第五十五話 帝都攻防戦3
帝都攻防戦四日目終了。
また一日貴重な時間を稼ぐことができた帝国軍だが、参謀本部は、ただただ絶望しか感じていなかった。
「ほ、報告します」
重苦しい空気が漂う中、これが仕事だと一人の将校が、今日あった出来事をまとめ上げた。
「まず、北壁に展開する連合軍二十万ですが、幸運な事に、本日は攻撃してきませんでした。次に、西壁に展開する魔王軍ですが、こちらも布陣しただけで、何も仕掛けて来ませんでした」
つまるところ、帝都攻防戦四日目は、帝都では戦闘が発生しなかった。
連合軍は昨日の攻撃失敗から立ち直っていない上、魔王軍は帝都に到着したばかりなので、両軍共に動かなかった。
しかし、本日は、平和な一日でしたと呑気に言えるような状況ではない。
「帝国軍艦隊の被害状況は?」
帝都攻防戦四日目はずばり空の戦いだった。
今日まで補給線を守るためにゴモン街道上空に展開していた統合軍艦隊だったが、ナガス要塞が陥落し安全なルートが使えるようになったため、護衛の役目から解放された。
そして四日目、帝都近郊の上空で、統合軍艦隊と帝国軍艦隊の空戦が始まったのだが、結果は、帝国軍艦隊の大敗北に終わった。
「交戦した帝国軍艦隊、全二十五隻中、本日の戦闘で、撃墜が十五隻。大破が四隻。中破が六隻。現在のところ、すぐにでも戦闘が可能な艦は一隻も存在しません」
世界で初めて空鯨船を開発・運用し実戦投入した統合軍を舐めていたわけではなかったが、まさか、ここまで惨敗することになるとは帝国側は誰も予期していなかった。
「戦闘に参加した空鯨艦の数は、帝国軍が二十五隻。統合軍が二十一隻。数では互角以上だったのだが」
「艦の性能で負けていたのも大きいでしょう。ですが、それ以上に乗組員の練度に差があり過ぎたと報告を受けています」
「それにしてもここまでとは。今日の戦いで被害を受けた敵隊は、たったの三隻なのだろう。ボロ負けじゃないか」
帝国軍艦隊の乗組員は、演習ならばまだしも実戦は今日が初だった。対して統合軍艦隊の乗組員は、既にドリュアス要塞攻防戦で一度実戦を経験し、その後もローラン公国や王都など豊富な実戦経験を持つ。
しかも、最初にして最大の空中戦と呼ばれるドリュアス要塞の戦いでは、敵と味方に分かれていた者達が、今は同じ艦に乗船しているのだ。
帝国とは大きな経験の差が存在していたのは無理からぬことであった。
イェーガー元帥は深いため息を溢すと、窓の外に目を移す。
太陽は完全に沈み空には星々が輝いているが、煌々と灯りを発して、数隻の統合軍の空鯨艦が帝都の上空を飛行していた。
「帝都の空の支配権を獲ったと主張しているつもりか」
忌々しい目付きで統合軍の空鯨艦を睨むが、残念ながら、それで落ちてくれば苦労はない。
「あのせいで、帝都中に不安が広がっています」
「無理もない。俺だって怖い。敵がいつ爆弾を投下して来るのか分からないからな」
そう帝都はもう詰んでいた。
帝国軍艦隊が全滅し、敵艦を撃墜できる術を失った時点で、帝国側の敗北はほぼ決定してしまった。
「敵軍は、攻城塔を使い城壁を乗り越えることなく、帝都のどこにでも爆弾を投下できる。場合によっては爆弾ではなく兵士を降下させることさえも可能だろう。まったく、今日までの北壁攻防戦は一体何だったんだ?」
帝国側も皇帝カリンが自ら艦隊を率いて共和国の各都市を空爆中のはずなので、お互い様なのだが、空鯨艦の登場のより、戦争のやり方が大きく変わってしまったことを改めて実感し、イェーガー元帥は少し寂しい気分になる。
「連合軍から、再三に渡って降伏するように呼びかけがなされています。どうしましょうか?」
力なく、そう告げる将校の瞳には戦意が完全に失われていた。
帝都の北側には疲弊しているとはいえ、まだ十数万の連合軍が。西側には魔王軍十万。そして、空には統合軍艦隊がいる。
更に、つい先ほど入ってきた情報によると、北部方面軍の防衛線を破り、剣聖ガルダ・ザルバトーレが率いる統合軍の別部隊までもが帝都に迫りつつある。
