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第四十二話 開戦前夜

 バイキング帝国帝都ノルンにて。



 皇帝の住まう皇宮のすぐ傍にそびえるピラミッド型の巨大建造物こそが、帝国が史上最大の版図を得るに至った原動力、帝国軍の頭脳が収められた帝国軍中央参謀本部の庁舎である。


 軍事大国である帝国においては、皇宮の次に重要な施設と目される中央参謀本部。


 多数の将校達が帝国軍の行く末について議論しているその建物の一室にある作戦会議室に一人の将校が慌てた様子で飛び込んできた。


「たった今入ってきた情報です。統合軍への指揮権を持つイスラ同盟国評議会は、魔王軍の襲撃を受けたユグド王国ローラン伯爵領へ救援部隊を派遣するよう統合軍に命令を発しました」


 遠く離れた異国の地から鳥を使って届けられているため、実際には数日の遅れがあるが、その一報は、普段は冷静沈着な帝国軍の将校達を激しく動揺させるものだった。


「遂に動いたか?! 統合軍も評議会も腹を括ったな」


「ああ、これで、貿易停止措置から始まった統合軍勢力と王国との間の確執は決定的なものになる」


 イスラ同盟国や共和国に送り込んだ諜報員からの情報で、事前にこうなる可能性は予期されていたが、それでも驚きは隠せない。


 現在魔王軍の攻撃を受けているのはユグド王国に属するローラン伯爵領。不況に見舞われている王国で唯一繁栄を謳歌しているという妬みから王国上層部は援軍を送らないことを決定した領地である。


 そんな地に対し、統合軍は王国に無断で救援の手を差し伸べた。


 今も被害に被っているローラン伯爵領の住人からすれば、大変有り難い話であるが、見捨てたつもりでいた王国上層部としては面白くないだろう。


 侵略行為と見做しても不思議ではないこの統合軍の暴挙に必ず何らかの報復をするはずだ。


「仕返しに、王国が取り得る報復手段は何だ!」


「既に停止している以上貿易面では打つ手がない。王国に在住している共和国人も引き上げ済み。そうなると、軍事的な手段しか残されていないが」


「やるのか? 無能な王国貴族と言えど、統合軍と自国の戦力差くらい理解できているだろう?」


 使徒三名に加え空鯨艦の導入により統合軍と王国との戦力差は絶望的なまでに開いていると帝国軍中央参謀本部は予想している。


 普通に考えれば、戦火を交えれば王国は敗北する。


 それでも王国は長い歴史と最大の人口を誇る国だ。国家の命数を縮めるほどの圧倒的な物量を投じての全面戦争を行うことを決断すれば、殲滅は無理でも撃退することは可能かもしれない。


 しかし、世間的に見れば統合軍は魔王軍の猛威からローラン伯爵領を救った英雄だ。内心不服だろうと救いの手を差し伸べた相手を打倒せなどとは流石に言えないだろう。


 ましてや魔王軍や帝国など明らかに敵対している勢力がいるにも関わらず、貿易停止措置の撤回など外交的努力で融和関係を再構築できる相手まで敵に回す勇気も力も王国にはないと帝国の将校達は予想していた。


「ふむ。これで統合軍勢力と王国との溝はより一層深まった。最終的には両方とも征服する予定の我ら帝国にしてみれば、万々歳と言ったところか」


 報告内容を総括した、この場における最上位の階級を持つ帝国軍最高司令官にして隻眼の狩人の異名を持つイェーガー元帥の片目は鋭く光り、他の将校達も同意した。


「はい、どう考えてもこの後、王国と統合軍勢力が手を結ぶなど考えられません」


「軍事的な緊張は高まるでしょうが、王国側には本格的な戦争に移行するほどの動機もありませんし、リスクも大きすぎます。このままにらみ合いが続くと思われます」


 敵同士が手を組むのは厄介だが、反目し合うならば大歓迎だと将校達は笑う。願わくば、そのまま殺し合えばいいのにと心の中で付け加えて。


 まあ、ともかく機嫌が良かった。ある可能性を排除できていれば。


 その可能性を皇帝から直接指摘されていたイェーガー元帥は、楽し気な雰囲気に水を差すかのように爆弾を投下した。


「ただし、仮に統合軍が魔王軍を追い払った後もローラン伯爵領に部隊を残した場合は、少々厄介な事になる。ローラン伯爵領は元々隣接する共和国と王国の双方から守るのに適した地形をしている。これまでは共和国との貿易を優先して防衛面には力を入れて来なかったが、王国と敵対するならば強固な防衛網を構築するだろう」


