第四十三話 王族狩り
残酷なシーンがあるので、ご注意下さい、
戦争が始まった。
それも勝ち目の見えない絶望的な戦いが。
スローライフ志願の俺としては、今すぐにでもこんな国おさらばしたい所だが、ジオ・エクセ二ウム鉱石の情報、今日まで築いた黒騎士の立場、今の統合軍実力の把握、いざとなったら鎧を捨てて別人に扮するという奥の手が残っている事などを考慮して限界ギリギリまで黒騎士を演じることにし、王国軍に付き合う事をした。
本当は、出撃の前に、アリシアにボチボチ調査の結果を尋ねたかったが、出陣の準備に追われて忙しかったので、彼女が通う学校に行くことができなかった。強いていうとそれだけが心残りだった。
さて、王都アルンを発った王国軍の総数は約五十万。とてつもない大軍だが、ほとんどは強制的に徴兵させられた農民達で、傭兵や衛兵は僅かしかいない。
その五十万の大軍は大きく分けて各十万ずつで五つの部隊に編制された。
第一陣の大将は、近衛騎士団の中も指揮官経験が豊富な騎士にして、現役の貴族家当主でもあるアードライ伯爵。
先陣ということもあり、手柄欲しさの傭兵達や、やる気のある実戦経験のある衛兵や農兵が重点的に配備されているため、唯一統合軍とまともに戦えそうな部隊である。
だが、この後に続く第二陣から第五陣は悲惨極まる。
大部分を占める農兵達は、不況や飢饉のせいで重税が重くのしかかり、苦しい生活を強いられている中で、嫌々徴兵され、戦闘経験も戦意も乏しいからだ。
武器を用意できなかったのか、代わりに農具を持ち込んでいる者達も結構見かけるほど酷い有り様である。
更に、追い打ちを掛けるように、各部隊の司令官は宮廷内の派閥争いで着任した、戦いを知らない貴族達だ。
おまけに各部隊の司令官達と一緒についてきた貴族達は圧倒的な数を見て、既に勝った気でいるのか観戦気分としゃれ込み、豪勢な馬車や、吟遊詩人、果てには音楽隊まで引っ張り出してきていた。
そして、外観は煌びやか大名行列に見えるこのお先真っ暗の軍の総大将は、第三陣の司令官も兼務する第二王子のガリウス殿下。
彼の人柄は詳しくないが、戦など全く分かっていないボンボンという噂は間違いないようだ。
俺を含めた近衛騎士団員全員も、五つの部隊にバラバラに配置されてしまった。
何が起きるか分からないため、一人くらい王都に残しておきたいと団長は進言したそうだが、近衛騎士団が全員で攻めてきた方が敵も萎縮するだろうという王様や貴族の声にかき消された。
元々戦争反対の意見が強かった近衛騎士団員達は、我儘な貴族の護衛兼補佐役に就いているため、不満は極限に達しているだろう。
そう考えると、他と比べれば俺は多少はマシな扱いを受けていると思う。
スノーさんと一緒に、全軍の最後方に位置する第五陣に配置され、しかも、ここの司令官は最近仲が良いアルバート・オルトリンデ公爵なのだから。
後方から戦争を観察してヤバくなったら、逃げられる余裕があるくらいには気楽なポジションだ。
王都の傍に勢ぞろいし、国王陛下からの長い激励の言葉を賜った王国軍は、第一陣から順次、レギア街道上を伝い、真っすぐにローラン伯爵領へと進軍を開始する。
そして、第一陣が出発してから、五日後、いよいよ俺がいる第五陣も王都を旅立つ。
移動中を空爆されないかとヒヤヒヤしつつ、アルバート公爵の話し相手をしながら、順調に行軍した翌日、休息中の第五陣の天幕に伝令役の衛兵が転がり込んで来て、とんでもない事を報告をしてきた。
「た、大変です。王都にて多数の魔物が出現!! 王都は現在、大混乱になっているとの事です!!」
「「「「何だと?!!」」」」
報告を受けたアルバート公爵を始め、彼と懇意の関係にある貴族達は絶句した。
安全な王都を出たおかげで魔物による王都襲撃を回避できた幸運を喜ぶべきか、それとも、王都に残った家族や財産を心配したのか。
それぞれの胸中は分からないが、パニック状態の司令部の中で唯一正気を保っていたアルバート公爵は皆を宥めるために、迅速に命令を下す。
「責任は私が取る。ガリウス殿下の承認を待たずに第五陣は、準備が整い次第、全速力で王都に引き返す」
貴族というのは、プライドや面子、立ち位置にこだわる。
その指示に賛成または反対するかで揉めそうだったが、アルバート公爵が自ら責任を取ると明言したため、反対意見も出ずに王都への撤退が決まった。
