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第三十九話 だから嫌だったんだ! (加筆修正版)

 模擬戦の内容は、対戦相手のイグニス・ローランと剣で戦い、その戦いぶりを直接相手をするローランと観客席から審査するスノーさん、バスカビルさんの三名が判断して合否を出すそうだ。


 つまり、負けても最悪チャンスがありそうなので、俺は少しだけ肩から力を抜き頭を冷やした。



 さてと、今腰に帯びえている魔剣ダインスレイブでは、対戦相手のローランの身体を鎧ごと両断してしまう。


 よって、俺は魔力を通さずに鞘から魔剣を抜き、更に鎧の性能にもできるだけ頼らないようにした。


「おいおい、そんな古びた剣で大丈夫かよ」

 

 魔法武器であるダインスレイブは、魔力を通している時は、刀身が真っ赤に輝く溶断剣だが、魔力を与えないと、ただの赤茶色に錆びた剣にしか見えない。


 鞘に収まっている時と同じ状態なので、斬れ味は絶望的なまでに低下している。


 なまくらと言ってもいいが、ここまでの言動から外見でしか物事を判断しなそうなローランが、予想通りの態度を見せ、心の中で少しだけ笑った。


「問題ない。さあ、始めよう」


「ち、じゃあ、とっとくたばれ!!」


 こうして俺の王都での生活を決める大事な戦いが始まった。






「おい、エミリー。君から見てあの黒騎士はどうだ?」


 たった二人しかいない観客席から模擬戦を観察していた近衛騎士バスカビルは、同僚のエミリー・スノーに挑戦者の評価を尋ねた。


「悪くはない……と言ったところですか。剣技だけで判断すれば衛兵の中では上位に入りますね」


「俺達、近衛騎士団レベルで見ると?」


「ローランと、どっこいどっこいですね。彼のように、強力な魔法武具を下賜されれば、何とかやっていけるのでは?」


「なるほど、それが君の評価か」


 当然、模擬戦なのでお互いに本気は出していないと思うが、二人の戦いを客観的に観察して、バスカビルもまたエミリーと同意見だったが、彼はもう合格でもいいと考えていた。


「そうか、なら最低限の戦闘力がある事は証明されたわけか」


 バスカビルの一言で、その言葉の真意を見抜いたエミリーも小さく頷き同意する。


「ええ、我々が今欲している人材は、闇に紛れる犯罪者を暴き難事件を解決できる高い推理力を持つ者。ですので、戦闘力に関しては、衛兵以上あれば問題ないでしょう」


 これまでは強さのみを求められてきた近衛騎士団ではあるが、治安の悪化による盗賊や犯罪組織の増加に対応するためには、従来の衛兵からの調査報告を聞いた後の出動では手遅れになると、団員とりわけ、近衛騎士団団長は危惧していた。


 その解決策として、取りあえず、闇の中で暗躍する連中を追い詰める嗅覚と推理力に長けた人材を欲していたのだが、運良く国王の気まぐれで、数々の貴族達の悪事を暴いたうってつけの人材が近衛騎士団に入団する運びとなった。


 入団試験の模擬戦相手と本部防衛の任務しか与えられて来なかったローランは何も知らなかったが、黒騎士の近衛騎士団入りは、よほどの雑魚じゃない限り、ほぼ決定していたのだ。


 というより、待望の頭脳面の人材を失格させるつもりなど、この二人には最初からなかった。


「じゃあ、もう模擬戦は終了でいいな」


「ええ、黒騎士殿には解決して頂きたい事件が山のようにあるので、こんな下らないお遊びを行う必要はもうないでしょう」


 エミリーの同意も得られた所で、バスカビルは立ち上がって両手を叩いて模擬戦の終了を宣言した。


「はいはい! 二人共お疲れさん。黒騎士殿。貴殿の強さは十分に理解した。合格だ。これから共に王国の平和を守っていこうではないか」


 合格だと知ってほっとしたのか、鎧を着ていて顔は分からないが、黒騎士の仕草から一安心した様子が伺えた。


 だがしかし、黒騎士の合格に異を唱えた者がいた。


「おいちょっと待て禿げ!! それはどういう事だ!! 俺様はまだこいつを認めていねえぞ!!」


 試合はまだ終わっていないし、審査員の一人である俺の意見を無視するのかとローランがみっともなく騒ぐ。


 めんどくさいと思いつつも、バスカビルはローランの方を指差す。


「審査員は、お前と俺とエミリーの三人だ。そんで俺とエミリーは合格を認めた。これで規定により、三人いる審査員の内二人が認めたので、そこの黒騎士の合格は決定したわけだ」


