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第五十四話 帝都攻防戦2

 帝都攻防戦一日目終了。



 日が沈み連合軍の兵士達が、自分達の陣地へと戻っていくのを城壁の上から眺めていた北壁守備隊長ニールセン大佐は、ほっと息を吐き出し一人安堵していた。


「ふ~。敵総司令メルクリアの演説で敵軍の士気が爆発した時は、どうなることかと思ったが、何とか耐えられたな」


 早朝、連合軍は、遂に帝都への攻撃を開始した。


 だが、開戦直前に、魔法によって拡声され帝都まで届いた希代の英雄の男の激励の言葉は、連合軍の士気を大いに向上させ、逆に帝国側の士気を削いだ。


 メルクリアの言葉を城壁の上で聞いていたニールセン大佐は、その瞬間、今日で帝都が陥落してしまうかもしれないと覚悟したが、兵士達の奮戦もあって何とか初日を切り抜くことができた。


 とはいえ、後退していく連合軍の後ろ姿に向けて、勝利の雄たけびを上げる他の帝国兵とは違い、彼には勝利の余韻に浸る暇はなかった。


 ニールセン大佐は、明日以降の戦いに備え、被害状況の把握のために奔走する。


 それからしばらく経過した後、北壁に、帝都の中心にある中央参謀本部の建物から一人の男がやって来ていた。


「「「帝国万歳!!!」」」


「「「帝国に勝利を!!」」」


 帝国軍総司令官イェーガー元帥の来訪に、北壁は一時騒然となり歓呼の声があちこちから響く。


 元帥は暫し、兵士達にの歓待を受けると、ニールセン大佐の元へと赴く。


「ご苦労だったな。ニールセン大佐」


「ありがとうございます。イェーガー元帥」


 簡単に挨拶を済ませると、二人は、早速、本題に入った。


「まずは被害状況から聞くとしよう」


「はい、こちらの兵の損害は想定よりも少ないです。北壁駐留部隊の予備戦力もかなり温存できました」


「それは何より、と言いたいが、楽観はできないのだろう?」


「ええ、その通りです」


 大分薄暗くなってきてはいるが、まだ辛うじて視認できるので、ニールセン大佐は、引き返していく連合軍の陣地にそびえるいくつもの塔のような建造物を指差して説明をする。


「ご覧の通り、敵軍はこの地に攻城塔を持ち込んで来ております。今日確認できただけでも、全部十六台。全てが城壁に届く性能を有しています。しかしながら、敵は今日の戦いでは二台しか投入してきませんでした」


 攻城戦の要と言える攻城塔。長梯子もあるが、守る側から見た脅威度では比べ物にならない。


 今の報告だけで、ニールセン大佐の言わんとすることをイェーガー元帥は瞬時に理解した。


「今日の連合軍は本気ではなかったか……」


「はい。攻城塔だけでなく敵部隊の半数近くも動きませんでした。まったく、敵がいつ本気で攻めに来るのが分かれば楽なのですが」


「そればかりは分からないな」


 同じ撃退でも、今日で決まると全力で攻めてきた敵を追う払うのと、後日に備え戦力を温存している敵を追い払うのでは大きく異なる。


 戦術や戦略の類を詳しく知らない一般兵達は、その日その日の勝利を喜べばいいが、戦いに勝たないとならない将校達にはそんな真似はできなかった。


 しかし、そこまで悲観するような状況でもなかった。


「まあ、そう気を張るな。我々に求められているのは、帝都の防衛であって敵軍の殲滅ではないからな」


 現在、皇帝カリンが大艦隊を率いて統合軍を撤退させるために、統合軍勢力の基盤である共和国本国への攻撃作戦を発動している。そして、その作戦は間違いなく成功するだろうと全ての帝国軍将校が踏んでいた。


