第四十四話 エピローグ 最終局面へ
途中休憩を一切取らずに、レギア街道を爆走した俺は、数時間後には王都を視界に捉えた。
炎上する王都と王都を取り囲む城壁から次々に逃げ出す住民達の姿を見て、もう手遅れかもしれないという不安に駆られるも、人の激流に逆らってアリシアが通う学校の方へ向かう。
華やかな王都の面影は消えていた。
破壊と殺戮の舞台と化した王都の街並みを見ながら、アリシアの無事を祈るも、それでも戦闘力皆無の彼女が生き残れているとは到底思えなかった。
はっきりに言って、生存は絶望的だった。これで生き残っていたら奇跡だ。
そんな事を考えながら、学校の裏手の門のまで辿り着くと、驚いた事に俺は、いきなりアリシアを見つけてしまった。
「アリシア!!」
「アマダ様!!」
心底驚いた様子のアリシアは、黒鎧を見て、一瞬だけ笑顔を見せるも何故かすぐにその笑顔を曇らせてしまった。疑問を感じて理由を問いただそうとするが、その前に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「「アマダ様?」」
「? げっ、何でお前達がここにいる?!」
何故か知らないが、そこにはイスラの森にいるはずの二人の少女、エシャルとロカがいた。
顔を隠しているので、知らぬ振りをしようかと迷ったが、頬を膨らませて明らかにお怒りのご様子で迫ってくるエシャルに圧倒されて、これ以上油に火を注ぐのはヤバいと判断した俺は頭部の兜をアイテムボックスの中に収納して、再会の挨拶を試みる。
「こんなところで会うとは奇遇だな。エシャルにロカ。げ、元気だったか?」
「は?」
「あちゃ~」
失敗した。
銀髪の少女は更に怒気を滲ませ、黒髪の少女は呆れ果てていた。
特にエシャルが怖い。
何も言わずにイスラの街を去ったことを根に持っていたのだろうか。噴火する一歩手前である。
だが、流石は聖女、大きくため息を溢し、怒りを和らげた。
「はぁ~。まあいいです。後でしっかりと、これまでの事をお話してくれるんですよね?」
「はい。きちんと全てお話します」
余計な真似をするのは得策ではないと本能が叫び、さっさと白旗を掲げて降参の意志を示すと、取りあえず納得した様子のエシャルは周囲を見渡す。
「これからどういたしますか? 我々は王都の傍にある森の中で待機している空鯨船の下へ行きますが、アマダ様のお知り合いと思われるそちらの学生さんも一緒についてきますか?」
俺が行くのは決定らしい。
まあそれはいいとして、アリシアもついてくるのかエシャルは尋ねてきた。
ここまでの道中の様子から考えて、王都の指揮系統が、ほとんど機能していないのは一目瞭然だ。
王宮も官庁街も既に陥落しており、おまけに、衛兵団も傭兵もいないため、仮に公爵令嬢であるアリシアを旗頭に混乱に歯止めを掛けようとしても、とてもではないが王都の治安を取り戻すことはできそうになかった。
さりとて、この混乱の中で、民衆を見捨てて自分達だけ逃げても良いものか?