「黒騎士殿、おめでとうございます。それでは早速、手続きを」


 試合を途中で切ったのは誠意に掛ける対応ではあるが、失格まだしも合格ならば問題ないだろうと主張するバスカビルとエミリー。


 そんな二人に対して、何も知らされていないローランは完全に激怒した。


「ふざけるな!! 後少しで勝てたんだ! ここで中断したら俺様が負けたみたいになるじゃないか!!」


 いやいや、お前の仕事は入団希望者の力を見極めることで勝つことじゃないだろうと、二人は呆れ果てる。


「おい、お前! 剣を構えろ!! とっと、その錆びついた剣を斬りおとしてやる!」


 ローランは黒騎士に戦いの続行を叫ぶ。


 騎士二人は揃って面倒だなとぼやき、試験の事を完全に忘れている同僚に苦慮していると、教練所に新たに二つの人影が姿を見せた。


「ここにいたか」


「お!! 例の聞き込みはもう終わったんですか? 団長」


 身に纏う黄金の鎧と同じ金色の髪を靡かせて入ってきたその男の名はレヴァン・ゼーレス。竜騎士の加護を与えられた七人使徒の一人にして、近衛騎士団団長を務める若い男だ。


「ああ、その結果を受けて、ある奴に話を聞きたくて、こうして本部に戻ってきたわけだ」


 レヴァンの代わりに要件を告げたのは、副団長を務める老騎士エリオ・フェルナンドだった。


 多忙の故、普段は滅多に本部に姿を見せないが、流石のローランも、超名門貴族の出であり、本当の本当に女神に選ばれた団長と、王国の生きる伝説と称えられる元老将の二人は無下にはできない。


 いつもならば、お世辞の一つでも言って遜っていただろうが、冷静さを欠く今は事情が異なった。


「団長聞いてください! そこの下級貴族と平民上がりが、まだ決着もついていないのに、俺様の事を無視して勝手に試合を止めたんです!!」


 言い訳にしか聞こえないが、真意も知らず最初から試合を見ていない者であれば、今の主張で、ローランに同調したかもしれない。しかし、抜群の推理力を既に示している黒騎士の入団を誰よりも心待ちにしていたレヴァンには通用しなかった。


「ほう?それで? 戦闘力の方もお前達の基準を満たしているわけか?」


 あいつ余計な事をと内心ビビったエミリーとバスカビルであったが、話の分かる団長で良かったと心の底から安堵して試験結果を答える。


「はい、他の能力は分かりませんが、剣技に関してはローランと同等と判断しました。自分の身を守るくらいの事はできるでしょう」


「それに、あの黒い鎧も魔法武具なのかは判断ができませんが、中々の一品だと思うので、新たにこちらから武具を用意してやる必要はないと思います」


「ふむ、ご苦労だった。では彼に関しては、そのまま手続きに入ってくれ」


「「了解しました」」


 黒騎士の入団試験が問題なく終わり、これでようやく本題に入れると、レヴァンは、舞台の上にいる黒騎士を無視して、近くにいる自分の事を擁護してくれると信じ切った目をしているローランにやや冷たい口調で尋ねた。


