第二十六話 負けた……
もし共和国側が我が国の降伏勧告を拒否した場合、俺達は何十万という人間が住む共和国の首都を空爆することになっていただろう。
それだけに、こちらの降伏勧告を共和国側が飲んでくれて本当によかった。
ドリュアス要塞を破壊した後、発光信号を用いて、共和国側とコンタクトを取った同盟軍艦隊は、戦場から少し離れた場所で、互いに顔を合わせて協議をすることになった。
共和国との交渉は一度失敗した経験があるので、今も余り気乗りしないのだが、前回とは異なり、共和国側は窮地に立たされていると思うので、こちらを見下すことはないだろう。
そう考え、これが議長としての最後の仕事だと気合いを入れ直した。
現在乗船していたロカが艦長を務める二番艦は会談の場所に向かって移動する。
目的地の上空に到達すると、既に共和国側の準備は完了していたようで、何もない平地に数台の馬車と天幕があるのを確認できた。
着陸するために、ゆっくりと降下していく艦。
艦の窓から地上の様子を観察していると、ある人物がいることに気が付いた。
「あいつは確か……」
間違いない、以前、共和国側の使者として来たあの金髪イケメンだ。
顔はイケメンだが、散々こちらを見下し罵倒して、捨て台詞を吐いたので、絵に描いたような小物という印象しかない。
国の命運を左右するような会談にあんな奴連れてきたのか。こんだけやられても共和国側は、まだこちらを舐めているのかと怒りすら覚えるが、俺の横にいた元共和国軍人であったロイドは、何やら違う意見をお持ちのようだ。
「共和国側の交渉役は、あのユーリ・メルクリア殿ですか。これは向こうも本気のようですね」
「本気? 俺には未だにこちらを馬鹿にしているようにしか見えないのだが?」
以前、こちらの事を負け犬が作った劣等国家だと散々貶していた奴だ。
よって、俺の中の評価は最底辺だ。
現在の状況を考えれば、正直、とうの昔に失脚したとばかり思っていたが、ロイドの顔を見て、ある事を思い出した。
「そうか。前の会談の時、お前は炭鉱で働いていたから、会議には参加していなかったのか」
前の会談の直前にロイドは村に流れ着いて来ていたので、新参者扱いで炭鉱夫をしていた。
その事を思い出した俺は、改めてユーリ・メルクリアという人物に尋ねてみた。
共和国の名家の出であるユーリ・メルクリアは、幼少の時から将来を嘱望されるほど多彩な才能に恵まれていたらしく、その期待を裏切ることなく軍の士官学校を主席で卒業した。
その後、いくつかの国境付近の小競り合いで目覚ましい功績を挙げて、優秀な人員が配属される教導隊に入隊し、数年間、兵士の育成に努めた。
数年前に王国との間に突如勃発した紛争の時には、実地訓練に巻き込まれる形で訓練兵を率いて戦闘に参加。精鋭部隊顔負けの戦果を叩き出したこともあるそうだ。
この時点で、史上最年少で大佐の地位まで昇進しており、次世代の共和国軍の担う人材だと誰もが思っていたが、ある日突然、軍を辞めた。
上層部は当然引き留めたが、彼が軍を辞めた理由を知り諦めた。
ダグラス・ゼラシード。実質的な共和国の影の支配者で、共和国軍の武器や兵糧を一手に扱う巨大商会のトップが直々にユーリ・メルクリアを引き抜いたのだ。
そして、メルクリアは着実に成果を積み上げて、あっという間に商会の上位幹部である情報部長の席を射止めたのだった。
この話を聞いて俺は、名門大学を卒業して、給料や自分の能力に応じて様々な大企業や外資系企業を渡り歩きキャリアアップしていくエリートサラリーマンみたいな奴だなと思った。
少なくとも、ロイドの話を聞く限りでは、俺のように一つの会社にしがみつかないと生きていけない人間とは大違いだと判断できる。
「分かった。とんでもなく優秀な人間という事だな。それで、そんな人間がどうしてあんな発言をしたんだ? お前だって少しは聞いているだろう? それとも、自分の能力に鼻をかけて周りを見下すような奴か?」
当事者ではないが、ロイドも以前メルクリアが来訪した際にぶちまけた暴言の数々を聞いているが、それについては分からないと首を横に振う。
