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第二十九話 王国編 プロローグ

新年、あけましておめでとうございます。

 共和国で起きたドリュアス要塞決戦から四か月後。大陸三強の一つユグド王国ローラン伯爵領にて。





「伯爵様。近隣住人は可能な限りこの城塞都市に収容しました。ですが、想定以上の領民を迎え入れたため食糧が全然足りません」


「どのくらい持ちそうだ?」


「今計算中ですが、一週間も持たないとの事です」


「それまでに王都からの援軍が間に合えば良いが……」


 部下からの報告を聞いた領主であるローラン伯爵という若き当主は、焦りを募らせながら、城壁の上から眼下に見える魔物の大軍の方へ目を向ける。


 下位種であるゴブリンやコボルトが目に付くが、中にはオークといった中位種も見える。ローラン領単独では撃退できないほどの大軍勢だ。


 魔王軍が領内に出現したという報告を聞き、ローラン伯爵は迅速な判断で、早々にほとんどの領民を領内の中心であるこの城塞都市に避難させる事に成功したが、都市は完全に包囲されてしまった。


 衛兵は勿論、私財を叩いて傭兵も雇い入れるも、兵力差がありすぎるため、籠城するのが精一杯だろう。


 しかし、多くの避難民を受け入れてしまったせいで、食糧には限りがある。援軍が駆けつけて来なければ、ローラン伯爵領はお終いだ。


 その事は、都市にいる人間全ての者が理解している。


 衛兵も傭兵も、防衛のために急遽徴兵された農民達も一週間を耐えきれれば助かると信じて、武器を取り互いに励まし合う。


「皆、聞け!! 一週間だ。一週間耐えれば、助けが来る。それまで何としても都市を守り、生き残るのだ!!」


「「「「おおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」


 長い籠城戦を前に、檄を飛ばすローラン伯爵。


 だが、当の本人の心の中は、とてつもない不安で押しつぶされる寸前だった。


(我が領は王都から疎まれている。もしかしたら、見殺しにされるのではないか?)


 そんな不安が脳裏をよぎるが、今は生き残らなければと彼は、武器を強く握りしめた。





 大陸三強の一角を占めるユグド王国。


 天候や資源に恵まれ人口も多く、大陸で最も長い歴史を持つ国と言えば聞こえはいいが、近年、他国からは老人の国と揶揄されている。


 建国以来ひたすら軍事に力を入れて大陸最大の領土を持つに至ったバイキング帝国。


 ゼラシード商会を中心に無数の商会が設立され、職人や商人が多く住み、優れた技術力と経済力を保持しているティルヘルム共和国。


 思惑はあれど国力向上のために、自国への犠牲を覚悟して前に進んできた他の二つの大陸三強とは異なり、長い歴史に胡坐をかいて何もしてこなかったのが、ユグド王国の実態である。


 そんな国が今日まで大国の威信を保ってこれたのは、フェンリル傭兵団のような戦闘力に長けた優秀な傭兵達や、王国で唯一精強の部隊と言われる近衛騎士団がギリギリの所で踏ん張っていたからだ。


 それ故に、傭兵や近衛騎士団、時代によっては使徒や勇者に国の防衛を丸投げして、安全な王都の中で、芸術や嗜好品を愛でることしか頭にない、歴史と家格という名の血統主義に凝り固まった腐敗した王国貴族達は、気が付かなかった。


 自分達の滅亡の時がすぐそこまで迫っていたことを。





 ローラン伯爵領。


 この時代、王国の各領主貴族達は、自分達の欲望を叶えるために、領民に重い税を課している所がほとんどだった中、数少ない、まともな税制を敷いていた領だ。


 圧政を敷かなかった理由は、ローラン領が共和国との国境に面し、王国内における共和国との貿易を一手に引き受けていたからである。


 王国は、共和国へ農作物を輸出し、反対に、武器や農具、家具、宝飾品などを輸入していたのだが、ローラン伯爵領は、その貿易の架け橋を担っていたのだ。


 地勢を生かして失敗を恐れずに大規模な投資を行ったおかげで、通行税や倉庫使用料などの安定的な収益を得て、物流の要所としての地位の確立することに成功したローラン伯爵領は、他の領地と比べて、各段に栄えてきた。