どうしたものかなと思案していると、不意にアリシアが空の方を指差した。
「あれは何でしょうか?」
その方向を見て、エシャルとロカは複雑そうな顔を、俺は王国の敗北を悟った。
始めて見る者にはとっては物珍しいが、俺達にとっては見慣れた代物だ。
やがて、王都上空への展開を完了した二十隻近い統合軍の空鯨艦から聞き慣れた声が魔法によって拡声されて王都全域に響き渡った。
『私は、統合軍王国方面派遣軍、総司令官ユーリ・メルクリア。現在我が国と王国は戦争状態にあるが、世界の敵である魔王軍の暴威に怯える罪もない王国の民が死んでいくのを黙って見過ごす事などできない!! 必ずや、諸君らを助ける!! だから、我々の救援部隊が到着するまで、生きるのを諦めないでくれ』
王国軍五十万がローラン公国に侵攻して来るのであれば、王都はがら空きだ。
陸軍は総力を挙げてローラン公国を死守し、その隙に強襲部隊を乗せた艦隊が空から王都に侵攻、国王を始めとする要人の身柄を抑えれば、敵の大軍は兵を退かざるを得ない。
メルクリアの立てた作戦に従い、来る決戦に向けての準備を行い、王国軍第一陣がローラン公国領に入る頃合いを見計らって王都へ向けて発進した統合軍艦隊は、魔物に蹂躙される王都を目にすることになった。
王国を討つためにここまで来たが、罪もない王国人が魔物に一方的に殺される様を上空から眺めて、統合軍の兵士達は胸を痛めた。
「これはチャンスだ。この混乱に乗じて、一気に王宮を攻め落としてしまおう」
そんな事を言い放つ将兵も少なくはなかったが、大多数の将兵はできる事なら彼らを助けたいと思っていた。
でも、戦争中なので流石に不可能だろう。
誰もが諦めかけたが、旗艦にいるメルクリアからの指示は意外な物であった。
『上空からの観察により、王宮と官庁街は既に陥落し、王都内の指揮系統は完全に崩壊していることが確認された。よって、イスラ同盟国評議会副議長の権限を行使し、作戦の撤回と、王国民を守るために救援部隊を送る事を決定した』
敵は王国にあらず、王国人を救い出し、魔王軍を撃退せよ。
メルクリアの英断に統合軍の兵士達は、士気は最高潮に達し、さあやるぞと意気込んで、艦から垂れるロープを使って地上へと降下した。
そして、気持ちを高鳴らせていたのは、統合軍の兵士達だけではない。
いざこざが起きればすぐに駆けつけてくれる衛兵がいない王都は阿鼻叫喚の嵐のただ中にあり、魔物の襲撃により王都内に取り残された多数の王国人は、嘆き悲しみ絶望の淵にいた。
それだけに、メルクリアの言葉は、生きることを諦めかけていた彼らを奮い立たせた。
助けが来る。
死を待つだけだった民衆にはそれだけで十分だった。懸命に最後まで足掻くことを決意すると同時に、この場にいる民の多くは、ある存在に見切りをつけた。
貴族階級ではないが、彼らもユグド王国千年の歴史の一部だという自負があった。だからこそ、貴族の失政が続き国が乱れても、平民主体の革命やら反乱は今まで起きなかった。
でも、プライドや面子で戦争を起こして、この惨劇を招いた貴族達に、この国の行く末を預けるのはもう無理だと誰もが悟る。
今の体制を排除した後に、新たな支配者に傅くのか、それとも共和国のように民の力で国を作るのかそれは、今の段階では分からない。
だがこれだけは言える。
形の上ではまだ命数を尽きていないが、民衆から見放されたユグド王国は今日この日を持って終焉を迎えた。
白々しいな。
魔物に王都を襲わせた張本人が、よくもまあ、あんな事を喋れるなと、感心すらしてしまったが、幸いな事に彼が王都を救うと宣言した以上、俺達が身体を張る必要はない。
思う所は多々あるが、どちらにしろ、メルクリア本人が出張ってきた以上、王都にいるのは危険だと判断した俺はアリシアと一緒に、エシャルとロカの案内で王都近郊の森へと移動した。
「もうすぐです」
森の中に入り、しばらく歩くと、何もない開けた場所に辿り着く。エシャルが魔法を解除すると、透明化によって隠されていた一隻の空鯨船が出現した。
「ん? どこかで見た事のある船だな」
てっきり俺が建造したワルキューレ型や、最新鋭のヴァルキュリア級で出迎えに来たとばかり思っていたが、予想に反して姿を見せたのはどこかで見た事のある船だった。
「民間の運送商会であるカルスタン・エアライン・サービスに軍の新型艦は回ってきません。なので、ドリュアス要塞で叩き落としたユニオン商会製の船を修繕したものを使っております」
ほう、なるほど。あの時散々蹴散らした奴の一隻か。
空鯨船を今日初めて目撃したアリシアは目を丸くしているが、昔を思い出し俺は懐かしさを感じていた。
それといつの間にか、カルスタン家が物流業に進出していた事にも驚いたが、それ以上に驚くような事がまだあった。
「おお! やっと帰ってきたか? うん? そちらの黒い騎士とお嬢さんは、どこの誰だ?」
かっこいい船長服を着こなし船の中から出てきたこの陽気なおっさんは誰だと不審な目を向けたが、この男の正体をロカの言葉を聞き、目玉が飛び出るほどビックリした。
「カルスタン・エアライン・サービス特別顧問、ダグラス・ゼラシードさんですわ」
ダグラス・ゼラシード?
