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第二十二話 この戦いが終わったら……

 三か月ほど前。イスラ同盟国首都、評議会議事堂内、議長室にて。


 議長となった俺は、議長補佐官であるエシャルから今日も悲しいお知らせを聞いていた。



「アマダ議長、本日の予定をお伝えします。まず、午前中は生活向上委員会の定例会議と狩猟委員会の会議にご出席ください。昼食は、資源管理委員会の皆様とお食事をしていただき、午後は、採掘委員会の皆様と炭鉱最深部の採掘の現場視察を行っていただきます。その後は、農地開墾委員会と財務管理委員会の会議にご出席し、その後、第三集積地にて物資の受け取りとアイテムの提供作業を行い、夕食は防衛班の皆様と共にしていただきます。最後に、明日の国民に向けた成果報告会の打ち合わせをして本日の業務は終了です」



 エシャルは、有能な秘書のように今日の予定を述べた後、机の上に書類の山を置いてきた。(紙は築城の加護を使い木材から大量に作れる。しかも質も良い。ついでに、この国の人間は、故郷を追われた元貴族や元商人などの知識階級の人間が多いため、識字率も高く紙での業務が普及している)



「後、途中の空き時間に、こちら書類に目を通して承認のサインを押してください。どれも議長のサインがなければ実行できないものなので、今日中にお願いします」



 …………やってられるか!!!



 口に出して叫ばずに心の中だけで留めた自分を褒めたい。いや、もうそれぐらい、本当にどうしてこうなったと言いたいくらいの仕事量が毎日のように続く。


 甘く考えていた。


 評議会議長なんて、議長室でふんぞり返って適当に指示を出して下からの提案の可否を決めるくらいだと思っていたのに、まさか、こんなにもきつい仕事になるとは。


 念願のスローライフが銀河の彼方に行ってしまったように思える。


 このままでは過労死すると予感した俺は、淡々と今日の予定の詳しい内容を口走るエシャルに思わず問いかけた。


「ねえ、少し仕事量を減らせない?」


「ん? う~ん、そうですね。重要度の低い委員会いくつかを辞めれば、可能かと」


「いや、確かに重要度の低い委員会はあるけど、それは、ちょっと……」



 イスラ同盟国は、生まれて間もない国であり、最高意志決定をする評議会以外はほとんど何も決まっていないのが現状で、評議会の決定に従い、実際に国を運営する行政機関はまだできていなかった。


 その解決策として、評議会はいくつかの委員会を立ち上げることを決定した。


 国務委員会、国防委員会、資源管理委員会、生活向上委員会など、できるだけ役割が被らないように複数の委員会を創設し実験として稼働させ様子を見ることにして、十分に成果を出した重要度の高い部署は、局に格上げしていくことにしたのだ。


 ほとんど手探りで建国しているため、いきなり組織作りをするよりも、ゆっくりと徐々に拡大していこうというこの考えに、俺も全面的に同意したのだが、短い期間でおかしな方向に進んでしまった。


 先にも述べたが、評議会という指導者達が誕生したものの、我が国はイスラの森に逃げ込んだ難民達が集まってできた国である。


 そのため、国という括りよりも、同じ場所から逃げてきた一族や関係者の絆の方が遥かに強い。


 なので、それらを分断させるよりも、集団ごとに委員会を任せた方がいいという意見があったこともあり、例に出すならカルスタン家は資源管理委員会、傭兵団は国防委員会と各委員会のメンバーはその委員会の委員長である評議員の家族や関係者で構成されてしまった。


 結果、各委員会は早くも各派閥の権益と化してしまった。


 その事に気が付いたのは、つい最近の事で、名誉委員や特別顧問という肩書で俺は現在ある全ての委員会に所属すると宣言してしまった後だった。


 あの時は、この国の全ての行政機関に一枚噛めることは長期的に考えてメリットだと思いこんだが、今にして思えば大失敗だった。



「そうですね。ある程度は自主生産できるようになりましたが、この国の生産の大部分はアマダ様のお力によって支えられています。それに加えて議長であり大地主であるアマダ様の影響力は絶大です。今更いくつかの委員会を辞めるなんて言い出したら、今の各委員会のパワーバランスを壊しかねません」



 もっともな考えである。


 良くも悪くも俺の存在は、王族や貴族がいないこの国では、箔を付けるという意味では最高位に位置する。


 そんな俺が特定の委員会だけに参加してしまえば、余計な軋轢を生むのは目に見えている。


 それでも、今のこの過酷な状況はないと思う。



「でもさエシャル。もう持たないよ。そのうち過労で死ぬよ。というか給料もないんだが」



 そう、こんなにも働いているのに、給料や報酬がないのだ。


 資源を持ってくれば欲しい物を俺が作れるため、現状、我が国は資源が通貨の代わりになっている。

 

 物々交換に、現物支給、もはや原始人の時代みたいな経済システムだが、欲しい物が手に入るので、国民はそれでもいいだろう。


 でも俺は?


