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第三十六話 幕間 前編  新たなる脅威

 アマダが旅立ってから約三週間後、王都で黒騎士の論功式が行われたその日、イスラ同盟国首都セントラル・イスラでは大事件が起きていた。




「ふー、今日はここまでじゃな」


 イスラ同盟国首都セントラル・イスラにある建物内の一室で、本日の仕事を終えたシギン・カルスタンは小さくため息をついた。


「この街も大きく変わったな。流石は共和国と言ったところか」


 窓の外を見ると、無数の建設途中の建物が見える。


 シギン・カルスタンは、この街が誕生した頃から、住んでいる最古参の住人の一人だ。あれから、一年ほどしか経っていないのに、よくこれほど発展したなとしみじみを感じていた。


 ドリュアス要塞での戦いの後、共和国との間に結ばれた和平交渉によって、この街、セントラル・イスラは共和国からの多大な援助を受けて急速に発展を始めた。


 勿論、築城の加護を用いたアマダの建築速度も常軌を逸してはいたが、あれはあくまで、一人の人間ができる範囲の話である。それに、あの頃は人口が二千人ほどしかいなかったので、建築需要がそこまでなかった。


 それに対して、今の共和国からの支援は、圧倒的な数の暴力だ。


 空鯨船によって、この街に移住してきた共和国人の数は二万人を超えて尚、日々増大している。


 彼らは、経済発展著しい、この地に金と夢を求めて来ているのだ。


 世界最大の造船所建設と、豊富な資源が眠るイスラの森から資源を回収する二つが目下の最大の目標ではあるが、そのための施設を作ってお終いではない。


 メインの施設で働く労働者達の住居は勿論の事、娯楽施設、飲食店、その他雑貨店等の生活を支えるお店や、そこで働く従業員たちの住む場所が必要だ。


 次々に誕生する需要が新たな仕事を生み続ける。経済的にはとても良い傾向に突入している。


 もしドリュアス要塞戦の後に、同盟軍が共和国首都を空爆していたら、共和国首都の復興のせいで、ここまで多大な共和国からの投資はなかっただろう。


 そう考えると、軍事拠点のみを標的に空爆していた同盟軍の判断は間違いではなかったとシギンは思った。


「脳筋のゴードンでは、ここまでの道筋を一人で立てるのは無理じゃな。全く、良い時に議長を引き継いだものじゃ」


 かつてイスラ同盟国内において、フェンリル傭兵団と並んだ二大派閥だったカルスタン家だが、共和国との戦争後の派閥争いに敗れて、今やその力は大きく衰えていた。


 評議会に席こそあるが、全ての派閥が、ゴードンに靡いてしまっている事もあり、カルスタン家が管轄していた資源管理委員会も、彼女の手の中から離れつつあった。


 そうした状況を経てメルクリアの薦めもあり、カルスタン家は、現在、新たに創設した空鯨船を使った民間の空中輸送商会を仕切っている。


 同盟国首都と共和国首都を繋ぐ運送を担っているため、経済面では大きな影響力を得たが、政治的影響力を大幅に失っているため、この状況もいつまで続くか分からない。




 シギン・カルスタンの当初の予定では、資源管理委員会を掌握して、戦争後の経済発展をリードするつもりだった。


 ちなみに、国防委員会を譲ったゴードンが、共和国との戦争勝利の功績で、議長に就任してしまった事に関しては、それに見合う戦果でもあるので止む無しと諦めてはいた。戦場以外はからっきしのゴードンをお飾りの議長に添えて自分が実権を握ればいいのだから。


 誤算だったのは、魔王候補の可能性を見極めるためとゴードンへの牽制と嫌がらせ目的で、シギン自ら呼び寄せたユーリ・メルクルアの存在だ。


 和平会議の際に、ゴードンがメルクリアを激しく叱責していた話を掴んでいたので、評議会は険悪な雰囲気になるとシギンは踏んでいた。


 だが、その予想に反して、もはや子分のようにメルクリアは、ゴードンに媚びへつらって、ゴードンも気をよくしてしまったため、あろうことか、二人の仲は極めて良好になってしまった。