は?!!
あのダグラス・ゼラシード!!
こいつが、ゼラシード商会の創業者にして、以前イスラ同盟国に戦争を仕掛けてきた黒幕だと!
そういえば考えてみると、その名は何度も聞いたことがあるが、実際に会ったことはこれが初めてだった。
良くも悪くもダグラス・ゼラシードの名前は、世界的に有名なため、王国人のアリシアも驚愕の顔を露わにしていた。
と、ここで俺はある疑問に至った。
「でも、この人は先の戦争で戦犯となり、共和国の刑務所で服役していたはずじゃ」
その疑問には、エシャルが答えてくれた。
「シギンお婆様が、権力と人脈を駆使し司法取引をして、誕生間もないカルスタン・エアライン・サービスに引っ張ってきました。色々ありましたが、この方の経営手腕は見事なので、おかげ様で我がカルスタン・エアライン・サービスの経営は極めて順調です。ですが……」
少々、困った顔をするエシャルに対し、ダグラス・ゼラシードは胸を張って笑顔を見せる。
「経営者なんてもうやめだ!! これから俺は船長になる!! いつか、自分の空鯨船とクルーを引き連れて、見果てぬ空の彼方を目指すんだ!!」
意外な事に、このおっさん世界で初めて空鯨船を作った商会のトップだった癖に、軍事目的で建造したため一度も空鯨船に乗船したことがなかったそうだ。
そのせいで、カルスタン・エアライン・サービスに入って初めて空鯨船に乗り、新たな野望を抱いてしまったみたいだ。
一度は、経済面で世界の王になったというのに、よくこの年齢で新しい目標を持てるな、スゲーわ。
などと感心しながら、今後の事を話し合うため、俺達は船に乗り込んだ。
三日後、今後の王国の未来を議論するために、王国軍を率いていた司令官や貴族達が王都に帰還した。
統合軍の活躍により、王都を襲撃した魔王軍の一団は撃退されたが、王都内は、魔王軍の襲撃で酷い有様で、とてもでないが、中に入れないため王都の傍に張られた天幕で会議は行われた。
「以上が、現段階で確認されている被害状況です」
近衛騎士団団長レヴァン・ゼーレスの報告を聞いて、列席していた貴族達ですら流石に頭を抱えた。意気揚々と出陣した頃の面影はもはやない。
「何ということか」
「おお、女神よ」
死者行方不明者の数は、王都全人口の三割を超え、中でも貴族街の生存者はゼロという最悪な状況だ。
火災は鎮火されたが、四割近い建造物は、倒壊の危険があるとの報告もある。
人的被害も物的被害も壊滅的な打撃を被ってしまった。
また今回の襲撃で、王位継承権を持つ貴族は、第二王子ガリウスとアルバート・オルトリンデ公爵とレヴァン・ゼーレスの三人を残すのみとなり、混乱を収拾するために、即座にガリウス王子は国王に即位した。
歴代の国王達は、長い時間と予算を掛けて盛大に即位式を執り行うのだが、ガリウス国王の即位式は、天幕内で行われ簡易的な儀礼に留まった。それほどまでに王国にはもう余裕がないのだ。
ガリウスは、王国軍の司令官に立候補した事から分かるように、元々王の座を狙っており、この状況は彼にしてみれば、棚から牡丹餅という状況なのだが、このような大災厄に見舞われた国を復興させるなど想定外だったため、すっかり自信を無くし、机に俯いて覇気をなくしてしまっている。
そのため、宰相に就任したアルバート・オルトリンデ公爵が代わりに会を取り仕切る。
