第四十七話 空中要塞ギャラルホルン
空中要塞を建造するために必要な素材は全て揃ったので、ローラン公国に戻ることになったダグラス船長の船に乗せてもらい、俺は途中で降ろしてもらった。
その時に何故かエシャル、ロカ、アリシアの三人娘も俺についてきた。
はっきり言って、ここから先は一人で行きたいところだが、また後から追いかけられても困るので容認した。
人里離れた森の中で、俺は遂にアイテムボックス内のレシピにある空中要塞ギャラルホルンを選択する。
するとワルキューレ型の空鯨船を建造した時と同様に、俺の頭上から何かが空に向けて飛び出す。
「想像の十倍以上、大きい」
「街がそのまま入りそうな大きさですわね」
「………」
これから巨大要塞が姿を現すと事前に知っていた三人娘達が、口を大きく開けて驚いていることから分かるように、ともかく大きい。
デカい。空が見えないくらいに、果てしなくデカい。
真下から見ているため、全容を把握できないが、軽く見積っても以前見た帝国の超弩級艦の百倍は優に超えているのではないか?
ここからでは見えない要塞の上部はどうなっているのだろうか?
数十分ほど歩いて、下から鑑賞した後に、そんな感想を抱くと、突然、要塞の下部から赤い光のようなものが照射されて、俺達の身体はゆっくりと上昇し、要塞に引き込まれていく。
「「「?!」」」
とっさの出来事に、全員、赤い光から逃れようとしたが、水の中でもがいているような感触を覚えて身動きが取れない。
「え? ちょっと、どうなっているのですか?!」
「に、逃げられない」
「何だか、水の中みたいですね」
他三人は、慌てていたが、不思議と俺は冷静だった。
UFOにアブダクションされるみたいだが、これは要塞からの招待だ。
そう認識した俺は、無駄な抵抗をせずに、赤い光に身を任せた。
それよりも、今は、ある疑問に意識を傾けていた。
今までに空鯨船を含めて色々な物を作成したが、俺の指示なく勝手に動いた事はなかった。
「誰かいるのか? それとも」
得体の知れない不安を覚えつつ、眼下の大地は遠くなり、要塞の下部に空いた穴から内部に到達した。
そこは、広い空間だった。
格納庫か何かだろうか? かなり広い。
「ふむふむ」
周囲を観察していると突然扉が開き、人間の倍ほどの大きさで、ずんぐりとした丸みを帯びた可愛いらしい赤いロボットのような物がこちらに向かって歩いてきた。
「え? 何ですかあれ? 可愛いですね」
「少し大きいけど、私も気にいったわ」
女の子の趣味にしては変わっているが、アリシアとロカの二人には好印象のようだ。しかし、エシャルだけは、明らかに警戒している。
「魔力は感じますが、生き物の気配がしません。もしかしたら、あれはゴーレムかもしれません」
「ゴーレム? 何ですかそれは?」
アリシアの問いにエシャルは早口で答える。
「簡単に説明しますと魔力で動く人形のようなものです。随分と前から帝国では、人間の兵士の代わりにならないか極秘裏に研究が進められておりました。一応、何代から前のカルスタン家の当主が、試作品を完成させたそうですが、製造に掛かるコストが非常に高く、お蔵入りになったと聞きます」
勿論、あのゴーレムは、帝国とは無関係だとしつつも警戒を怠らないようにとエシャルは注意を発する。
今の説明を聞いて俺は最大限に警戒した。
だって、そうだろう?