 更に、通行税や場所代に留まらず、共和国からのやってくる商人をもてなすために、飲食店から娯楽施設にも力を入れた。


 その甲斐あって、ユグド王国は王都以外は没落ぎみだが、ローラン伯爵領だけは、ここは経済発展著しい共和国かと錯覚するほど繁栄を極めていたのだった。




 しかし、そんな栄華を謳歌するローラン伯爵領を他の貴族達は、常日頃から面白くないと思っていた。


「家格はこちらが方が上なのに、どうして連中は甘い蜜を吸えるんだ、ゆゆしき事態だ」と声を上げた格上の辺境伯もいたが、共和国との重要な玄関口であるため、気軽にちょっかいを出せる土地ではなく、取り上げた所で、次は誰が管理するかで揉めそうなため、結局、誰も手出しができなかった。


 それでも、貴族達はチャンスが来るのを待った。


 チャンスと言っても、ローラン領を掠め取るほどの策謀を巡らせることのできる野心や能力を持つ者はいなかったので、奪うのでもなく、超えるのでもなく、勝手に落ちてこいと願っていただけだが。


 とても醜い願いだが、何とそれが叶った。


 驚くことに、優れた工業力を持つ共和国が、イスラ同盟国とかいう難民の寄せ集めが集った集団に敗北したのだ。


 この知らせは王国貴族達の共和国に対する考えを大幅に変化させた。


 各国を追われた敗北者の集まりに負けた共和国は、果たして自分達が組むに値する存在なのか?


 同時に、共和国製品は確かに素晴らしいが、それは単に王国が本気を出して工業に力を入れてこなかったと考えた貴族達と王家は、自分達は、世界で一番古い貴族の血を引いている優れた存在で、そんな自分達が治めるユグド王国は、その気になれば何でもできる国だと勘違いして、これを契機に今後は自国生産を掲げて、共和国との貿易を全て停止させる決定を下した。


 元からある程度の工業基盤を維持していた帝国とは異なり、国内にまともな職人がいない事もしっかりと把握していなかった王国貴族達のこの決定は、国の命数を一気に削ることになるのだが、この決定を下した時の、貴族達の頭の中を占めていたのは「ローラン伯爵領、ざまぁ!!」だった。


 故に、ついに魔王軍がユグド王国にも攻め込んできたが、御前会議では、既にローラン伯爵領を見殺しにして、その間に戦力を整えるという決定までしていた。


 共和国との貿易停止令により、経済的にも暗い影を落とし、止めとばかりに魔王軍が襲来するも、過去の妬みから援軍は来ない。


 今や、ローラン伯爵領の命運は風前の灯だった。







 籠城戦開始から十日が過ぎた。


 包囲下にあるとはいえ、高い城壁に守られているので、魔王軍の攻撃による直接的な被害は軽微だったが、食糧の方は、配給を減らして当初の予定よりも伸ばしたが、もう限界だった。


 ローラン伯爵領は、侯爵領を始めいくつかの領地と接しており、普通に考えれば、早ければ五日もあれば援軍が来る。


 にも関わらず、十日も過ぎたのに一向に援軍が来ないところ見るに、そういうことなのだろう。


「我々は見捨てられたのか?」


「きちんと中央に税金を納めているのに!!」


「どうして……」


「共和国との貿易を一方的に停止したりと、王都の連中は何を考えているんだ!!」


 最初は、籠城していた全ての者が、ローラン伯爵領が、他の領地よりも発展して、妬まれている事を知っていたが、まさか嫉妬からくる怨恨で、同胞である自分達を見捨てるとは全く思っていなかった。


