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第五十一話 伝説の終焉

 今、俺の目の前で、一人の魔女が最後の時を迎えようとしていた。


 後世の歴史家がどう評するかはわからないが、この老婆が、史に名を刻むほどの偉大な人物であることは間違いない。


 ただその前に、俺達が女神によって、帝国の超弩級艦に放り込まれ、空中要塞を追い出された後の話をしよう。



 女神ソロンの言っていたように、痺れ薬の効果が切れる三日間、空の上を漂流することはなかった。


 あれから半日くらい経った後だろうか?


 丁度、首都セントラル・イスラへ向かう道中だったダグラス船長が率いるカルスタン・エアライン・サービスの船団が乗り込んで来てくれたおかげで、俺は以前、エシャルに貰ったポーションをアイテムボックスから取り出し、カルスタン・エアライン・サービスで働く船員の手を借りて飲み、身体の痺れを取り除くことができた。


 また、ポーションの残りが二本あったので、ロカとアリシアにも飲ませた。


 その後、ブリッジにいたゴーレムを破壊し、未だに麻痺で動けない皇帝、賢者、その他大勢の帝国軍将校達を縄で拘束し、操舵と監視を行う少数の人員を残した後に、俺達は一先ず、帝国の空爆で廃墟と化した首都へと着陸した。


「それにしても、この街が、廃墟になるのはこれで何度目だろうか?」


 地に足をつけ、変わり果てた街を見た最初の感想がこれだった。作っては壊されて、また作り直しては壊される。この街はそんな街だったなと改めて実感してしまった。


 空爆から既に半日以上が経過しており、帝国軍艦隊も何処かに消え去っていった。辛くも難を逃れた人達は、比較的被害が少なかった木材置き場の木材を退かして、臨時の仮設本部を作り、怪我人の手当てや、住人の救助や炊き出しを行っていた。


 この街の人口は三万人を越えていたのが、この場で確認できるだけで、数千人しかいない。壊滅的な被害を被ったと判断していいだろう。


 だが、その数少ない生存者の四分の一ほどが、粗末な布の上で横になって手当を受けている。みんな助かればいいのだが、時折、嗚咽が聞こえてくる。


 犠牲者は増える一方だ。


 こんな時こそ、聖女であるエシャルの出番であるが、彼女はもういないし、エシャルから貰ったポーションの残りもない。俺にはどうすることもできなかった。


「おお、アマダ様。お久しぶりです。ロカも元気だったか?」


「ええ、お父様。ですが、こちらの方は……」 


 扉も壁も吹き飛んでいたが、柱と屋根だけは健在だった家屋に設置された仮設本部で指揮を執っていたのは、ロカの父親にして、イスラ同盟国の議長、ゴードン・フェンリルだった。


 この国の最高指導者である彼が生きていて本当に良かった。首都壊滅に加えて、議長死亡なんて事態になっていたら、どうなっていたことやら。


「大体のことは把握している。それで被害は?」


 積もる話は山ほどあるが、それは後にして、俺にも力になれることがあるかもしれないので、被害状況について尋ねてみた。


 しかし、俺の質問に答えるよりも先に、ゴードンは悲しそうな顔をして、あることを聞いてきた。


「それよりも、エシャルの嬢ちゃんはどこにいますか?」


「エシャル? ええと……ここにはいないが。どうした?」


 こういう時こそ、エシャルの力が必要であるが、生憎とここにはいない。


 エシャルがいない経緯について説明するには、少々面倒だなと思いながら、案内された場所で待っていた人を見て得心がいった。


「シギン殿が、その身を削って結界を張ってくれなければ、俺を含めて、大勢の人間が死んでいた」


 仮設本部の近くで、仰向けのまま一人の老婆が横になっていた。右手は欠損し、顔の半分を含めて身体の大部分に酷い火傷の痕が見られた。


 このままでは、長くはないだろうが、不可解なことにまるで放置されているかの如く、誰一人として看病していなかった。


「おい、誰も助けないのか!!」


 思わずゴードンに向かって叫んだが、彼は悲痛な顔をしながらこう言った。


「自分はもう長くないから他の者を手当てしろと言ってきたので、……勿論、手当をしようとする者もいましたが、指示に従いカルスタン家の人間が、他の負傷者の手当てに行った以上、部外者である我々が手当てするのは……それに、この傷を治せる者は恐らく聖女だけでしょう」


