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第四十一話 最後の使徒

誤字脱字報告ありがとうございます。

 俺とスノーさんが、意識を取り戻したのはあれから数時間後のことであった。


 その後、二人で店の奥を探索するも、既に空っぽで手掛かりになりそうな物は何一つ残されていなかった。


 これ以上留まっても得るものがないと判断した俺達は、武闘家の加護を持つ少女が告げた襲撃予告に対応するために、急いで近衛騎士団の本部に帰還し、幸か不幸か、予定よりも一日早く出張から戻ってきた団長に事の顛末を報告した。




「……武闘家の加護を持つ少女。そして、その少女からの依頼を受けたカリオスに組する賊による王宮襲撃予告か」


 情けなくも武闘家の加護を加護を持つその少女に敗れ、物的証拠は逃してしまったが、相手が悪かった事と、戦闘面では元々期待されてなかったため、特にお咎めはなし。


 それどころか、俺達の持ち帰った情報は団長と副団長を満足させた。


「できれば、カリオスが捕らえていたというその魔物が欲しかったが、まあ、十分な成果だ」


「最近報告があった、王都近郊にて商隊の荷の中に紛れていた魔物の目撃情報の続報は喉から手が出るほど欲しかった。やはり王都内に運び込まれていたようですな」


 実際にこの眼で見たわけではないので、信じてくれるか心配だったが、元からそういう情報があった事と、意識が薄れていた中でスノーさんが、俺と彼らの会話を断片的に聞いてくれていたおかげで団長達が疑ってくることはなかった。


「黒騎士が聞いた話では、貴族共の見世物のためにカリオスが用意したらしいが、実際はどうだろうな?」


 団長の予想は多分正しいと思う。


 俺も、貴族のためにというのは建前で、本当の目的は王都内に魔物を忍ばせることのような気がする。


 ただし、これを今教えるのは、俺としてもかなりのリスクがあるので黙っていることにした。


 カリオスに関しては追加で調査しておくことが決まり、話は差し迫った要件の方に切り替わった。


「王宮襲撃。それも依頼主は使徒。カリオスとその使徒はグルと考えるべきでしょうか?」


「いや、報告を聞く限り、使徒の方はただの依頼人と見るべきだ。目的は不明であるが、武闘家の加護を持つ使徒でも、一人で王宮を陥すのは難しいのだろう。それでカリオスに助っ人を頼んだのだろう。まあ、どちらにしても王国に敵意を持っているのは間違いなさそうだがな」


 王国転覆でも企んでいるのか? あの少女は明日の夜に王宮へ攻撃すると予告していた。


 俺とスノーさんをあっさりと破った実力を持つ謎の少女の言葉は、決して無視できる物ではない。


 早急に防衛態勢を整えるべきである。にも関わらず、同席していた団長と副団長とスノーさんは苦虫を潰したような顔をしていた。


「明日は第二王妃主催の晩さん会でしたね」


「ああ、元から王宮周辺の警備は普段よりは厳重だが、暗殺を恐れる貴族共はこれ以上の警備役の増員を望んでいない。警備役の追加は不可能だな」


「それに連中にとっては一大行事だ。中止もありえんな」


 狙われているならばさっさと中止にすればいいのに野蛮な犯罪者如きに行動を制限される事を良しとしないプライドの高い貴族が素直に頷くはずがないと、三人とも大きなため息を溢す。