 五日目までは、援軍の到着を期待していた。


 六日目は、何かあったのだろうかと心配した。


 七日目には、薄々察する者が出てきた。


 八日目には、援軍が来ないことに対して激怒した。


 九日目には、配給される食糧の少なさに嘆いた。


 そして、十日目の今日は、助けが来ないことをはっきりと悟り、悲壮感が漂うようになった。


「伯爵様。食糧配給はこれが最後になります」


 城壁の上で指揮を取っていたローラン伯爵は、部下から一切れのパンを受け取る。ついこの間までの豊かな食生活を思い出すと涙が出てくるが部下の手前、何とかこらえた。


「早々に、城を捨てるべきだったか」


 自嘲するローラン伯爵に対して、部下達は、首を横に振った。


「だとしても、領地を失った我々を他の貴族が許すはずがございません。伯爵様以下、主だった者は処刑され、領民達も農奴に落とされるでしょう」


 血統と先祖伝来の土地を守ることを最も尊ぶべきという教えが蔓延っているユグド王国では、一時でも領地を追われれば、貴族としては終わりだ。


 場合にもよるが、領民にも、奴隷同然の悲惨な末路が待っていることもある。


「誇りを捨てずに、最後まで戦う選択をした伯爵様の決断は間違いではなかったと私は思います」


 部下の言葉に励まされる伯爵。それがせめてもの救いだった。


「ありがとう。でも女子供まで、私についてくる必要はない。準備が完了次第、正面の門を開き、衛兵隊は、私と共に出陣し、囮になっている間に、傭兵隊は女子供を護衛しつつ一番近いエギール男爵領へ向かってくれ」


 味方の援軍は来ず、意思疎通ができない魔物には降伏することもできない。


 ローラン伯爵は、こうなったら、まだ体力が残っている内に一人でも多くの領民を逃がす事に注視すべきと方針を変えた。


 例え、他の領で奴隷扱いされようと、このまま都市に残って魔物達に殺されるよりはマシだと考えたのだ。


 だが、最後の最後で、一大決心をして方針を転換した伯爵に追い打ちを掛けるかのように、見張りの衛兵が叫んだ。


「伯爵様!! 敵の新手です!!」


 慌てて見張りの指差す方に目を向けると、地平線の彼方から、今都市を取り囲んでいる魔物の軍勢の倍以上の大軍がゆっくりとこちらに進軍しつつあるのがはっきりと分かった。


 その中には、城門破りと名高い上位種であるサイクロプスも数体確認できた。


 弓矢や魔法を跳ね返す硬い皮膚に、城壁にも届く巨躯を持ち、大木を切り倒して作った長いこん棒を使い門や城壁を正面から破壊する巨大な魔物の登場は、かつてない絶望感を勇戦していた戦士達に与えた。


「お、お終いだ!」


「災害指定の魔物であるサイクロプスまで来やがった。それも複数!」


「それだけじゃね。何だよあの大軍は、三万はいるぞ!!」


 敵の新手の登場で、ローラン伯爵の心は衛兵や傭兵達と同様に完全に砕かれた。


 逃がすのであれば、もっと早くに女子供を逃がすべきだったと、最後の最後まで援軍が来ることを信じていた自分の甘さを呪うローラン伯爵。


 もはやこれまでと多くの戦士達が武器を捨てた。


 魔物には降伏という概念はない。武器を捨てて命乞いをしても、助かる見込みは皆無で、年齢も性別も問わない一方的な虐殺が始まるのを待つしかないが、疲労と空腹と援軍が来ないという事実は、最後の無駄な足掻きをする気力までも奪った。