「分かりません。自分は以前、戦場で彼と会った事があります。その時、私の歳は彼よりも三つ上でしたが、階級の方は彼の方が二つ上でしたが、こちらを見下すような言動はなく、誠実で真面目な印象を持ちました」
なるほど、ロイドから見れば、完璧人間なわけか。
能力も高く家柄も人柄も良いと、それで可愛い彼女や奥さんでもいたら、俺のような器の小さい人間は、リア充死ねと呪ってしまうな。
「分かりません。本当に分かりません」
理解に苦しむと呟くロイド。やがて艦が着陸した事を知った俺は彼を伴って会談の場に移動した。
会談に参加できる数は双方三名ずつと予め決めていたため、その三人を誰にするかで、揉めたが、俺とゴードンそれからロイドの三名で決着がついた。
俺達は、艦を出て共和国側が用意した天幕の中に向かう。そこで待って居た共和国側の三人の代表の内の一人は、先程話題に上がったユーリ・メルクリア本人だった。
最初の自己紹介で知ったが、こいついつの間にか、臨時とはいえ共和国のトップである大統領に就任していたらしい。
軍人→企業幹部→大統領。
俺と歳はそう変わらないように見えるが、マジで何なんだこいつ。
神様から与えられた加護を使って、望んだわけでないものの俺は一国の主になったわけだが、メルクリアはチートに頼らずに、己の力だけで大国の頂点にまで成り上がった。
何だか、こいつを見ているだけで、差をしみじみと感じさせる。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
「何故貴様のような輩が代表者としてここにいる!!」
共和国内で、どれほど輝かしい経歴を持っていたとしても、かつてこの男が俺達にした仕打ちを同席していたゴードンも忘れてはいなかった。拳で机を叩き、怒り心頭のご様子だ。
無論、俺も同じ思いだが、俺に代わって隣でゴードンが猛抗議してくれていたこともあり、何とか耐え、黙って成り行きを見守る事にした。
「お会いするのは、これで二回目になりますね。あの時の事は本当に申し訳ありませんでした」
スーパーエリートで出世街道を驀進している彼もあの時の事を気にしていたのだろう。開口一番に反省した顔を下げて謝罪の言葉を口にする。
「イスラ同盟国の皆様。前回の会談時に皆様を深く傷つけてしまい、真に申し訳ありませんでした」
でも、少し謝って済む問題ではない。
「何だ?! ふざけているのか? 俺達の事を負け犬だの劣等国家呼ばわりした癖に、いざ戦って負けたら、手のひら返しか? もしかして、対等な相手と認めてやるから兵を退けと言うつもりじゃないだろうな?」
戦場で鍛え上げた強面の男が怒りを爆発させれば、それはそれはとても怖い。
過去の件に関しては百パーセント、メルクリアが悪いので同情の余地はないのだが、今のゴードンからは、サラリーマン時代に見たパワハラ上司がブチ切れている光景を思い出された。
なんだか身体が震えてきた。
ゴードンが本気で怒るとこんなに怖いという事を再認識しつつ、あの怒りの矛先が俺でなくて本当に良かったと小さく安堵してしまった。
ただ、あまりにもきつく怒鳴るため、共和国側のデスクワーク系と思しき残りの二人は完全に委縮してしまっている。ロイドだって、触らぬ神になんとやらで、明後日の方を向いていた。
そんな状況下でありながら、意外な事に渦中の人物は、他の二人とは違い萎縮しているようには見られない。
余計な口を挟めば火に油を注ぐだけだと判断したのか、ただひたすらに頭を下げて嵐が過ぎるのを待っているように見える。
賢明な判断だ。
ロイドの証言通り、家柄に胡坐をかかずに、最前線からここまで伸し上がってきた人間だということが証明されたわけだ。
ゴードンの怒鳴り声は、俺から見てもきつく見えることもあり、正直、これでストレスをため込む性格でなければ、日本で良い社畜になれるなと思わず感心してしまった。
同時に、順風満帆の人生を送っていても、やっぱり組織の中で這い上がるには苦労を伴うんだなと改めて実感したりもした。
しばらくの間、ゴードンの怒りと真正面から顔を逸らさずに黙って受け止めるユーリ・メルクリア。
