鉄槌も、たとえ距離が2000以上あったとしても射程範囲内だ。
故に、誰の目から見ても、後ろに下がれば全て解決するのではと思うだろう。だが、その当たり前の作戦に、先ほど同じセリフを吐いて、ソロンは反対した。
『嫌よ。なんで、女神であるこの私が魔王に背を向けて逃げないといけないの!!! 魔王相手に一歩でも引いたなんてことを、他の神に知られれば、数千年は笑われるわ!!」
おいおい、この状況下で妙なプライドを張るなよと言いたげな顔をするエシャルであるが、神様の事情は知らないので、口を閉じるしかない。
せめて、自分から距離を詰めるのを止め、要塞の移動を停止してこの空域に留まっているだけで、今は良しとしよう。
『安心しなさいエシャル。間もなく、敵が第一防衛ラインに到達するわ。そこで一斉攻撃よ』
帝都から北東の方角にヘリス平原と呼ばれる無人の平原がある。
帝国北東の上空に留まることにしたソロンは、怪獣の侵攻ルート上に、三つの防衛ラインを設定した。
要塞の現在位置から最も遠いこのヘリス平原が、ソロンが決めた第一次防衛ラインである。
防衛ライン決定後に、ソロンは、ギャラルホルン内で建造された数隻の中型空中輸送艦を現地に向かわせた。
輸送艦の積み荷は、大量のゴーレムだが、以前、アマダ達共々、帝国軍を撃退した赤いゴーレムとは少々異なる点がある。
あの時活躍した赤く塗装された機種が基本型であり、この場にはその基本型の改良型に当たる緑色と灰色の二つの機種がいる。
緑色の機種は両肩の付け根に雷弓インドラをそれぞれ一門ずつ装備しており、灰色の方は背中に魔弾テンペストを一基搭載している。
インドラ搭載型が三百機、テンペスト搭載型が二百機。
合計五百機の二色のゴーレム達が、ずらりと横二列に平原のど真ん中に並ぶ。
人間はこの戦場に、一人としていない。現場の兵士であるゴーレムも、運んできた輸送艦も、全部ソロンが要塞から遠隔操作している無人兵器だ。
かつて帝国で、ゴーレム設計に関わった者達が夢見た景色がここに完成したのだ。
この威風堂々とした姿を目撃した者がいれば、無敵の軍隊が現れたと畏怖を抱くに違いない。現に、ここにいるゴーレム達だけで、空中支援無しでも、易々と帝都を攻略できるだろう。
正真正銘、世界最強の軍隊である。そして、その力が今、解き放たれる。
『第一次防衛ライン、全ゴーレム攻撃開始!!』
ソロンの合図と共に、ゴーレム達が装備している各種兵器が一斉に火を噴き、目と鼻の距離まで差し迫った怪獣の巨体に撃ちこまれた。
同時に、予め、タイミングを見計らって空中要塞ギャラルホルンから発射された二百を超える雷撃弾を搭載したミサイル群も目標に命中し、怪獣の巨体は、電撃と爆炎に見舞われる。
魔弾テンペストが大半を占める中、十発ほど、魔弾テンペストよりも細長いミサイルがあった。
その名は、魔弾フェイルノート。ここ数時間でソロンが新たに開発した新型ミサイルだ。
ゴーレムによる地上からの魔力レーザー誘導が可能になったことで使用できるようになった新兵器で、搭載できる爆薬の量が少なくなったのと引き換えに、進路上に障害物があれば勝手に回避し、どこまでもどこまで追い掛けて狙った場所に必ず命中するという代物である。
第一次防衛ラインのゴーレムや要塞からのミサイル攻撃の大半が、頭部や前脚、甲羅に集中する中、この十発の魔弾フェイルノートは、バリスタとミサイルの嵐を器用にすり抜けて、これまでは攻撃しにくかった巨亀の腹部に命中した。
これで、怪獣の全身に一度は攻撃したことになり、貴重なデータを得ることができた。
しかも、圧倒的な飽和攻撃の甲斐あってか、怪獣の前脚の皮膚に激しい損傷が見られ、甲羅も大きく傷つき、ソロンは初めて手応えを感じた。