「当日の警備に、近衛騎士団からは団長と副団長が参加する予定でしたよね?」


「それと第一衛兵団が王宮警備の任につく。増員が望めない以上、警備関係者に事前に注意を促すことしかできそうにありませんな」


「ああ、こうなっては仕方ない。我々二人で、件の武闘家の身柄を抑えるとしよう」


 こうして、貴族に配慮しなければならなかったせいで、碌に対策も取れないまま、襲撃予告の日を迎えた。





 そして、当日の夕方、事態は急変した。


 万が一に備えて、近衛騎士団本部に残っていた俺とスノーさんとバスカビルさんが待つ待機室に慌てた様子で伝令役の衛兵が飛び込んできた。


 ちなみに残りの近衛騎士団のメンバーは王都外での任務中につき不在なため、手が空いている近衛騎士団員はここにいる三人しかいない。


「ほ、報告します! 数は不明なれど、武装した集団に現在王宮が襲撃を受けているとの事です! そ、それと」


 平和な王都で、しかも中枢である王宮が組織的な襲撃を受けた。衛兵は完全に我を失っていたが、最年長であるバスカビルさんは落ち着けと衛兵を諭した。


「落ち着け。王宮への襲撃は事前に分かっていたことだろう。それよりも、まだ他に何かあるのか?」


「は、はい。それと同時に王立博物館の方も、何者かの襲撃を受けている模様で、救援要請が出ております」


「王立博物館だと?」


 王立博物館とは、官庁街にある王国の歴史的文化物が収蔵され一部は展示している博物館だ。


 ただし、金銭的に価値の高い物は王宮内の地下にある宝物庫に最大級の警備の下に保管されているため、博物館にあるものは最悪盗まれても金銭的な損失は少ないと聞いている。


 バスカビルさんもスノーさんも、標的は分からないがあの少女が王国の心臓部である王宮を襲撃したことには納得するも、博物館を狙う理由には全く心当たりがなく判断に困っていた。


「おいエミリー。博物館が狙われている理由が何か分かるか?」


「いえ、これだけ大掛かりの襲撃計画を立てたにして、それに見合う価値の高い貴重な物品も要人もいない博物館を狙う理由が私には分かりません。黒騎士殿はどう思いますか?」


「俺は王都に来て日が浅いので何とも言えません」


 博物館には特に面白い物はないと聞かされていたので、これぽっちも行く予定がなかったため、完全にノーマークだった。


 しかしながら、襲撃を受けたと聞いて、何か怪しさを感じていた。


「ふ~む。団長からは、待機組の行動は俺の判断に任せると事前に命令を受けている。よって、エミリーと黒騎士の両名は、直ちに王立博物館の救援に向かえ。俺は更なる有事に備えて本部で待機する」


「「了解」」


 




 王立博物館は近衛騎士団本部と同じく、官庁街の一角にあるため、馬に乗って十分ほどで到着することができた。


 現場に急行した俺達の目に飛び込んできた光景は、博物館正面の大扉の前で即席のバリケードを組み立てて、武装したならず者達に抵抗していた衛兵達の姿であった。


「良かった。官庁街には比較的練度の高い第三衛兵団が普段から配置されています。博物館内部への賊の侵入を防げたのは彼らの功績ですね」


 スノーさんはほっと一安心した様子だが、衛兵よりも賊の方が遥かに数は多い。引き換えに衛兵団の残りは僅かで、あちこちに屍が転がっていた。


 まだ陥落していないが、俺達二人でここから巻き返すのは至難の業だなと思案していると、スノーさんは鞘から剣を抜く。


「では、一気に蹴散らしましょう!」


 そう言い残すと、数十人はいるであろう賊に向かって一人で突撃してしまった。


「え?! ちょっと待って!」


 増援が来るまで物陰に隠れましょうと言おうとしたが、それを言う前に彼女は飛び出してしまい、俺はどうしたものかとやや呆れていると信じ難い光景を目の当たりにしてしまう。


「凍てつけ! 魔剣アンフィスバエナ!!」


 スノーさんが叫ぶと彼女の手に持っていた長剣が青白く光り、そこから激しい吹雪が舞い上がる。


 話には聞いていたが、これが彼女が近衛騎士団に入団した時に下賜された魔剣の力だ。


 俺のダインスレイブと同様に、魔力を込めると烈風と吹雪が吹き荒れ、凍えさせて相手の動きを奪ったり、雪で防壁を築くことができる。


 大昔に女神が人間に与えたとされる伝説の魔剣の一振りだ。


 ちなみに、俺のアイテムボックスのレシピに彼女の剣と全く同じ奴があるが、それについては黙っておこう。


 理由は、入手難易度は高いが材料さえあれば、神にしか作れないはずの武具を一人でバンバン作れるからだ。バレたらマズイだろう。


「な、何だ!!」


「急に吹雪が!!」


「あ、足が凍って動けねえ!」


 どうやら、あの魔剣が放つ吹雪を一定時間浴びるとその部位が凍る効果があるようだ。スノーさんの突然の乱入によって全く対応できないまま、一方的に賊達がの身体は氷付けにされていく。


「ちくしょう!! 何だこれは?!」


「あ、あいつだ!!」


「糞、みんなやるぞ!!」


 あっという間に半数近くの賊が氷に閉ざされるが、猛吹雪の第一波を辛くも逃れることできた賊は、逃げる事を選択せずにスノーさんに襲い掛かる。


「ふん、来なさい。目に物見せてあげるわ」


 数では賊の方が多いが、昨日、武闘家の加護に瞬殺されたのを根に持っていたのか、スノーさんは、俺に手出し無用と告げると鬱憤晴らしをするかの如く、剣を振りまわして暴れまわった。