 その一言で、作戦室は一気に静まり返った。


 皇帝カリンが懸念していた事は、統合軍がローラン伯爵領を取り込み、領自体を難航不落の要塞に変えてしまうこと。


 共和国本土防衛のために、ローラン伯爵領を王国に対する盾にしてしまえば、統合軍勢力は王国軍からの侵攻から解放され、持てる全戦力を対帝国に投じられる。


 帝国としてもそれは流石にマズい。


「共和国との国境付近に展開している北部方面軍を動かして牽制させてみては?」


 中央参謀本部は、確実に統合軍勢力の経済基盤を担っている共和国の首都を陥すならば、北部方面軍に含めて最低でも三つは方面軍規模の軍が必要だという見解を示している。故に、現在の帝国には統合軍勢力と全面戦争をする準備はまだできていない。


 それでも、釘を打っておくべきだと、とある将校は提案したが、多くの将校達は否定的だった。


「確かに統合軍勢力に心理的な圧力は掛けられる。しかし」


「ああ、統合軍の連中は、こちらの北部方面軍とほぼ同数の兵力を国境付近に貼り付かせている。それに、未確認だが、先日剣聖ガルダ・ザルバトーレとロズウェル・カルスタンが現地の部隊に合流したという情報もある」


「北部方面軍単独で、下手にちょっかいを出せば、最悪大きな痛手を被るだろう」


 反対意見多数の結果、この案は没となり、当分は情勢を静観する運びとなった。


 会議終了後、しばらくは気を緩められんなと将校達が席を離れる中、ただ一人、皇帝から直接、極秘裏に進められている計画を知るイェーガー元帥は、何処か安心仕切った顔をしていた。


(まあ、陛下の計画しておられるラグナロクが発動すれば、統合軍の努力は無に帰すだろうがな)




  


 


 バイキング帝国皇帝カリン自らが王都にて企てた陰謀劇から、二か月余りの時が過ぎようとしている。


 世間では一時、あの事件を暴君にして悪逆非道な皇帝が遊び半分で王都を危機に陥れたと囁かれた。


 王国貴族の誰もが、皇帝の悪行に激怒し、帝国に対して謝罪と賠償を求めた。


 一時は全面戦争に突入しかねないほどの勢いだったが、すぐに帝国が、あれは幼き皇帝の身勝手な振舞いだったと全面的に謝罪し、王国に対して多額の賠償金を支払った事で、貴族達の怒りは収まり事件は一気に収束した。


 謝罪を受け自分達が上位者と錯覚したのか、皇帝カリンは悪辣な暴君から一転してやんちゃな幼帝だなと生暖かい目を向けている貴族すらいる。


 何故、貴族達の態度が軟化したかについては、あの時王都にいなかった貴族を含めて、かなりの数の貴族が帝国からの慰謝料を受け取って自らの懐にしまったらしい。


 だが、犠牲になって亡くなった衛兵の遺族には支払われることはなかったと聞く。


 家族は泣き寝入りしたそうだが、これが今の王国の現状だと団長は王国の未来を憂いていた。


 こうしてあの事件に関しては、一気に幕引きとなった。


 結局、あれだけの大掛かりの準備をしてまで、あの少女皇帝は何がしたかったのか?