それに引き換え、頼みの綱である皇帝カリンが率いるラグナロク艦隊からの連絡は一切入って来ない。
間違いなく建国以来最悪の状況だ。歴戦の将校達ですら、諦めの表情を浮かべてしまうのも、仕方がないことだった。
だが、皇帝カリンが掲げる世界征服という偉業を成し遂げるため、今日まで戦ってきた帝国軍の最高司令官の心はまだ折れていなかった。
「まだだ! こうなることも予想して、陛下の立案で、帝都の地下にいくつかのシェルターを建設している。可能な限りの民を地下シェルターへ避難させよ。この作戦室も参謀本部の地下に移す。陛下が共和国の地で戦っておられるのだ。留守を任された我々が勝手に敗北を認めるなどあってはならない!!」
イェーガー元帥の言葉で、将校達の瞳に再び火が宿るが、やはり先行きは暗い。
それでも、圧倒的な劣勢に立たされても、尚、帝国側は、最後の最後まで戦う道を選択したのであった。
翌朝。
今日で本当に全てを終わらせると意気込んだメルクリアは、目を覚ますと、早速、本陣が置かれている天幕に赴いた。
帝都攻防戦が始まって五日目である。本陣にいる指揮官や参謀達だけでなく、最前線で戦う兵士達も限界に達しているが、さすがに今日で終わるだろうと、残った力を振り絞って最終決戦の準備を始めていた。
「皆、朝、早くからご苦労、今日で本当に終わりにするぞ」
「「「はっ」」」
三日目の総攻撃の失敗でメルクリアの責任を問うていたユグド王国の指揮官達も、ここまで、優勢な状況を作られては、ぐうの音も出ない。
こうなったら、今日で終わるであろうこの戦いで、如何に武勲を挙げるかに、意識が集中していた。
「状況は?」
「一時間以内に、連合軍地上部隊の攻撃準備が完了します。また、ロイド大将からの報告で、空鯨艦への爆弾の搭載作業も、残り一時間ほどで終了するそうです」
「帝国側には動きはありません。こちらの降伏勧告は依然として無視しております」
「北部国境線を突破したガルダ・ザルバトーレ元帥とロズウェル・カルスタン大将が率いる共和国本土防衛軍は、今日の午後にも、帝都に到達する見込みです」
昨晩、耳にした共和国本土防衛軍が精強な帝国軍北部方面軍の防衛線を突破してきたのは、メルクリアにとっても予想外の出来事だったが、これは嬉しい誤算だ。
残念ながら、一時間後に開始予定の総攻撃には間に合わないが、彼らの国境突破は、帝都攻防戦の勝利を決定づけたと見ていいだろう。
もはや勝利は確実と、誰もが明るい顔をしていた。
ここ数日、ずっと帝国と戦っていたせいか、魔王軍を味方だと勘違いしてしまっている節すら見受けられるほど、楽観的なムードが漂っていた。
「帝都西側に展開中の魔王軍も、我が軍の物資輸送に協力してくれており、陥落したナガス要塞経由で、次々と物資がこの地に運ばれてきております。それと彼らも一時間後に予定されている我が軍の総攻撃と同時に帝都に攻め入るとのことです」
今日の連合軍には空鯨艦による空爆があるので、今日まで乗り越えられなった城壁の突破は難なくクリアできるだろう。また、魔王軍にもサイクロプスがいるので、西側の城壁を越えて来るに違いない。
帝都陥落は確実な未来となった。
残る問題は、帝国と魔王軍の両方を潰すために、帝国領への侵攻を決めた以上、帝都を制圧次第、魔王軍との決戦が始まるだろう。
だが、こちらには空鯨艦があるので上空から一方的に攻撃できる。反対に、魔物は空を飛べないし、対空攻撃の手段も持ち合わせていない。
なので、ユグド王国の指揮官ですら、恨みはあっても、もうそれほど魔王軍を脅威と思っていなかった。
本陣の空気を肌で感じ、メルクリアは勝利を確信した。
悲願の帝国を滅亡まであと少しだと、感慨深いものを感じながら、着々と進む最終攻撃へ向けた準備を見守っていると、一人の伝令兵に呼び止められた。
「ここにいましたかメルクリア司令」
「ん? どうした何か問題が発生したか?」
「はい、先程、ガイウス殿下が到着されました」