「ローラン。貴様に聞きたい事がある。カリオスと名乗る連中に聞き覚えは?」


 自分の窮地を助けてくれるものばかりと思っていたローランは、思わぬ問いかけに、一転して狼狽しつつ知らぬ振りをすることを選ぶ。


「な、なんでしょう? そんな商人共など、知りませんが」


 平時であれば、ボロを出すことはなかっただろう。でも頭に血が昇っている今は違う。彼は決定的なミスを犯してしまった。


「私は一言も商人とは言っていないのだがな」


「あ!!」


 手遅れだった。己の失敗に気が付き口をパクパクさせたが、その隙を突いて、老騎士フェルナンドが目にもとまらぬ速さで移動して、手刀でローランの意識を奪う。


「尋問室に連れていけ、私直々に情報を吐かせる」


 こうして、新たな火種を生みつつ、黒騎士の入団試験は幕を閉じた。







 ヤバかった。


 絶対口だけの雑魚だと思っていたのに、予想に反してローランという不良騎士は強かった。


 剣以外も使えたのであれば、余裕で勝てたと思うけど、鎧の身体機能も使わずに純粋な剣技だけでは勝利はおろか敗北すらあり得た。


 試合中何度か敗けたかもと覚悟した場面もあったが、幸運な事に、理由は分からないが、俺が劣勢の中で、試合は途中で終了となり、その場で合格が言い渡されたのが、ちょっと正直信じられない。


 でも、合格は合格だ、素直に喜ぼう。


 後、試合が終了してすぐに使徒の一人と有名な団長と副団長が姿を見せたが、彼らは俺の合格を認めたものの、あまり興味はないらしく、これまた不可解だが、副団長の老騎士がローランを一撃で昏睡させるとどこかに行ってしまった。


 副団長と聞いていたが、あの爺さんもヤバいな。


 アリシアがこの場にいれば、疑問はすぐに解消されただろうが、いないので、まあ、よく分からない事については後で誰かに聞くことにしよう。


 その後、本部務めの衛兵に、何枚かの書類にサインを要求され、施設の案内を受けて、最後に高級ホテルの一部屋にしか見えないお高そうな家具が並ぶ部屋を私室として使ってくれと言い渡され、鎧を着たまま疲れを取るために、ソファーに腰を下ろした。


 欲を言えば、そのまま眠りにつきたかったのだが、ドアをノックする音を聞き、扉を開けると先程面談と審査をしてくれたスノーさんがおり、一緒について来てくださいと指示を受けたので、休憩はお預けだ。





 そこは、施設を案内してくれた衛兵の説明にはなかった本部の地下にある暗い小さな部屋だった。


 というかこの部屋の隣には、空っぽの牢獄とか拷問器具とかが見えるので、危険な空気を感じたが予感は的中した。


「団長、連れてきました」


「ご苦労」


 壁や床に黒く焦げ付いた痕が残る部屋で待っていた者は、模擬戦の時には挨拶できなかった団長と副団長の二人で、俺はあの時できなかった挨拶をしようと試みたが、彼らはそれどころではないらしい。


「挨拶はまた後日で、それよりもこちらを」


 礼儀正しい副団長に言われ、部屋の奥の方に目を移すと、そこには、奴隷が着るような薄い衣服を着て、椅子に拘束されたまま口から泡を吐き気絶していたローランの姿があった。


 何これちょー怖い。


 え? もしかして、模擬戦で勝てなかったから罰として拷問を受けたの?