「あなた方程度をいくら倒しても、昨日受けた屈辱は消えませんが、それでも私のやつ当たりに付き合ってもらいますよ」


 魔剣に関係なく近衛騎士団の強さは本物。その評判通りの活躍ぶりだった。スノーさんは魔剣の能力を使わずに、傷一つ負う事なく残りの賊を切り捨てていく。


 そして、気が付いた時には、極僅かに残った賊が泣き喚きながら、この場から逃げ出していた。


「ええと、追いますか?」


「他の衛兵が何とかするでしょう。放っておきましょう。それよりも、この場で倒れた衛兵の手当を」


 粗方倒したと判断したスノーさんは、さきほどからポカンとした顔で観戦状態になっていた大扉の前のバリケードに立て籠もる衛兵の所に行くことを提案する。


 その時だった。


 爆発音のような騒音が響いて、大扉はバリケードごと吹き飛んだ。


「「一体何が?!」」


 大理石のようなもので作られた巨大な石の扉が空を舞う。そして粉塵の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「おや? なんじゃ。囮として正面から襲わせた連中は、もう制圧されてしまったのか?」


大扉を破り、博物館の中から姿を現したのは、何と昨日俺達を痛めつけた武闘家の加護を持つ少女だった。


 特徴的な喋り方に、吹けば飛ぶような華奢な身体、赤と青の左右で色が違う特徴的な瞳をしているので間違いない。


 ただし、昨日はフードつきにマントを羽織っていてよく分からなかったが、今日はマントを身に着けずに、黒いゴスロリ服のような衣装を着ていた。


 このまま舞踏会に参加しに行ってもおかしくないような恰好だ。


 とても潜入や戦闘向きには見えないが、その風貌から他の人間とは明らかに異なるオーラのようなものを感じ、実は彼女こそが魔王なのでは?と思わず考えてしまうほど様になっていた。


 スノーさんの方は、彼女の服装を観察して、こちらの事を舐めていると感じているようで、ややお怒りの御様子。しかし、はっきりと素顔を拝んだ俺の頭の中にはある疑問が生まれていた。


 日本人?


 どちらかというとハーフという感じだが、彼女の顔の面影に日本人らしさが見て取れる。


 艶やかな長い黒髪を靡かせながら、少し年上のエシャルと良い勝負の歳相応の慎ましい胸を張り上げて黒の少女は妖艶な笑みを浮かべる。


「ふむ。まあ、用事は済んだし、これで帰るとするかのお」


 ぶっちゃけ戦闘になったら負けるのは確実なので、少女が自分から退くと宣言してくれて俺はほっと一安心した。


 それを許さない人が目の前にいたけど。


「目的は分かりませんが、このまま貴方を逃がすと思いますか?」


 社会人くらいの年齢の女性が、十代前半頃の少女に敵意剥き出し。傍から見ているとかなり大人げない光景だ。


 それでも、スノーさんにとってこの少女は、黙って見逃すことができる相手ではないのだろう。


 汚名返上とばかりに剣を振りかぶって叫ぶ。


「凍えろ!!」


 彼女は迷うことなく魔剣の力を解放した。


 一撃で凍結させるつもりなのか、先程までの吹雪を超える雪崩のような白い煙が地を走る。


 あんなものを正面から浴びれば、普通はもうお終いだ。


 もしや、やったかと盛大なフラグを建ててしまうほど、凄まじい攻撃だったが、黒の少女は雪崩の上まで跳躍することで華麗に回避し、そのまま頭上から騎士に向かって強襲を掛ける。


 慌てた様子で吹雪を放つのを停止すると、スノーさんは剣で黒の少女の蹴りを防ぎ、そのまま両者は激しい乱打戦に突入した。


 黒の少女が両手を使って高速連打。それをスノーさんが剣を振って防ぐ。


 その戦闘を眺めて俺は、黒の少女はよく素手で剣に向かって殴れるね。スノーさんもよく機関銃のような黒の少女の連続打撃を剣で器用に当てて防げるねと思わず感心してしまった。