俺が建造したのは空中要塞だ。
レシピの説明書にも、あんなゴーレムのことは何一つ書かれていなかった。
一体どうなるかと思ったが、赤いゴーレムはその場で止まりお辞儀をし反転し、扉の方に戻っていった。
「後をついて来いと言っているでしょうか?」
言葉を喋れないので信用はできないが、敵意のようなものは感じられない。立ち止まっていてもしょうがないので、俺達はゴーレムの後をついていくことにした。
扉の先はエレベーターだった。
上に向かって移動しているみたいだ。
やがて停止すると扉が開き、今度は長い通路を歩く。ゴーレムの反応から、どうやら案内したい目的地に着いたようだ。
そこは大きなスクリーンと謎の計器いくつもが並ぶさながら指令室のような部屋だった。
「な、なんですか。ここは?!」
俺はともかく、この世界の常識から考えれば、異様な光景にエシャル達が戸惑うのも仕方がない。
どう説明すればいいのか困っていると、室内に女性寄りの電子音声が鳴り響く。
『ようこそ、おいで下さいました。我がマスター天田要様。それとお連れの皆様』
「何者?!」
「一体、どこから?!」
姿を見せない声の主に、少女達は警戒する。対して俺は、壁面に備え付けられたスピーカーに向けて、冷静に返事を返した。
「誰だ、お前は?」
俺達を要塞に引き寄せた赤い閃光や謎のゴーレムを操作していたのは、恐らくこいつだろう。
『私は、この空中要塞ギャラルホルンの管理AI、シビラと申します』
「「「管理AI?」」」
AIという馴染のない単語を聞き、疑問符を浮かべている三人には後で説明してやるとして、俺は、今の自己紹介であることを思い出した。
「そう言えば、前に女神様が、要塞の全機能を自動で操作できるシステムがあるとか言っていたような気がするが、お前がそれか?」
『はい、その通りです。我がマスター、天田要様』
シビラ曰く、要塞の管理AIである自分に命令を下すだけで、後のことは全部、このシビラがやってくれるそうだ。
どう考えても管理AIという単語は、剣と魔法のこの世界の世界観にそぐわないが、正直に言うと、これほど巨大な建造物の操作を丸投げできるのはありがたい。
要塞の管理・維持に人員を募らなくてはいけないかもと考えていただけに、全自動化万歳と叫びたいくらいだ。
ただし、俺のことをマスターと認めているのであれば、釘を刺しておかねば。
「なるほど理解した。だが、俺をマスターと認識しているのであれば、今後は俺の指示なく動くのは止めろ!」
『ち、折角手間を省いてあげたのに……了解しました』
?
何やら不満そうな言葉を溢したが、シビラは俺の指示に従うことを約束した。これで、一安心。
全く、SF映画じゃないんだから、異世界まで来てAIに反乱を起こされたらたまったもんじゃない。
事前に打てる手は打っておこう。
頭の回転は早いほうだと思うが、隣に立つ三人娘達は、さっきから会話についてこれない様子だ。
いつまでも、置いてけぼりは可哀想なので、シビラに要塞内の説明を求めた。
『分かりました。では、正面のスクリーンをご覧ください』
正面の大型スクリーンにこの要塞の全体像が表示される。
『空中要塞ギャラルホルンは、大きく分けて上層、中層、下層の三つに分かれております』
下からでは見えなかったこの要塞の上層は、居住区だった。
緑豊かな庭園が広がり、綺麗に舗装された広い道が敷かれている。道から離れた場所には、小さな家がぽつぽつと建っており、傍には果樹園やら畑が見える。池や小さな小川も確認できた。
やるつもりは、微塵もないが、今の居住建造物だけでも千人。庭園を全て取っ払って、住宅街を作れば、最大十万人は暮らせるらしい。
そして、中心部には巨大な城がそびえる。ちなみにこの城の中に俺達が今いる指令室があるそうだ。
この上層だけは、この世界の世界観に従った空間であった。
だが、他二つの層は、世界観を無視していた。