「おお、着いたか。これは随分と良いタイミングだな」
後方部隊にいたユグド王国国王ガイウスの到着は、対等な司令官が、一つの軍に二人存在することになるため、出来ることなら避けたかった。
だが、勝利が決定し、後は帝都が陥落する様を観戦すれば良い段階まで来ているので、気分の良かったメルクリアは快く歓迎することにした。
とはいえ、最終攻撃まで一時間を切っている。兵士達にも最後の戦いの前に英気を養う必要があるだろう。
盛大に歓迎式を執り行う暇はないので、困ったなと頭を悩ませていると、助け船が出された。
「ガリウス陛下も今が一番大事な時であると重々承知しているとのこと。故に歓迎式は不要だが、総攻撃前にメルクリア殿と少し話をしたいそうなので、陛下がおられる天幕までご足労頂きたいとのです」
あの傲慢な王ならば、攻撃時間を後ろに伸ばし、自分の歓迎式をすぐにやれと言ってくるかと思っていただけに、少し意外だなと感心しつつ、メルクリアは、首を縦に振って了承した。
幸いにも、攻撃準備は順調に進んでいる。しばらくの間、自分がいなくても問題ないだろうと判断すると、陣地の外れに設置されていた国王専用の一際大きく豪勢な天幕の中へと足を踏み入れた。
認めよう。
魔王である自分の障害となり得る最後の壁、バイキング帝国が、直に滅びると少々浮かれていた。
天幕に入り、飛び込んできた光景を目の当たりにして、メルクリアが最初に思ったのは、油断していたという反省だった。
「私は、ガリウス陛下にご挨拶しに来たつもりだが、これはどういうつもりかな。ユグド王国近衛騎士団団長レヴァン・ゼーレス殿?」
てっきり、自分を呼びつけたガリウス国王が待っていると思っていたが、天幕の中で待っていた者は、竜騎士レヴァン・ゼーレスを含めた完全武装を整えた七人の近衛騎士だけだった。
それ以外には、人も物も何もなかった。
普段であれば、簡易の玉座と豪華絢爛な調度品が並んでいるはずだが、広々とした天幕内には、彼ら七人しかいなかった。
自分を取り囲むようにして、戦意を剥き出しにしている近衛騎士達を見て、メルクリアは慢心を捨て去り、瞬時に警戒態勢に入る。
すると、正面に立つレヴァン・ゼーレスが、懐から一枚の書状を見せ付けるように取り出し、気迫の籠った瞳でこう言った。
「イスラ同盟評議会議長から、我々近衛騎士団に極秘裏に通達があった。それに従い、評議会副議長ユーリ・メルクリア。いや、魔王ユーリ・メルクリア。貴様の身柄を拘束する」
表には出さなかったが、さしものメルクリアも、これには驚くも、確固たる証拠はないはずと判断し、一先ず、この場ではしらを切ることにした。
「ふん。何を言っている? 私が魔王だと、証拠があるの」
と、メルクリアが言い掛けた所で、彼の首が宙を舞った。
天幕内には、透明化の魔法が付与された魔法の鎧を身に纏った八人目の近衛騎士がおり、背後からメルクリアの首を刎ね飛ばしたのだ。
同盟相手の指導者の首を刎ね飛ばす暴挙。場合によっては責任を取って、近衛騎士団の解体すらもあり得る。だが、そうなることはないだろう。
地面に落ちたメルクリアの頭部は、黒い炎と共に燃え尽き、同時に、首を失った身体から黒い炎が噴き出し、まるで、おとぎ話で出てくる不死鳥のように彼の首は、炎と共に再生した。
「いきなり殺しに来るとは、酷い話ではあるが、真偽を確かめるのであれば、効果的だな」
魔王を殺せる者は勇者のみ。それ以外の手段では、殺すことができない不死の怪物だ。
今の攻撃で死なかったことが、メルクリアが魔王であることの何よりの証明となった。
「半信半疑だったが……。こうなったら、遠慮はいらないな」
レヴァンの言葉に続き、近衛騎士団の面々は、それぞれの武器を強く握りしめて、メルクリアに激しい敵意を向ける。
帝国を滅ぼすまで、魔王と一時的に手を組む。
魔王軍によって王都を蹂躙されたユグド王国は、この条件で辛うじて納得したが、ナハト・ギュスターブではなく、ユーリ・メルクリアこそが真の魔王であるならば、話は変わる。