 無能には罰を。


 これが自分の未来になるかもしれないと想像すると寒気がしてきたが、どうやら違ったらしく、副団長が詳しく説明をしてくれた。


「我々は長らく、上層部の命令で、カリオスと名乗る商会に扮した犯罪組織を追っていました」


 副団長フェルナンドさん曰く、カリオスというのは、ここ数年前から王都で活動を始めた謎の商会らしい。


 王国政府の許可がないため、非合法の犯罪組織なので、商会といっていいのか疑問ではあるが。


 話を聞く限り、カリオスは、王国貴族を相手に商売する何でも屋みたいだ。


「誘拐、窃盗、暗殺、傭兵。密輸から殺し屋まで、本当に金さえ払えば何でもする。厄介な連中だ」


 この国の貴族達は汚れ仕事専門の工作員を各家で持っているのが常識らしい。


 ただ、そのような人員を自分で用意できない下級貴族や、同じ一族を暗殺したりする場合もあるので、金と引き換えに汚れ役をしてくれる組織は昔から需要があるそうだ。


 こういう組織は、王国の歴史に何度も誕生しては消えていくのが常だが、今回のカリオスは、これまでの同業者とは違う点が存在していた。


「まだ調査中であるため、何とも言えんが、カリオスの背後には、他国の商会または政府機関が関与している可能性がある」


「資金、情報網、人員の数。全てがこれまでの裏組織とは一線を画す規模です。他国の関与は確実でしょう」


 ふむふむ、これは大事になってきたな。


 カリオスとかいう連中に興味はないが、近衛騎士団の一員として、他国の連中が、王都の平和を脅かそうとしている事は覚えておこう。


 肝に命じつつ、でも、自分には関係ないなと甘く考えたが、団長が爆弾発言をしてきた。


「お前も深く関わったオルトリンデ公爵令嬢襲撃事件を依頼した犯人は、このイグニス・ローランだ。拷問用の椅子に座らせて爪を一枚剥いだら全てを暴露したよ」


「何?!」


 アリシアの読心能力を持ってしても掴めなかった犯人がこうもあっさりと判明して度肝を抜かれたが、話はまだ続いた。


「ただ、ローランは、兄である伯爵の名義で金を出して依頼しただけだ。実際に綿密な計画を描いて、複数の盗賊団を動かしていたのは、そのカリオスの連中だ」


 おお、マジか……。


 それじゃ、俺もまるっきり無関係ではないな。


 ちょっとは本気を出して職務に励むかと少しだけ気合を入れるが、そんな俺の肩を鎧の上からポンポンと副団長が優しく叩いた。


「君には期待している。我々がローランとカリオスが繋がっている証拠を掴めたのは、これまで極めて高い依頼達成率を誇っていたカリオスの立てた公爵令嬢襲撃計画を君が潰したからだ。おかげで、依頼に失敗したカリオスは随分と慌ててボロを出し、極秘裏に調査をしていた我々は、こうしてローランが事件の依頼主であることを掴めたわけだ」


 ほうほう。それはそれは。


 俺としては、アリシアを無事に王都に届けただけのつもりだったが、思わぬところで、巨大犯罪組織の一端が暴けたようなので、鼻の下が延びるのを感じた。


「聞けば、カリオスとは関係ないところで盗賊や犯罪者と通じていた貴族や商人も、あなたの卓越した推理力で不正を暴いたとか」


 よしてくれ、副団長だけでなくスノーさんまでそう褒めないでくれ。


 あれは全部、読心能力を隠し持つアリシアのおかげだ。九十パーは彼女の功績と言ってもいいだろう。


 でも俺の武力がなければ解決しえなかったと考えると、もしかして特別ボーナスとかくれるのかと少し期待してしまう。


 ワクワク。


「で。我々はその類まれな推理力を高く評価して、戦闘能力は基準未満ではあるが、特別に君を近衛騎士団に迎え入れることにした」


 ん? 


 何か今、おかしなことを言わなかったか?


 聞き間違いかな。今推理力とか言ってなかったか?


 何だか、嫌な予感がしてきたが、最後に話をまとめて団長がこう言った。


「君には、カリオス調査の任務を与える。アジトや人員構成、取引先の貴族。あとできれば、背後にいる連中も暴いて欲しい。カリオス以外の任務は当分やらなくてもいいので、その分、きちんとした成果を出せ」


 ………。


 は?!


「期待しているぞ。何せ、君は、待望の頭脳面を担当する人材だ。戦いで役に立てない分騎士団を支えてくれたまえ」


 そのような期待の言葉を投げ掛けた後、副団長は未だにみっともなく気絶しているローランの方を向く。


「団長。彼は近衛騎士団の恥晒し。もし騎士団員である彼とカリオスの繋がりが世間に広まれば、近衛騎士団の名声は大きく傷つくでしょう。伯爵家の人間ではありますが、下手に生かして余計な事を喋られても面倒ですし、早めに処理しておくべきかと思います」


「ああ、奴はこのまま焼却して、残りカスはいつも通り地下水路に流しておけ」


「「了解」」


 何か物凄く物騒な事を命じたが、一見まともそうなイメージを抱いていた副団長とスノーさんも、さも当然のように了承するので、めちゃ怖かった。


 それから、椅子に拘束された状態で、意識を失ったままのローランを置き去りにし、全員で部屋を出て、分厚い扉を閉めると、フェルナンドさんがレバーを引く。


 すると、扉に備え付けられたガラス窓が真っ赤に光り、スノーさんが解説してくれた。


「この部屋は、尋問室兼処刑部屋になっており尋問後、生かしておく価値のある者は隣の牢屋に移送されますが、そうでない者は、部屋中に仕掛けられた炎を噴き出す魔法道具によって焼却されます。残った骨や灰は、地下水路に流すので、証拠も残らないんですよ」