 五分ほど、両者は拮抗した戦いぶりを魅せた。


 基本的に防戦ぎみだったが、偶にあっさり躱されるも反撃できていたので、スノーさんは近衛騎士団員としての意地を示せたと思う。だけども、終わりの時がやってきた。


 急に一方の動きが悪くなったからだ。


 そしてとうとう、黒の少女の一撃がスノーさんに届く。


「くっ!!」


 勝負ありと判断したのか。黒の少女は満足そうな顔をしてみせた。


「妾の攻撃に対応できたのは見事じゃ。褒めて遣わす。しかし妾の動きについていくために肉体強化付与が施されているであろうその鎧に必要以上に魔力を注ぎ込んだのは失敗じゃったな。魔力切れじゃ」


 団長から聞いた、武闘家の加護が与える力は身体能力を極限まで強化する事。


 とてもシンプルであるが、それだけに強力。何せ、剣聖や忍者のように加護を与えられた本人のスペックに関係なく強くなれる。


 与えられた人間の力量を考慮せず、加護の能力だけで競うならば、七つの加護の中で最強という呼び声も強い力だ。


 それほどまでに強力な加護の力に対抗するために、スノーさんは必要以上に魔法武具に魔力を送り込み、普段よりも身体能力を高める道を選んだ。


 前半はそれが功を奏して善戦できたが、後半になって魔力が枯渇してくると一気にガス欠。


 対する黒の少女は、元々体術に優れていたようだが、魔力の類は一切使用していないので、制限時間のようなものは存在しない。


 スノーさんは短期決戦のつもりで捨て身の覚悟で挑んだが、そこまでしてやっと互角。女神に選ばれた使徒とそうでない者の差がはっきりと示された結果に終わった。


「まあ、お主はよくやった方じゃ。そう悔しがることもなかろう」


 勝者の余裕なのか、己の敗北を悟ったスノーさんに対して歳相応の幼さを醸し出しながらドヤ顔で、健闘を称えた黒の少女は、そのまま俺の方をちらりと向く。


 次の相手は俺か。


 スノーさんが全力を出した手前、同じ近衛騎士団員として、このまま見過ごすのはマズい気がするが、築城の加護も使わないとまともに戦える気がしない。


 どうしたものかと手をこまねいていると、突然、何かを察したのか、終始余裕の笑みを崩さなかった黒の少女の顔に焦りの色が見せた。


「ちっ、少し遊んでおったつもりじゃったが、もうこちらに来たか」


 黒ゴス少女は何やら独り言を呟くと、地面を蹴って建物の上に大ジャンプして姿をくらませた。


「一体何が」


 圧倒的優位に立っていたはずの彼女が何故一目散に逃亡したのか。その答えは頭上から聞こえてきた男の声ですぐに分かった。


「賊はどうした?」


 声のする方、即ち頭上に目をやると一匹の赤い竜が空中におり、その背には黄金の鎧を纏う一人の騎士がいる。


「……これが竜騎士が召喚できるという竜か」


 使徒の一人にして、近衛騎士団団長レヴァン・ゼーレス。


 王宮の警備担当をしていたはずの男が、己の持つ竜騎士の加護の力により召喚した竜の背に乗ってそこにいた。


「王宮の方は囮だった。軽く攻撃したらすぐに瓦解した。それで同時に攻撃を受けた博物館の方が本命だと判断しフェルナンドにあの場は任せて急いで飛んできたが、ここで何があった?」


