第四十話 怪しい奴
真相に辿りついても魔王メルクリアに目を付けられ、辿りつけなくても近衛騎士団長レヴァンに粛清される。
とんでもない糞ゲーが始まった。
俺にできる事は、アリシアがお目当てのジオ・エクセ二ウム鉱石の在りかを探し出してくれるまで、可能な限り時間を稼ぐことのみ。
ジオ・エクセ二ウム鉱石を手に入れたら、とっとこの国を出てやる。流石に国外までは追いかけてこないだろう。
そんな事を決意しながら、王都で暗躍する謎の組織カリオスの調査を始めた。
「これが近衛騎士団が集めたカリオスについての情報です」
女神様のサービスでこの世界の語学知識を得ているので、読み書きは問題なく行える。しかし、
「多くないですかね?」
王都で暗躍する謎の商会、カリオスの調査を担当することになった俺の下にスノーさんが近衛騎士団が集めてきた情報が書かれた書類を持ってきてくれた。ただし、その量がちょっと多すぎた。
積み重なった書類の山で山脈ができるほど膨大だ。
「我々が収集してきたカリオスに関する全ての情報がここにあります。取引している場面を目撃したと言う証言から、貴族の不正会計まで全てです。必ず全部に目を通し、覚えておいてください」
「が、頑張ります」
使えない部下は、平気な顔をして切り捨てると噂される成果主義の団長に見捨てられないよう、俺は必死になって膨大な情報を頭に叩き込んだ。
二日後、大体の情報を把握した俺は一緒にカリオス調査を担当する事になった近衛騎士エミリー・スノーさんに報告をした。
「難事件を解決してきた黒騎士殿にしては遅かったですね。それで、何か分かりましたか?」
やはり、推理力なんて一切持ち合わせていない誤解をさっさと解いた方がいいんじゃないか?と悩みながら、俺はあの資料の山を見て感じた率直な感想を述べた。
「大変よく調べていると思います。カリオスについて、さほど詳しくない私も充分に知識を得られました。ですが資料だけでは、これ以上は何とも言えないですね。流石は他国の後ろ盾に持つ一大組織です」
カリオスを裏で操っている黒幕の正体は、世界征服を企む魔王ですよと言えればどんなに楽か。
諸々の事情で喋れないのが極めて残念である。
よって、カリオスに深い入りせずに俺自身が近衛騎士団に席を置くにはこれしかないと、できる限りカリオスを過大に評価し、彼らを追い詰めることは、自分を含めて誰もできないと近衛騎士団の面々を説得していく作戦を取ることにした。
だが、俺が入団することで手詰まり感を払拭できると信じているスノーさんの考えを変えるのには、苦労しそうだ。
「そうですか。では、外へ出て、実際に目で見て調査しましょう」
「調査?」
「王都内にあるカリオスが拠点にしていたいくつかのアジトは潰しましたが、黒騎士殿ならば、我々が見つけられなかったアジトも見つけられるはずです」
まあ探偵も刑事も足で稼ぐというしその考えは間違っていない。
どう転んでも良い未来が見えないので、やる気は出ないけどね。
「それで、まず、どこから調べますか?」
「クヌート街ってところに行ってみようと思う」
最初に向かったのは、怪しげな取引現場を見たという報告が多数、資料に記載されていたクヌート街だ。
クヌート街は、王都の中でも一、二を争う闇市で、違法な取引の温床だ。
当然、近衛騎士団や衛兵が厳しく取り締まっているが、そこで商売する商人達は、賄賂や巧妙な隠蔽工作で逃れているため、隅々まで捜査の手が届いているかと言われれば疑問が残る。
しかし、スノーさんはあまり納得していない様子だ。
「クヌート街ですか? 確かにあそこは一番怪しい所で、カリオスの拠点と思しき場所もいくつか抑えましたが、だからこそ、カリオス側も警戒して、もう手を引いていると思いますが」
近衛騎士団からしてみれば、散々調べた場所だ。カリオス側も警戒して、撤退しているという考えも理解できる。
現在のカリオスの拠点を知りたい近衛騎士団にしてみれば、何度も何度も調べ尽くした場所をもう一度探すのは時間と思うのは当然だ。
では何故、そんな場所を俺が調べる事にしたのか?