 確かに、そう言われては俺も何も言えない。


 一族の大黒柱を一番助けたいはずのカルスタン家の人間が、主の命令に従うのであれば、部外者には何もできないし、ここまで重傷だと助ける手段もないだろう。


 せめて、エシャルから貰ったポーションがあればと、悔やんでいると、掠れた声が聞こえてきた。


「その声、ああ、おぬしか」


 こんな状態だが、意識はあるようで、シギン婆さんは、俺が来たことに気が付いたようだ。


「久しいの、カナメ・アマダ。エシャルには会えたか?」


 今際の際の婆さんに真実を告げることに少し躊躇いを覚えたが、俺の人生の倍以上、戦ってきた人物であり、イスラの森に追放されてからも帝国への復讐を企んでいた老獪な婆さんだ。


 安らかに死ぬよりは、全てを知った方が良いと判断して手短にこれまでの経緯とエシャルの行方について教えた。


「……そうか。不思議じゃな。ゴードンの小僧に敗れる前の儂であれば、これでカルスタン家が復活すると、心の底から喜べたはずじゃが、今は、少し空しい」


 説明を終えた後に、シギン婆さんから出た一言は、とても意外なものだった。


 俺だけでなく、ゴードンも目を丸くしてビックリとしていたように、俺達が知っているシギン婆さんの言葉とは思えない。


「心境の変化でもあったか?」


「ああ、そうじゃな。儂の人生のほとんどは、魔法の研鑽、戦場での死闘、派閥争い、貴族との駆け引きに費やされてきたが、それも全てカルスタン家のための行動だった。いつだって、カルスタン家のためにやっていた。歴史に残るような伝説から、誰もが蔑む汚い仕事まで、何もかもな。……さてと、悪いが、一族の者を連れて来て欲しい」


 シギン婆さんのお願いに応えるべく、ゴードンが声を張り上げると、すぐに、三人のカルスタン家の人間がやってきた。


 このタイミングだ。恐らく、これが遺言になるのだろう。この場にいた全員が覚悟を決める。


「結局、帝都に戻れずじまいではあるが、これも人生じゃ。悔いはない。じゃが、ネオとあの小娘に敗れた時点で、帝国でその名を馳せたカルスタン伯爵家は滅びた。弱音を吐いているわけではないが、あの小娘共は、たったの数年で帝国をかつてないほど発展させた。腕っぷしが強いだけの儂らでは絶対に真似できん。まあ、せめてネオにだけは一矢報いようとしたが、一対一でもまるで歯が立たなかった。負けじゃ、負けじゃ」


 それは敗北宣言だった。誰よりもカルスタン家の復権を望み、最前線に立ち一族を導いてきた者が遂に負けを認めたのだ。


 カルスタン家の人達は今にも泣き出しそうだったが、まだ話しは終わっていないので、ギリギリのところで耐えていた。


「お主達が証人だ。これがカルスタン伯爵家、第九代目当主からの最後の命令じゃ。カルスタン家は、今日この瞬間をもって終わりとする。今後はカルスタンの姓を名乗る事も許さん」


 今、俺の目の前で、一つの伝説が終わりを告げた。


 まあ、俺はこの世界に来て日が浅いので、カルスタン家が解散したと言ってもそこまで胸にこみ上げるものは少なかったが、長年、戦場でカルスタン家を戦ってきたフェンリル傭兵団所属のゴードンとロカは勿論の事、アリシアを始めとするそれ以外の人達も、何だか悲しそうな顔をして老婆の言葉に耳を傾けていた。


「散々、カルスタン家に忠誠を誓わせておいて、こんな事を言うなど無責任極まりないと思うが、現当主である儂以外にこれを言う資格はないじゃろう。それと、商会の方はダグラス殿に任せる。これまで通り、商会で働くのも良し、他国に行き新たな道を探すも良し、一族同士集まって思い出話に浸るもの構わないし、個人的に帝国へ復讐しても構わん。じゃが、カルスタン家の名を語る事だけは許さん。カルスタン家は負けた。最後は潔く自らの手で終わりにする」


 それから、最後の力を振り絞って、首を回して俺の方を向く。


「アマダ殿、悪いが、今、言ったことをエシャルに教えてやってくれんか? あの子に関しては教えるだけ構わない。あの子には散々迷惑を掛けた。残りの人生は、自分の意志で、好きに生きて欲しい」


 シギン婆さんの最後の願いに、俺が頷く姿を見て安堵したのか最後にこう呟いた。


「長かったようで、あっという間の人生じゃった」


「当主!!」


「シギン様!!」


「うおおおおおおお!!!」


 