『次は、中層になります。中層には、主に資材保管エリア、機関部エリア、生産エリア、そして私の本体がある中枢エリアが存在します。また中層からは、迎撃用の兵装が要塞の外壁に設置されております』
ここまで来る道中で察してはいたが、通路も室内も、ファンタジーではなく、SFよりのデザインだった。
床も壁も基本的に白く無機質にデザインされている。機械的な感じがして、煌びやかさは皆無だった。
この要塞の動力には、機関部エリアに置かれた九個のオリハルコンから抽出した魔力を用いられている。
そして、魔力を燃料にした膨大な多種多様な魔法で要塞は稼働しているらしい。
しかし動力源についてはまだしも、要塞の全機能が魔法で維持しているのは、いくら何でも限度がある。
「この要塞の全てが、魔力を源にした魔法で動いているのですか?」
案の定、魔法の専門家であるエシャルが、真っ先に食いついた。
彼女の気持ちも分かる。異世界のよく分からないテクノロジーならば納得するが、自分達の慣れ親しんだ魔法でこんな摩訶不思議な巨大要塞が動くことに大いに疑問を感じているようだ。
『その通りですよ。あなた方の今の魔法技術でも、全世界が一丸となって膨大な時間と人員と資源を投じれば、この要塞と似たようなものの建造は可能です。その証拠に、マスターに宿る築城の加護のレシピには、この世界の技術レベルで再現できるものしかありません。ただし、生産に至る工程を大幅にすっ飛ばして、材料さえあれば一瞬で作れるので、やはり、あなた方からすれば神の力なのかもしれませんが』
確かに。アイテムボックス内のレシピで作成したチート装備と高を括っていた黒騎士の装備と同等の物を近衛騎士団のメンバーは所持していた。
雷弓インドラも、旧ゼラシード商会の技術者を取り込んだ統合軍が、仕組みを解析した結果、性能は劣るそうだが、量産に成功していたという話を聞いていた。
空鯨船にしても、先にゼラシード商会が作ったプロトタイプで培ったノウハウがあったからこそ、短時間でアイテムボックスのレシピで作れるワルキューレ型を模倣したヴァルキュリア級とやらの量産に成功していた。
シビラの言うように、築城の加護は、この世界にオーバーテクノロジーをもたらさない。
しかし、どれだけ手間暇掛けても、今の技術では再現できないものが一つだけ存在する。
『最後に要塞下層についてご説明します。造船エリア、格納エリア、中層と同じく資材保管エリア、そして中央には対都市殲滅用収束魔力砲ラグナロクがございます』
ジオ・エクセ二ウム鉱石がないので使用はできないが砲身は既に完成していたみたいだ。
勇者以外では殺せない不死の魔王すら滅ぼせるという禁断の兵器ラグナロク砲。詳しいことは分からないが、こいつだけはこの世界の技術レベルでも再現できないと女神様は言っていた。
『ジオ・エクセ二ウム鉱石を確保し、機関エリアに取り付ければ、いつでも使用可能です』
早く持って来いと急かしているように聞こえるが、実際、この空中要塞ギャラルホルンは、ラグナロク砲があって完成する。
俺は改めて、早急に、ジオ・エクセ二ウム鉱石を確保することを決意した。すると、俺の心を見透かしたかのように、シビラが驚くべきことを告げた。
『要塞に設置しているレーダーが強大な魔力反応を捉えました。90%の確率で、ジオ・エクセ二ウム鉱石と思われます』
「なんだと!!」
驚くことに、皇帝カリンが王国から持ち出したジオ・エクセ二ウム鉱石の現在位置を探知したらしい。
こいつ、どれだけ万能なんだ?! 今まで、会って来た奴らの中で一番優秀かもしれん。
『目的地への移動を開始しますか?』
俺は、すぐに了承した。
ジオ・エクセ二ウム鉱石の反応があった場所を大陸地図と照らし合わせると、現在、鉱物は共和国にあるらしい。
しかもゆっくりとだが、イスラ同盟国首都、セントラル・イスラへ移動しつつあるようだ。
何で、共和国にある? てかどうして移動している?
