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第三十四話 アリシア無双

 馬車に乗って、数時間後、俺達はファルムの街に到着した。


 街の周囲は城壁に囲まれているため、確かに、ここまで逃げきれれば、盗賊も追いかけてはこないだろう。


 

 その名の通りファルム子爵という貴族が治めるこの街は、ファルム子爵領の中心にあり、領内では一番発展している大きい街らしいが、しっかりと路地裏まで石畳で舗装されていた共和国の都市や、発展著しいイスラ同盟国首都と比べるとあまりにもみすぼらしい。


 だだ、街並みだけでなく、ここに住む人間やその営みの方にも問題があるようだ。



 まだ昼間だというのに、道端で寝転んだりしている人や、商品がほとんど並んでいないのに開いている店がたくさんある。


 この目で初めて見る王国の街の様子を、馬車の中から窓を開けて伺っていると、アリシア公爵令嬢様は、こんな事を言ってきた。


「盗賊に襲われ、行きとは違う道を通っているせいで、私もこの街については、深く存じておりません。ですが、今の王国は飢饉のせいで、王都とローラン伯爵領以外は、どこもこんな感じですよ」


 どうやら飢饉のせいで、王国内の景気が急速に悪化しているようだ。


 王国の主要な輸出品は農作物で、その半分以上が、共和国に向けて輸出されているらしい。そう考えると、共和国も食糧難なのではと心配したが、俺が口にする前にアリシア公爵令嬢様が答えてくれた。


「共和国でしか作れない優れた工業品を欲している国は他にもたくさんあります。もう一つの三強である帝国や、ルブール王国や、キジミ公国、ノースランドのような三強以外の諸外国も互いに競って求めているので、どこの国でも作れる農作物しか輸出品がない王国と共和国では置かれている状況が違います」


 農作物は必需品ではあるが、どこの国でも作れるので、一部の産地限定の特産品を除けば、王国以外からでも買い付けることができる。


 翻って、王国の要求に見合う工業製品を作れる国は、共和国しかないため、取引先を選べる分共和国の方が優位に立っているらしい。


 また、このような経済状況の中、何を血迷ったのか、最近になって、王国上層部は、共和国との貿易を停止する決定をしてしまったので、経済不況は更に深刻なものになると予想されているらしい。


 

 終わってんな、この国。



 思わず、心の中で呟いてしまったが、そう言えば、心を読むことができるこの国の王家に連なる人間が目の前にいた事を思い出した俺は、やってしまったと感じた。


 慌てて、アリシア公爵令嬢様の方を見ると案の定、少しだけ頬を膨らませて拗ねていた。


「い、いや、でも、今は不況でもこの国の歴史は長いんでしょう? その内また復活するって」


 多分、何の言い訳にもなっていない気がするが、それでも今の言葉で怒っているならばと謝罪した。


「むー」


 でも、まだ怒っているようだ。


 向こうはこちらの心の内が読めるのに、こちらには分からない、少し不公平だと嘆いていると、アリシア公爵令嬢様は、ようやく、口を開いた。


「アリシア」


「ん?」


「アリシアと呼んでくださいませ」


 あれ、呼び方が不満なの、じゃあアリシアさんでどうですか?


「アリシア」


「……」


「アリシアと呼んでください」


「分かりましたよ、アリシア」


 この子本当にめんどくさいと強く思うが、この心の声すらも彼女には、駄々漏れなので、マジ面倒だなと心の中で大きく吠えてから、何も考えないようにして、心の中を無にした。


 だって、もうそれにしか対抗手段ないもん。


「そう来ましたか。ですが、これならば、平常心を保てるでしょうか?」


 そう言い、アリシアは何やら自信ありげに、着ている白いドレスの首回りに人刺し指を突っ込んで、そのまま俺の方に引っ張って、対面して座ったまま、俺の方にお辞儀をするかのように、上半身を前の方に少しだけ倒した。


 すると、服と肌の間に隙間が生まれて、彼女の胸元がよく見えるようになった。


 勿論、桜色の下着を着ているので、その豊かな双丘の全体が見えるわけではない。だが、上の方はくっきりと目に入ってしまった。


 あ、ヤバい。煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散。


 ここで、無理やり思考を停止させて再び、心を無にしたが、手遅れだった。


 この娘は、一体何と戦っているだろうか?