何てことはない。理由は、単に時間稼ぎをしたかっただけだ。
初めて来た王都に不慣れで地理がよく分かっていないから、カリオス調査は二の次で、先ずは王都を知ることにしようと思う。これで、二週間くらい稼ぐ。
それで二週間後の事は、この二週間の間に考えればいい。アリシアが目的の物の居所さえ掴んでくれれば、近衛騎士団にはもう用はないのだから。さっさとメルクリアの目が届かない人里離れた奥地に引っ越そう。
「君が言ったように、私ならば、君達とは違う視点で物を見れるかもしれない」
ゴールはもう見えてるけどね。
「確かにそうかもしれませんね。あまりに何度も足を運んでいたのでクヌート街だけはもう手掛かりはないと決め付けていたのは痛恨の極みでした。では、お手並み拝見といきましょう」
それから、二週間どころか、一か月の時が過ぎた。
俺はクヌート街以外の場所にも調査の手を広げたのだが、成果はなし。
しかも、最初の方は、カリオスに目をつけられないように手心を加えて調査に励んだが、何も手がかりを見つけ出すことができなかったので、後半は、かなり本気で調査をしたのだが、それでも成果はゼロだった。
また、近衛騎士団の本来の職務が王都と国王の護衛であるため、衛兵隊が持つような強制捜査権などの権限がなく、捜査に制限があることも痛い。
ただし、それらの制限を指し引いても、自分ならば本気を出せば、何かしら成果を出せると調子に乗っていたが、やはり俺の探偵の才能はないらしい。
焦った俺は、気乗りしなかったが、ジオ・エクセ二ウム鉱石の調査をしていると思われるアリシアを頼ることにした。
彼女を一日、王都中を連れまわせば、何か出ると考えたのだが、この考えは失敗に終わる。
連絡を取ったオルトリンデ家の使用人曰く、アリシアは今王都にある全寮制の学校に通っており、三か月後の夏季休暇まで原則学校から出られないと教えてもらったからだ。
アリシアの奴、学校から出れないのにどうやってジオ・エクセ二ウム鉱石の調査をしているんだ?と、不安を覚えたが、ともあれ、そういう事情で彼女の持つ忍者の加護は使えなかった。
もはや打つ手なし。
こうして、細々とした成果を定期的に挙げて、居場所を維持しアリシアからの便りを待つという当初の企みは完全に崩壊した。
何も成果を出せない無能を置いておくほど、近衛騎士団は寛容な組織ではない。
とうとう今朝、最後通告とも取れる指示をスノーさんから受けた。
「明日出張から戻ってくる団長からの命令です。明日までに、この一か月で知りえた事を報告書に書いて提出せよとのことです」
報告書に書けるようなことなど何一つない。
このままでは、白紙のまま提出することになるだろう。
一緒に調査をしているスノーさんも、最初の頃は俺に期待していたが、今ではやや冷めた目をしている。
口には出さないが、本心では俺に推理力がないと薄々感づいているに違いない。
ただし根は優しいのであろう。彼女は、最後まで諦めるなと言ってくれた。
「まだ時間はあります。今日も何処に行かれますか?」
「ああ、そうだな」
こうなったら、もう意地だ。
メルクリアの事は一旦忘れて、カリオスの尻尾を掴んでやる。
そう意気込んで、もう三回も足を運んだクヌート街に赴く。
今日まで何も出なかったが、やはり、ここが一番怪しい。
怪しげな店が並ぶこの商店街は、立地の関係で日の光がほとんど当たらず、暗いイメージしかない。
薬、奴隷、呪いのアイテムなど、法的にはギリギリセーフの物が店頭に並び、本当にヤバいものは、店の奥で管理しているとスノーさんが以前教えてくれた。
一般の客には見せられないその巧妙に隠している部分に俺は最後の望みを掛けた。
店の外観から判断して怪しそうな店を片っ端から調べる。だが法的にはアウトになるものは見つかっても、やはりカリオスに繋がる物は出てこない。
もう無理なのか、そう諦め始めた頃、ついに手がかりに辿り着いた。
闇商人と貴族が密接に繋がっているこの国には、例え衛兵でも身分を偽って行う潜入捜査を認める法律もない。