分からないことだらけだが、里帰りには丁度良い機会だと、要塞の進路を懐かしき故郷へと進めるようにシビラに命じた。
その後も、しばらく要塞についての説明が続き、一段落すると、三人のお嬢様達は、仲良さそうに、ワイワイ騒ぎながら、指令室から出て庭園の方に行ってしまった。
今後の寝床を確保すると言っていたが、彼女達はここに住みつくつもりなのだろうか? 正直にいうとストレスが溜まるので、他所へ行って欲しいんだけど。
口には出せないが、そんなことを考えていると、シビラが新たな映像をスクリーンに映してきた。中層にある生産エリアの一区画らしい。
「完全に、自動化された無人工場だな」
この世界に工場と呼ばれる施設はあるが、人力で動く機械とそれを使って作業する人間がいて成り立つ。
対して、スクリーンに映し出されるこの要塞の工場は、ベルトコンベアーがあり、何百台ものロボットアームのようなものが左右に設置されている。
何もかも全てをシビラが管理できるので、人の手は不要なのだ。
「この工場の凄さは分かった。それで?」
稼働していない工場を何故見せるのかと聞いてみると、こう返してきた。
『あの赤いゴーレムは、工場の試運転を兼ねて、ここで作ったものです。そこで提案です。ジオ・エクセ二ウム鉱石の所在地到着まで、まだ数日は掛かるので、今の内に戦力を増強しておきましょう』
確かにゴーレムは、対人戦闘だけでなく労働力としても活躍を期待できるし、今もあの武闘家の加護を持つ少女皇帝が鉱物を所持しているとしたら、戦力は多いに越したことはない。
それに、今のこの世界の技術力では、建造はともかく、ゴーレムの部隊運用は複雑な魔法を開発する必要があるので難しいとエシャルが言っていたが、シビラならば、何万体でも運用できるそうだ。
確かに凄いなと感心する。だが、流石にここまで来ると、素直に褒められない。
そもそも、管理AIシビラとは一体何なのだろうか?
唯一の例外であるラグナロク砲とは無関係なので、こいつも、手間暇かければ、今のこの世界でも作成可能なはずだが、絶対に無理な気がする。
気になった俺は、シビラについて調べるために、アイテムボックスのレシピ欄を確認すると、管理AIシビラと書かれた項目を確認する。
解説を読む限り、どうやら管理AIシビラとは、複数の魔法道具を同時に使う際の補助アイテムのようなものらしい。
自動音声で使用者を補佐する機能こそあるが、どう考えても、要塞を管理できるほどの性能があるとは思えない。
急に不安になってきた。
間違いなく、アイテムレシピにある管理AIシビラと、今要塞を動かしている管理AIシビラは全くの別物だ。
しかし、俺の不安など露知らず、マスターの許可を求めて、シビラは熱心にセールスしてきた。
『ゴーレムの生産には大量の資源を必要としますが、今の余剰資源では、二体目の生産は不可能です。ですので、マスター達を要塞にお招きした際に使用した、魔光バキュームを用いることを提案します。これならば、移動しながらでも、地上から資源を回収できます』
魅力的な提案だけども、このまま、許可して良いのだろうか?
数分悩んだ。そして、
「分かった。戦力増強に関しては、ゴーレムの製造と資材の回収のみ許可する」
敵は超弩級戦艦や使徒二名を有する帝国だ。
こちらも戦力増強自体は賛成であるが、この得体の知れないAIに全てを委ねる気にはならなかった。
これが俺が許容できるギリギリの譲歩であった。
その日、イスラ同盟国首都、セントラル・イスラは、皇帝カリン自らが率いる大艦隊の空爆を受けた。
共和国全土が空爆を受けているのは知っていたが、イスラの森のど真ん中にあり、空鯨船でしか往来できないセントラル・イスラは、情報の遅れにより帝国の大艦隊の接近に気が付かず、初動の対応で後手に回った。
それでも何とか、行政側は、避難警報を鳴らし、住人を叩き起こして、兵士達は戦闘準備を整える。
首都に配備されていた統合軍首都防衛艦隊も、敵が首都上空に到達する前に先んじて展開できた。だが、
「な、何だ、この数は……」
空に上がった首都防衛艦隊の将校達は、日の出と共に迫りくる敵の大艦隊を前に絶句した。