 魔力切れ寸前のスノーさんは大きな声を出すのも難しそうだったので、代わりに俺が目に焼き付けた出来事をありのままに話した。


「なるほど分かった。では黒騎士。こいつの背中に乗れ、その少女を追跡するので空から観察して教えろ」


 本当はスノーさんを連れていきたかったに違いないが、彼女を連れていくのは難しいと考えたのか、団長は俺に竜の背に乗るように命じた。


 俺はというと空鯨船とはまた違った体験ができると目を輝かせて竜の背中に乗った。


「行くぞ。振り落とされるなよ」


 猛加速で地上から空へと上昇する赤き竜。


 空鯨船に乗っていては味わえない体験に俺の胸の鼓動は高鳴る。


 やがて竜は王都の全体を把握できる高さに達すると、翼を羽ばたかせて空の上で静止した。







 夕日に照らされる王都の姿に神秘的な何かを感じる。本音を言えば、このまま遊覧飛行をしたい気分だが、残念ながら今は任務中だ。


「それらしき人物はいたか?」


 いや、団長さん。それは無茶ぶりだよ。


 あの黒の少女を探せっていってもこの高さからでは地上の人間は米粒ほどの大きさしかない。おまけに夕日の光が届かない部分真っ暗で何も見えない。


 折角、空に上がったが、空振りに終わるだろう。


 諦めながら、そんな事を考えていたらあるものを発見してしまった。


「あ、アレは?」


 それは王都を囲む城壁の外。無人の草原を王都から逃げるかのように、何かが爆走していた。


「馬?」


「いや、あの方角は夜になると低級の魔物が出没する森だ。こんな時間にわざわざそんな場所に行く馬鹿はいない」


 他に目ぼしい奴も見えないため、団長の命令を受けた竜は、森に逃げ込もうと走る何かに向かって飛翔した。


 地を走る正体不明の移動体もかなりのスピードではあるが、空を飛ぶ竜の方が遥かに早い。


 あっと言う間に追いついた。


 追いかけていた方もこちらの速度には敵わぬと判断したのか森に入る手前で足を止め、団長は追いかけていた対象のすぐ後ろに竜を着地させると、俺と一緒に竜から飛び降りた。


「ククク、加護に加えて、魔法武具に薬まで使って身体能力を強化したが追いつかれてしまったか」


 そこにいたのは先程の武闘家の加護を授かった黒ゴスの少女だった。


 余裕の表情はまだ残っているが、あの後、全速力で王都からの逃亡を図ったのか、苦しそうに息を切らせていた。


 そんな少女に向かってスノーさんと同じく、団長もまた迷いなく剣を向ける。


「おとなしく投降しろ。貴様の犯した罪は極刑ものだが、幸いにも貴様は使徒だ。私の権限で命だけは助けてやろう」


 黒の少女は、スノーさんには余裕で勝ったが、流石に今の追い詰められた状況で俺達二人を相手に勝利するのことは難しいだろう。


 勝ったな。


 なので、俺も言いたいことを言ってやった。


 一度、ボロカスに負けているからね。


「こんな場所まで逃げずに、おとなしく王都に隠れていればよかったのに。さあ、君の抱えている秘密を吐いてもらうぞ」


 まさかメルクリアの手先ではないと思うが、この少女はやけにカリオスの内情に詳しい様子だった。


 少なくとも俺よりは詳しいはず。


 なので密かに、アリシアに頼んでこの少女から情報を読み取ってもらい、そこからカリオスと裏で糸を引くメルクリアが王国で何を企んでいるのか、その全容を把握することが可能になると考えていた。


 それによって得た情報次第では、ジオ・エクセ二ウム鉱石を探すのを一度断念して王国を離れる必要も出てくるだろう。


 昨日の時点では、捕まえれば色々な情報を入手できるが、圧倒的な強さを持つこの所属不明の少女を捕まえるのは難しいと半ば諦めていただけに、これは思わぬチャンスが転がり込んできたなと心の中で喜ぶ。


 だがしかし、追い詰められたはずの黒の少女は、呼吸を整えるとそんな気を微塵も感じさせない雰囲気でニヤリと笑った。


「妾が王都から逃げただと? 違うな。妾はただ迎えが来たからここまで移動しただけじゃ」


 それから、片腕を挙げて指を鳴らす。


 団長は余計な真似をする前に捕らえようと体に力を入れようとしたが、すぐに目を丸くして力を抜いてしまった。


「な、何だ。これは?!」


「嘘だろ?」


 霞が晴れるように、今まで周囲の風景に溶けこんで隠れていたソレが、彼女のすぐ後ろに姿を現した。


 夕日が沈み辺りが暗くなっていることもあり、少女の背景を彩るようにゆっくりと姿を現す、所々から小さな光が漏れる鋼鉄の壁を見て、俺は一瞬ソレがUFOではないかと思ってしまった。


 もしくは、夜間の窓から光が漏れる高層ビルを横に倒したような感じだ。


 そのような機械仕掛けの壁が左右にどこまでも続いている。とてつもなく巨大だ。


 隣に立つ団長は目を見開いて驚愕しているが、地上から数メートルほど浮かんでいることと、耳に聞こえてくる独特の音を知っている俺は、団長よりも先にこのデカブツの正体に感づいた。