「魔王軍によるローラン伯爵領への攻撃。そして王都襲撃。全て、貴様が仕組んだことだったんだな?」
「だとしたら?」
「許さん!!」
魔物を襲わせておいて、疲弊したところに救いの手を差し伸べ、信頼を得る。
恐ろしい計画だ。それに、魔王軍を裏で操れるのであれば、魔王軍相手に戦っても負けるはずがない。功績も立て放題だ。
英雄ユーリ・メルクリアの化けの皮が、今、剥がれた。
しかしながら、当の魔王本人は焦りの色を見せない。それどころか、余裕の笑みすら醸し出していた。
「まあ、そういうことだ。ナハトは私の部下。そして、余こそが真の魔王である」
それは、まさしく魔王だけが発する覇気であった。世界最強と謡われる近衛騎士団員ですら、小さく冷や汗をかいた。
「どこから漏れたのやら。とはいえ、軽率な判断だな。勇者以外に余は殺せん。貴様らは確かに強いが、どんなに頑張っても余の命を奪うことはできない。それに、その気になれば、余は、心の中で念じるだけで、今すぐにでも帝都西側に展開する魔王軍を、この連合軍の陣地に襲わせることができる」
正体が露見したのは、痛いが、だからと言って、どうすることもできないと魔王は、邪悪な笑みを浮かべる。
「自分達の置かれた状況は理解できたか? さて、では取引と行こうか。この場は、一旦棚上げにして、先に帝都を制圧しよう。今が千載一遇の好機だぞ。私の処遇は、帝国を滅ぼした後に、じっくりと話し合えばよいではないか?」
だとしても、自信に満ち溢れた素振りを見せてはいるが、心の中では、メルクリアも追い詰められていた。
イスラ同盟国トップであるゴードン・フェンリルが知っている以上、本国も承知なのだろうと判断したからだ。もう故郷に居場所はない。
こうなったら、何とか会話でこの場を凌ぎ、連合軍が帝都への総攻撃を掛けている間に、魔王軍と合流し、帝国軍と連合軍の両方をまとめて殲滅しよう。
メルクリアは、現状打開のために、表向きの顔に固執せずに、この時点で今日まで積み重ねてきたものを全てを捨てる決心をした。
どうせ、自分を殺せる勇者はもういないのだ。いくらでもチャンスがある。なので、この場から逃れるために、取引を持ちかけたのだ。
魔王の言うとおり、帝都総攻撃の直前に、統合軍側の司令官を取り除けば、連合軍全体に混乱が生じるだろう。
ならば、帝国が滅ぶまでは、一旦保留するのも悪くはない選択肢だったが、レヴァンは迷うことなくその申し出を拒絶した。
「断る。確かに帝国を滅ぼす絶好の機会ではある。貴様がいなくなれば、連合軍が大混乱するのも理解できる。だが、それと同時に、今、この瞬間は、配下の魔物が傍にいない魔王を捕らえることができる貴重な機会でもある」
もうメルクリアはこの大軍を指揮する統合軍の司令官ではない。敵陣の真っただ中にただ一人いる孤立無援の王様だ。
腹を括ったレヴァンの姿を見て、他の近衛騎士団員達も覚悟を決める。
魔王は不死ではあるが、一人で全てを倒せる無敵の存在ではない。
速攻で意識を奪い、身体の自由を奪う。
麻痺、睡眠、凍結、拘束具。
勇者が召喚する神剣以外ならば瞬時に肉体を再生できる魔王だが、過去の魔王との戦闘記録から、状態異常に対する絶対的な耐性を持っているわけではないことは、証明されている。
勿論、それを実現するには高度な技量が必要だろう。しかし、大陸最強の戦闘集団と恐れられる近衛騎士団ならば、やってやれないことはない。
「わかった。君達の覚悟に、余も応えよう」
メルクリアもそれを理解しているからこそ、取引を持ちかけ失敗に終わった以上、覚悟を決め、力づくで、この場から逃げようと腰に帯びていた剣を鞘から抜くのであった。
魔王と近衛騎士団が、天幕で睨み合っていた、丁度その頃。
帝都から北西の方角の空を、空中要塞ギャラルホルンが帝都に向かって移動していた。
付近をうろちょろしていた目障りなラグナロク艦隊も大半を沈めて、空の支配者の地位を確固たるものとしている。
邪魔者も消え、順調に空を進む。