 なので、帝都に残された自分達は、ただひたすら帝都を守り抜けばいいのだ。


「問題は時間だ。近い内に、統合軍勢力が白旗を揚げるのは間違いないが、その前に帝都が陥落してしまえば元も子もない」


 イェーガー元帥の指摘を受けて、ニールセン大佐は自分が抱えている責任の大きさを痛感するも、小さな手ごたえを感じていた。


 今日一日稼げたのは大きい。


 例えばの話だが、今この瞬間にも敵陣地に本国からの撤退命令が届けられているかもしれない。もし、そうであったら、この時点で帝国軍の勝利は確定だ。


 まあ、その可能性は低いが、敵軍が持つ貴重な時間を削ってやったのは事実だ。


「ご安心ください。必ずや守り抜いてみせます」


 ニールセン大佐の自信に満ちた決意を聞き、イェーガー元帥は、肩の力を抜くようにアドバイスしつつ、北壁は彼に託しても大丈夫だと改めて確信するのであった。







 帝都攻防戦二日目終了。


 初日にメルクリアが行った演説で、士気を極限まで高められた連合軍の兵士達だったが、流石に二日も経てば、ドーピングの効果も切れ掛かり、兵士達の士気が急速に低下しているという知らせが下から上に伝達される。


 このままで大丈夫なのかと、一部の指揮官達も心配し始めた頃合を図ったかのように、その日の夜にメルクリアは、本陣が置かれた天幕に主だった指揮官達を招集した。


 今回の帝都攻略作戦はメルクリアの考えた作戦に従って侵攻中だが、その全貌を知る将兵は数人もいない。それ故に、ほとんどの指揮官が不安を抱いていたが、彼らの不安など露知らず、メルクリアはいきなり爆弾発言をしてきた。


「既に矢文で帝国側にも知らせているが、我が軍は明日、帝都に総攻撃を仕掛ける」


 はじめ、ほとんどの指揮官達は、メルクリアが何を言ったのか理解できなかった。


 総攻撃はいい。その言葉を待ち望んでいたから。問題なのは最初の一言だ。


「メ、メルクリア殿。聞き間違いですかな。今、既に帝国側に知らせていると言ったような気がしましたが」


 メルクリアの能力や実力を疑う者はいない。それだけに、質問しずらい空気があったが、それでも一人の指揮官が恐る恐る尋ねる。すると、メルクリアは今の言葉に間違いはないとはっきりと告げた。


「ああ、そうだ。諸君らには済まないが、明日の総攻撃は既に帝国側に伝えている」


 全員、耳を疑うも、理解できず、思わず声を荒げた。


「一体、何をお考えなのですか?!!」


「左様、帝国側に万全の準備をされてしまうではありませんか」


「守る側にしてみれば、事前に、こちらが明日本気で攻めて来ると分かっているだけで、大分、精神的に楽になりますぞ」


 籠城戦の常識を知らないと多くの指揮官達は喚き散らしたが、しばらくすると、疲れたのかおとなしくなり、ようやくメルクリアは口を開いた。


「分かった。では順を追って説明しよう」







 同時刻、帝国軍中央参謀本部。


 

 夕暮れと共に、いつものように退却していく連合軍だったが、この日は、退却時に矢文を放ってきた。しかも確実に伝えたかったからなのか同じ内容の手紙を二十通も寄越してきた。


 差出人は、統合軍司令官ユーリ・メルクリアで、宛先は帝国軍中央参謀本部だった。


 その内の一通は、回収した兵士から、ニールセン大佐を経由して、速やかに帝都の最奥にある参謀本部の作戦室に届けられた。


「明日、我が軍は全戦力を投入し帝都北壁に総攻撃を仕掛ける予定である。帝都を火の海にしたくなければ、入念に準備されたし。統合軍総司令官ユーリ・メルクリア……どう思う?」


 手紙を一読したイェーガー元帥は、招集した三人の参謀長達の意見を聞くことにした。


 まず最初の名乗りを挙げたのは、戦務参謀長だ。


「私から言わせると敵司令官メルクリアは大変な大馬鹿者だと思われます。総攻撃を事前に敵に通知するなど、愚の骨頂です。ですが……」


 戦務参謀長は、至極真っ当な意見を述べるが、そんな事は誰だって分かっている。もし手紙の差出人が、無名の指揮官や、騎士道精神に定評のある指揮官ならば馬鹿だ馬鹿だと蔑んでゴミ箱に捨てただろう。