 糞忙しい議長の仕事をしているのに、議長としての仕事の報酬の対価はゼロだ。


 だってそうだろう? 報酬を、誰から何を受け取ればいいんだ?


 貯めておける通貨はない。


 家賃代わりの資源回収システムは、議長になる前に既に確立している。


 金や宝石はたくさんあるが、外部と交易していないので、売り付ける相手もいない。


 なので、自分でも報酬として何を受け取ればいいんだろうと思うほど、仕事の対価に得るものがないのだ。


 その上で、朝から晩までみっちり拘束されて無報酬という現状には流石に参る。


 日本にいた時は、会社の家畜と書いて社畜だったが、今はこの国の社会の家畜と書いて社畜じゃないか。


 スローライフはどこに行った?!


 等と心の中で馬鹿みたいな事を考えていると、不意にある事を思い出した。



「そういえば、評議員の給料はどうなっているの?」



 委員会で働く者達は、評議員も兼任する自分のところの委員長から何かしらの物品を現物支給されているらしいが、評議員には給料を支払う存在がいない事が気になり、エシャルに尋ねてみた。



「確かに、現在の所、評議員の報酬は決められておりませんので、皆様、無報酬で働いておりますが、その事について不満の声は届いておりません」


「なんで?完全にただ働きだよ。それでいて、俺とそう変わらないくらい激務な筈だよ。給料がなければやっていけないだろうが!!」


 理解に苦しむと悩んでいると、エシャルから驚きの答えが返ってきた。



「むしろ私からすれば、仕事に対する報酬や給料にこだわる方が理解できないのですが」


「え、何故?」


「我が国は建国して間もない国です。階級も制度も役職もほとんど決まっていない現状では、個人としても派閥としてもそれほど差がありません。ですので、スタートダッシュで遅れを取られないように、評議員に限らずに皆さん今の給料や報酬など気にせずに、一生懸命働いていると思われます。皆様の目標は別々でしょうが、上を目指すのであれば、今が大事な時期だと思いますので」


 ………。


「それに、この国の人間の大半が故郷を追われ、今日まで過酷なイスラの森を生き抜いた者達です。故郷への復讐。自分を捨てた者達を追い抜くなど向上心を胸に秘めた者達ばかりですので、大抵の苦労は水に流してしまうのではと思います」


 今の言葉で、何故ここの人間達がテキパキと文句を言わずに、良く働いているのかを理解できた気がする。


 毎日、木を伐採し、鉱石を採掘して、今日も大量の資源を持ってきているし、最近では、未経験なはずの空鯨船の操艦技術も積極的に学んでいる。


 その甲斐あってか、序盤こそは苦戦したが、共和国艦隊を破った後は、俺が乗船しなくても同盟軍艦隊は共和国軍の基地を空爆して、着実に戦果を挙げている。



 なるほど、今初めて分かった気がする。


 どうやら俺とそれ以外では、仕事に対する意識が違い過ぎるようだ。


 誰にも言っていないが、俺の目標はあくまで、スローライフを送ること。


 仕事よりもプライベートを優先。


 日本での経験から、競争社会やストレス社会から全力で逃げ出すことを決意した俺と、がむしゃらに目標の辿り着くために頑張るここの人間とは相性が悪い。


 平和に、のほほんと現状維持ができればいいリーダーと、野望を叶えるために死ぬまで進み続けるやる気に満ちた部下達。


 この考え方の違いは、いつか絶対に大問題になる。


 もしかしたら、『議長はやる気がないようだ。暗殺してもっと良い指導者に議長をやって貰おう』なんて企む奴らが出てくるかもしれない。


 そんな状況になったら、とてもじゃないが精神的に平穏に暮らしていけないだろう。


 それに以前に、スローライフを目指す俺には、今の過酷な議長の仕事をすることに、これ以上耐えられない。



 機会があったら、すぐにでも議長を辞めよう。


 それでもって委員会も全部辞める。


 絶対に辞めてやる。


 全ての権力を手放して、他人との関係も可能な限り断って、今度こそスローライフを手に入れるんだ!