 動機も目的も未だに判明しないため多少は気になるが、肝心の襲撃を受けた博物館の関係者達は、保管庫が荒らされた形跡はあるが、長年管理が行き届いていない場所だったため、何をされたか分からないと発表する酷い有様だった。


 当然、博物館側への管理責任を問う声も強く館長は辞任に追い込まれたが、それ以上に、貴族達が賠償金を受け取って笑顔で水に流すことを決めた今、捜査に予算が下りないため、詳しく調べることができず、俺の記憶の中からも徐々に消え失せていった。




 さてと、王国に関してはこのくらいにして、次は俺の事について語ろう。


 皇帝の企てた陰謀劇で、俺とスノーさんは一番の栄誉を賜った。


 カリオスの雇った賊を倒した事よりも、皇帝が武闘家の加護を持っていた事を暴いたのを評価されたからだ。


 俺は前回貰った王国白銀天竜勲章よりも上の王国黄金天竜勲章が授与され、更にもう一つ屋敷が建つほどの大金まで頂いた。


 スノーさんも一緒に叙勲を受けたが、オルトリンデ公爵令嬢の救出から僅か一か月で大きな功績を残した俺の方がインパクトは大きかったようで、黒騎士は王国の次世代の星と呼ばれるまでになった。


 そして、先の一件で王都内の不穏分子は賊に成り代わり倒された結果、王都はとても平和で、あの一件で痛手を受けたのか、カリオスもまるでいなくなったかのように消えてしまったので、一気に仕事量が減少した。


 今取り組んでいる仕事は、王都に持ち込まれた魔物の追跡だが、治安が安定し仕事が減った近衛騎士団が総力を挙げても、全く足取りが掴めないため、このまま未解決案件になりそうだ。


 平和なんだし、無理して難事件を追わなくてよくねえ?


 近衛騎士団を含め、王都中がそんな甘い空気に包まれる。


 このような状況下だった事もあり、黒騎士の活躍ぶりを一度この耳で聞きたいとオルトリンデ公爵から申し出を受けた俺は、休日に彼の屋敷に足を運んだ。





「ハハハ!! 黒騎士殿は実に謙虚だな」


 オルトリンデ公爵直々に屋敷に招待された俺は、アリシアの父親にして、王国の大貴族でもあるアルバート・オルトリンデ公爵と和やかに昼食をとっていた。


 初対面時の頃は、娘にまとわりつく虫のように俺の事を見ていた公爵様も、近衛騎士団に入団してからの俺の活躍ぶりを知って考えを改めたのか、今は心良く歓迎してくれていた。


 本当はアリシアからジオ・エクセ二ウム鉱石の調査経過を聞きたかったが、彼女は今、全寮制の学校に通っているため残念ながら不在なので、またの機会にしよう。



 アルバート公爵との会話は、最初はごく普通に進んだ。


 しかし、この男がアリシアを溺愛する親バカだと知っていた俺は敢えてアリシアについての話題を避けて、近衛騎士団に入ってからの自分の仕事内容のみに絞ったおかげで、この騎士は娘を狙う男ではないと印象を付けることに成功し会話は大いに弾んだ。


 この人は、アリシアの事を外せば普通にいい人だ。


 そんな思いを抱いた頃、大層慌てた様子で屋敷の使用人がやってきた。


「こ、公爵様! たった今王宮より、全貴族に向けて緊急招集命令が発令されました」


「な、何だと!!」


 王宮が全貴族を呼びつけるということは国家を揺るがすような一大事があったことを示す。


 公爵様は和やかな雰囲気を一転させて、真剣な顔付きへと変わる。この辺りは流石大貴族だなと評価していると屋敷の者は俺の方にも告げた。


「それと、近衛騎士団にも王宮への招集命令が出ております」


 え? 俺も一体何だろう?


「黒騎士殿。ちょうどいい、一緒に登城しようではないか?」




 こうして俺と公爵は共に王宮へと馳せ参じ、ローラン伯爵領に魔王軍が現れ、貴族達がローラン伯爵領を見捨てる決定をした事を知り。


 何日か経った後には、ローラン伯爵領の独立宣言とユグド王国が愚かにも、ローラン伯爵領を保護下に置いた統合軍勢力に宣戦布告をする様を目撃することになった。


 二か月あまりの儚い平和な時は終わりを告げた。


 歴史が次の段階に突入したことを悟った俺は気持ちを切り替えた。





 近衛騎士団本部にて。

 