みんな何やかんやで王都が恋しいのだろう。撤退と決まると全員我先に天幕を出て、自領の部隊の下へと走っていく。同じく第五陣に配属されていたスノーさんも準備のために出ていった。
やがて、アルバート公爵と二人きりになった天幕で、彼は涙を流しながら俺に懇願してきた。
「頼む、黒騎士殿。君ならば全力で走れば、今日中に王都に着くはず。だから頼む。アリシアを救い出してくれないか?」
今日まで話題にも出なかったアリシアの名前を出してくる辺り、よっぽど追い詰められているのだろう。
彼は、国王も他の家族も王都の治安回復よりも先に、溺愛する娘であるアリシアを救ってくれとお願いしてきた。
為政者としては失格だが、一人の父親と見るならば及第点だろう。それに俺もアリシアに死なれては困る。
「了解しました。では直ちに王都に戻ります」
天幕を出ると身体強化魔法が付与されたお馴染みのチート鎧の魔力を送り込み、一人全速力で王都へ走る。
魔物は何処から現れたのか?
被害はどの程度なのか?
様々な考えが頭の中を巡るが、遂にメルクリアの計画が始動したのは間違いないと気合いを入れ直した。
王国最後の日。
後世において、そのように歴史に刻まれることになる悪夢の一日が幕を開けた。
ローラン伯爵領の奪還を目的に出陣した王国軍五十万。
圧倒的な威容を誇る大軍の最後尾が王都から見えなくなった翌日、王都は、突如、地下水路から姿を現した十数名のカリオス所属の魔物使役者に率いられた三千を超す魔物の大軍に襲われる。
完全な虚を突く奇襲だが、普段であれば、多大な犠牲の果てに撃退できたかもしれない。
しかし、今は王都に駐留する衛兵や近衛騎士団のほとんだが戦争に参加するために、出撃してしまっているため、ほとんど空っぽと称しても差し支えないほど王都の防衛力は大幅に低下していた。
近衛騎士団長を始め一部の者達は、万が一に備えて少しは王都にも戦力を残すべきと進言していたが、その声は、統合軍に王国の持つ圧倒的な力を見せつけるべきだと声高らかに主張した国王や側近の貴族達に押されて霧散した。
その結果がこの惨劇だ。
魔王メルクリアが、カリオスに与えた命令は三つ。
第一優先目標、王都に住む王族の抹殺。
第二優先目標、王都に住む貴族の抹殺。
第三優先目標、平民街を襲い王都を大混乱に陥れる。
先日統合軍を討つために大軍を送り込み、戦勝気分に浸っていた王国上層部は、カリオスが数年前から王都の地下に密かに潜ませていた武装を施された魔物の大群を目の当たりにして、真の敵が誰であるかを思い出すも時既に遅し。
完全に魔物の縄張りと化していた地下水路は王都全体に張り巡らされているため、全域が魔物の奇襲を受け、傭兵や衛兵が不在の王都は瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄に叩き落とされた。
魔王から魔物の支配権を一部譲渡されているカリオス所属の魔物使役者からの命令に従い、魔物達は、老若男女、身分に関係なく一方的に人々を虐殺していく。
戦火に見舞われた地ではよく見られる人質、拷問、凌辱、略奪などはなく、そこにはただ殺すという殺意しかない。いや抵抗が少ないため、魔物からすると、もはや作業に近かったかもしれない。
王国の治安悪化の原因となった盗賊達は、いきなり無抵抗の人間を殺したりすることはなく、悪意剥き出しの盗賊達は、欲しい物を奪うだけ奪った後に、遊び半分で止めを刺すことが多く、死んだ方がマシだという屈辱を受けることはあっても、おとなしく従えば命まで獲ってくることは滅多にない。
辱めを受け金品を持っていかれるとしても、襲ってきた盗賊達に降参すれば、命だけは助かる可能性は十分にあった。
しかし、魔物相手では降参するという選択肢は存在しない。
魔物に襲われた人間が取れる手段は、戦うか、逃げるか、或いは殺されるだけだ。
ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ。
王都が誕生して以来、一度たりとも表を歩いたことがない魔物達が、目に付いた人間達を手当たり次第殺し回り、家屋を破壊し人々の営みを完膚なきまでに破壊していく。
数時間も立たずに、王都全域は、逃げられなかった者の死体で溢れ返った。
だが、一見すると無差別に行われるこの大虐殺であるが、魔物を使役するカリオスの一番の目的は、王位継承権を持つ王族を始末することにある。