 いや、笑顔で証拠は残らないんですよと言われても何一つ可愛く見えないぞ。


 魔法道具で発生する結界に守られているため、生きながらに体を燃やされているローランの悲鳴が聞こえて来ないのは外で待っている身として良いかもしれないが、ローランがアリシア襲撃の張本人だとしても、余り面識のない俺からすれば、この仕打ちは流石に可哀想だと思った。


 というか、例え嫌っていたとしても同僚を容赦なく焼き殺す事に戸惑いはないのだろうか?


「イグニス・ローランは模擬戦の後、理由も告げず突然失踪した。死体がなければバレはしない。新入りとはいえ黒騎士も、そのつもりで今後は対応するように」


 俺よりも少し若い近衛騎士団団長が、俺を含めて全員に、伯爵家の人間を始末した事を決して口外するなと命じ全員が頷いた。


 


 伝説の精鋭集団と聞いていたが、これは、もしかして、スゲーヤバい部署に配属されてしまったのではないか?


 もしかしたら任務に失敗した無能もこうなるかもと思うと、身体が震えてくるのを感じるが、ここに至って俺はある可能性に辿りついて、頭の中ではフル回転をしていた。


 俺のありもしない推理力について誤解を受けている事も勿論問題だが、それ以上の大問題に気がついてしまったからだ。




 貴族御用達の謎の何でも屋、カリオス。


 目的も正体もほとんど分かっていない謎の組織ではあるが、その正体に、一つの仮説があった。


 仮に、そのカリオスのバックに、他国の商会や政府機関がいるとしたら、一番怪しいのはどこか?


 いや言い方を変えよう。


 政府機関の線は、一先ず消して相手は商会だと仮定して考えよう。


 そういう事をできる豊富な資金力や人材を抱える商会と聞かれれば、どこが出てくる?


 まず一番に考えられるのは、世界最大最強の商会と名高いゼラシード商会だ。


 じゃあ、そのゼラシード商会で、情報収集やら裏工作を指揮していた人物は誰だ?


 ゼラシード商会自体は、ドリュアス要塞の戦いの後に、失墜して規模が縮小したけど、元々そういう部署を指揮していた奴ならば、使える人間は引き抜くよな?


 そして、そいつは今、共和国を倒したイスラ同盟国の政権中枢幹部兼、外交関係の長をしている。



 やっべええ!! 全部繋がったわ。



 あの男、魔王メルクリアが、同盟国の首都にあるオフィスで、何を画策しているかは定かではないが、カリオスを裏で操り、王国を舞台に絶対に何かを企んでいるのは明白だ。


 勿論、この推測は違うかもしれない。だが、上手くは言えないが、直感からほぼ正解な気がしてならない。


 悲しい事に、こういう予想は良く当たるんだ。


 もし当たっていたとしたら、メルクリアの手が既にここまで届いていた事になり、俺は恐怖を禁じえなかった。




 さて、今になって冷静さを取り戻し考察するとメルクリアとの約束は破ってしまったが、俺=黒騎士だと悟られなければしばらくは問題ないと、淡い希望を抱いていた。


 しかし、もしもメルクリアが王国で企んでいる秘密作戦をこの俺、黒騎士が潰してしまったら、どうなるだろうか?


 間違いなく、黒騎士の正体を二の次にして、計画を妨害した黒騎士を排除しようと狙ってくる可能性は十分に考えられる。


 というより、アリシアの一件でもう目をつけられている恐れは十分にある。


 カリオスにはこれ以上関わらない方が吉か?