 今では外務委員長の役職まで与えて、メルクリアが評議会のナンバー2と言っても過言ではない。


 こんなにも権力者に媚びる人間が本当に魔王なのか? と思わず、魔王候補から外しても良いではないかとシギンが考えるほどにメルクリアはよく働いていた。


 でも、考えてみれば、当然の帰結だ。


 人生の大半を戦場と魔法の研鑽、帝国内の宮廷闘争に捧げてきたシギン・カルスタンよりも、世界最大の商会の情報部長としての実務経験や、情報力、諸外国と強い人脈を持つメルクリアの方が、こういう場面では勝っているのだ。

 

 人脈面ではシギンも決して負けてはいないものの、対抗できる点はそれくらいだ。


 自分の年齢の半分にも満たない若造であるメルクリアに負けてしまった不甲斐なさを感じつつ、シギンは、大きくため息をつく。


 魔王の正体を探る調査も、内心では一族と派閥の復活を掛けた最後の賭けに近い。魔王の正体如何では一発逆転も狙えるが、使える人員が限られているため、勝算は少なかった。


「最有力候補ではあるが、メルクリアが魔王の線は薄くなってきた。魔王という存在は、王国貴族以上にプライド塊じゃ、あんな従順な小僧が魔王のわけがない」


 自分の計画をご破算にさせたメルクリアを少し憎んではいるが、イスラ同盟国の事を考えるのであれば、彼は有能だ。


 振り出しに戻ったなと、自信を無くしたその時だった。


「なんじゃ、この感覚は」


 突然、シギンは何かよくないことが起きるのではと胸騒ぎを感じた。そしてその正体を見極めるために慌てて、外へ飛び出した。










「はあ~、戻ってからも仕事は山済みか。こんな事なら、外遊先で休暇を楽しむべきだった」


 有能な人間ほど酷使される。


 初対面時から印象最悪だったゴードンから信頼を得たのは良いが、その分仕事を押し付けられた。


 外務委員長として、北方にある中小諸国との会談から帰ってきたメルクリアだが、首都の執務室に戻り、外遊中に溜まっていた仕事の山を見て思わず泣きたくなってきた。


「シギン・カルスタン。私の事を疑っているようだから、念のため、政治から遠ざけたが失敗だったな」


 潜在的敵対者を排除できたのは僥倖だが、有能な奴が職場から消えるリスクも背負わなければならない。


 評議会のメンバーは無能ではないが、急成長を続けるこの国を管理ができるほどではない。そして、悲しい事に、それができる人材は、自分が追い出してしまった。


 また、他の評議員達が、自分の手に余る仕事を押し付けてくるのも仕事量の増加に拍車を掛けた。


 正直に言って、今からでも土下座して連れ戻したいほど、後悔している。最近は、魔王の仕事は一切行えないほど忙しいのだ。


「あ~疲れる。ゴードンもダグラスと同じで手玉に取れるのはいいが、無茶な仕事を押し付けてくるのは変わらないな~」


 久しぶりに、酒でも飲まないとやっていらないと愚痴った矢先、執務室の扉を叩く音が聞こえてきた。


「外務委員長。お荷物が届いています」


「ああ、入ってきてくれて構わんから、ここまで持ってきてくれ」


 すると、扉を開けて、両手で持てるサイズの箱を持って、二十代前半頃の青い髪をした一人の男性が入ってきた。


(見ない顔だな)


 他の委員会で働く職員の顔も覚えているメルクリアだが、職員の制服を着ているこの男の顔に見覚えがなかった。


(外遊中に、新しく雇ったのか?)