ただ、そんなメルクリアの態度が気に入らないのか、ゴードンの怒りは更に加熱していく。
「おい! 聞いているのか?! 何とか言ったらどうだ!! ああん?」
ゴードンさん。顔が超怖い。
彼は元々戦場で戦い抜いてきた超体育会系だ。
俺自身が立場的に上に立つ人間なので、あまり気にしてこなかったが、彼について振り返ってみると、上には従順、下にはきつく当たっていたと思う。
別にはそれが悪いとは思わないが、こういう輩は、俺が苦手としているタイプの人間なのは確かだ。
何度も言うが本当に運が良かった。
ゴードンが俺の上司だったら、相当苦労していただろう。
彼が俺に対して媚びへつらってくれて本当に良かったなどとしみじみと感じる。
「おら! 黙っていないで、何とか言ったらどうだ!!」
すると、一方的にやられてばかりのメルクリアを不憫に思ったのか、今まで、口を閉ざしていた共和国側の二人が遂に口を開いた。
「確かに、前回の会談の際のメルクリア大統領の行動はあなた方を深く傷つけた。それは間違いない事実です。しかし、あの行動の全ては、当時の上司であったダグラス・ゼラシードの命令だったのです」
「戦争継続を望むダグラス会長や、前大統領の命令で仕方なくやったのです。決して本心からあのような行動に出たのではありません」
この二人の肩書は外務局と内務局で働く官僚のトップであると聞く。二人共、年齢は五十代後半に見え、メルクリアよりも二十以上も上だが、一緒になって頭を下げてメルクリアを庇う。
先程まで借りてきた猫のように怯えていた奴らが、勇気を振り絞って歴戦の戦士であるゴードンに立ち向かっている。
大した根性だなと思わず感心してしまった。
こうなると、流石にゴードンもやりづらいようで、拳を仕舞った。
ふ~、やれやれ、これで終わった。
理由はどうあれ、あの時のメルクリアの言動は確かに外交非礼だった。
俺も彼に対しては怒りしかない。
それでも、あの時の無礼に落とし前を付けなければ、交渉は始まらなかった。
なので、結果だけ見れば、大人げないほどにゴードンが叱責した事は良かったのだろう。
これで憂いはない。
ようやく会談を始められると安心するのだが、それでもまだ、ゴードンは不満を持っていたようだ。
「分かりました。俺個人としては先の彼の無礼な振る舞いを許しましょう。……ただし、国民の多くは許さない。そこで、議長、あなたに処遇を決めて欲しいのです」
え? あんだけやってまだ足りないの? つか、ここで俺に振る?
どれだけ恨みがあろうとも、あの時とは違い、こいつの今は一国の大統領だ。流石にこれ以上責めるのはどうかと思うぞ。
などと、心の中ではもう許してやれよと思うものの、ゴードンはまだ足りないと言い放った。
「全国民から尊敬されるあなたが許せば、我が国の民も納得するはずです」
え~。これ以上どうしろと。
困惑していると、メルクリアもまだ贖罪が足りないと思っているのか、俺の方を向いて頭を下げる。
ついでに、他の五人も俺の方を向き、決断を待っている。
う~む。本当にどうしようか?
ここで甘い対応をすれば、自国のイスラ同盟国の人間から失望されるだろう。
しかも、イスラ同盟国は犠牲を払いつつも戦争に勝利した。
折角勝ったのに、戦争が拡大した原因を作ったとも言える人物を気軽に許せば、イスラ同盟国の国民が黙っていない。
だが、反対にやり過ぎるのも良くない。
官僚まで頭を下げていることから分かるように、メルクリアという人物は、共和国では人望の厚い人間であることが伺え、敗戦処理をしっかり行えると確信して議会が臨時大統領に指名している。
そんな人物に対して、むかつくから席を外せや、今すぐ大統領を辞めろと要求すれば、やっと実現した会談がご破算になるかもしれない。
大体、どちらにしても、臨時大統領らしいので、そのうち勝手に辞職するだろう。
では、個人的に慰謝料を求めるのはどうだろうか?
いや、物々交換で間に合っているイスラ同盟国には現在、通貨制度はない。こいつの財産を少し奪っても大して意味はないだろう。
優秀なのだから、大統領の任期が終わったら、うちに来て馬車馬のように働けというのはどうだ?