もはや正確な数を割り出すことも困難な敵艦隊の総数は、百八十一隻。
迎え撃つ統合軍艦隊の方は、世界最高水準のヴァルキュリア級空鯨艦を有するとはいえ、たったの七隻。
帝国軍の空鯨艦と統合軍の空鯨艦の性能比較が届いていたが、そこには、統合軍のヴァルキュリア級の方が、帝国軍の主力艦よりも性能は上であり、同数で挑めば勝利は間違いないと記されていた。
さらに、数の差が二倍以内までなら、状況次第で、勝てる可能性は十分にあるとまで気前良く書かれていた。
統合軍勢力の空鯨艦の建造技術と運用レベルの高さを改めて示したこの報告書だったが、この戦力差の前では何の励みにもならない。
圧倒的な数の暴力を見せつけられた時に、既に統合軍の将兵の戦意は折れていた。
それでも、少しでも敵の数を減らすために、あるいは、恐慌状態に陥ってしまったこともあり、艦隊は無謀な突撃を仕掛けるも、既に統合軍と同様に、帝国も艦船に搭載する大型バリスタの開発に成功していた。
ただし、築城の加護から生まれた雷弓インドラを模倣し、やや性能で劣るも量産に成功した統合軍の対艦バリスタは、射程も威力も連射性も、大体、二割増しくらいで、帝国の物より上回っていた。
同数対決ならば、統合軍に圧倒的な有利をもたらすに違いない。でも、ここまで数の差があると、何の意味もない。
バリスタの射程が長かったので、第一撃は、統合軍艦隊の方が先だった。その攻撃で、何隻かの帝国艦が被弾、内、二隻は墜落した。
叙勲ものの戦果だったが、艦隊の最後方で控える旗艦さえ健在ならば、帝国側は何一つ問題はない。
そして、統合軍艦隊の第二射が発射される前に、お返しとばかりに、今度は、帝国軍艦隊が火を噴いた。
空爆用の艦とはいえ、今回攻め入ってきた帝国軍艦隊の大部分を構成するラグナロク・ヴァイキング級艦にも、護衛用で艦の前方に二発のバリスタ発射孔が存在するし、対艦用に設計された帝国軍の主力艦ヴァイキング級艦に至っては、統合軍のヴァルキュリア級艦と同じく、正面に向けて一度に八発のバリスタをぶっ放せる。
その結果、統合軍艦隊の初撃が可愛く見えるほどの一斉斉射によって、統合軍艦隊は、一隻残らずイスラの森に墜落していった。
避難警報で慌てて目を覚ました住人達は、最初は行政側の指示に従っていたが、瞬く間に自軍の艦隊が墜落していく様を目撃して、大パニック状態になった。
「この街も焼かれるぞ!!」
「早く、街を出て森へ逃げろ!!」
もう行政側の避難指示に従う住人はいなかった。
我先にと、大勢の住人が、街の外へと続く門に押し寄せる。
幸か不幸か、毎晩のように出現するゴブリン達は朝日共に、すでに消え失せていたが、狭い門に大勢の人間が密集するので、四方の門の周辺は無秩序状態になった。
そんな民衆を、帝国艦隊旗艦グレート・シンドウのブリッジから眺めていた皇帝カリンは、同情的な視線を送っていたブリッジに詰める乗組員達を見て、一喝した。
「お主ら、あの光景を目にして、よもや手心を加えようなどと思っておらんじゃろうな? 敵の空中戦力を潰したが、まだ敵には対空兵器が健在なのじゃぞ」
すでに撃破した敵艦隊に搭載されていた劣化量産品とは異なり、首都セントラル・イスラには、詳細不明ながら八人目の使徒の疑いがある謎の人物、初代議長・天田要の力によって生み出されたオリジナルの雷弓インドラが多数配備されているという報告が上がっていた。
現状では、地上から空に浮かぶ空鯨艦に向かって放っても、撃墜可能な唯一の兵器だ。こちらには、空の上にいるという利点はあるものの、まだ敵には攻撃手段が残っている。
高所からの、一方的な蹂躙劇の始まりにはまだ早いと将兵達を気を引き締めた。
「発光信号にて全艦隊に通達せよ。対空兵器に警戒しつつ、空爆を開始。目標は敵首都全域じゃ!!」
約一時間後、この世界における天田要の第二の故郷セントラル・イスラは壊滅した。
イスラ同盟国の行政施設や統合軍本部施設、共和国からの莫大な支援で建築した造船所も繁華街も居住区画も、何もかも破壊された。
空爆対象外であった、城壁の外に逃れた生存者はどれほどいるのだろうか?