 しかし、差出人の人物を考慮すればそんな愚かな事は絶対にできない。


「相手は陛下が名指しで危険視する男だ。何の策もなくこんなふざけた真似はしないだろう。そして、敵将が何を考えているのかを探るが我々の仕事だ」


 イェーガー元帥の言葉に三人共揃って頷くと今度は作戦参謀長が挙手した。


「手紙に書かれていた北壁を攻撃するという点について言及したい。以前、作戦部で、攻撃側の視点に立って帝都攻略の仮想演習をしたことがあります。その時には東西南北の全方位から帝都を攻撃するというのが大前提となっていました。勿論、攻め手の戦力が少なければ二方向、または三方向になるのも仕方がないですが、現在帝都近郊に迫る連合軍の総数は約二十万。その全てが北壁のみに集中していることに私は疑問を抱いています」


「なるほど。この手紙に書かれた北壁に総攻撃を仕掛けるというのは囮で、手紙を読んだ我々が戦力を北壁に集結させ、その隙を突き、連中は残りの東西南から攻撃する可能性があるというわけか」


「その通りでございます」


 納得のいく意見だ。


 現に、明日の総攻撃に備えるために、予備部隊の大半に北壁、もしくは帝都北区へ向かうように帝国軍参謀本部は既に指示を出していた。


 今日まで戦闘がないとはいえ、残りの東西南側には充分な戦力を貼り付かせているが、もし戦闘になった時、すぐに予備部隊が来ないのは致命的だ。


「敵軍の狙いは、北壁攻撃と見せかけて他の壁を一気に狙う陽動作戦か」


 内容をまとめたイェーガー元帥の言葉に三人が同意するが、唯一、情報参謀長だけが、不服そうな顔だった。


「ん? どうした情報参謀長」


 問われても、心ここにあらずという感じで、しばらく黙り込んでしまう情報参謀長。彼は懸命に頭を回転させて、ある事に気が付いた。


「そうか。そういうことか」


「どうした、どうした。何か気が付いたか?」


「はい!」


 そう言った情報参謀長は、自信ありげな顔で説明に入った。






 帝都攻防戦三日目の朝。


 ジョンは武器を強く握り占めて戦場へと向かう。


 彼はこれまでの人生で武器など一度も握ったことのない庶民だった。


 初日は、メルクリアの演説のおかげで精神が高揚していたおかげで、隣に立つ戦友が突然死んでしまう戦場の恐ろしさをあまり感じなかったが、その効果が薄れてきた昨日は、若干の恐怖を感じつつあったが、不思議なことに、戦場の空気に慣れてきた三日目の朝、手の震えは収まっていた。


 ふと、周囲を見渡すと、これまで陣地で温存していた攻城塔が遂に動き出したのが確認できた。


 出陣前に部隊の指揮官も言っていたが、連合軍は今日で決めに掛かるのだということが一兵卒のジョンにも理解できた。



 三日目の戦いの幕が開く。






 帝都南地区。


 時刻は正午。帝都最大の奴隷市場を有する帝都南地区の薄汚い路地裏に、複数の男達が、周囲に漏れないようにヒソヒソと小さな声で囁いてとある計画の最終確認をしていた。


「先程、北地区にやった部下から連絡が入った。どうやら、北壁の一部を連合軍に奪われたらしい」


「二十万の大軍に、十六台の大型攻城塔だ。流石の帝国軍も完全には防げまい」


「ああ、だが、帝国軍の予備戦力のほとんどが、北地区に集結している。城壁の上の一部を占領したところで、すんなりとは行かないだろう」


「故に諸君たちの出番だ」


 黒ローブの怪しげな雰囲気の男が、耳聡い奴隷商人達に向け口を開いた。すると、商人の一人が念を押すように真剣な眼差しで尋ねた。


「本当なんですね。旦那。ここで我々が奴隷共を解放して暴動を起こせば、多額の報酬金と戦後の地位を約束するというのは?」


 これから一世一代の大勝負に出る奴隷商人達は、帝国を裏切る対価が、しっかりと支払われるのかを入念に問い正す。


 そんな不安げな顔をしている奴隷商人達に、数か月前から帝都に潜入していたカリオスの構成員は安心するように告げた。


「安心しろ。我が主メルクリア様は、かつては世界最大の商会の幹部をしておられた方だ。商人の世界は信用が第一番だと重々承知している。商売上の取引はしっかりと守る」


 その言葉を聞いて安心した奴隷商人達は、時は来たと頷き作戦を開始した。





 それぞれの店に戻った奴隷商人達は、奴隷達の戒めを解くと、他の奴隷達の拘束を外す鍵束と武器を与えて命令する。


「お前達、時が来たぞ。大暴れしろ」


 言うだけ言うと、身の危険を感じた奴隷商人達は、さっさと何処かに姿を晦ます。


 後には、突然、解放され訳の分からない顔をしている奴隷達だけが取り残されるが、他の奴隷達の戒めを解く鍵束と剣や槍などの武器が残されている現状を理解し、自分達がやるべきことを瞬時に理解する。