故に、王都の全人口の1パーセントにも満たない王都中心付近にある王侯貴族達が住まう貴族街は、他の場所とは比べものにならないくらい、悲惨極まりない目にあう。
貴族街の周囲は高い城壁に囲まれており、王都の中でも高い防衛力を持つが、地下から侵入されては何の意味もない。それどころか、使役者の指示を受けた魔物達に門を奪われたせいで、本来貴族街を守るはずの城壁は逆に、彼らを他所へ逃がさない檻へと変わった。
すると、地上からが無理ならば地下からだと、いつもは汚らしい場所だと忌諱していた地下水路に逃げ込む者が続出したが、残念ながら、そういう考えを持って逃げ込んだ者達はいつの間にか魔物の巣窟となっていた地下水路で最期を迎えた。
大多数の貴族が家族や使用人達を盾にして逃げようと試みたが、それらの醜い行為はほんの少しだけ彼らの寿命を延ばしたに過ぎず、使用人も含めて、平民街と同様に、年齢も性別も階級も血筋も関係なく、皆、恐怖に震えながら己の不幸を泣き叫び、骸と化した。
こうして貴族街にいた者達は、文字通り、皆殺しにされた。
そして魔物達の魔の手は、とうとう貴族街の真ん中にそびえる王宮にまで到達する。
流石に、王宮を守る衛兵までは戦場に駆り出されていなかったが、多勢に無勢。王族が逃げるための時間稼ぎをすることもまともにできず、その命を散らしていった。
やがて戦いの音が聞こえなくなると、一人残らず殺し尽くせと命令を発し、先に魔物達を王宮に突撃させていたカリオスの構成員達が王宮に足を踏み入れる。
彼らは、王宮内で倒れる死体の顔を見て、その身元を一つ一つ丁寧に確認する。
赤子を抱きかかえたまま死んでいた王妃、まだ幼い王子や王女、剣を取って最後まで戦ったと思われる衛兵や使用人達。
死に様は様々だが、どれも皆、死んでいた。
一緒になって転がっている衛兵や使用人の死体も精査しつつ、カリオスの構成員達は、遂に、隠し通路に通じる扉の前で槍や剣で滅多打ちされて一人死んでいた一番の獲物を見つける。
「間違いない。現ユグド国王、フレージア三世だ」
「ああ、俺も確認した。間違いなく本人だろう」
国王の最期の断末魔も命乞いも聞いた者は、この世にはいない。いや、もしかしたらいたかもしれないが、それを知る者は一人として生きていない。
千年王国と長い繁栄と歴史を誇った現国王の最期は、王都中に散らばる有象無象の人間達と同じであった。
ユグド王国はたった数時間の奇襲で壊滅的な打撃を被った。
三強の一角からは間違いなく落とされるであろう。
それでも、千年王国の歴史に終止符を討つという歴史に残る傷痕を成しとげたカリオスだが、これだけやってもまだ魔王からの命令はまだ完全には達成されていなかった。
「現在確認できただけで、戦争に参加していない現在、王都在住の王位継承権を持つ王族、六十二名中、五十一名の死亡を確認した」
「残りは十一名か。官庁街で働いている王族や、学校に通っている学生の方はどうだ?」
「そちらの方に行った仲間からはまだ何も報告は来ていない。が、その内来るだろう」
「ならば我々は見逃しがないように、もう一度、貴族街と、この真下を走る地下水路を調べるとしよう」
ユグド王国の歴史そのものである王族を根絶やしにするために、カリオスと魔物の猛威は、より一層激しさを増す。
王都内には、いくつかの学校が建てられているが、その中で、一番長い歴史を持ち最も格式の高い学校がどこかと問われれば、ほとんどの王国人が、王立ロートル貴族学校と答えるだろう。
だが、創立以来、何人もの国王を輩出してきた名門中の名門であるこの学校もカリオスの攻撃対象だ。
彼らにとっての最優先目標は、この学校に通う王族の学生であるが、将来王国の未来を背負うことになる若い芽をわざわざ生かしておく理由はない。
他と同様に、貴族の学生や教師も、全員が抹殺対象である。
貴族街襲撃から少し経過した後に、封鎖されていた地下水路から突如姿を現した魔物の群れにより、学びの園は惨劇の現場へと姿を変える。
血気盛んな一部の男子学生や教師達が、武器を取り抵抗を試みるが、時間稼ぎにしかならず、あちこちで悲鳴を上げながら、温室育ちの学生達は無抵抗のままに命を散らしていった。
それは無論、彼女、忍者の加護を持つアリシア・オルトリンデも例外ではない。
(だ、誰か、たすけて)
(いやだ! パパ、ママ!!)