 シギン・カルスタン死す。


 五十年以上も昔から、世界最強の魔法使いとして、長い間、帝国を守ってきた偉大な大魔女の死を誰もが悼んだ。


 カルスタン家の人間は勿論の事、長年、敵同士だったゴードンですら涙を流し、空爆時に彼女によって救われた大勢の人達も、暫しの間、負傷者・非負傷者問わず、目と口を閉じ、冥福を祈るのであった。





 その後、俺は一人、人混みを避けて、廃墟となった街の一角に移動し、物思いに耽った。

 

 この世界にやって来て一年ほどしか過ぎていないが、シギン・カルスタンがこの世界の歴史に残る偉大な人物であることは理解できる。


 勿論、良いことばかり書かれるわけではだろうし、今もシギン婆さんに恨みを持つ者もいるに違いない。


 それでも、彼女の名前は、この世界の歴史に長く刻まれることだろう。


 そして、失礼かもしれないが、そんな偉大な人物と比べると、自分が如何に矮小な存在かがよく分かり惨めな気分になった。


 歴史に名を残すような大物になりたいわけではないが、最初から最後までカルスタン家の人間として生き、一族の敗北を悟り、全てを終わらせたシギン婆さんを見ると、一族やら組織に縛られてもいないのに、何一つ目的を達成できないでいる自分が恥ずかしくなったのだ。


 日本にいた時は、今の職場は糞だが次の職場が上手くいくとは限らないから、愚痴を溢しながらも社畜になることを選んだ。


 だからこそ、自分の意志ではなく女神のミスという外的要因で仕事を辞めることになって喜んだ。リストラになったどころか、死んだにも関わらずだ。


 しかも、異世界でスローライフを送るための力まで貰って、全てのしがらみを捨ててこの世界にやって来た。それ故に思うのだ。


「この世界に来てから今日まで、俺は何をしていた?」


 人との関わりを捨て、人が住んでいない秘境の地で、スローライフ・ストレスフリーを求めたはずだったが、この一年で随分と遠回りをしたものだ。


 もう一度言うが、神の力の一端である築城の加護を持つとはいえ、その力で、歴史に残る偉業を成し遂げたいなどとは、これっぽちも考えていない。


 自然豊かな田舎で、煩わしい人間関係に悩ませることなく、穏やかな日々が続けばそれでいいのだ。


 それさえ叶えば、それで満足なのだが、そう上手く事は運ばない。


 なので、終始一貫して、カルスタン家のためだけに生きてきたシギン婆さんのことを俺は凄いと思う。と同時に我が身を振り返り、情けなく思う。


 シギン婆さんは一族と国を背負って生きてきた。


 俺にはそういうしがらみはない。いや、イスラ同盟国のトップという肩書を背負っていた事はあるが、それすらも重みになると自分で捨ててしまった。


 なのに、なのにだ。

 

 俺には他の人間にはない一人で生き抜くチート能力があり、組織に属し他人の人生を背負う責任もないのに関わらず、俺だけが幸せになればそれでいいと言う、とても身勝手で矮小な目標ですら、何一つ果たせていない。


「情けないな……」


 しばらくの間、何も考えずに、青い空を見上げた。それから覚悟を決めた。


「今度の今度こそ、スローライフを実現しよう!!」


 偉大な人物が目の前で死んだ直後の決意表明にしては、ゴミみたい目標だと多くの人が笑うだろうが、これでいいのだ。


 だって、これが俺の夢であり、憧れなのだ。他の人間の意見など糞食らえだ。

 

 しかしながら、今、全て投げ出して、何処か遠くの地で一人ひっそりと暮らすことはできない。シギン婆さんの遺言もあるが、それ以上に、この世界には俺の安寧を妨げる脅威が存在する。


 いつ刺客を差し向けてきてもおかしくない魔王ユーリ・メルクリア。


 命こそ取らなかったが用済みと分かればすぐに斬り捨てる女神。


 こいつらが無能で無力であれば良いが、魔王は人の世に紛れて世界の覇者になろうと暗躍し、女神は暴力で全てを支配できる無敵要塞を支配している。


 こんな物騒な連中がいては、平穏な日常など絶対に来ないだろう。


「両方共、消えてもらおう。俺のささやかな安寧のために……」


 魔王? 女神? 