「よし! やるぞ!!」


「そうだな。聞いた話じゃ。今、帝都の北側は敵軍に攻められているらしいから、戦場の反対側にあるこの南地区は手薄だそうだ」


「憎き帝国を、内と外から追い詰めるんだ」


 帝国への激しい憎しみを持つ奴隷達は、千載一遇の機会がやって来たと勇んで武器を取り、巡回していた帝国兵士に襲い掛かり、奴隷解放の始まりを宣言した。


「立ち上がれ! 武器を取れ!!」


「今こそ、帝国に復讐すべき時が来た!!」


「戦え!!」


 戦争経験のある奴隷達は、武器を取り、兵士達を倒しながら仲間の戒めを解き、戦力を増やしていく。


 小さな火が、帝都南地区全域を燃え上がらせると、何も知らないその場で泣き叫ぶ帝都民達の誰もが予想した。


 安全な場所に身を隠した奴隷商人達は、帝都を外から攻めている連合軍と呼応して、これで帝都を落とせると確信した。


 だがしかし、世の中、そう上手くは行かなかった。


「ん? おい、アレを見ろ!!」


「ちょ、何でここに騎馬隊がいる?」


 突如として、南地区を馬に乗り疾走する上質な装備を纏った騎馬隊の姿を見て、暴れまわっていた奴隷達は恐れおののいた。


「しかも、ただの騎馬隊じゃねえ。アレは中央区を守る第一騎兵連隊だ!!」


「何で、こんなに早く来るんだ!」


「か、勝てるわけねえ」


「に、逃げろ!!」






 それは、この戦いが始まって以来の朗報だった。


「ほ、報告します!! 帝都南地区で多数の奴隷の暴動が確認されました」」


 普通に考えれば、帝都北壁が連合軍の総攻撃を受けているこの状況下では、冷や汗ものの知らせなのだが、報告を耳にした帝国軍中央参謀本部の面々は思わずガッツポーズをしてしまった。


「よし! 読み勝ったぞ」


 帝国軍参謀本部は当初、連合軍の真の狙いは、北壁を総攻撃し、攻撃に対応するために帝国軍の戦力が帝都北地区に集中したところで、手薄が空いた他の方角の城壁に攻撃を仕掛けると予想した。


 だが、情報参謀長はメルクリアの作戦には更に裏があると頭を回転させて、とうとう、敵司令官メルクリアの考えを読み抜いた。

 

「まさか、本当に当たるとは」


「やはり、情報参謀長の予想通り、敵軍の狙いは、奴隷を扇動して帝都内で暴動を起こさせることだったのか!!」


 連合軍の総攻撃に対応するため、帝都内の戦力のほとんどが、北壁に集中しているため、唯一例外である皇宮や参謀本部などの重要施設が立ち並ぶ中央区を除き、帝都中から兵士達の姿が消え失せていた。


 治安維持のため最低限の見回り部隊が残っているが、そんな僅かな戦力では、とてもではないが暴動には対処できない。


 故に帝都内で奴隷の暴動が起きたという知らせは、北壁で一進一退の攻防を続ける帝国軍にとっては王手にも等しい凶報だったのだが、彼らは、予めその可能性を見越して備えをしていた。