 彼女は、勝ったとばかりにガッツポーズを見せて、それはもう一目でご機嫌だと分かるほどの満面の笑みを浮かべていた。


 俺の方は、負けたと天を仰いで、同時にこいつ性格悪いなと、夢想したが、それでもしばらく間、アリシアは嬉しそうに顔をずっとにやけさせていた。


 




 街の一角で馬車が停まった気配を感じ到着したと判断して、俺はすぐに鎧を着ていたため、俺の素顔を知る者は今の所アリシアのみだ。


 そして、予想通りにすぐにグレゴールさんが扉を開けて顔を見せてきた。


「皆様、少し問題が発生しました」


 問題とは何か? きっとアリシアはもう知っているんだろうなと思いつつ、説明を待とうとしたが、その前に、何か気が付いたのか、グレゴールさんも嬉しそうな顔をしてアリシアの方を向いた。


「うん? 何だか、嬉しそうですねアリシア様?」


「え、ええ、そうかしら?」


「はい、お嬢様のこんなにも明るいお顔、私は久しぶりに見ました」


「そ、そう」


 実は、こいつ痴女ではないかと思ったが、先程のお遊びについて他の人に教えることはできないと判断する程度には、はしたない行為だったという自覚はあったようだ。


 後、痴女という単語が心の中に浮かんできた直後、一瞬だったが、彼女が鋭く睨んできたのを俺は忘れない。


「それでどうかされたのですか?」


 どうせ、アリシアはもう全部知っているから聞きにくいとだろうと判断して俺から聞いてみた。


「はい、先にもお話しましたが、今晩この街で一泊して明日の朝一番に出る予定だったのですが、街の方の不手際で通行証の許可審査に時間が掛かるそうで、一週間は掛かるとの事です」


「一週間!! それは長すぎないか!」


 通行証とは、馬車や荷車での領地間の移動の際に提出する書類で、これの審査を通らないと街の外に出ることができないのだ。


 どうやら、物品の移動の把握や、密輸、犯罪者の移動を防ぐための制度らしい。 


 とは言っても、絶大な権力を誇るオルトリンデ公爵家の許可証があれば、審査をパスして素通りできるみたいだが、今はそれができない理由があるようだ。


「やはりいくら何でも、一度に二百人近くの盗賊に襲われるのは不可解です」


「つまり、情報がどこから漏れて待ち伏せされていたと?」


「はい、それが事前に入念に準備されていたものなのか、それとも、単に、買収された下級役人が、オルトリンデ公爵家の馬車が通過したことを盗賊に密告していたのか、詳しい事は分かりませんが、ただ、万が一に備えて、今後は、オルトリンデ公爵家の通行証を使わずに私が懇意にしている商会の通行証を使うことにしました」


 なるほど、情報漏えいを防ぐために、居場所が一発で露見する恐れのあるオルトリンデ公爵家の通行証は使用できない。


 でも不手際で通常の通行証では時間がかかるのか。厄介だな。


 グレゴールさんは、俺たちに対して、現在、置かれている状況の説明を終えると、馬車の中に入って、俺と一緒に、一緒に運んできていた傭兵の遺体が入った袋を持ちあげて、どこからか借りてきた荷台に移動する作業を行った。

 

 その後、一枚の紙と金貨が入った小袋を差し出してきた。


「では、私は一先ず、この方々の遺体を共同墓地に埋葬する手続きを行いに参ります。葬儀の時間に関しては後ほどお伝えしますので、お二人方は、すぐ目の前にあるあのホテルで先に行って待っていてください」