ダメだな。正直、イスラ同盟国に来たこいつの身の安全は保障はできない。後、償う期間を長引かせるのは面倒だ。可能な限り、この問題については、今この場で終わらせたい。
あれでもない、これでもないと、しばらく悩んでいると妙案が浮かんだ。
「よし、これで行こう!」
俺は、振ってきたゴードンに改めて確認をした。
「本当に、俺が満足すれば、それでいいんだな?」
「はい、議長は我が国そのもの。あなたが許したと言って、文句を言う者がいたら、俺がぶっ飛ばします。そもそも、彼らはこちらの降伏勧告を受諾しているのです。何をやっても文句は言われませんよ」
ふむ確かにどうだな。その言葉信じるぞ。
決心した俺はメルクリアに向かって言い放つ。
「では、土下座をしてもらおうか」
俺は器の小さい人間だ。その自覚はある。
なので、同期が出世していくのを見て嫉妬を覚えていた時期もあった。
そして、一時期は、自分も負けるものかと頑張ったが、結果は空回りして、疲れ果てて競争していく意欲を失った。
つーわけで、どれだけ他人の見えない所で努力し、悩み苦しみ足掻いていたとしても、順風満帆の人生を送っている奴は基本嫌いだ。
心底、俺って本当に屑だなと思うけど、俺は善人でもないし、まあいいか。土下座の強要は日本では犯罪行為に当たる。でも、ここは異世界。幸いなことにそんな法律はない。
さあ、必死の努力で昇り詰めたようだが、与えられたチート能力で成り上がった俺の前にひれ伏すがいい。
などと、心の中で高笑いしていたのだが、何やら全員の反応が少しおかしい。
「うん? あれ、もしかして土下座を知らない?」
確かにここは異世界、その可能性はあった。
それならば、やらせてもあまり意味がないので別のを考えるかと思案に入ろうとすると、恐る恐るロイドが尋ねてきた。
「あの、土下座というのは、平に座って額を地面や床に擦り付けてするあの謝罪方法でしょうか?」
「何だ? 知っているじゃないか」
「ええ、過去に召喚された勇者が広めました。ただ、それはちょっと……」
過去に召喚された勇者。そう言えば女神様は日本人を勇者として、この世界に送り込んでいるとか言っていたな。それならば、広まっていてもおかしくない。
説明の手間が省けてよかったと気軽に考えていると、意を決したかのように、メルクリアがこちら側の方に移動してから、敷物の上に正座した。
「まさか!!」
「いけません!!」
「これは私が過去にしてしまった過ちを正すための贖罪だ。私一人のプライドのために、共和国を滅ぼすわけにはいかない。それに、私はあくまで敗戦処理のための臨時大統領。歴史に汚名が刻まれるのは既に決定事項だ」
「閣下……」
その様子を見て、驚きのあまり立ち上がるロイドと共和国側の代表者達。だが、メルクリアは手のひらをかざして静止させる。
あれ? もしかしてやっちゃった?
そうだよ。土下座文化が根付いているならば、むかつく相手でも一国の指導者にやらせるのはその国の威信に関わるじゃないか。
やべー、いくら降伏勧告を受諾したとしても、自分たちの指導者がここまでコケにされたら、共和国の国民が激怒して戦争継続を叫ぶかもしれない。
メルクリアの立派な経歴に少々嫉妬してしまい屈服させてみたかったのは事実だが、今更になって冷静な判断を取り戻した俺は、やっぱりやらなくていいと言い掛けるも、その前に、止める間もなく彼は、地面に額を擦り付けてしまった。
それはそれは、見事な土下座だった。
一切の迷いなく、潔くやるもんだから、とても気高く見える。
ともかく、心の底で本気で謝罪している事が一目で分かるほど美しい土下座だった。
……なんだろう。
やらせた側なのに、格の違いを見せつけられて、人間として負けた気がする。
何故だろう。もう嫉妬すら起きない。完敗だ。
メルクリアの土下座姿を見て、心の中で何かが揺れ動く。
こいつは命令とはいえ、意図して相手国の人間の気持ちを踏みにじり、組織のため国のために、自ら汚れ役を演じきった。
俺には、とても無理だ。
自分にはできないことをやったからだろうか。会談前までは、最底辺の評価だったが、今はメルクリアに好感を抱いている。
同時に、何だか、自分が惨めに思えてきた。
この戦いが終われば、引退する予定だけど、恥を重ねないように今後は、大人の対応をしよう。