(どうしてこの僕が、こんなところで、畜生っ!)
(くそ、くそ、くそ、こっちに来るな!! 来るな!!!!!!)
女神に選ばれた使徒とはいえ、彼女に与えられた忍者の加護の能力は人の心の中を覗くことのみ。
人間相手の情報戦においては最強の能力と言っても過言ではないが、人ならぬ者である魔物に対しては何ら役に立たない。
むしろ、殺されていく学友達の心の叫びが濁流のように、頭の中に響いてくるため、他の者よりも精神的な苦痛は大きい。
それでも、こんな場所では死ねないと彼女は校舎の中を懸命に走って逃げていた。
他の使徒とは異なり、戦闘能力皆無のお嬢様であるアリシアは、教室で授業を受けている時に襲撃にあった。
正直に言えば、大多数の他のクラスメイト達と同じように教室で死んでいてもおかしくなかったが、逃げ惑う学生の波に飲まれて、ボロボロになりながらも、運良く、大混乱に陥った廊下を抜け、何とか最初の混乱を潜り抜けて難を逃れ生き残った数人の学生達共に学校からの脱出を図った。
「た、助けて、お願い!!」
道中、助けを求める学生を数多く見たが、碌に戦闘訓練を受けていない自分達に何ができる?と自分の胸の内に言い聞かせて無視してその場を後にする。
そういう場面に出くわす度に、心を強く痛めるが、自分達が生き残るために、気持ちを押し殺して彼らは前に進む。
「みんな急げ!! この廊下の先にある扉から出れば、資材搬入用の裏門の一つに出られる。そうすれば、学校の外だ!!」
その言葉を聞いた時、アリシアは、小さく安堵すると同時に、本来魔王軍に立ち向かわなければならない使徒である自分が戦わずに今もこうして敵に背を向けて逃げている事を大変深く恥じるも、足を止めたりはしなかった。
公爵令嬢としての義務。使徒としての役割。戦う力がないとはいえ、それら全てを投げ捨て、みっともなく生き延びる理由が彼女にはあったからだ。
(せめて、これだけはアマダ様にお知らせしなければ)
実はアリシア、先の王都襲撃の際に、帝国皇帝カリンがジオ・エクセ二ウム鉱石を王立博物館から密かに持ち出していたのを既に知っていた。
これ以上、不名誉な記録を重ねないように王立博物館側は、管理不届きのために、何をされたのか分からないと発表していたが、実際のところ、博物館の極一部の職員達は、ジオ・エクセ二ウム鉱石が盗まれたことを把握し、他に漏れないように固く口を閉ざしていた。
そんな貴族や大臣、近衛騎士団すら知りえていない事を全寮制の学校に通うアリシアが何故知っていたのかというと、秘密を抱える博物館に勤務する職員が学校の講師をしており、精神的ストレスから情緒不安だった、その講師の心の声を聞いて知ってしまったのだ。
長い歴史を誇るロートル貴族学校にある古い資料を調べ尽くせば、何かしらの手掛かりが掴めると楽観視して、結局一か月経っても何も成果を出せずに、少し焦りを感じていたアリシアは、この時、思わぬ幸運が舞い込んできたと大層喜んだ。
だが、全寮制の学校に通い気軽に外に出ることができない身ではあるが、手紙を送るなりして、すぐにアマダに伝えることができたはずの彼女は、ジオ・エクセ二ウム鉱石が王国にはないと知れば彼がすぐに帝国に行ってしまう事を恐れ、折角入手した情報を伝えなかった。
そして、自分の気持ちに整理を付けるまで伝えるのを保留にした。
(アマダ様は近衛騎士として、かつての仲間達と戦うために戦場に向かわれたと聞きます。近衛騎士が王国のために戦うのは義務ですが、その重い責任を彼に負わせたのは私です)
統合軍との戦争になるのは流石に予想外だったが、アマダを逃がさない口実作りのために、彼を近衛騎士団に入れさせた事を心の底から悔やみ申し訳なく思うと、今にも泣き出しそうである。