「すまない領民達。私はもう疲れた」


 全てを諦めたローラン伯爵は、自分の背後にいる領民達に対して謝罪の言葉を口にする。正にその時、奇跡が起きた。



 城に迫りつつある魔物の大軍の一部が、突然、宙に舞ったのだ。


「おい、これは一体!!」


「何だ! 何が起きている!!」


 信じられない光景だ。


 地を埋め尽くすほどの魔王軍の新手がバラバラの肉塊となり果てる光景を目の当たりにした衛兵達は、最初は夢か幻かと思った。


「何が起きている?」


 ローラン伯爵にですら理解に苦しむ光景だが、その答えは、一人の衛兵が指さす方にあった。


「おい、空を見ろ!!」


 魔物の大軍の頭上。雲より少し低いところから巨大な魚のような物体がゆっくりと降下している。


 また降下しながら、怪魚の腹の辺りから出てきた小さな物体が、地面にぶつかると魔物を巻き込んで激しく爆発した。


 しかも、一発や二発ではない。合計五匹の巨大な魚が、数秒間隔で腹から爆発物のような物を吐き出して魔物の大軍を一方的に蹂躙していた。


 魔物達も当然、自分達に危害を加えようとしている存在に気がついてはいるが、空の上を飛ぶ怪魚には手も足も出せず、隊形は乱れてパニック状態になっていた。


「もしかして、助かったのか」


「だが、あれは何だ?!」


 魔王軍を蹴散らしてくれているのは有り難いが、得体の知れない存在に助けられて素直には喜べない。


 ローラン伯爵も同じ意見だったが、空飛ぶ謎の怪魚が、降下して、はっきりと視認できた段階で、他の目撃者と同様にその正体に心当たりがついた。


「もしかしてあれは、前に一度だけお披露目でウチに来た空鯨船じゃないか?」


「魔法で空を飛ぶっていう船か?」


「そうだ。空鯨船だ。以前一度だけ、技術力の高さを見せつけるために、ここに来たことがある」


 衛兵達の言葉で、怪魚の正体に検討がついたが、そうなると新たな疑問が浮上した。


(空鯨船の技術を持つ国は、共和国と技術を奪った帝国の二か国だけのはずだ。しかし、帝国の空鯨船が本土から遠く離れたこの地まで来るはずがない。だとしたら、あれは共和国か? 敗戦し軍隊を取り上げられた国がどうして魔王軍と戦っているんだ?!)


 魔王と魔王軍の襲来は、一種の災害。


 大陸全土が危機に陥るまで各国が手を組み対処することはないのがこの世界の一般常識で、各国を纏める旗頭になる勇者が現れるまでは、魔王そっちのけで、国同士で戦争していた事もある。


 なので、ローラン伯爵は、先に王国の方から一方的に貿易を停止して、向こうから見れば間違いなく敵国扱いになっていると思われる共和国が、自分達を助けに来るが信じられなかった。


 思わず、何か裏があるのでは?と勘ぐってしまう。だが。


「うおおおおお!! ありがとう!!」


「助けに来ない、王国の連中よりもよっぽどいい!!」


 ありがとう。ありがとう。と歓喜の言葉を叫ぶ兵士達を見て、考えを改める。


 あの船に乗っている者達が、どのような策謀を巡らせていたとしても、自分達を見捨てた王国よりは、遥かにマシだと思えたからだ。

 


 数十分後、ローラン伯爵領は、食糧を抱えて救援に駆け付けた統合軍第六艦隊を熱烈に歓迎して迎え入れた。






 ゼラシード商会、ユニオン商会、そしてアマダのアイテムボックス、それらから生み出された従来の空鯨船はあくまで輸送船をベースに武装を施した船だったが、帝国が空鯨船の技術を手にしてしまった以上、もっと先を行くことが求められた。


 そして、過去の艦船の貴重なデータを有効活用して、統合軍は、最初から戦闘艦として設計された新型艦を建造した。


 その名も、ヴァルキュリア級戦闘空鯨艦。


 設計思想は、ドリュアス要塞で猛威を振るったアマダの建造したワルキューレ型を人の手で作ることにある。


 重力魔法を使う飛行ユニットや雷弓インドラのような対艦兵器は未だに完全には再現できないので、彼が倉庫に残していた物をそのまま流用しているが、統合軍が、共和国中から優秀な職人や技術者を総動員したおかげで、現段階でも、それ以外の部分は、何とか用意できた。


 また、戦艦として一から設計したおかげで、バリスタの設置場所は増え、格納庫の容量もアップした。


 今回は間に合わなかったが、飛行ユニットやインドラの解析も八割方完了しており、量産も時間の問題である。



 さて、今回の遠征に参加した空鯨船の内、五隻はヴァルキュリア級の中の一隻、旗艦のブリッジに一人の男がいた。


 艦長席とは別に新たに増設されたVIP用の特等席に座るその男は、誰にも悟られないように、心の中で静かに命令を発した。



(お前達は、このまま太陽とは逆の方角に進め。その先にはケルベロスがいる。今後は奴の指示に従え)