「第一騎兵連隊の準備は?」


「完了しております」


「よし、第一騎兵連隊はただちに出撃、同時に帝都全域に軍人以外の外出禁止令を発令しろ」


「は!!」


 イェーガー元帥は、部下達に次々に指示を下す。元々、こうなる恐れがあると知っていたため将兵達は、冷静に己の職務を遂行する。


 帝都南地区は高低差はないが、ともかく広い。武力で制圧するのであれば、大量の歩兵を各所に散らすか、もしくは機動力のある騎兵が必要だ。


 そして、帝都中央区には、城外に出て二十万の敵兵と戦うのは無謀だという判断で、今日まで温存されてきた帝国軍第一騎兵連隊が五千騎残っていた。


 全帝国軍の中から足の速い馬を選別して構成されている第一騎兵連隊は、その圧倒的な機動力を生かして奴隷達に襲い掛かる。


 すぐに、作戦室に第一騎兵連隊が暴動を起こしていた奴隷達を蹴散らしているとの吉報が届けられた。


「行ける、行けるぞ!」


「ああ、迅速な対応で、暴動が大規模化する前に鎮圧できそうだな」


「うむ。それに、奴隷を使った帝都内のかく乱工作は何度もできる策ではない。これが、敵軍の本命の作戦と見ていいだろうな」


 作戦室内に、未だかつてないほどの歓喜の声が響き渡る。今まで一方的にやられていたこともあり、喜びに満ち溢れた。


 しかし、楽観的なムードが漂う室内にイェーガー元帥の喝が鳴り響く。


「おい! 何を勝った気でいやがる。まだ戦いは終わっていないぞ!」


 そうだ。まだ戦いは終わっていない。


 イェーガー元帥の一言で我に返った将校達は、すぐに気を引き締めた。


「浮かれるのは後だ。それよりも北壁の状況は?」


「はい、現在、唯一接近を許した攻城塔から侵入した連合軍の部隊に城壁の一部を占領されたとの報告が入っております。ですが、北地区で待機中の予備部隊が動き出しており、奪還は時間の問題かと」


「当然だ。歩兵予備戦力のほとんどを北地区に集めたからな」


 予備戦力を加算しても連合軍の方が数は上とはいえ、地の利は守る側の帝国側の方が圧倒的に有利なはずだ。イェーガー元帥からすれば、最高の準備をしている以上、想定外の事態が起こらない限り北壁は守って当然の戦場なのだ。


「よし、北壁はいい。それ以外で敵軍に動きは?」


「既に報告したように、敵の騎馬部隊が帝都の外側を周回している事ぐらいです」


 あれかと呟くと、イェーガー元帥は椅子に腰かけた。


 数時間前から連合軍の騎馬部隊、約一万騎が、城壁からの攻撃が届かない距離を保ちつつ帝都の外周をぐるぐる回っているという報告が東西南側の城壁から報告が入っていた。


 最初にそれを耳にした時は、単なる偵察かと思われたが、今ならばそれだけではないと断言できる。


「敵さんの真の狙いは、奴隷による帝都内のかく乱。その混乱に乗じて、戦場になっている北以外の城門を内側から開け、外を周回中の敵の騎馬部隊が突入すると言ったところか」


 イェーガー元帥の考えに傍に控えていた情報参謀長が同意する。


「恐らくは。奴隷による暴動だけでは決め手に欠けます。まだ捕らえることに成功していませんが、敵と通じているであろう暴動を扇動した者達の最終目標は、北壁以外の門を中から開けて敵軍を帝都内に侵入させることで間違いないでしょう」