 これは、宇宙人が乗るようなUFOなんかじゃないし、勿論飛行機でもない。


 こいつは超弩級サイズの空鯨船だ。


 ライトアップが、視界の先の方で終了したため、突如姿を晒し煌々と光輝く超巨大な空鯨船の外観が朧けながらも掴めた。


 船の形は、葉巻型と予想され、幅は分からないが縦横の長さは、俺が建造したワルキューレ型空鯨船の五倍以上は優に超えている。


 俺が建造を目論む空中要塞ギャラルホルンには遠く及ばないサイズだが、間違いなく、この世界最大の空飛ぶ建造物だ。 


「いつの間にか、こんな巨大な空鯨船を建造していたとは、メルクリアの野郎やってくれる!!」


 空鯨船をまともに建造できる国は、共和国かイスラ同盟国しかと勝手に思い込んでいた俺はすぐさまこいつを建造したと思われるメルクリアに苛立ちを募らせる。


 これだから権力者は。


 きっと、魔王たる自分が乗り込むに相応しい旗艦として、古巣のゼラシード商会の造船部門に命じて密かに建造していたのだろう。


 要塞ではないが、このサイズならば空中要塞と呼んでも差し支えないサイズだ。何だか先を越された気分でむかつく。


 すると、目の前の少女がどういうわけかご機嫌斜めの様子だった。


「メルクリアじゃと? ふん。まあ、あ奴が妾の最大の敵であることは認めるが、それにしたって、我が国の技術を結集して建造したこのスーパー・ヴァイキング級超弩級空鯨艦の作り手を間違えるとは、知らぬこととはいえ、少々、腹が立つの」


 スーパー・ヴァイキング級超弩級空鯨艦?


 やはり、そんな名前の艦船建造計画は聞いた覚えがない。


 うん? ヴァイキング? 


 バイキング?


 ?! もしかしてバイキング帝国か!!


 半ばメルクリアに乗っ取られた状態であるとはいえ、統合軍勢力の技術力が世界一だと自負していた俺からすればショックだった。


 本当に信じられない。


 超ショックだ。



 俺の記憶が確かであれば、共和国のユニオン商会が、ドリュアス要塞で散々撃墜したタイプの古い空鯨船の技術を帝国に流出してしまっていたことは知っていた。


 それだけに、あんな旧型船の情報だけで、よくぞこれだけの物を建造できたな。


 認めよう。帝国恐るべしと。 





 先程から声も出ないくらいに驚いている団長よりも空鯨船の内情に詳しい分、俺が受けた衝撃は大きかった。


 帝国の技術力を舐めていたことは反省しよう。


 ただ、そうなると目の前で、ドヤ顔でこの巨大艦を自慢している少女は何者なのか?


 何だか嫌な予感がしてきたが、その時、突然彼女の背後の壁が開き、中から華美な装飾が施された軍服のような服装の兵士達が一糸乱れぬ隊列を組んだまま艦の中から出てきて、少女の左右に並んだ。


 百人くらいは出てきただろうか。そして最後に青髪の青年が出てきた。


 他の兵士と何かが違うのは感じたが、最初は階級の高い将校ぐらいにしか思わなかった。だが、その青年の姿を見たとたんに、放心状態だった団長が我に返って小さく囁いてきた。


「最大限に警戒しろ。あの青髪の男はネオ。私と同じ賢者の加護を与えられた使徒の一人にして、バイキング帝国主席魔法官。現皇帝の右腕と呼ばれる男だ」


 何かスゲー大物が出てきたぞ。


 しかもこの男が賢者?! ってことはカルスタン家を追い出した張本人はこいつか。


 それに、これで俺は七人の使徒全員と顔を合わせたことになるのか。


 最後の使徒の登場よりも、そちらの方に思うことが多かったので、俺はポケーっとして目の前の光景を眺めていた。


 主席魔法官、皇帝の右腕、賢者。どう考えても帝国の中で最上位に立つであろうこの男が、謎多き武闘家の加護を持つ少女の前で跪くまでは。


「お遊びはほどほどにしてください。大臣共があなたが消えたと大騒ぎですよ。皇帝陛下」


「なんじゃ? お主も遊びに行ったではないか。これでお互い様じゃろう」


 ?


 !?


 皇帝!!


 この少女が、バイキング帝国を歴史上最大の版図にまで広げた皇帝!!


 しかも、こいつ武闘家の加護持ちで滅茶苦茶強いぞ!


 マジかよ!!


 え、ってか、こいつ一人で王都で一体何をしてたの?


 こんな馬鹿デカい戦艦持って、世界最大の軍隊まで持ってるくせに、一人で王都に忍び込んでカリオスを仲介役にして縁も縁もない盗賊を使って王宮を攻撃していたってことなのか?