 イスラ同盟国外務委員長に就任していた魔王ユーリ・メルクリアは、眼下に見える配下達に撤退するように指示を下す。


 その光景を眺めながら、しばらくすると偵察役のクルーからの魔王軍が戦域から撤退しつつあるという報告が伝声管を伝って、ブリッジに木霊した。


 その報告を耳にした統合軍空軍所属、第六艦隊提督リチャード少将は大声を出して新たな指示を出す。


 この男は、以前、共和国軍人として、イスラ同盟国を爆撃し返り討ちに合い、ずっと捕まっていたが、大統領とダグラス以外の戦争責任を問わないと決められた和平交渉によって、釈放された過去を持つ。


 その後、メルクリアによって人材不足の統合軍空軍の将校の座を与えられたので、リチャードにとって、VIP席に座り黙って戦いを見守るユーリ・メルクリアは、失脚した自分を救ってくれた恩人でもある。


「よし、追撃はするな。亡きアマダ議長の仇討ちをしたいのは理解できるが、今は、ローラン城塞都市の周囲から魔物を追い払えればそれでいい」


 四か月前に、魔王軍によって、建国の英雄カナメ・アマダ初代評議会議長が殺されたニュースは、イスラ同盟国、共和国双方に大きな影響を与えた。


 旧イスラ同盟軍関係者が多く在籍する空軍には、彼の仇討ちに燃える将校が数多くおり、過剰なまでの攻撃を行っていたが、大局的見地からリチャード少将は兵士達に自制を促す。


 それから、各部署に一通りの指示を出すと、敬愛するメルクリアの方を見て一礼する。


「メルクリア外務委員長、一先ず、魔王軍は撃退いたしました。予定通り、ローラン伯爵側との交渉はお願い致します」



 全ては自分の想定通りに事が運んでいる。



 リチャードの言葉に、メルクリアは少しだけ笑みをこぼして小さく頷くのであった。






 数日後、ユグド王宮に衝撃が走る。


 王宮にもたらされたのは、イスラ同盟国とローラン公国の二国からの一方的な通告であり、新国家ローラン公国から来た使者は、ユグド国王と貴族達が集う王宮にて、公王からの声明文を読み上げた。


「ローラン伯爵領は、ユグド王国からの独立して今後はローラン公国と名を改める。そして、我が国は魔王撃破のために、統合軍への参加を決定した。また共和国の各商会が魔王に荒らされた国を復興するため支援することも約束した」


「これを受けて、イスラ同盟国評議会は、統合軍に参加したローラン公国の安全を確保するために、駐留軍の派遣を決定した」


 ローラン伯爵と面会したイスラ同盟国外務委員長ユーリ・メルクリアは、戦後復興と安全保障を餌に、ローラン伯爵領を対話によって、王国から切り離して、統合軍の一員に加えることに成功した。


 ユグド王国から独立を果たしたローラン伯爵領は、新たにローラン公国へと名を変えて、ローラン伯爵は、初代公王となる。


 愚かな王国に愛想を尽かして、寝返った対価に、強大な後ろ盾を得たローラン公国には、現在、統合軍空軍に続いて陸軍までもが進駐しており、元からあった貿易用の倉庫に山のように軍需物資を詰め込み、更に砦や基地を整備して公国の防衛網構築に全力を挙げていた。



 公国からの使者が声明文を読み終わると、広聴していた貴族達から怒号が響き渡った。


「一体、何をふざけたことを言っておる!!」


「イスラ同盟国だ?! 統合軍だ?! 大した歴史もない新参者風情が調子に乗るな!!」


「栄えあるユグド王国の土地を汚すなど万死に値する!!」


「しかも聞けば、イスラ同盟国のトップはあの大罪人ゴードン・フェンリルじゃないか!!? 森の中でおとなしく余生を送るのであれば、寛大な心で見逃してやろうと思ったのに、愚かな事をするものだ!!」