逃げながらもアリシアは、忍者の加護から伝わる見知った学友達の死への恐怖と、自分の犯した選択に押しつぶされ精神をすり減らしていく。
もう王国の宝石だの聖女だのと祭り上げられていた頃の自分には戻れないと自嘲しつつ、せめて最後に、責任を取らなければと彼女は走る。
(ジオ・エクセ二ウム鉱石が帝国にあると知れば、アマダ様をこの国に縛り付ける物はなくなる。そうなれば、この国が起こした戦争から解放され、自分の道を進めるでしょう)
これだけは譲れないと、彼女は改めて決意を固めた。
「よし、後はあの扉を出れば」
多くの者達を見殺しにしてきた一行は、外へと通じる扉の前に遂に辿り着く。
後少しでこの地獄から逃げられる、誰もが助かったと確信したその時、扉が勝手に開き最悪の存在が待ち構えていたのを知る。
「オ、オーガ」
オーガ、数ある魔物の種類の中で最も対人戦闘に秀でると言われる魔物だ。
数は少なく、体格は人間よりも少し大きい程度だが、圧倒的なその膂力を生かした体技や剣技に優れ、人間側からは魔王軍側の騎士クラスと思われている危険な種。
そんな怪物が希望から絶望に叩き落とすが如く、アリシア達の前に立ち塞がる。
「ひ、逃げっ」
先頭にいた学生が引き返すように叫ぶが、最後まで言い終わる前にオーガは手にした大剣を振るう。
そのたったの一振りで、全員まとめて身体を両断される。
集団の最後尾にいたアリシアの意識もそこで途切れた。
数分後、アリシアは一人目を覚ます。
最初に視界に飛び込んで来たのは、身体が上下に分かたれた、一緒に逃げて来た学友達の亡骸だった。
死体の両断面から内臓が飛び出し、大量の血が周囲に噴き出した結果、廊下は、そこら中、真っ赤に染まっていた。
ショックで再び意識を失い掛けるが、それでも根性で、立ち上がろうとアリシアは足に力を入れるも何故か足が動く気がしない。すぐさま違和感を感じて自分の足に目を向ける。
両足とも膝から先が無くなっていた。
あのオーガは近くいないが大声を上げてまた呼び寄せてしまう訳にはいかないと唇を噛んで、反射的に出かけた絶叫を何とか堪えたアリシア。
その直後、何度も何度も悲劇を目撃して、恐怖に晒され続けたせいか、不思議と痛みは感じなかったが思考は完全に停止してしまった。
意識が遠のいていく中、何も考えず彼女は、本能から両腕を使い床を這って前に進む。
廊下を出て、扉の先の世界を目にする。
高い塀の向こう側は、官僚や商人等の金持ちの平民が住む屋敷が広がっていた筈だが、そこら中から炎が立ち昇り悲鳴が木霊していた。
学院の外も魔物の襲撃を受けていた事を知るも、伝えたかった事をアマダに伝えるために彼女は前に進む。
彼女の這った後には、二本の真っ赤な線が続く。腕に力が入らなくなってきたが、門まで残り僅か、しかし最後の最後で後ろから男性の声が聞こえてきた。
「その状態で、ここまで這って進むとは恐れ入る」
男性の声で、少しだけ希薄になっていた意識を取り戻し、アリシアは、上半身を捻り後ろを振り向くと黒いローブを着た覆面の男性と一体のオーガの姿を目にする。
アリシアはすぐに心を読み男の正体と狙いを看破した。
「この学校にいると思われる目標は貴女で最後だ」
覗きこんだ男の心の中と、その言葉でロートル貴族学校に通っていた自分を除く三人の王位継承権を持つ顔馴染みの学友達が既に死んだ事を知る。
同時に、自分もここで終わりだと悟り、身体中から力が抜けていく。
「アリシア・オルトリンデ。その生への執着を称え一瞬で終わらせてやろう」
男の命令を受けたオーガが大剣を持った手を掲げ、振り下ろした。
最後に彼女は小さな言葉を溢して謝罪した。
「ごめんないアマダ様」
「何だと!」