既に彼の家族と、筆頭執事であるグレゴールを含めた使用人全員の死亡が確認され、溺愛する娘アリシアと彼女を救うために密かに送り込んだ黒騎士も両名共行方不明であり、精神的な疲労はピークに達しているが、それでも彼は公爵家の当主として威厳を保つためにこの場にいる。
「王都アルンは放棄せざるを得ないだろう。本当ならば王都の次に発展しているローラン伯爵領を次の王都にしたかったが仕方ない。一先ず、旧都の方に国の中枢機能を移す」
アルバートの意見に列席者達からも異論はない。旧都は今の王都アルンと比べるのも、おこがましい中規模都市だが、数百年前まではこの国の都だった。
ユグド王家の正当性を示す点では、この地よりふさわしい遷都先は考えられなかった。
「それよりも、今問題なのは、統合軍の方だ」
王都から逃れた民衆達は現在、王都の近郊に天幕を張って難民キャンプを形成しているが、そのために必要な膨大な生活物資は、ローラン伯爵領と王都を往復する統合軍とカルスタン・エアライン・サービスの空鯨船によって維持されている。
王国各地から救援を要請しても、王都以外は不況に見舞われているため、そんな余裕はない。
そんな中で、統合軍にも決して余裕があるわけではないが、困った時はお互い様だとメルクリア総司令が温かい手を差し伸べてきて、それを断るほどのプライドも余力も今の王国にはなかった。
休戦協定を締結し、本格的な戦争が始まる前に片付いたのはいいが、敵対者であった統合軍勢力によって生かされている現状が貴族達は気に入らなかった。
だがそれ以上に、貴族達は焦っていた。
民衆の大半が、支援の手を差し伸べてくれている統合軍に靡いており、民衆達から冷たい視線に晒された貴族達は、自分達の居場所がなくなっていくのを肌で感じ取った。
かと言って、何度も言うが、今の王国には難民キャンプの住人を統合軍勢力に代わって支援するゆとりはない。
もうどうすることもできないが、何かしなければならないという強迫観念に駆られる貴族達。そんな時、天幕の中にある人物がやって来た。
「会議中、申し訳ありません。至急お耳に入れておきたい事があるのですが」
その人物は、統合軍の指揮官にして、イスラ評議会のナンバー2、ユーリ・メルクリア。
彼の英断と演説により、支配者である自分達よりも民衆から慕われ始めているこの若者を憎む貴族は多いが、今の現状を鑑みて貴族達は何とか堪えた。
「それで何の御用です?」
「はい、王都から撤退した魔王軍を空から監視していた我が方の空鯨艦からの報告です。どうやら彼らは、ローラン公国を襲撃した後に、イスラの森に逃げ込んだ魔王軍本隊とバローク子爵領にて合流、帝国領へ向けて移動中です」
進路上にある街や村には悪いが、魔王軍はじきに、王国から立ち去るだろうというメルクリアの予想に、貴族達はほっと胸をなでおろした。
これでやっと落ち着ける。そう誰もが思った矢先、今まで空気だったガリウス国王が大声を上げた。
「ふざけるな!! 王都を蹂躙した連中が悠々と逃げる様を後ろから眺めるだと冗談ではないぞ! 追うぞ、皆殺しだ!!」
困難な状況下で、突然、王に祭り上げられ、精神的に追い詰められて出た妄言だ。
確かに、幸運にも統合軍と交戦する前に休戦してしまったおかげで王国軍は無傷だが、今から魔王軍に追撃を仕掛ける余力はないと一部の列席者達は反対しようとした。
だが、長年ガリウスの腰巾着であった貴族はその提案に絶賛した。
「素晴らしい!! そうです。その通りです。王都を蹂躙した魔王軍を討たねば、死んでいった家族や部下、民達に示しがつきません!!」