 宣戦布告をした日、本部内にある会議室に俺を含めた十一人全ての近衛騎士がテーブルを囲っていた。


 普段は、貴族達の無茶な要求も顔色を変えずに応える近衛騎士団員達だったが、この時ばかりはほとんどのメンバーが激怒していた。


「貴族の馬鹿共は何を考えているつもりだ!!」


「帝国から賠償金を踏んだくれたから、調子に乗って共和国からも貰えないか考えているのでは?」


「それにしたって馬鹿過ぎるぞ!! 今がどういう状況か理解しているのか?」

 

 向こうからの使者を斬り捨ててしまったこと。


 ろくに議論もせずに統合軍勢力に宣戦布告をしてしまったこと。


 そもそも、貴族側は今の王国の実情をきちんと把握できているかなど批難轟々だ。



 恐らくは、極力、安全な王都の貴族街から出ようともしなかった貴族達は知る由もないだろう。

 

 工業製品の多く共和国に頼っておきながら、一方的に共和国との貿易を停止した結果、武具はおろか農具ですらまともな製品が買えなくなってしまったことを。


 武具に関しては蓄えがあるため戦争が長期化しなければしばらくは大丈夫らしいが、農具については王都から離れた農村ほど供給不足に陥っているようだ。


 貴族達は王国の職人ならば、共和国に代わる品を自国で生産できると夢想していたようだが、長らく共和国に頼りきっていたせいで、王国内の工業基盤は既に崩壊し、貴族の空想と現実は大きく剥離していた。


 まあ、俺も王国の経済や技術力がここまで低下しているとは知らなかったが、それでもまさか統合軍に戦争を吹っ掛けると思っていなかった。


 愚かな選択をしてしまった貴族に対して不満を募らせる近衛騎士団員達は、今の統合軍と直接戦闘をした経験はないが、その前身である共和国防衛軍の力量は正しく理解しているため、この戦争は無謀だと叫ぶ。


 しかし、王国内で数少ない共和国の力量を把握しているであろう彼らですらその認識が間違っているのを俺だけは知っていた。


 王国と共和国が最後に戦ったのは、些細な事故から始まった二年前の国境で起きた小さな小競り合いらしい。あの時は近衛騎士団を投入して、辛くも退けたらしいが、統合軍に吸収された今の共和国軍の力はその時の比ではない。


 ドリュアス要塞の戦いで、統合軍の上層部は知ってしまった。


 これからは空を制するものが戦争を支配すると。 


 その教訓を忘れずに、何十隻もの空鯨艦を保有し、それどころか王国にはいない十数万人を超える職業軍人に、更にどれも見知った顔だが三名の使徒までいる。


 俺からすれば、勝ち目などゼロに等しい。絶望しかない。


 ただ、空鯨船の脅威は実際に目にした者でなければ分からないし、余計な事をいうと、何でお前は統合軍の内情に詳しいんだ? さてはスパイだなという展開になる恐れがあるので今回も黙っていることにした。

 

 それに、今のイスラ同盟国や、統合軍側の情報は全く知らないため、最新の情報を教えることもできないしな。


 そんな事を一人考えていると、副団長であるフェルナンドさんが大声を上げて一喝する。


「その辺にしろ、貴様ら。使者を斬った時点で、どう転んでも戦争は回避できない。ならば、勝つための方策を考えるまでだ」


 既に賽は投げられた。ここで不満を述べても何も変わらないことを悟ったのか、騎士達は口を塞ぎ、一斉に団長の方を見る。


「気が晴れたか、ではこれより作戦会議を行う」


 報告しても貴族達は誰も信じてくれなかった帝国の超弩級空鯨艦を目に焼き付けていた団長は、かつてない厳しい戦いになると前置きをしつつ。戦争に向けての話し合いを始めた。