 流石に、新しく雇った新人の顔までは把握できていないため、特に気にしなかった。


「荷物は、どこの誰からかな?」


 外務委員長という肩書に群がる人間は多い。覚えもないので、真っ先にメルクルアは賄賂だと判断した。


「分かりません。ただ、一緒に送られてきた紙には、すぐに開けてくれと書かれていたそうです」


 爆発物の類ではないだろうなと警戒しつつ、指示通りに箱を開けてみる。そしてすぐに顔を歪ませた。


「ポ、ポーラン……」


 箱の中に入っていたのは、一人の男性の生首だった。


 名前は、ジョーク・ポーラン。


 ゼラシード商会情報部に所属していた優秀な諜報員で、メルクリアが同盟評議員になった際に、自分が管轄するイスラ同盟国外務委員会内に設けた諜報部に引き抜いていた。


 ポーランは、メルクリアが魔王であることは知らなかったが、優秀な商会幹部であるメルクリアを尊敬して、国外の情報を届けてくれていた。


 長く付き合いもあり、信頼もしていた男の生首を見たメルクリアは、友の冥福を祈りつつ、こうなった原因を探る。答えはすぐに辿りついた。


「帝国か……よくもこんな事をしてくれたものだ! ポーラン貴様の仇は必ず取ってやる!!」


 ポーランが、自分の指示で帝国での潜入調査をしていた事を思い出すと、思わず怒りをにじませた。

 

 だが、その言葉を聞いて笑い声を漏らす人物がいた。この荷物を届けてきた青髪の新人職員である。


「何がおかしい?」


 怒気の籠ったメルクリアの問い、青髪の男は笑いを止めずに返事を返した。


「いやねえ、想像通りだなと思ったんですよ。 失態を犯した諜報員なんかゴミ箱に捨て置けばいいのに、流石はボクの最も尊敬する皇帝陛下が名指しで指名した忌々しい自由と平等を掲げる民主主義の旗頭的存在ですね」


 皇帝、その一言で、メルクリアは青髪の男の正体を悟った。


「貴様、バイキング帝国の者か?」


 メルクリアの問いかけに、青髪の男は口元を歪ませながら即答した。


「そうですよ。ボクの名前はネオ。女神に選ばれし七使徒の一人、賢者の加護を持つ者。そしてバイキング帝国主席魔法官です。以後お見知りおきを」


 流暢にお辞儀をするネオと名乗る男に対し、メルクリアは、内心では自分の正体が露見したのかとビクビクしながらも、殺意を込めて睨みつけるが、ネオは笑みを崩さなかった。


「それで、遥々こんな場所まで一体何の用だ?」


「なぁに、大した用ではございません。宮廷を嗅ぎまわるゴミ虫がいたので、持ち主の元へ返したまでですよ」


 そう言いながらネオはポーランの入った箱の方を見た。でも、この程度の安い挑発に乗るメルクリアではない。


「そうか、それはわざわざご苦労だった。時に知っているか? 私は、この国の指導者の一人だ。故に、貴様を捕まえることも可能だ」


 メルクリアの脅しにネオは、大げさに震え怖がる演技を見せた。


「おお、それは怖い。ところで、私は何の罪で捕まるのですか? 人権とやらを重視しているこの国では、外国人が相手でも、それなりに正当な理由が必要だと思いますが?」


 皇帝が死ねと言えば法に関係なく処刑される帝国とは違い、共和国と同盟国は法もあるし裁判もある。それを理解しつつもメルクリアは即座に返答を返した。


「理由など必要ない。私はこの国の暗部組織も管理している。貴様の存在は脅威だ。国の安定のために、情報だけ吐いて、誰の目に触れることなく死ね」


 どうやら、自分が魔王だという事は知らず、イスラ同盟国の要人であるからやってきたらしいが、完全に敵対している使徒を見逃す理由はない。


 だがしかし、その一言は、ネオの琴線に触れたのか、突然笑い出した。


「ハハハッハハハハ!! 民主主義とやらを、実現するのは結構だが、絶対に綺麗ごとでは解決しない多少の不都合は生じる。そして国を守るためには、誰かがそれを取り除かなければならない、もし発覚した際に、愚かな愚民どもに糾弾されるリスクを承知の上でね」


 笑いながら、ネオはそのまま、右手をメルクリアの方に向ける。


「そういう人間は大抵有能な人物だ。改めて分かったよ。君はこの国や統合軍を影から支える柱だ。だから、今ここで死ね! エクスプロージョン!!」


 ネオの右手を赤い光が包んだ直後、外務委員会が設置している庁舎は大爆発と共に倒壊した。




昼頃に、後半を投稿する予定です。

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