そのため下手な小細工はできずに、正面から行くしかないので、店に入るとすぐに近衛騎士団の証である証書を見せつけて、これが正当な調査であることを店側に示さなければならない。
まあ、これを見せても強制的に中を調べる権利は近衛騎士団にはないため、店側の同意は必要だが。
「近衛騎士団だ。中を改めさせてもらおう」
闇商人と癒着関係にある貴族が敷いたこのルールがなければ、もっと、深く調べられるのに、と歯がゆい思いをしながら、俺は、これから店の人に店の中を見させてもらうことを告げた。
「はいはい、どうぞ、ご勝手に」
俺とスノーさんが踏み込んだその店は、カウンターが一つだけある知る人だけが知る古びたバーみたいな店だった。
この店の店主もこういった出来事は日常茶飯事なのだろう。おかしな素振りも見せずに、好きなように調べろという。
ではお言葉に甘えてと、スノーさんは店主の背後にある棚を指さした。
「それは、取引が中止されている共和国産の酒ですね」
現在、王国は、共和国との貿易を停止している。
それに伴い、共和国産の商品の中でいくつかの種類のものは即刻廃棄するように通達がなされた。
酒もその中に含まれるため、店で出すのは違法なのだ。
「はあ、まあ、でも酒なら、他の店でも売っていますぜ。もし酒の件で、うちを責めるなら、先に他を調べてくださいよ。それにうちの店の背後にはとある大物貴族が控えていますぜ」
この場で自分を捕らえても背後にいる貴族がいずれ解放してくれる。だから、見逃せと店主は暗に要求してくる。
こちらとしても、メインターゲットは、あくまでカリオスなので、時間もない中で、こんな小さな店の違法販売に一々関わっている暇はない。
「では引き換えに、店の奥を改めさせてもらう」
衛兵に、ご禁制の酒を売買していることを報告しない代わりに、店の奥の倉庫を見せろと取引を持ちかえる。これが狙いだ。
とはいえ、このパターンで他の店も調べたが、これまで何も出てこなかった。
店側が見せられるところしか、見せないのが原因だ。
なので、折角怪しい店を見つけたが、今回も空振りで終わるだろうと、心の奥底では諦めていたのだが、今回は店主の様子が何やらおかしい。
「み、店の奥ですが、それはちょっと、今、大掃除中でしてね。下手に入られると困るんですよ」
おや? これまで調べた他の店では、どうぞご勝手にとすぐに了承してくれたが、この店は違う。
店主の態度で、俺はすぐに分かった。
違法である共和国産の酒以上に、見せられない物を隠し部屋に隠蔽している最中だと。
「うん」
ようやく、手掛かりらしい手掛かりを掴んだかもしれないと、スノーさんと相槌をした。
スノーさんも、一回くらいであれば強引に捜査をしても、証拠を押さえられれば、団長ならば庇ってくれると言っていた。
これまでそれらしき機会が巡ってこなかったため温存していたそのカードを今こそ切る時だ。
「行くぞ」
最初にして最後のチャンスだ。
お互いに、最後の賭けに出ることを決意して、店主の許可も取らずに、店の奥に行こうとする。
その時、カウンターの椅子に一人だけ座っていたフード付きのマントを着ていたお客さんの声が店の中に響く。
「ククク。今、そっちに行かれるのは、ちと困るな」
そう言うと、これまでずっと空気だった唯一の客は、立ち上がると同時に、スノーさんの下にまるで瞬間移動したかのような早さで迫り、素手で鎧の上から彼女の体に拳を入れた。
「グハッ!!」
ただのパンチ。だが、そのパンチ一発で、しかも魔法が付加された鎧を装備しているにも関わらず、剣を抜く暇さえなく、近衛騎士団に所属しているスノーさんが壁に叩きつけられて意識を失う姿が俺の瞳に映った。
「え? な、何が?!」
不意の奇襲とはいえ、世界最強と名高い近衛騎士団のメンバーがあっけなく敗れた。
何がどうなっているのか、状況が理解できず混乱している俺を尻目にそのお客は次に俺の方を狙う。
俺も剣を抜く暇もなく、一瞬にして距離を詰められると、手首を掴まれそのまま壁の方に勢いよく投げ飛ばされた。
凄まじいパワーだ。
こっちはチート鎧を着ているのに、この怪力は一体なんだ?