 俺も戦争に参加するかは別にして近衛騎士団に所属する黒騎士として耳を傾ける。




 三週間後、王都周辺から根こそぎ掻き集めた農兵主体の王国軍五十万は、王都アルンを発ちローラン伯爵領への侵攻を開始した。







 全ては、魔王ユーリ・メルクリアの思惑通りに事は運んだ。




 同盟首都を襲撃した賢者の行動から見ても分かるように、帝国は魔王軍よりも先にイスラ同盟国及び共和国を片づけようと画策している。


 その恐怖は、統合軍に参加する全ての国を奮い立たせるに十分だった。


 多くの若者が志願兵に手を挙げ、共和国の生産体制は軍事関係が優先され、次々に新型空鯨艦ヴァルキュリア級は就航する。


 そんな中、メルクリアの企みにより統合参謀本部内では、対帝国戦に集中するために王国からの侵攻を防ぐ事を目的にローラン伯爵領を味方に引き込み盾にする計画が持ち上がった。


 流石にこの案は潰えるかに思われたが、突如魔王軍がローラン伯爵領を襲撃して、しかも王国側が見捨てたと判明した時に、共和国の世論はひっくり返る。


 共和国との貿易の玄関口だったローラン伯爵領を救おうという声は、統合軍勢力の中心国家であるイスラ同盟国の評議会までも動かし、かの地に派兵することが決まった。


 だが派兵するに辺り、二つの問題があった。


 一つ目は、これは実質的には侵略行為以外の何者でもない。ローラン伯爵領を取り込めば、王国と全面戦争に突入してしまう。


 もう一つは、王国に兵を割いている隙を突いて帝国が侵攻してくる恐れがあった事だ。


 帝国に関しては、向こうはまだ戦争準備が整っていないため、攻めてくる可能性は低かったが、王国とは戦争状態に突入する可能性は非常に高かった。


 この難題にどう挑むべきか、統合参謀本部では幾度も議論が進められたが、最終的には評議会副議長であるメルクリアが提出した対王国戦計画を採用する運びとなった。


 

 メルクリアの出した計画実行のために、統合軍は大きく分けて三つに再編成された。




 一つ目は共和国本土防衛軍。


 共和国と陸続きに対峙する帝国軍北部方面軍に対する牽制と、万が一の侵攻の際に統合軍勢力の経済基盤である共和国本土を守るための部隊だ。


 統合軍陸軍の部隊編成は、一個軍団約一万の兵で構成されるが、この共和国本土防衛軍には陸軍戦力の半分近くにあたる十個軍団が配備された。


 更に、一個艦隊七隻のヴァルキュリア級空鯨艦からなる統合軍空軍が保有する六つの艦隊の内、二個艦隊まで配備した。


 統合軍全戦力の半数近くにも迫るこの大軍を指揮するのは、参謀総長にして剣聖ガルダ・ザルバトーレ元帥と陸軍大将のロズウェル・カルスタン大将である。


 またロズウェル・カルスタンが指揮していた、かつて共和国最精鋭と謡われた旧共和国防衛軍第一軍団までもが、ここに置かれていることからも分かるように、質の面ではここが一番であり、共和国の国土を守り切るという統合軍の強い意思が伺えた。



 二つ目は、イスラ同盟国首都防衛軍。


 政治中枢と空鯨船の建造拠点である同盟国首都セントラル・イスラの防衛部隊だ。ただし、イスラの森という天然の要害に囲まれているため、配備している兵力は少なめで陸軍は一個軍団、空軍も一個艦隊しかない。


 しかしながら、この部隊を指揮するのはドリュアス要塞の戦いを勝利に導いた英雄、現評議会議長ゴードン・フェンリルであるため兵の士気は一番高い。



 最後の三つ目が、王国方面派遣軍。


 統合軍への参加を決定した北方三か国の軍を含めた残りの全兵力が投じられ、ローラン公国の統合軍参加に伴い陸軍の総数は、最大規模の十三個軍団。


 空軍は残りの三個艦隊に加え、初の民間空中輸送専門の商会であるカルスタン・エアライン・サービスに所属する空鯨船十隻が空から補給線の一部を支える。


 そして何より、最大の陣容を誇るこの軍を率いる総司令官は、次期評議長との声も大きい共和国の生んだ若さ英雄ユーリ・メルクリア副議長兼、外務委員長。


 彼はこの戦いに限り、既存の役職に追加して、王国方面派遣軍の総司令官及び統合軍参謀次長と上級大将の位が付与された。


 他にも評議員と統合軍空軍大将を兼務していたロイド・メイビスが精鋭と目される第一艦隊を率い、王国方面派遣軍の副司令に就任してメルクリアを補佐し、陸軍の方も各軍団を率いる将校達は過去の戦争で名を馳せた歴戦の将校達が就任した。