 そう言い残し、荷台と共に去っていくグレゴールさん。


 彼が建物の角を曲がったところで、俺はアリシアに尋ねてみた。


「で? 君達を待ち伏せしていた犯人に心当たりとかあるの?」


 俺の質問にアリシアは即答した。


「はい、犯人かどうかは分かりませんが、私達のいる位置から見て右後方にある野菜を売っているお店の傍に長剣を背中に担いだ方がいます。その方は、街に入った時からずっと馬車を付けてきたようで、獲物を見つけたとか、尾行するとか、盗賊団の仲間が揃うまで手出しするな等の声が何度か聞こえてきました。それと手を回して私達の許可証の審査に時間が掛かるように手配したとも聞こえてきました」


 確定だな。襲撃してきた盗賊団、この街の役人あるいは上層部。そして黒幕は、繋がっていると見るべきだ。


 それにしても、万能に見えたが、忍者の加護では心の中の声しか聞きとれないから、実際に口で喋って命令したり受けたりした場合は、その内容は、分からないのか。


 また、街の中は人が多いため、能力の効果範囲内でも、馬車の中のように視覚外にいては、はっきりとは聞きとれないらしい。


 それ以前に君が遊んでいないで、もっと早く教えてくれれば、他にも色々と情報が手に入ったのにと、心の中で呟くと、彼女は申し訳なさそうに苦笑いを返してきた。


「今は?」


「今は、あの方にのみ絞って能力を使っていますが、私達を見失わないように、監視しているだけのようなので、特に何も考えていないようです」


 まあ、監視するだけならば、特に何かを考える必要はないわな。仕方ない。では聞いてくるか。


「アリシア、そのドレス姿は目立つから、ローブか何かないか?」


「ありますけど、どうするつもりですか?」


 アリシアは今、少し離れた距離にいるこちらを監視しているその男の心を読むのに集中しているようで、俺の考えが読み取れないみたいだ。なので、俺は口頭で説明して、ローブを上から纏ったアリシアと一緒に馬車から降りた。







「本当に上手くいくのでしょうか?」


 アマダ様からの作戦を聞いてもあまり上手くいくようには思えませんが、私もアマダ様の後をついていきます。


 それから、アマダ様はホテルの前から迷う事無く、真正面から監視していた男の人の元に向かいます。


(ん? あれ、何か、あいつらこちらに近づいてきてないか?)


 これには流石に、監視していた方も驚いたようで、静かだった心の中が大きく揺らいでいます。


(え! え?! 何で?! 監視がバレたのか?!! マズい一旦逃げねば!!)


 限界を感じたのか、監視していた男の人は背中を見せて慌てて、暗い路地裏に逃げ出します。


「あ、逃げました!!」


「それは、言わなくても分かる」


「え、ちょっと!!」


 アマダ様は、片手で私の身体を抱えると男の後を猛スピードで走って追いかけます。


 私としては、できれば両手でお姫様だっこして欲しかったなと小さな不満を抱きつつも、アマダ様は、狭い路地裏の先の行き止まりの馬車に男の方を追い詰めました。


「お、おい、何だよ!! 突然追いかけてくるんじゃねえ!! 衛兵を呼ぶぞ!!」


 追い詰められたと感じた男の人は、剣を取り出して振り回して、私達にどこかに行くように叫びました。でも心が読める私には別の声が聞こえてきました。


(この街の領主も、衛兵共も、俺達盗賊団『ヴェノム』の命令には逆らえねえ。こうなったら、一度、適当に冤罪をかぶせて衛兵共に連行させて、牢屋にぶち込んで逃げられないようにしてやる!!)


 ん? 領主や、領内の治安を守る衛兵が盗賊団の指示に従う? これは一体どういう事なのでしょうか? 


 盗賊団の一員だと改めて判明した男の人の心の声に疑問を感じていると、突然、アマダ様が、私の口を籠手で塞いできました。


「うぐ?!」


 口を塞がれて混乱しましたが、アマダの様の真意を知るために、加護の力を向けるとすぐに理由が分かりました。


(君の口を塞いだのは、君が他人の心を読むことができるという事を俺達以外に漏らさないようにするためだ、しばらく我慢してくれ。分かったな)


 納得した私は口を塞がれたまま、首を縦に振って頷きました。


(今から俺がこの男にいくつか質問をする。声には出さないだろうが、心の中では何かしら思い至る事が出てくるはずだ。それを聞いて覚えておいてくれ)


 分かりましたと私が再び頷くのを確認するとアマダ様は、男の人に質問をしました。


「お前はどこの盗賊団に所属している?」


「は? ふざけるなよ。俺はこの街を拠点に活動する傭兵だ!!」


 アマダ様の質問に、男の人は、心外だと大声を上げて武器を構えて睨み返します。ですが、心の中は違います。


(糞、どうして俺が盗賊団の一員だと分かった?! それに俺の監視能力は、盗賊団でも随一。何故バレたんだ?)