都市の被害の把握はまだ先にあるが、これだけは言える。
反帝国国家の司令塔だったイスラ同盟国は、一時間足らずで滅び去った。
帝都に侵攻中のメルクリア率いる統合軍主力は、軍の頭である参謀本部を失った。そして何より、空鯨艦の一大建造拠点まで喪失してしまった。
これ以上、統合軍の空鯨艦が増えることはない。否、増える前に決着をつける。
この一戦は、この戦争の勝敗を決めたといっても過言ではないだろうが、まだ全てに決着はついていないとカリンに慢心はなかった。
「こちらの被害状況は?」
攻撃終了を命じた皇帝カリンは、ネルガル提督に自軍の被害を尋ねると、彼は現時点で届いていた被害状況をすぐにまとめて報告してきた。
それによると、被害はカリンが思っていたよりも、軽微だった。
墜落した艦の数は十隻。戦闘は困難だが航行に支障はない艦が十五隻。
爆弾は投下し尽くしてしまったため、空爆は不可能だが、どの艦も対艦用バリスタの残りはまだまだあるので、空戦は可能だ。
「帰路に敵艦隊と遭遇しても、余裕で蹴散らせますな」
ネルガル提督に見解に同意しつつ、カリンは次の指示を出す。
「提督。負傷者の手当てや、地上に墜落した味方の回収作業が完了次第、艦隊は一度帝国領まで撤退する」
この場では言葉にはしなかったが、カリンは、頭の中で勝利までの道筋を立てていた。
(今の艦隊編成を解かないまま帝国領まで戻り一度補給を行った後、帝都を目指す。魔王軍、そしてメルクリア率いる統合軍主力は、今回のように一筋縄ではいかぬじゃろうが、最悪相打ちでも構わぬ。帝都が健在のまま、帝国領内にいる敵軍を全て殲滅すれば、今回連れてこなかったラグナロク艦隊の残り半数だけでも、共和国を降伏させられる)
決して油断はしないが、ほぼ勝ったと確信したカリンは気分がよかった。しかし、絶対なる皇帝の意見に異を唱える者がいた。
「陛下お待ちください」
少々不機嫌になったが、最古参の配下にして自分の半身にも等しい、賢者ネオのことは無下にはできない。発言を許可した。
「敵の最高指導者であるゴードン・フェンリルはともかく、あのシギン・カルスタンがこの程度の攻撃に死ぬはずがございません。地上に降りる許可を頂きたい」
「ふ~む。シギン・カルスタンか……まあ、あのババアのことだ。間違いなく生きてはいるじゃろうな」
カリンもシギンの生死は気になるが、敵勢力が帝都に到達する前に、こちらも万全の状態で、帝都に帰還したいので、のんびりしている時間はない。
それに正直に言って、あのシギン・カルスタンでもここからの挽回は流石に不可能だろう。戦略的に見ると、あの婆さんの生死に、そこまでこだわる必要はない気がする。
されど、ネオの気持ちも理解できる。決定的な敗北を突き付けたられた今ならば、あの婆さんも、さぞ絶望しきった顔をしていることだろう。
「分かった。一個大隊と十隻ほど艦隊を残す。お主は部隊を率いて残党狩りに励め。じゃが、猶予は二日間じゃ。それが過ぎたら、お主だけは、一人で飛んでこちらに合流せよ」
帝都決戦で相対するであろう統合軍には、ユグド王国近衛騎士団がいる。空飛ぶ竜に騎乗できる竜騎士レヴァン・ゼーレスに対抗できるのは、恐らくネオだけだ。
決戦までに合流するように、念を押してカリンはネオの要望を許可した。
「ありがとうございます。ではただちに準備を始めます」