 全ては、魔王の脅威に晒されたローラン伯爵領を救うため。


 ローラン伯爵に乗り込んだ統合軍は、圧倒的な強さで魔王軍を広大なイスラ森に追いやり、王国から見捨てられたローラン伯爵領を救い出し独立までさせた。


 そうなると当然、王国は怒り狂り軍を差し向けてくるだろうが、今の体勢ならば楽に撃退してローラン公国の独立を確固たるものにできると上から下まで誰もが信じ切っていた。


 だがしかし、ローラン公国独立後に、王国が取った最初の一手に誰もが驚愕することになる。





 ローラン公国城。王国方面派遣軍司令部にて。


「おい、今なんと言った?!」


 王国方面派遣軍総司令官メルクリア、公王ローラン、空軍大将ロイド、第六艦隊提督リチャード、その他北方三か国の名将など錚々たるメンバーが集った一室に、間の抜けたようなロイドの声が響く。


 ロイドだけではない。他の者達も口をポカンとしていたが、伝令役の兵士はもう一度聞こえるように、はっきり告げた。


「王国軍が王都を発ちました。その兵力は約五十万です。また総大将は第二王子のガリウスで、近衛騎士団も全員参戦しているとの事です」


 予想外の報告に、誰も彼も現実逃避しかけていたが、統合軍の俊英である彼らはすぐに我に返るも、それでも信じられない気持ちで一杯だった。


「五、五十万だと?!!」


「いきなりそんな大軍を繰り出してきたのか?」


「質はともかく、数では我が方の五倍近くものあるではないか」


「しかも、近衛騎士団全員だと?!」


「おい、どうだ。空鯨艦からの空爆で潰しきれると思うか?」


「ん~。どうだろうか? 五十万もの大軍を瓦解できるほどの爆弾はないし、それに動かない建造物ならば、まだしも、空爆が来ると分かれば兵は逃げるから効果は期待できんぞ」


 老人の国と揶揄され、近年、他国はすっかり舐めていたが、やはり千年王国は侮り難し。本当に危機に直面すれば、底力を発揮することがよく分かった。


「それにしても、五十万もの大軍の兵站を王国の連中は維持できるのかね?」


「全くだ。案外、ここまで辿り着く前に自滅するやもしれん」


 軍勢の数が増えれば、当然兵站への負荷が大きくなる。これほどまでの大軍を興すとは予想だにしていなかったが、冷静に考えれば、戦地に辿り着く前に自滅する可能性の方が高い。しかしながら、総司令官メルクリアは首を横に振った。


「今の王国に兵站管理に優れた人材は皆無。対外遠征ならば、諸君らの予想通りに自滅するだろう。しかし、今回は連中にとってはホームで、おまけに敵軍はレギア街道を使って侵攻中だ。自滅は期待しない方がいい」


 レギア街道。


 先代の国王レギアの治世に王国が巨額の予算を投じて建設した街道だ。


 共和国との貿易の玄関口であるローラン伯爵領から、王都を経て、帝国との国境付近にある都市まで伸びるこの長い長い街道は、王都とローラン伯爵領の間の道を整備することで、共和国との貿易をスムーズに行い、また帝国との貿易を拡大する目的で建設された。


 綺麗に舗装された道幅は広く、街道の周辺には一定の間隔で、宿場町や倉庫などが立ち並ぶため、短期間で大量の物資の輸送を可能にしている。


 平時においても、専属の衛兵団が護衛しているため、盗賊に襲われることも滅多にない。


 故に、五十万の大軍といえど、このレギア街道上を行軍するのであれば、兵站線が崩壊する可能性は極めて低いとメルクリアは考えていた。


「ならば、事前に空鯨艦で街道の周囲にある宿場町やら倉庫街を消し飛ばしてしまってはどうだろうか? 流石に引き返すなんてことは期待できないが、多少は敵軍の混乱も狙えるし上手くいけば、敵軍の一部を離脱させることもできるかもしれん」