 数分でいい。


 数分だけでも帝都の門を開けることができれば、すぐに帝都の外にいる騎馬部隊が駆けつけることだろう。


「そうなっていたら、我々は終わっていたな」


「ええ、ですが、杞憂に終わることでしょう」


 双方とも予備戦力を投入し激戦を繰り広げる北壁を守るために、帝国側も殆どの部隊を向かわせているが、それでも各門だけは死守するように改めて念入りに通達していた。


「何とか守りきれたか……」


 先程、叱咤しただけにやや心苦しいものを感じるが、イェーガー元帥もそう思わずにはいられないほど確信があった。


 そして、日が暮れる少し前。初日と二日目よりも二時間ほど早くその知らせが作戦室に届けられた。


「北壁を攻撃していた連合軍。攻撃を停止し、全部隊、陣地に撤退していきます」


 その瞬間、室内に正真正銘、心の底からの喜びの声が響いた。


「よしっ。勝ったぞ!!」


「ああ、連中が今日に掛けていたのは確かだ! 敵の勢いもかなり削がれただろう!!」


「しかも、敵の攻城塔を五台も破壊できた。向こうは、かなりの損害に頭を悩ませているだろう」


「明日以降も戦いは続くだろうが、これで一先ずは、と言ったところか」


 普段は沈着な参謀将校達の誰も彼もが、それこそイェーガー元帥ですら、勝利のお雄たけびを爆発させる。


「よし、誰か北壁にいるニールセン大佐に連絡しろ。全兵士に酒を振舞ってもいいとな」


「よ、よろしいのですか?」


「ああ、兵達も頑張ったからな。今日くらいはハメを外しても構わんだろう。それに、兵達を禁酒させておいて、我々参謀だけが祝宴を開くわけにも行かないだろう」


 そう言って、イェーガー元帥は蔵から酒樽を持って来るように命令する。


「一応言っておくが飲み過ぎるなよ。明日も戦いは続くからな」


 そして、最後にこう叫んだ。


「帝国に勝利を!! 皇帝陛下万歳!!」


「「「皇帝陛下万歳!!」」」





 お祝いムードの帝国と違って、連合軍側が未だかつてないほど暗い雰囲気を漂わせていた。


 これまで後方に控えていた予備部隊と攻城塔を全て投入し、今日で帝都を陥落させることは全兵士が知っていたので、激励のドーピングが切れ掛かっていた一般兵までもが、奮起し再び気合いを入れ直した。


 それだけに、攻撃失敗の衝撃は大きかった。 


 一時は、城壁の一部を占領したが、それも奪い返されてしまっていた。おまけに五台もの攻城塔を失う大損害だ。


 もう誰の目から見ても大敗北だった。


 明るい顔をしている者が、一人もいないのは当然の帰結である。




 そして、当然のことながら、この失敗を誰よりも重く受け止めていたのは、連合軍の指揮官達だ。


 陣地に帰還次第、彼らはメルクリアがいる本陣が設置された天幕に詰め寄った。


「メルクリア殿。どのようにして責任を取るつもりか!」


「左様。被った損害も加味しても、貴殿の責任は大きいですぞ」


「そもそも、あなたが昨日、わざわざ敵軍に今日、総攻撃をすること伝えなければ、こんなことにはならなかったはずじゃ」


「大体、帝都内の奴隷共に暴動を起こさせると言ったが、その件はどうなったのだ?!」


 彼らは、今日の敗北の原因は様々だが、一番の原因は、メルクリアが帝国側に総攻撃を行うことを事前に知らせたことにあると強く主張した。


 その考えはあながち、違いではない。


 北壁を乗り越えられなかった最大の理由は、城壁の向こう側、帝都北区に多数の敵部隊が予備戦力として待機し、城壁上の帝国兵をいくら倒してもすぐに兵士が補充されてしまったことにあるからだ。


 事前に準備してなければ、あれほどの予備部隊は用意できなかっただろう。


「何か言ったらどうですか?」


「責任をとれ!!」


 糾弾する指揮官達。


 中でも、これまで主導権を奪われていたユグド王国軍の指揮官達は、ここぞとばかりと威勢よく噛みつく。


 その様子を見て、統合軍側の指揮官はメルクリアの擁護したいと考えてはいるが、今回ばかりは、分が悪いと諦め気味であった。


「もうすぐ、ガリウス陛下がこの場に到着される。その際には全軍の指揮権ユグド王国側に移譲してもらいたい」


「うむ。歴史の浅い統合軍よりも、長い歴史を誇る我々が連合軍を指揮する方がよいじゃろう」

 

 挙句の果てに、責任を取って指揮権の移譲まで要求してきた。


 さすがにこれは言い過ぎだと統合軍側から反対意見が飛び出そうとした矢先、ようやくメルクリアが口を開いた。


「今日で帝都を陥落させるつもりだった。皇帝と賢者が不在の帝都を甘く見ていた私の落ち度だ。この通り、謝罪させて頂く」


 そう言い、彼は頭を下げる。


 その姿を見て、ユグド王国側の指揮官は溜飲を下げるが、まだ完全に納得したわけではない。むしろ、失敗を認めたのであれば、更なる追及をするつもりだったのだが、騒がれる前にメルクリアは話しを続けた。