 知るか!! 俺の愛する静寂な世界にお前らは邪魔だ。



 

 かつてないほどの強い覚悟を決めた俺は、すぐさま、ゴードンの元へ赴き、メルクリアが魔王であることを含めて全てをぶちまけて協力を要請した。


 指導者として救出活動や支援物資の手配をしていたゴードンは、当然のように「今から帝都に行く余力はありません」と断ってきた。


 まあ、確かに人命を救うのを放棄してまで決戦の地になるであろう帝都に行くのは流石に無理があったか。でも、この場でチンタラやっているのも惜しかった。


「分かった。じゃあ、手伝ってやる」


「?」


 訳も分からずに、困惑するゴードンと役人どもを尻目に、俺は久しぶりに力を披露した。


「収納! 収納!! 収納!!!」


 収納を連発することで、瓦礫の山を撤去し、質は悪いが集めた資源を使って、簡易の住居とついでにベットなどの怪我人の手当に必要な物を次々に配置していく。


 三十分ほど掛かったが、ボロボロだった廃墟の一角は、数千人が雨露をしのげるちょっとした街へと姿を変えていた。


「ふ~、これだけあれば大丈夫だろう」


 後ろを振り向くと、ゴードンだけでなく、横になっている負傷者を含めて全員が目を丸くして驚いていたが、すぐに感謝の言葉を述べてから、早速、清潔で安全な建物の中に入っていった。


 その様子を眺めながら、俺は近くに寄ってきたゴードン達に今後の方針を告げた。


「分かっている。今あるカルスタン・エアライン・サービスの空鯨船はこの街に支援物資を送るため使えないだろう? だが、瓦礫とはいえ、これだけ資源があるんだ。掻き集めれば一隻くらい新しい空鯨船を建造できるはずだ。完成次第、帝都へ向かうから、操船経験のある人間を集めておいてくれ」






 イスラの森、上空。


 カルスタン・エアライン・サービスの人間が制圧した帝国艦隊総旗艦グレート・シンドウは、収容所がある共和国の基地を目指して移動中だった。


 艦内では、皇帝や賢者を含めて多数の将兵達が拘束されていたが、捕虜の監視しているのは戦闘経験も碌にない民間の従業員だ。


 本来であれば、こんな拘束を解いて簡単に艦を奪い返せるはずなのだが、要塞で受けた麻痺薬の影響で全員身体の自由を失っていたので、ダグラスは、監視と操船のために最低限の人員しか配置しなかった。


 けれども、壊滅した首都への救援の方を重視していたのは仕方がないとはいえ、いくら何でも、ダグラスは帝国を甘く見過ぎていた。


「ハァハァハァ。何とか倒せたか」


 麻痺を食らってから、丁度丸一日。三日というソロンとエシャルの予想に反し、皇帝カリンは身動きが取れるようになっていた。


 彼女の持つ加護が身体能力を強化する武闘家の加護だったからこその力技ではあるが、動けるだけで本調子の一割ほどしか身体がいう事を聞かないが、民間人相手であれば一割で十分だった。


 カリンは、一人で艦の支配権を奪い返すとブリッジへ向かい操舵輪に手を掛けた。一応、空鯨艦の操船技術は会得しているため、目的地の報告に、船を進ませるくらいのことはできる。


「うむ。これで、何もなければ帝国領まで飛んでいけるが、もし敵艦と遭遇したら一たまりもないのお。じゃが、途中で帝国艦隊に遭遇できれば……」

 

 旗艦と共に行動していた艦隊は、確認できる限り、近隣空域にはいない。


 あの空飛ぶ要塞と距離を置きつつ後退しろと命じたため、要塞が帝都に向かうのだとしたら、そのまま帝国領へ向かったのだろうか?


 考えを張り巡らせるが、ここからでは何も分からない。でも、これだけは譲れないと強い決意をする。


「あの要塞に誰がいるかは知らんが、絶対に帝都だけはやらせんぞ!!!」






「? カルスタン閣下。 どうかされましたか?」


「え?」


 帝国と共和国との国境付近に展開する統合軍共和国本土防衛軍の地上司令所にて、指揮を執っていたロズウェル・カルスタン大将の頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 部下に指摘され気が付いた時、脳裏にちらりと母親の顔が浮かぶ。


「ギャフンと言わせる前に、あの母が死ぬわけないよね……」


 妙な胸騒ぎを覚えたが、余計なことを考える余裕はなかった。


「報告します! ザルバトーレ元帥率いる特殊部隊が帝国軍北部方面軍司令部の完全制圧に成功しました!!」


「よし!! これで敵軍の指揮系統は完全に崩壊したわ」


 突如襲来した帝国軍の大艦隊による共和国各都市への空爆が始まったという第一報が入ってきたからすぐに、ガルダ・ザルバトーレと、ロズウェル・カルスタンは一か八かの大作戦を発動した。