今の要塞の移動速度だと、後一日で帝都に到着するだろうと思われる距離まで、空中要塞は迫っていた。
『エシャル。指令室に来なさい。面白い物を見せてあげるわ』
女神ソロンに呼び出された銀髪の少女エシャル・カルスタンは、神の機嫌を損なわないように、全速力で指令室に向かった。
「ハァハァ、なんでしょうか女神ソロン様」
『私とあなたの仲なのよ。もう普通に、ソロンって呼び捨てでいいのに』
「女神様を呼び捨てなど怖れ多いです」
やっぱり頭の固い子だなと愚痴を溢しつつ、ソロンは、大型スクリーンに、たった今、開発して取り付けた超遠視カメラが捉えた映像を映した。
「これは?!」
『バイキング帝国の帝都よ。どうやら、攻め落とそうと各地からやって来た軍隊が集結しているようね』
現在、ソロンは、空中要塞ギャラルホルンを動かすために、天界に身体を置いて意識だけをこの要塞に憑依させている。
そのせいで、これまでのように、天界から下界の隅々まで監視することができない状態になったが、超遠視カメラが完成した今、失われた機能を、ある程度取り戻す事に成功していた。
そして、見えるのであれば、狙いを付けることもできる。
スクリーンの映る帝都のどこに魔王がいるのか、正確な位置は把握できていないが、帝都周辺で魔王の反応を感知しているのは確かだ。
『これからラグナロク砲を発射するわ。何処にいようが関係ない。まとめて消し飛ばすわ』
「?! 一度だけ拝見しましたが、この距離で届くのですか?!」
明日には到着するらしいが、帝都まではまだ随分と距離が離れている。エシャルが驚くのも無理はなかったが、ソロンは高笑いを上げる。
『ホホ、ホホッ!! ラグナロク砲の砲身部分も改良したのよ。一発撃つのに、丸一日チャージが必要なのは変わらないけど、射程に関してはこの大陸中のどこでも狙えるようになったのよ!』
第一射の時点で途方もない兵器だったのが、更に進化してしまったのかと、エシャルは得体の知れない恐怖を感じたが、ソロンの方は、上手く魔改造できたわと上機嫌だった。
『でも前から思っていたんだけど、ラグナロク砲っていう名前何だか微妙よね。そうだわ! これからは女神の鉄槌と呼ぶことにしましょう。うん。凄くいいわ。エシャルも素晴らしい名前だと思うわよね?』
完璧超人と周囲から言われてはいるが、ネーミングセンスに関しては褒められたことがなかったなと、振り返りながら、取りあえず頷いておく。
この時のエシャルの心の中にあったのは、亡き勇者に代わって魔王を倒せるとはいえ、ラグナロク砲もとい女神の鉄槌が引き起こす大破壊によって、魔王どころか、軍隊も帝都もまとめて消し去ってしまうという不安だった。
『じゃあ。早速、女神の鉄槌、発射!!』
だが、エシャルにはお待ちくださいと、言う暇すら与えられなかった。
引き金の軽い女神は、そのままの勢いで最終破壊兵器を発射してしまった。
これには、流石のエシャルも大慌てだが、当の女神は罪悪感のようなものは、一切感じていないようだ。
『エシャル、その目に焼き付けなさい。これで魔王は滅びるけど、その巻き添えで数百万という命が消えるわ。でもね。これでいいのよ。犠牲なくして巨悪は倒せないの。そして、この犠牲を、世界救済のための尊い犠牲に変えるのが、あなたの仕事なのよ。聖書にはこう書き記しなさい。女神の鉄槌は魔王を滅ぼし世界を平和に導いた。しかし、女神の鉄槌を放つために途方もない数の生贄が捧げられたことを忘れてはならない。こんな感じ!!』
この言葉を聞き、流石のエシャルも、手を取った相手を間違えたかもしれないと密かに思うのであった。
要塞下部にある砲身に膨大な魔力が収束していき、次の瞬間、青い光弾が放たれた。
要塞から発射された光弾を、地上にいた大勢の人が目撃した。
彼ら曰く、例えるならば、まるで流星のようだったらしい。
光弾は、目標である帝都を目指して、雲を裂き、衝撃破を発生させ、山を越え、川を越え、真っすぐに突き進む。
そして……。