 しらを切る盗賊を無視してアマダ様は次々に質問を浴びせます。


「仲間は何人だ?」


「知らん!!」


「二十人くらいかな?」

 

「知らん!! 俺は盗賊じゃない!!」(くっ、どうしてそれを、やはりこの街に来る前に失敗した襲撃班から、俺たち『ヴェノム』の外で活動するチームの最大人数が二十人前後だと掴んだのか。だとしたら、命乞いした連中、情報を喋っていないだろうな?)


「ふむ、次の質問だ。アジトの場所はどこだ?」


「はあ、アジトだ? 傭兵である俺がいつも使っている宿屋の場所ならば話せるが、アジトなんて知らん!」(言えるわけないだろう!! 言ったらボスに殺される。なんせ、この街の領主様の屋敷の地下にあるんだから!! 偶にやって来る王都からの調査団もそれでやり過ごしているんだぞ!)


 確かに、アマダ様が質問をしても男は口を割りません。ですが、図星を突かれると心の中は不安定になるみたいで、場所や人物などの情報が次々に脳裏に浮かび、私は簡単に読み取ることができました。


 その後も、アマダ様は、色々な質問を投げかけます。盗賊の方は口では拒絶してますが、心の声は私に届いているので、全く意味がないです。


 それにしても、呪いだと絶望していた忍者の加護に、こういう使い方があるとは驚きです。


 聞きたくない心の声が聞こえてしまうと、毎晩泣いていましたが、世界が変わったような驚きを受けました。


 でも考えてみれば、つい先程、似たようなことを私もアマダ様に対してやっていました。


 ただ、あれは、秘密を共有できる仲間ができたので、ちょっぴり舞い上がって少しだけ大胆になっただけです。


 悪戯です。悪戯なのです。


 まあ、ああいう事をやったのは初めてでしたけれど。


 普段から、あんな事をやっている、はしたない女ではないのですよ!!

 

 このように、心の中の自分に言い訳をしていると、私の口を塞ぐのを止めて、アマダ様が話掛けてきました。


「俺が聞きたい事は大体、聞き終わったが、君はしっかりと聞けたか?」


「………」


 ヤバいです。後半の方は何も聞いていませんでした。


 自分の妄想の世界に飛び込むと、心の声は聞こえなくなることが分かったのは収穫でしたが、アマダ様の期待を裏切ってしまいました。


 ですが、この空気の中、聞いていなかったので、もう一回お願いしますとは言えませんし、ここは頷くしかないでしょう。


「だ、大丈夫です。安心してください」


 声が少しだけ震えてしまいましたが、この盗賊の方が所属する『ヴェノム』という名の盗賊団に関する情報は大体分かりました。ボスの素顔も名前も、アジトの位置も、ここの領主と裏で繋がっている事も全部把握済みです。


「じゃあ、こいつに、もう用はないな」


「ひい!!」


 そう言い残すと、アマダ様の手の平から雷が放たれて盗賊の方は地面に倒れました。ピクピク動いているので、気絶しているだけのようです。恐らく、アイテムボックスとやらに保管している魔法を解放したのでしょう。無詠唱で放たれれば、誰も躱せないと思います。


「よし、行くか」


「行くって、どこにですか?」


 と思わず、聞いてしまいましたが、わざわざ、声に出して聞く必要はありませんでした。でも本気なのでしょうか?


「ああ、本気も本気だ。面倒だからこれからアジトに突撃して、一気に蹴りを付ける。そう心配するな。君がいれば、あっという間に解決だ」



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