 縛りプレイにもほどがあるぞ。


 理解不明、意味分からん。


 少女皇帝の思惑に、若干、匙を投げていると、青髪の男がこちらを向いて叱責してきた。


「無礼者!! 他国の人間とはいえ、栄えあるバイキング帝国を治める皇帝なるぞ! 頭が高い!!」


 団長は静観しているが、突然強い言葉を浴びせられた俺は思わず跪きそうになるが、寸での所で、少女皇帝は逆に青髪の男を叱咤した。


「止めろネオ。妾に本心から忠誠を誓ってもおらぬ者に膝を曲げられても不愉快なだけじゃ。お主らもユグド王国の誇る近衛騎士団員ならば、そう思うじゃろう」


 あぶねえ、この世界の常識からして、他国の人間でも偉い奴にはひれ伏すのは当然だと思っていた。


 確かにこの子の言うことに一理ある。反骨心のある物に偽りの忠誠を誓って貰っても面倒だ。流石は見た目は幼くとも皇帝と呼ばれるだけの事はある。


「は、陛下の寛大なお心を理解できずに、恥ずかしく思います。罰として祖国に帰還した後は、強制労働施設にて、偉大なる計画が一日も早く完遂されるよう、この身を捧ぐ覚悟でございます」


「いや、流石にそれはやめてくれ、お主が宮廷からいなくなったらその分仕事が増える。……それに、そこの黒い奴には、一回ブチのめしてしまった借りがある。騎士として情けなく感じておるじゃろう。これでチャラな」


 いやまあ、騎士の誇りとか持ち合わせていないのでどうでもいいけど。それよりも、俺より先に巨大艦を建造していたことは腹が立つ。


 心の器が小さい俺は、空中要塞が完成した暁には、帝都の上空を飛んで驚かせてやるという小さな野望を抱いた。


「よし行くか。その方らは何か言い足りない事はあるか?」


「いいえ、陛下が無事に帝都にご帰還されることを願っております」


 王都を荒らした張本人ではあるが、今ここで彼らと全面戦争を始めては、色々と問題になると判断したのだろう。何より、完全に立場が逆転してしまったため、たった二人で挑んで勝てる相手ではない。


 このままおとなしく早く帰ってくださいとばかりに団長は頭を下げて、航海の無事を祈った。


 俺もこの場では皇帝に伝えることはないため、同じように頭を下げる。


 すると機嫌を良くしたのか、幼さが残る皇帝は、こんな事を言い出した。


「良い良い。その殊勝な心掛けに免じて一つ褒美をやろう。妾の名はカリン・シンドウ・バイキング。知っておるかも知れぬが、百年前に召喚された勇者を曾祖父に持ち、今代の武闘家の使徒じゃ。それと、もし帝国に仕える気になったら、特別にいきなり将軍の位を授けようぞ!」


 とても上機嫌で甲高い笑い声を上げながら、皇帝と従者は艦に乗り込んでいく。


 しばらくすると、巨大艦はゆっくりと空に向かって浮上を始めたが、すぐに艦全体が透明な膜のようなものに覆われて煌々と輝いていた巨体は見えなくなった。


 その様子を眺めていた団長は少しだけ羨ましそうにこう呟く。


「帝国が魔法道具でインヴィジブル・カーテンを再現できる技術を開発したと聞いた時、我が国の貴族はインヴィジブル・カーテンの存在すら知らない有様だったよ」


 団長が何を思ってこんな事を言ったのか心が読めない俺には分からなかったが、彼はとても寂しそうだった。






 バイキング帝国皇帝であるカリンが乗艦する帝国艦隊総旗艦、スーパー・ヴァイキング級超弩級空鯨艦一番艦グレート・シンドウは、雲と同じ高さまで上昇すると、魔力消費を抑えるためにインヴィジブル・カーテンを発生させる魔法装置の機能をオフにした。