「大体、ローラン伯爵は昔からおかしい。我らのために、農作業だけさせれば良い平民共を肥させることは、貴族優位主義を掲げる国是に反する!!」


 当然ながら、ローラン伯爵領の独立など許すはずがなく、自分達が先にローラン伯爵領を見捨てたことなど完全に忘れて、罵詈雑言の嵐だった。


 そしてしばらくすると、一人の貴族がこんな事を提案した。


「そうだ! いっそのこと、その統合軍とやらを我々の手で粉砕してみてはどうかね?」


「面白い。帝国も共和国も近年、調子に乗りすぎている。ここらで一度ガツンと一発叩き込んでやれ!」


「大陸中の全ての国々に今一度、我が国が重ねてきた歴史の重さを知らしめるべきだ!!」


「では、ユグド国王の名において、イスラ同盟国、いや蛮族国との戦争を宣言する!!」


「蛮族国!! イスラの森で野盗のように暮らす連中にはお似合いの名前ですな。流石は国王陛下!!」


「おい、誰か、その使者を斬って首をローラン伯爵の元に送り返せ!! 次は貴公達がこうなる番だと文を添えてな」


 一人の貴族が衛兵に命じると、公王だけでなくイスラ同盟国の代表でもあったローラン公王が送り込んだ使者は悲鳴をあげて命乞いしながら首をはねられた。


 これで、もはや後には引けない。


 こうしてあっという間にユグド王国は、イスラ同盟国・ティルヘルム共和国・ローラン公国と戦争することになった。


 だが、悲しい事に、大空を支配する竜に喧嘩を売った事を誰も知らない。


 社交界や芸術鑑賞に忙しく、碌に他国の情報を仕入れていない王国貴族にとってイスラ同盟国とは、かつて追いやったゴードン・フェンリルが率いる赤い狼の残党という認識だった。


 イスラ同盟国側や帝国が躍起になって力を入れている空鯨船についても全く知らない有様だ。


 共和国は、経済や技術力は凄いが、長年防衛軍と称して自国の防衛のみに専念した共和国軍が強いとはこれぽっちも思っていない。


 なので、仮にも過去に帝国との戦争で鬼神の如き活躍をしたゴードン・フェンリルと狂戦鬼ロカ・フェンリルがいるならば、イスラ同盟国が、共和国相手にまぐれ勝ちしておかしくはないと誰もが考えていたが、王国相手に勝つのは不可能だと確信していた。


 その根拠は、ゴードンが、かつて竜騎士にして王国近衛騎士団長を務めるレヴァン・ゼーレスの前に大敗した過去があるからだ。


 貴族達は、赤い狼の残党と共和国軍が連合を組んで統合軍を名乗っても所詮は敗北者同士の烏合の集団。毛ほども脅威になるとは思っていない。


 一回勝っているし、次も当然のように勝てるだろうと高を括っていた貴族達は、開戦を決定した段階で、勝利は間違いないと疑わず戦後の利益配分について話し合うのであった。







 

 どうしてこうなった……。



 まともに議論もせずに、あっという間に統合軍との開戦が決まってしまった。


 もう勝った気でいるのか、ある貴族は戦場がよく見える特等席で観戦会をやろうと提案し、またある貴族は手柄を立てようと、傭兵団を雇って敵将の首を獲ってみせると豪語している。


 王国貴族が腐敗している事は知っていたが、まさかここまで酷いとは……。


「黒騎士殿。どうだ?君も参戦にしてみては? 君ならば、軟弱な共和国軍主体の統合軍など瞬殺だろう?」


「ハハハッ、だといいですけどね」


「謙遜はよくないぞ。そうだ!! 君にも手柄を得るチャンスをやろう。私の権限で君を将軍に推薦しようではないか!!」


 ここ最近お世話になった公爵家の当主の提案に空笑いするほかない。


 この人は悪人ではないが、世の中を何も知らない。





 それにしても、イスラの森を出て四か月で、本当にどうしてこうなった。


 俺は、空中要塞建造に必要なキーアイテムを探しに王国に来ただけなのに……。


 幸運にも、死んだ事にできる状況を作れたため、名前をカナメ・アマダから黒騎士に改名して、新たなステージに踏み出したと思ったら、早くも崩れ落ちそうだ。



 自分の目的も崩壊しつつあるが、今は心の中でユグド王国の命運を静かに祈り、それから、どこで間違えてしまったのかと、四か月前の事を頭の中で思い出して検証を始めた。



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[一言] いつの間にやら宮勤めに・・・
[良い点] 激動の黒騎士!
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