 作戦は極めて単純、眼前に展開する全帝国軍の中でも、中央軍と並ぶ精鋭と言われる北部方面軍を撃破して、帝国領へと侵攻して帝都へ攻め落とす。


 それも帝国艦隊が共和国を焼き尽くす前にだ。 


 出来れば自分達の戦力で、帝国の大艦隊を何とかしたいが、生憎と空鯨艦は、二個艦隊分しか配備されていない。


 この程度の戦力では、帝国の大艦隊を破るのは不可能に近いと判断した二人は、イスラ同盟国と共和国政府が降伏を決断する前に、帝都を落とし後の交渉のテーブルで五分に持って行くことを考えたが道のりは険しい。


 元々、侵攻の準備はしていたとはいえ、目の前に立ちはだかる相手は帝国最強の軍隊。しかも、帝国の大艦隊が都市攻撃を止めてこちらの上空に飛来して来たら、一巻の終わりだ。


 懸念材料はあるし、簡単に倒せる相手ではない。


 それでも、密かに国境を越えて侵入した剣聖ザルバトーレが率いる少数精鋭部隊が敵司令部を制圧。


 流石の北部方面軍も、短時間だが指揮系統を完全に喪失した。今が総攻撃のチャンスだ。


「馬車の用意を! この司令所も移動する。敵が立て直す前に国境を突破するわ。全軍攻撃開始!!」


 帝国の空鯨艦の相手は、こちらの空鯨艦に相手をさせ、その間に共和国本土防衛軍の地上部隊は混乱状態の帝国軍の陣地を突破した。


 突然の総攻撃と司令部喪失により帝国軍北部方面軍は崩壊した。普通に考えればこのまま掃討戦に入り、可能な限り敵戦力を削りたいが、今は時間が惜しい。


 混乱冷めない北部方面軍の残存戦力を無視して、統合軍は帝都を目指して前進する。


 馬車の中に移された移動司令所からロズウェルは、地上から空に向け発光信号を魔法で打ち上げて、各部隊に指示を下す。


「途中にある要塞や砦は迂回せよ。後ろからの追撃を恐れるな。兵站を考えるな。前だけを見ろ!!」


 帝国が共和国との国境付近に、精鋭部隊を配置し、強固な防衛ラインを敷かれている最大の理由は、国境から帝都までの距離が近いからだ。


 頑張れば軍の足でも数日で着ける距離なのだ。


 なので、一度防衛線を突破できれば、高い防壁に囲まれた帝都まで攻め入ることはそう難しくはない。


 問題なのは、帝都に到着してから、帝都周辺を守る中央軍と、態勢を立て直した北部方面軍に前後から挟撃されることだった。


 しかし、今回だけはその心配はない。


「既に、帝国西部、ユグド王国方面から侵攻したメルクリア副議長率いる三十万の大軍が帝都で交戦中。一進一退の激戦らしいけど、あちらはローラン公国から最前線までの兵站線も確保している。我々が帝都にさえ辿り着ければ、形勢は一気に傾くわ」


 


 あらゆる勢力が帝都を目指し、最終決戦の幕が切って落とされる。




 









 男は、遠くユグド王国の地に強大な神の力が降臨したのを感じた。


 これだけ距離が離れているにも関わらず、はっきりと感じるほどに強大な力だ。使徒、勇者ではこれほどの力は発せないだろう。


 間違いなく、女神本人がこの世界に舞い降りた。


 そう確信した男は、すぐに信頼おける者に偵察に行かせた。


 そして、イスラの森で繰り広げた戦いの全てを地上から目撃した一頭の大きな犬は、テレパシーで主と交信する。


「どうする? 恐らく女神はあの要塞の中にいるんだろうが。流石にこれは予想外だぞ」


 どう処理するのか悩んでいた帝国軍の大艦隊を全く寄せ付けないどころか、大都市すら一撃で破壊する超兵器まで保有しているあの要塞を攻略する術を、その大きな黒い犬、ケルベロスは持ち合わせていなかった。


 だが、彼の主である魔王メルクリアには秘策があった。


『お前も含めて、各地に飛ばした三頭全て帝都に来い。アレをやるぞ!!』




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― 新着の感想 ―
[一言] 女神は一番敵に回してはいけない存在を敵に回してしまった あくまでサポートだけして魔王を討ち取らせれば平和に終わったろうに… まぁこれまでやらかしたことからみて同情の余地なしなので魔王とともに…
[良い点] アレをやるぞ!アレってなにさ!?合体だッ!
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