統合軍を率いるメルクリアの目の前で大っぴらには言えないが、敵討ちをすれば、失いつつある求心力を取り戻せるかもしれないと考えた貴族達が同調した。
あっという間に賛成派が大勢を占める。勿論、アルバートやレヴァンは猛反対したが、メルクリアの一言が決定打になってしまった。
「我々統合軍もその敵討ちのお手伝いをしましょう。ただ、魔王軍を追撃するために、我が軍の陸軍にレギア街道を使わせて頂きたいのですが」
ローラン公国から王都を経由して帝国領の近くにある街まで続くレギア街道を使えば、大軍で魔王軍の後を追い掛ける事ができる。
おまけに、統合軍が味方ならば、勝ちは確定で、更なる支援の約束までしてくれた。
こうして数少ない反対者の声はかき消され、王国側は諸手を挙げてローラン公国にて待機していた統合軍陸軍の王国領通過を容認した。
元々王都に攻め入るつもりだった事もあり、準備にはさほど時間は掛からなかった。ローラン公国に多少の護衛を残した統合軍王国方面派遣軍、陸軍十個軍団は、王国軍の案内で王都アルンに到着した。
そして、魔王軍を討つために、第一陣を中核に再編成された王国軍二十万と合流。
レギア街道を使い、帝国領へ逃げ込もうとする魔王軍を追撃した。
数日後、魔王軍が帝国領に侵入したという報告を一般兵から受けた時、ユーリ・メルクリアは心の中で笑った。
(これで詰みだ、帝国。余の勝ちだ)
帝国軍中央参謀本部は、ここ数日の内にもたらされた報告により、完全にパニック状態に陥っていた。
全ての始まりは、ローラン公国で敗れイスラの森に逃げ込んだ魔王軍が、再び姿を見せ、ユグド王国の王都を襲撃した魔王軍の部隊と合流し、そのまま王国領を通過して帝国領に侵入する可能性があると分かった時だ。
「西部方面軍に緊急動員を発令せよ」
帝国軍総司令官イェーガー元帥はただちに王国と国境を接する西部方面軍に、魔王軍を迎え撃つように命令を下す。
だが、帝国の主敵はあくまで共和国。王国を老人の国だと甘く見ていたせいで、西部方面軍は三線級の部隊で編制されており、砦や要塞の整備も追いついていない。
ローラン伯爵領を襲撃時に確認されたオーガ部隊も複数あり、更にサイクロプスまでいる魔王軍の本隊と目される十万を超える大軍勢を西部方面軍単独で追い払えるとは、とても思えない。
「中央軍にも出撃の用意をするように命じろ」
万全を期すため、中央参謀本部は、帝国軍の外征の要である中央軍の出動まで命じて、帝国西部で魔王軍を迎え撃つことを決定した。
これで一安心と安堵したが、すぐに続報が届く。
「王国軍と統合軍からなる連合軍約三十万が魔王軍の後を追ってレギア街道を移動中とのことです」
ガリウス新国王自ら、近衛騎士団、傭兵団、衛兵団、それから報奨金目当てのやる気のある農兵を率いて王都を発った。
更に、一時的に手を組んだ統合軍の王国方面派遣軍、陸軍十個軍団と二十隻を超す空鯨艦までついてきていた。
「なんだと!!」
この報告を聞いた帝国の将校達の脳裏に帝国が百年前に隣国の小国に行った作戦が思い起こされた。
当時の帝国軍は国内に出現した魔王軍の拠点を攻撃し国土から追い払った。帝国領からの撤退を決めた魔王軍は隣国に落ち延びたが、これを好機と捉えた帝国上層部は、隣国が魔王軍によって蹂躙された直後に侵攻を開始し、両者ともにまとめて殲滅し、魔王は取り逃がしたが、その隣国は帝国に滅ぼされた。