 そうできれば幸いだが、これまたマズいことに、正式に近衛騎士団員になった後に、団長から直接命令を受けた以上、カリオスを調査して何かしらの成果を出さなければ、降格され衛兵行き、最悪、口封じも考えられる。


 おまけに、カリオス調査以外の業務はしなくてもいいから、必ず成果を出せと念まで押されてしまった。




 ヤバい、詰んだ。


 カリオスの正体を暴けば魔王に、何もせず無能を晒せば騎士団に消される。


 何より、騎士団が期待するような推理力が俺にはない事が露見してしまうのもマズい。


 こういう事になるから、組織内で働くのは嫌だったんだ!


 滅茶苦茶逃げ出したい。




 そんな思いを強く抱いたが、態度も悪く犯罪を犯したとはいえ、尋問された後、口封じであっけなく、かなり残酷な方法で殺されたローランの顔が思い出された。


 有罪は確定だろうが、弁明する機会も、謝罪する機会も、罪を償う機会も与えられず、家族に別れを告げる機会も与えられずに、同僚達に秘密裏に処分された者の哀れな姿を見て、ローランの結末は、様々な秘密を抱える俺の末路でもあるのでは?と強い不安を感じてしまったのだ。



「お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」


「頼むぞ!!」


「期待しているぞ」


「いきなり、大抜擢ですね」



 元同僚を容赦なく始末する連中に無理です、なんて言える勇気は俺にはないので、この場では首を縦に振って了承するしか道はなかった。










「うう」


 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋で、周囲には誰もいない。


「何だこれは?」


 椅子に座っていたようなので、立ち上がろうとしたが、身体が動かない。


 よく見ると、いつも着ている鎧を脱がされ奴隷が着るようなみすぼらしい服装をしていた。おまけに、鉄製の拘束具のような物のせいで手足が動かない。


 それに、記憶が曖昧だ。どうして俺様はこんな牢獄のような場所にいる?


「ちくしょう!! どういうことだ! とっと拘束を解きやがれ!!」


 そのうち伯爵になる俺様になんという無礼だと怒鳴り散らしたが、返ってくる言葉はない。


「俺様の鎧はどうした?! 陛下から頂いた一級品だぞ!! 返せ!! そして、俺様をこんな目に合わせた奴らは覚悟しやがれ!!」


 次期ローラン伯爵に対して不敬であるぞと何度も何度も叫ぶも、何も変化はない。


 もしや、死ぬまで、ここでこうしているのかと、恐怖に襲われたが、その時、大きな変化が起きた。


 部屋のあちこちにあった穴から、俺の体に向けて激しい炎が放たれたのだ。


「や、やめろ!! やめてくれ!! 熱い、熱い、死んでしまう!!」


 すぐに逃げようとしたが、拘束されているため、身体が動かせない。


 俺様は、今生きたまま、身体を燃やされたいる。


 最初に感じたのは熱。


 次に痛み。 


 体中の皮膚が悲鳴を上げている。


「もう嫌だ! 止めてくれ!! 俺様が何をしたというんだ!!」


 悪いことなど何もしていないはずだ。


 俺様は大貴族だぞ。


 偉いんだ。とっても偉いんだ。


 近衛騎士団に入れるような天才で、女も何人も侍らせている。


 金だって、いっぱいある。


 今は兄貴の金をこっそり使っているだけだが、そのうち俺様が当主になるんだから何も問題はない。


 そうだろ? そうだよな!!


 しかし、こんなにもやめろと叫んでいるにも関わらず、何も聞こえてこない。


 お願いだから、誰でもいい。俺様の声に返事をしてくれ!!


 皮膚からの痛みが消えた。すると今度は、身体の中が灼熱の炎に晒されているような感じを覚えた。


「お願いします。骨が、骨が焼けるように痛いんです! 止めて下さい!! お願いします。助けて!」


 分かった。全ての罪を認めてきちんと謝罪する。


 次期ローラン伯爵の座も糞兄貴のものだ。


 俺様は、近衛騎士団の席と古びた公爵家で我慢する。


 だから、助けてくれ兄貴!!




 もう一刻の猶予もない。


 さっきから、何も見えないし、何も聞こえないんだ。


 痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い。


 このままでは、本当に死んでしまう。


 本当にしん。




 不思議な事に、突然、痛みが感じなくなり、俺様の意識はそこで途切れた。




後半、加筆しました。

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