 たった一隻で中規模の都市を殲滅して、大量の兵士を送り込んで制圧までしてしまう圧倒的な戦闘力。


 遥か上空から全軍を指揮できる移動指令所機能。


 そして皇帝のためのプライベートルーム。


 帝国は未だに三種類しか空鯨船を開発していないが、早くも傑作船が完成したと技術者達が豪語しているだけあって、皇帝カリンもまた満足していた。


 艦内に設けられてた簡易の玉座の間にて、彼女は玉座に腰かけると、懐から錆びた銀色をした鉱物のような物体を取り出した。


 皇帝の単独行動に思う所はあるが、無事に帰ってきて、しかも当初の目的まで達成していた皇帝に心の底から尊敬の意を示すと、彼女の右腕たる賢者ネオは口を開く。


「それが、例の鉱石ですか?」


「そうじゃ。情報局の人間が苦労して立てた計画を美味しいところだけ持っていって済まぬと思っていたが、居ても立っても居られなくなってのお」


「いえ、彼らも自分達の立てた計画を皇帝陛下自らが仕上げてしまったことに感涙することでしょう」


「じゃといいがな。どうも最近、あ奴らを見てると背筋の凍る気がする」


 長年を掛けてカリンが探していたこの鉱物が、ユグド王国にあることを掴んだカリンは、帝国情報局に回収してくるように命令を発していた。


 その期待に帝国情報局は見事に応え、流石にユグド王国の王都に部隊を展開するのは難しいため、王都で密かに暗躍する謎の組織カリオスを利用して奪取する計画まで立案した。


 だが、最後の最後に、対カリオスのために近衛騎士団の動きが活発になり、帝国の暗部が他国の首都で暗躍していた事実が露見するのを防ぐために、情報局長の判断で計画の中止が決定した。


 元から示していた為政者としての片鱗以外にも、近年誰からも愛されるかの如く、可愛く成長される皇帝の期待に応えられなかったことに、情報局一同悔し涙を流したが、報告を聞いたカリンはそこまで話は進んでいるならば、一人で取りに行くわ!!と一人暴走。


 既に話が通っていたカリオスの商人と最終確認をしたり、近衛騎士団の動きが予想よりも早かったことなど想定外の事態もあったが、紆余曲折の果てにこうして無事にお目当てのものを手に入れて満足していた。


 今の彼女は、欲しかった物が手に入り、嬉しそうに眺めている年相応の子供のようだった。


 そんな光景を眺めて、皇帝が満足していることは喜ばしく王国などゴミためにしか思っていないネオの心は満たされたが、帝国の中枢メンバーであるため、一応心配はしていた。


「ですが陛下大丈夫でしょうか? 恐れながら陛下自らが王都で暗躍した事は王国上層部にも知れ渡ってしまったでしょう。老人の国とはいえ、奴らには、近衛騎士団を始め油断ならない戦力があります」


 いすれ滅ぼすつもりだが、統合軍や魔王軍との決戦の前に、今回の一件で王国と全面戦争になるのは、避けたいネオとして不安でたまらないが、そんなネオの不安を皇帝カリンは一蹴した。


「そう心配するな。連中は芸術やら文化にうるさいくせに、これの価値には気がついておらぬ愚者どもじゃ。抗議の声明は来るじゃろうが、本気で返せとは言ってこないじゃろう。第一、王宮襲撃の方に目がいって、これを盗んだことに気が付かないかもしれん」


 この鉱物が王国で発見されたのは、今から百年前。莫大な魔力が眠るこの鉱物を何か利用できないかと王国の研究者は大いに盛り上がった。


 しかし、百年後の今と大して変わらない王国の魔法技術では、強大すぎる力が秘められたこの鉱物を扱うことができず、また見た目があまりよろしくなかった事もあり、金銭的価値が高い物が収蔵される警備が厳重な宝物殿ではなく、当時の王子が部屋で飾っていたという記録から歴史的な文化遺産として王立博物館の王族資料コーナーの保管所に放り込まれていた。


 それから長い年月が経ち、多くの王国人の記憶から消え去ったその鉱物を帝国情報部は探し当て、博物館という比較的警備の目が緩かった場所にあったことも幸いして、秘密裏に奪取する計画が立案され、今こうしてもっとも欲していた者の手に収まった。


「メルクリアが何を計画しているかは知らんが、いつの日か、あやつが自分が裏で指揮をする暗部組織を妾達にいいように使われて、こいつを奪うことに協力してしまった事を知り、悔しがる姿が目に浮かぶのお」

 

 自身にとって最大の敵になるであろう民主主義の旗頭が悔しがる姿を夢想してカリンは愉悦に浸り、自らの野望を叶えてくれる物体をもう一度眺めて微笑んだ。


「遂に手に入れたぞ。ジオ・エクセ二ウム鉱石。さあ、妾達のラグナロクはもうすぐそこじゃ」





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