第一次防衛ラインのゴーレム達の残弾数が、まだあることから、もしかしたら、ここで息の根を止められるかもしれないと心躍らせるソロン。
しかしながら、その幸せな予想はあっけなく覆される。
初めて怪獣が咆哮を轟かせる。
ドラゴンが出すような天地を震わすその咆哮を耳にしたソロンとエシャルは、こいつは亀に似ているけど、亀ではないと改めて胸に刻むが、すぐに、そんなことはどうでもいいと思えるような光景をスクリーン越しに目にすることになる。
『はぇ?』
「はぇ?」
二人とも揃って間の抜けた声を出すのも、無理はない。これまで四本足で歩いてきた巨亀が、驚くことに後ろの二本足で立ち上がったのだから。
しかもそれだけなく、二本足で立つことに適応するためか、後ろ足は太くなり、反対に前足の先端にある爪は、鋭利な刃物のように鋭くなり、尻尾も長く伸び、全体的に少しスリムな体格になる。
だが、身体の変化よりも、やはり、立ち上がったことで生じる身体の大きさの変化の方が衝撃的だ。
何せ、これまで感じたよりも、数倍は大きく見えるのだから。
ソロンは、十万近い魔物と合体できたメルクリアは歴代の魔王よりも遥かに強いと確信したが、同時に、大量の魔物の意識に飲まれて人の知性は失って獣となり果てたと予想していた。
それは正解であり、今の段階では、この怪獣の核であるメルクリアの自我は完全に消えていた。もう戦略家として帝国を追い詰めた卓越した叡智など欠片も残ってはいない。
しかし、その代わりに、怪獣は、女神抹殺と世界の全てを破壊したいという強い破壊衝動に駆られていた。
その感情が、総攻撃を受け、より激しく増大し、もっと攻撃的な姿にならねばと奮起した結果がこの新形態である。
大地に立つその姿は、現在二本足で立つ最大の人型生物である魔物サイクロプスを、片足で数体まとめて踏みつぶせるほどの途方もないスケールだ。
何より極め付けは、大きく息を吸い込み、口から放った真っ赤な熱線だ。
これまでは、首の構造からか真正面にしか撃てなかったのに、立ち上がったせいか、首を曲げて横になぎ払うことまで可能になった。
退避する間もなく、綺麗に横一列に並んでいたゴーレム達は、たった一撃で一機残らず、ドロドロに焼き尽くされてしまう。
この絶望的な光景を遠く離れた空中要塞ギャラルホルンからソロンとエシャルは呆然と眺めるしかなかった。
それでも腐っても女神、ソロンの方はすぐに我に帰り、次の対応策を講じようとした。
だが、その時、指令室内にアラームが鳴り響き、状況を把握したソロンの操作で、スクリーンに要塞後方の映像が映し出される。
そこには、ワルキューレ型の空鯨船が一隻、要塞に向かって接近しつつあるのが見て取れた。
確証はないが、ソロンもエシャルも、一目見て、この船に乗り込んでいる者達の正体を察した。
自分から裏切った相手が戻ってきたことにエシャルは複雑な顔をするも、ソロンの方は物凄く忌々しいような口調で言葉を出す。
『ち、何だって、この糞忙しい時に来るのよ!!』
帝国軍の空爆で瓦礫の山となった首都セントラル・イスラの残骸から空鯨艦を建造した俺は、ロカとアリシアに加えて、ダグラス船長を始めとした優秀な船乗りたちと共に、全速力で帝都へ向かった空中要塞ギャラルホルンを追い掛けた。
追い風が味方しているとはいえ、帝都に着く前に追いつくのは不可能だとダグラス船長に言われていたが、よく分からないが、イスラの森を抜けてから数時間後、要塞に追いついてしまった。
どうやら、あの空域で止まっているようだ。
あの無敵要塞を妨げるものなど、この世にあるとは思えないので、多分要塞内でトラブルでも生じたのであろうと勝手に予想しつつ、俺は覚悟を決める。
「さあ、俺の要塞を返して貰い、ついでに、この世界から退場してもらうぞ。女神ソロン!!」