遂にこの時が来たと、ネオが喜びに震えながら立ち上がるように、この時、ブリッジには勝利の余韻が漂っていた。
旗艦はおろか艦隊中の誰もが、気を緩ませていた。
それ故に、伝令兵の報告を聞いても、誰も本気で警戒はしなかった。
「ほ、報告します。本艦の右側より、敵船と思しき船が接近中!! 数は一隻!」
その報告を聞いて、ブリッジにいたほぼ全員が、首都が壊滅したことを知らない統合軍の空鯨艦あるいは民間輸送の船が、ノコノコやってきたのだろうと予想した。
敵は一隻。それに対し、こちらはまだ百五十隻以上が戦闘可能だ。
戦いにすらならない。これっぽちも脅威になるとは思えなかった。
逃げるのであれば見逃してやってもいいのでは?という気運が高まるが、水を差された感じたネオは、怒り口調でクルーに向かって吠えた。
「おい! その船は、バリスタ射程内にいるのか!」
「い、いえ、そもそも、まだ随分と距離があると報告を受けているので、敵船の識別もまだとのことです」
使えないなと愚痴を溢し、ネオは、ブリッジの窓ガラスの近くに寄って、自分の目で確認することにした。
「ん? あれか?」
肉眼で確認できるが、まだ相当距離があるのだろう。何かが、こちらに近づいて来ていることしか分からなかった。
これほど離れていては、帝国軍のバリスタはおろか、統合軍の対空兵器とやらでも射程範囲外だ。無論、賢者である自分の魔法でも届かないだろう。
「首都壊滅と、この大艦隊を見れば、尻尾を巻いて逃げ出すじゃろう。あんな船に気にせず、お主はシギン・カルスタンを追え」
やや呆れながらも皇帝が急かしてくる。
ネオは、空の彼方に見える邪魔者に構うのを止めて、さっさとブリッジを出ていこうとした。
その矢先、突如、耳に爆発音ような音が響いた。
「い、一体なんじゃ?!」
勿論、ブリッジにいる他の者達にも聞こえている。
全員、音の出どころを探ろうとと、窓の外に目を向けると、旗艦のすぐ傍に浮かんでいた一隻の艦が火だるまになりながら、落下していく姿を目に捉えた。
「どこからの攻撃だ?」
「爆発した? 空爆用の爆弾は使い切ったのでなかったのか?」
「誤爆か何かか?」
流石に、先程まで漂っていた勝利の余韻は消え、即座に最大級警戒態勢が敷かれる。
これが廃墟と化した首都に残る敵の攻撃ならば、次に狙われるのは、この旗艦かもしれないので当然の判断だ。
まさか、未だにはっきりと姿も捉えられない、接近中の敵船からの攻撃だったとは、この時点でも誰も思わなかった。
故に全艦隊の将兵の意識が下に向いてしまったのは当然の事であった。
さて、そもそも帝国の大艦隊に接近中の飛行物体は、船ではなかった。
それは、世界最大の空鯨艦と誰もが信じて疑わなかった帝国艦隊総旗艦よりも遥かに巨大な建造物だ。
その巨大建造物、もとい、空中要塞ギャラルホルンの指令室で、管理AIシビラは、マスターに攻撃結果を報告した。
『長距離攻撃用ミサイル、魔弾テンペスト。敵艦に命中、撃沈に成功しました』
この空中要塞にはさぞ高性能なカメラを搭載しているのであろうか、指令室の大型スクリーンには、壊滅したイスラ同盟国の首都と、それをやったと思われる帝国の大艦隊の姿がはっきりと映し出されていた。
そして、スクリーンの前には、三度目にして過去最大の怒りを爆発させていた、この要塞の主の姿があった。