王国のボンクラにそんな高度な真似ができるとは思えなかったが、一緒になって行軍している統合軍には、皇帝カリンが名指しで警戒するユーリ・メルクリアがいる。
危機的状況を最大限利用して利益を得る手法をとってきたメルクリアであれば、王国領内で魔王軍と雌雄を決するよりも、帝国領に入るまでは見逃してくる可能性が濃厚だ。
魔王軍本隊、統合軍、王国軍。
これら全てを打ち破るのは、中央軍の加勢があってもかなり厳しい。
帝国の叡智の結晶である参謀将校達は、すぐさま対応策を練る。
「仕方ない。南部方面軍、東部方面軍の予備戦力を、大至急、こちらに回す事にしよう」
距離的に、最精鋭の北部方面軍からの増援が望ましいが、現在、北部方面軍はガルダ・ザルバトーレ率いる統合軍の別部隊と、共和国国境付近で対峙しているため、他所に割く余裕はない。
仕方なく中小諸国を相手にしている二線級の部隊で我慢したが、これで何とか凌げるだろうと誰もが予期した。
しかし、魔王メルクリアの計画は既に始まっていた。
「大変です!! サンドワーク王国が我が国に対して宣戦布告してきました」
「プロシア公国から騎兵三千が帝国領内に侵攻!」
「フローラ王国の軍勢が国境を超えてきました!!」
「馬鹿な、こんな事がありえるのか? 」
その日、帝国と国境を接する十二の中小諸国が、規模は異なるが一斉に帝国領に侵攻を開始した。
それでも、南部方面軍と西部方面軍が守備に徹すれば何とか防げるだろう。引き換えにこちらへの援軍はなくなったが。
余りの事態に思考が停止仕掛ける参謀将校達、そんな彼らに止めを指すかのように、最後の凶報がやって来た。
「共和国との国境付近に展開中の、剣聖ガルダ・ザルバトーレ率いる統合軍部隊に動きあり!」
帝国と国境を接する全ての国がこの局面で攻めて来た。
もう偶然ではない、恐るべき戦略家の気配を感じ、得体の知れない恐怖を覚える参謀将校達。
そして、もはやこれまでとイェーガー元帥は席を立ち、皇帝カリンがいる皇宮へと赴いた。
玉座の間にて、イェーガー元帥の報告と心からの謝罪を聞いたカリンはしばらく呆然としたが、やがてしてやられたと笑い声を漏らした。
「ククク、妾が計画に夢中になってるいる間に、こんな事を企んでおったか」
皇帝カリンの脳裏にこの状況を描いた人物、メルクリアの顔が浮かぶ。
「イェーガーこれは妾のミスじゃ。ジオ・エクセ二ウム鉱石を手に入れて、少々浮かれておった妾にも責任がある」
皇帝自ら非を認めたが、ごもっともです、など口が裂けても言えない。イェーガーは口を閉ざして頭を垂れたままだ。
そんな彼を元気つけようと、カリンは立ち上がり、傍に控える賢者ネオに命令を下した。
「最終殲滅計画ラグナロクを発動する」
その決定に流石のネオとイェーガーも思わず口を挟んでしまった。
「お待ちください陛下。まだ当初の予定の半分も完成しておりません」
「それに、例のドヴェルグ造船所から帝都まではかなりの距離がございます。このままでは敵勢力が帝都に到達する方が早いと思われます」
それでも、二人の意見をカリンは一蹴した。
「半分もあれば十分じゃ。それに目標は帝都に迫ってきておる連中ではないぞ」
言っている事が理解できずに顔を見合わせる二人を見て、カリンは笑みを溢した。
帝国奥地にある外界と隔絶された秘境に、各地から集められた奴隷達によって稼働している帝国軍の一大造船所が存在した。
「ジオ・エクセ二ウム鉱石からの魔力供給を確認」