 一番効果的に思えるのが、敵軍が兵站を維持できないレギア街道から外れた場所で戦う事だが、それをしたらレギア街道の終着点であるこの都市、即ちローラン公国を見捨てることになる。


 そのため、とある将校の提案したこの現実的な案に肯定的な将校は多かったが、意外な事に、メルクリアとこの場にいる人間の中で唯一魔王に忠誠を誓ったロイドの二名は、その案に反対した。


 他の者達はまだ知る由もないが、二人の頭の中には、そのレギア街道を使用して王都どころか、帝国領にまで、このまま侵攻する計画があったからだ。


 故にレギア街道は、万全な状態で確保しておきたいので、余計な傷は付けたくない。


 その後も議論は白熱したが、最終的にはこの中で一番の実力者であるメルクリアの立てた案が採用させる運びとなった。





 会議終了後、多くの将校が迫りつつある大軍を前に、それでも不安を抱える中で、メルクリアは顔には出さずに、夢に手に届くとこまで来たと彼にしては珍しく胸を高鳴らせていた。


(余を倒せる力を持つ勇者は既に始末し、表裏で使える有能な人材をゼラシード商会時代に確保できた。共和国とイスラ同盟国も余の手中にある)


 王国が、予想以上の大軍を差し向けてきた事には驚いたが、それはそれで好都合。こちらは辛くなるが、王都の仕掛けが上手くいく確率が上がる。


 どう足掻こうとメルクリアにとってユグド王国など前座に過ぎない。


 イスラ同盟国の評議会に名を連ねた時から、メルクリアの意識は、最後にして最大の敵である帝国にのみ向けられていた。


 あのカルスタン家を追放した賢者の加護を持つ主席魔法官であるネオ。それから先の王都襲撃事件で遂に姿を現した武闘家の加護を持つ皇帝カリン。


 帝国の空鯨船関連の情報は未だに入ってこないが、それを抜いても統合軍勢力上回る戦力を超える戦力を持つ帝国こそが、自身の世界征服の野望を阻む最後の障壁だと改めて確信すると同時に、その帝国に挑む時が遂に来たとメルクリアは心を震わせていた。








 千年王国たるユグド王国の王都アルンもまた五百年を超える長い歴史を誇っていた。


 そのため、都市の地下を流れる地下水路は広大かつ複雑な迷路になっており、もはや、近衛騎士団を始めとする王国の人間ですら、全容を把握しきれていない。


 そんな地図にすら残っていない地下水路の一角に、無数の檻が積み重ねられた場所があった。


 檻の中には、物好きな貴族のために王都に運び込んだゴブリンやコボルトのような低級の魔物だけでなくオーガやオークのような危険な魔物達が大量に囚われていたが、支配者の命令を受けている彼らは今はとてもおとなしい。


 おかげで随分と前からこの場所を拠点にしているが、今日まで騒ぎになり露見する事なく魔物を運び込むことができた。



 ここは王都で暗躍していた闇組織カリオスの本拠地。


 全員が元ゼラシード商会秘密工作員で構成され、方針転換して正体を明かした魔王に忠誠を誓い、配下である魔物の支配権を一部移譲されている。


 この中でリーダー格の男が部下達に、今後の指示を伝える。


「魔王様からの新たな任務の指示が来た。厄介な近衛騎士共が指揮する王国軍が王都を離れた後に作戦開始だ。ここにいる魔物達を使役し王都を蹂躙し、国王と王位継承権を持つ全ての人間を始末せよ」





統合軍人事


最高指揮官 ゴードン・フェンリル 評議会議長


統合参謀本部

参謀総長・元帥 ガルダ・ザルバトーレ (剣聖)

兵站参謀・准将 エミール・ロッジ


統合軍陸軍

陸軍大将 ロズウェル・カルスタン 


統合軍空軍

空軍大将 ロイド・メイビス 第一艦隊提督

空軍少将 リチャード    第六艦隊提督


特任将校

上級大将 ユーリ・メルクリア 王国方面派遣軍総司令



民間協力商会 カルスタン・エアライン・サービス

会長 シギン・カルスタン 





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