 などと一人心の中で勇んでいると、氷のように冷たい声が聞こえてきた。


「さて、お喋りしている暇はないので、最初の会議の前に、書類にサインをお願いします。朝の内に四分の一は終わらせましょう」


「………はい」






 それからは、毎日議長を辞めることばかり考えて働いた。


 そして、遂に運命の日がやってきた。



「議長、戦域に到着しました」


 久しぶりに空鯨船に乗り込み、ブリッジにいるクルーからの報告を聞いた俺は、窓の外に広がる光景を目に焼き付けた。


「壮観だな」


 真下には数万の敵歩兵部隊が、陣形を組んで待機している。


 歩兵集団の奥には、大陸屈指の堅牢な要塞と呼ばれるドリュアス要塞があり、その上空にこちらの三倍近い数の空鯨船が宙に浮かんで空を守っている。


 そして、要塞の後方には、星型の形をした共和国首都が確認できた。



「いよいよ、正念場だぞ」



 圧倒的な国力を持つ共和国と対等を築くためには何か一つくらいは共和国を上回るものが必要だ。


 いくつか選択肢があったが俺は、いつでも共和国の首都を潰せる圧倒的な軍事力を見せつけることを選んだ。


 大陸三強の一つである共和国軍は世界でも有数の軍隊だ。我々以外では唯一空鯨船を保有している国でもある。


 それに対して、こちらの戦力は、七隻の空鯨船しかないが、それでも負けるとは考えていない。


 共和国の空鯨船は未だに非武装の輸送船の域にいる。


 魔法使いを乗せて砲撃くらいはしてくるだろうが、レールガンのような物である雷弓インドラを多数搭載して、街一つ吹き飛ばせるほどの量の爆弾も詰んで武装している我々の空鯨船の足元にも及ばない。


 どれだけ数がいようが地面にいては何もできない敵の歩兵部隊は無視して、インドラを用いて空に浮かぶ敵の空鯨船を沈めて、爆弾を投下して要塞を破壊すれば、この戦いは終わりだ。


 総力戦で首都を守る砦を陥落されたら、共和国も降伏に近い和平交渉をせざるを得ないだろう。


 こうなってくると、先制攻撃された恨みはあるが、戦力差があり過ぎて少し哀れに思える。


 負ける要素が微塵も思い付かない。勝利は間違いないはずだ。



 むしろ問題なのは戦いの後だ。


 俺が議長になってやりたい最大の目標は、平和で安全な国を作ること。勿論、スローライフの実現のためだ。


 なので、共和国と対等の立場に立ち、他所から攻められる心配がなくなれば、議長の席に留まっている理由はなくなる。


 というか、議長の仕事が、無報酬の癖に激務過ぎてやっていられない。今すぐにでも誰かに変わって欲しい。


 でも、みんなが納得する辞職理由が思いつかない。


 むしろ、勝利に貢献したとして今後も続投しろと言われる可能性の方が高い。


 今一番の問題はまさにそれだ。



「議長、いよいよ決戦ですね」


「敵は強大な力を持つ大国ですが、数では劣りますが我々の方が圧倒的に強いです!!」


「共和国の歴史書に、敗北の文字を刻んでやりましょう」


「イスラ同盟国に栄光を!! アマダ議長に勝利を!!」


「「「「おおおおおーー!!」」」」



 決戦を前に気合を入れ直す部下達。


 そのような雰囲気の中、戦いよりも、今の仕事を辞めることしか考えていない自分が少し恥ずかしくなってきた。


 やっぱり、自分の国なんだから、国を大きくするために全てを捧げろという考えは微塵も浮かばないあたり、俺には人の上に立つ資格はないと思う。


 目標に向かって一生懸命頑張っている部下の頂点に立つ人間が、俺みたいな競争社会から逃げしてきた人間だとダメだと思うんだ。


 うん。そうだ。そうに違いない。


 俺なんかよりも、優秀でやる気のある奴はいくらでもいる。


 イスラ同盟国の未来と俺のスローライフの実現のために、この戦いが終わったら全ての仕事を投げ捨てて隠居してやる!!



 そのためにもみんな納得する辞任理由をこの戦いが終わるまでに、考えないとな。


 そんな浅い事を考えながら、歴史に残る戦いの幕が開いた。




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[良い点] 理想的な共産主義の形……主人公が死んだり抜けたらあとは落ちるだけ
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