「タンクへの蓄積魔力量が満タンになりました」
作業員達の声が響き渡り、この施設の責任者の声が轟く。
「よし、離陸せよ」
「了解!!」
一隻の空鯨艦が空へと向けて飛行を開始した。
数年前に、ユニオン商会から空鯨船の技術が流出していた時に、始動した計画によって完成したその艦はゆっくりと雲を目指す。
外観はスーパー・ヴァイキング級を踏襲しているが、その大きさは統合軍で使用されたワルキューレ型と同じくらい。
雷弓インドラのような対空兵器も搭載されておらず、これだけで評価するならば、下も下だ。
ただし、単艦でなければ話は違う。
「第126番艦。魔力供給を完了。いつでも発進できます」
「第87番艦も同じく」
「第221番艦。魔力供給を開始します」
ガソリン車と同じで、空鯨船を動かすならば、予め燃料である魔力をタンクに注ぎ込む必要がある。
統合軍勢力では、高い魔力を持つ者が直接注ぎ込んだり、ミスリルやオリハルコンのような魔力を含んだ鉱石を燃料にしているが、人力では限界があるし、ミスリルやオリハルコンのような鉱石は貴重であるため、この点では共和国の経済力を駆使しても苦労していた。
まあ最近では、イスラの森からミスリル等の鉱石を大量に採掘できる目途がついたため、課題は解決しつつあるが、燃料問題は、空鯨艦を大量に建造できない理由の一つだった。
この問題に対し、皇帝カリンはジオ・エクセ二ウム鉱石を用いて解決する事を考えた。
故に彼女は、オリハルコンの一億倍以上の莫大な魔力が宿ると言われる世界で一つしか確認されていない鉱石を欲したのだ。
次々と浮上する空鯨艦。
その総数は、何と三百隻にも及び、ドヴェルグ造船所の空一面を覆った。
ラグナロク・ヴァイキング級空爆艦。
量産性を極限まで高め、対艦兵装を減らしてまで拡張した格納庫内に収められた帝国製の爆弾を投下する事を想定し建造された艦である。
全艦隊の準備が整ったのを確認した司令官は、全兵士に皇帝からの勅命を告げた。
「皇帝陛下はラグナロク作戦の発動をご決断された。我々は陛下のご期待に応えなければならない。目標、共和国全都市。全てを焼き払え!!!」
物語は少し遡る。
アリシアからジオ・エクセ二ウム鉱石が既に帝国に渡った事と、エシャル達にこれまでの経緯とメルクリアが魔王である事を話した後に、俺はふとある事を閃き、アイテムボックスのレシピを確認して、その企てが成功する確証を得て心の中で舞い踊った。
天啓と言ってもいい、それくらいの名案であった。
確かに、ジオ・エクセ二ウム鉱石がないので、不死の魔王を殺せるという主砲ラグナロクは作れない。
しかしながら、魔物の大群による襲撃によって瓦礫の山と化した王都に散らばる大量の建造物の残骸や王宮地下の宝物殿に眠る財宝や魔法道具を使えば、主砲以外は作れると確信した。
空中要塞ギャラルホルン。
俺は遂に、本格的に、空飛ぶ大要塞の建造に着手することを決めた。
戦略面での成功から勝利を確信したメルクリア。
長年の計画が発動して一発逆手を狙うカリン。
不完全だが空中要塞の完成の目処がついたアマダ。
最後に笑うのは、この三人の中の誰かか?
或いは別の誰かか?
そして、アマダは念願のスローライフの日々を本当に送れるのか?
何はともあれ、世界の覇権を巡る戦いは、いよいよクライマックスに突入する。
第三章、完。
いよいよ、次回から最終章です。
最後までお付き合いして頂ければ幸いに思います。