死んだとばかり思っていたアリシアは、驚愕する男性の声を聞きゆっくりと瞼を開けた。
まだ生きている事を感じ、一瞬、いつも自分を守ってくれた黒い騎士の背中を幻視したが、目の前に広がる光景は、空中に浮かぶ一枚の白い盾がオーガの一撃を防いでいるところだった。
それどころか、次の瞬間、黒い一陣の風と共にオーガの首が宙を舞う。
「「え?」」
突然の事態に、思わずアリシアとカリオスの構成員である男性の声が重なる。
二人ともに、何が起きたのか理解できず呆然としていると、少し呆れ果てた雰囲気を漂わせながら一人の少女が、首を失い崩れ落ちるオーガの身体のすぐ傍に舞い降りる。
「はあ~、お姉さま。アマダ様が見つからないからって苛立つのは分かりますが、目立つ事をせずに真っ直ぐ帰って来いという特別顧問の指示に背くのはどうかと思いますわよ」
一体で衛兵一個小隊にも匹敵すると言われるオーガを雲なく倒した黒髪赤目の少女は、歯ごたえがないとぼやき、自分の身の丈の倍もある漆黒の鎌を片手で振り回す。
「ロカ。特別顧問の指示も理解できますが、ここで目を背ければ、私は自分に与えられた役割を放棄する事になります。それは嫌です」
いつの間にか、アリシアの隣に立っていた銀髪の少女は、黒髪の少女に諭すように告げると、今も血を垂れ流すアリシアの膝に手を翳して、一言つぶやいた。
「ハイ・ヒール」
すると、光の粒がゆっくりとアリシアの足に纏わりつき、失われたはずの彼女の両足は綺麗に元通りに戻っていった。
「え? あ、動く」
斬られたはずの足が元に戻った。喜びも確かにあったが、アリシアはあまりにも突拍子過ぎてついていけなかった。
それは対峙していたカリオスの覆面男も同じである。
「馬鹿な!! 今行ったハイ・ヒールは、出血を塞ぎ傷を癒す中級の回復魔法! 失った足を再生する力はないはずだ!!」
ありえないものを見て、自分の目が信じられないのか、カリオス内でも魔法に詳しいこの男性は酷く動揺していた。
「確かに失った手足や臓器をゼロから再生する魔法は存在する!! だが、あの魔法の使い手は世界でも数人しかいないし、完全な再生には最低でも一日は掛かるはずだ。それなのに、それなのに……」
自分の常識を超える現象を否定する言葉をぶつぶつと呟くとやがて、ある事に思い至った。
「もはや、魔法の腕でどうこうなるレベルではない……まさか貴様、聖女か?! 何故こんな場所にいる?!」
イスラの森にいたのではないのか? そう叫ぶ男に対して、銀髪の少女、聖女エシャル・カルスタンは、挨拶くらいしておきますかと声を漏らし、スカートの裾をつまみ頭を下げて礼儀正しく挨拶をする。
「私達はカルスタン・エアライン・サービスという運送屋をしている者です」
それに続き今度は、黒髪の少女、狂戦鬼ロカ・フェンリルが、鎌を大きく振りかぶって満面の笑みを見せる。
「そういうわけで、これから特別にタダで、アンタをあの世まで送ってあげるわ」
加護の効果についてのまとめ。
●聖女
攻撃魔法以外を極限まで強化
●狂戦鬼
痛みを快楽に変え、ダメージを受ける程身体能力強化
●剣聖
任意の魔法の無効化する
●忍者
人間の心の声が聞こえて、中を覗き見る事ができる
●竜騎士
空を飛び火を吐く竜を召喚する
●賢者
攻撃魔法のみを極限まで強化
●武闘家
身体能力を常時強化
武闘家と狂戦鬼の相違点について
武闘家の加護
HPで表すと、HP量に関係なく、常時身体能力を固定十倍で高める。
ただし、痛みは感じるため、ダメージを受けると当然動きが悪くなる。
狂戦鬼の加護
HPで表すと、HP満タン時には身体能力は二倍程度しか上がらないが、HPが五割を切ると身体能力が十倍まで上昇する。更にHPが一割を切ると、身体能力が百倍近くにも到達する。