「確かに今日の作戦は失敗した。だが、今後に備えて既に手は打ってある」


「一体何を!!」


「今日までで三万以上の死傷者が出たのだぞ!」


「この状態から、どうやって挽回するおつもりか!!」


 反発するユグド王国側の指揮官達。


 その時だった。天幕の中に慌てた様子で一人の兵士がやってきて大声で叫んだ。


「ほ、報告します!!」


 その知らせは、王国軍側の指揮官だけなく、知らされていなかった統合軍側の指揮官をも驚愕させるに足る内容だった。


 誰もが目を丸くさせる中、ただ一人メルクリアだけは薄ら笑いを浮かべるのであった。




 連合軍側にもたらされたその知らせと全く同じ内容の報告が、偶然にも、全く同じ時間に、帝国軍中央参謀本部にも届けられた。


「おい、君、今なんと言った」


 勝利に浮かれてどんちゃん騒ぎをしていた作戦室は、その報告を受けて一気に静まり返った。


 静寂が支配する中、自分の耳を疑ったイェーガー元帥は思わず、もう一度言うように命じたが、内容は変わらなかった。


「ナガス要塞が陥落しました」


 それは、今日の勝利を帳消しにするほどの凶報だった。


「要塞司令官を務めていたバロラム将軍を始め、ほとんどの将兵は戦死しました」


 今朝、鳥を用いて届けられたナガス要塞からの報告を検証して、まだ一週間は持つと参謀本部は見ていた。それだけに、全員、すぐには言葉を出せないほど驚いた。


「な、何故、ナガス要塞は陥落した?!」


 こんなにも早く陥落した理由が全く分からないイェーガー元帥だったが、その答えは極めて簡単だった。

 

「ナガス要塞は、突如、要塞の後方から騎馬隊の奇襲を受けて大混乱に陥り、その隙を魔王軍に突かれ、あえなく陥落しました」


「騎馬隊だと?! 一体どこの……」


 話の途中であったが、イェーガー元帥は、その騎馬隊の正体に気がついてしまった。


「帝都への突入を狙って、帝都の外をずっと周回していたあの連中か……」


 この場にある彼らには知る由もないが、暴動が失敗したと判断した時点でメルクリアは、作戦を切り替えて帝都突入用の騎馬隊に、帝都を離れてナガス要塞に向かうように命令した。


 その結果、帝都に攻め入る敵を防ぐために建設されたナガス要塞は、守るべき帝都の方面からの攻撃は想定されていなかったため、呆気なく陥落してしまった。

 

 とはいえ、連合軍側の騎馬隊が、ナガス要塞に向かったことを知ったとしても、唯一追いつける第一騎兵連隊が暴動の鎮圧に駆り出されていたので、帝国側にはどうすることもできなかっただろう。


「糞っ おい! 祝宴は終わりだ。さっさと仕舞え!」


 チクショウと叫び、イェーガー元帥はグラスを床に投げつけて、自分の椅子に座る。


 短い宴だった。


 残念がるイェーガー元帥の姿を見て他の参謀達も、涙を堪えて片付けに入り、さっさと片付けをしろと怒鳴るイェーガー元帥は、頭の中で一人思い悩んでいた。


 状況は最悪だ。


 ナガス要塞の陥落は戦略的に二つの意味を持つからだ。


 新たに作戦室に入ってきた二人の伝令兵が、それを改めて教えてくれた。


「報告します。ナガス要塞を突破した魔王軍ですが、現在、帝都を目指して進軍中です。情報部の分析では明日の朝には帝都西側に到達します」


「帝国軍艦隊からです。ゴモン街道上空に展開していた統合軍艦隊が帝都の方向に移動を開始しました」


 状況を理解して、参謀達の顔が、絶望しきった顔になっていく中、今回ばかりは無理だと、己の無力さを嘆き、イェーガー元帥は拳で机を強く叩いた。





 世間に余計な勘繰りをされたくなかったメルクリアにとって、連合軍の地上戦力二十万で帝都を落とすのが一番理想的な流れだったが、統合軍の撤退が迫る以上、悠長に帝都攻略戦を行う余裕はなかった。





 統合軍艦隊、そして魔王軍の参戦。


 混迷する帝都攻防戦は、次の段階へと進んでいくのであった。






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