全て許すから顔を上げてくれとメルクリアに伝えると、彼は顔を上げて席に戻る。
そして、ようやく会談の幕が開き、俺達はこの戦場に魔王の手が迫りつつあることを知るのであった。
土下座の意味自体は、日本と全く同じだ。
ただ、過去に勇者が行った謝罪の方法という伝聞があるためか「この世に土下座に勝る謝罪方法は無し。土下座をするということは命以外の全てを相手に差し出して、相手の望むままに全てを受け入れる」というかなり強い意味を持ってしまっている。
少なくとも、日常生活で軽々しく使うことは絶対にない。
使用される場合の例を挙げるならば、王国では犯罪がバレた貴族が罪の軽減を願う時、帝国では大失態犯した将軍が皇帝に助命する時、共和国では事業に失敗した商人が出資者に情けをかけて欲しい時に使われる事が多い。
人生が破滅する寸前の最後の悪足掻きとして、助命を乞うために、一か八か使用されるのだ。
その事を踏まえて考えると、同席していた二人の官僚も、何らかの贖罪が必要であるとは考えていたが、土下座までするのはやりすぎと考え、国家の体裁と将来有望な若者の経歴を守るために、止めるつもりだった。
今はイスラ同盟国側だが、メルクリアの人柄を知る元共和国軍人のロイドですら止めるか迷うほどだった。
彼らが本気で止める間もなく、メルクリアが即断してしまったため、その行動は実らなかったが、土下座をして本心から許しを乞うメルクリアの姿を見て、胸の内に、ある感情が芽吹く。
(((何という男だ!!)))
命令だったとはいえ、メルクリアは過去に犯した過ちは許されるものではない。
外交非礼もそうだが、もし、メルクリアが命令に背いて、和平交渉をしていれば、共和国の国力低下も敗北もなく、今こうしてイスラ同盟国に頭を下げることなく迫りくる魔王軍も撃退できただろう。
しかし、国の命運を背負った若き大統領の潔い土下座を直接見てしまった三人には、もうメルクリアを責める事は出来なかった。
寧ろ、絶賛していた。
(仮に同じ立場で、土下座を要求をされたとして、今の共和国の議員に彼と同じことができる人物がいるだろうか。……いないな。今の議員共は皆プライドの塊のような奴だからな)
(間違いなく自分の輝かしい経歴を汚す行為だ。しかし、共和国のためならば、我が身も顧みないか)
(流石だ。共和国を捨てた身だが、君と同じ軍隊で戦えたことを誇りに思うよ)
過去の過ちに対して正面からしっかりとした誠意を示した男のため私も全力を尽くそう。
メルクリアの行動は立場を超えて、三人の人間の心を大きく動かした。
そんな三人とは裏腹に、メルクリアが土下座する場面を目撃したゴードンは顔には出さなかったが、心の中で同じく絶賛していた。
(流石は議長! あの不届き者を見事に屈服させてみせたぜ!!)
ただ、メルクリアに対して今も、微塵も良い印象を抱いていなかったゴードンは、スカッとした気分でアマダの選択を絶賛していた。
メルクリアも当然、土下座をするデメリットはしっかりと把握している。
しかし、それが分かっていながら、官僚達の制止も無視して、アマダが考えを撤回する間も与えずに、メルクリアは即座に強行した。その胸の内は……。
(これは良い、やりようにやっては次の選挙で利用できる美談になる)
自分に命令していた上司であるダグラス・ゼラシードの民衆からの評価は地の底。
翻って自分は、努力も惜しまずに社会貢献や数々の裏工作をしてきたおかげで、共和国国民から高い支持があると自負していた。
官僚達が釈明していたように、本当に、イスラ同盟国との最初の会談の際に犯した自身の失態を全て、ダグラス・ゼラシード一人に押し付けることなど造作もない。というか、既に、自分の汚点になりそうな行為はダグラスに擦り付けている。
信頼を勝ち取りつつ裏で策謀を巡らせてきたゼラシード商会情報部長は伊達でないのだ。
でも、それはそれ、これはこれだ。
完璧な土下座を見せて、本心から謝っているんだなという感情を他者に抱かせながらも、彼の心の中ではドス黒い感情が渦巻いていた。
(カナメ・アマダと言ったな。魔王であるこの俺を土下座させた罪。必ず贖ってもらおう。ダグラス・ゼラシードのように、いつかその座から引きずり落として、後悔させてやる!!)