痛みで意識が朦朧とし、頭がクラクラする。
まともに立ち上がるのも困難な状態の中、俺の耳に店主とお客の会話が届く。
「ついにここも近衛騎士団に目を付けられたな。お主も早くここから逃げた方がいいぞ」
「はい、ありがとうございます」
「礼には及ばん。妾は、部下共とお主らがまとめていた依頼の最終確認に代わりに来ただけじゃ」
依頼? 最終確認?
「時に聞くが、店の奥にある檻の中に入っておった魔物は何に使うんじゃ? 昼間なのに消えてないところを見るにアレは魔王に飼いならされた奴らじゃろう? つーか、どこで捕まえたのじゃ?」
「ふっ、この国の貴族には、魔物と人間が戦う様を見たいという物好きが多くおります。そういった連中向けの商品です。我が商会はきちんとした報酬を支払えば何でも応えるのがモットーですから」
「そんなに魔物が見たいならば、王都から出ればいいのに、相変わらず馬鹿な奴らじゃな」
つい先程まで、意識が薄れていたが、魔物と聞いて意識がはっきりと戻ってきたのを感じた。万全ではないが、身体も動く。
「ま、魔物だと? それはどういうことだ?」
立ち上がりつつ、謎のお客の姿を目に捉える。
ババ臭い口調だが声色からして男ではないと想像するも、その通りで年齢は十代前半頃。幼さが残る小柄な体形をした少女だった。
マントを羽織っているため、中は覗けないがその小さな体に鎧を着た騎士を投げ飛ばせるほどの剛力が備わっているように見えない。
色々と気になる部分は多々あるが、彼女の瞳が赤と青のオッドアイだったのが、一番の印象に残った。
「これはビックリじゃ。鎧の中に誰がいるかは知らんが、魔王や勇者、使徒以外のただの人間が妾の攻撃をまともに食らって、すぐに立ち上がるとは」
「し、質問に答えろ」
俺強い口調で叫ぶと少女はやれやれとため息をつき、俺の質問を無視して店主に告げた。
「妾としては近衛騎士団員を殺したくない。お主らも、近衛騎士団員に犠牲が出て、本格的な調査が始まるのは良しとしないじゃろう? そういうことで、こやつらは無視して、ここは荷物を運んでとっとと逃げ出すべきだと妾は考えるが。お主はどう思う?」
「全くもってその通りでございます。流石の我々カリオスも近衛騎士団と正面からやり合う力はないですからな。まあ、ただのお客だと思っていたあなた様がこれほどの武を隠しもっていたのは想定外でした。あなた様でしたら、お一人で近衛騎士団を倒せる事が出来るのでは?」
「流石に妾一人では無理じゃ。レヴァンを始め近衛騎士団の上位陣は一筋縄ではいなかぬからのお」
それでも、近衛騎士団をあまり脅威に思っていないようにも感じる発言をした少女は、店主との会話を切り上げるとこちらの方にやってくる。
「ここまで辿り着いた褒美じゃ。依頼相手のカリオスに関する情報はやれんが、妾の事は少し教えてやろう。なんじゃこの鎧脱がせられぬのか?」
近くに来て片手で俺の体を持ち上げた少女は、鎧の中身を探るためか、頭の部分を外そうとしてきたが、上手くいかないため悟り、あっさりと諦め、指でブイサインを作るとドヤ顔でこう言った。
「妾こそが、武闘家の加護を持つ一人の使徒じゃ!! さてお主達から見ればこれでイスラ同盟国の剣聖、狂戦鬼、聖女。帝国の賢者。王国の竜騎士。未だに正体不明の忍者以外の、六人が歴史の表舞台に上がったわけじゃな」
こいつ使徒だったのか?!
能力は分からないが、それならばこの強さは納得できる。
武闘家の加護の持ち主は、アリシアの忍者と同様にイスラ同盟国でさえ掴めていなかった情報だ。
カリオスを追いかけていたら思わぬ情報を知ってしまったが、少女は更に驚くべき事を教えてくれた。
「明日の夜。妾達がカリオスを介して雇った傭兵やら盗賊共が、王宮を襲撃する手筈になっておる。精々頑張って国を守るんじゃな」
その言葉を最後に、俺の意識は暗闇の中に沈んだ。
次回の更新は夕方頃の予定です。




