第二十話 共和国編 プロローグ
共和国との戦いを決意した俺は、その旨を皆に伝えた。
共和国憎しの声は強く反対意見は一切出なかったのだが、シギン婆さんが戦うにあたり、こちら側の体制をきちんと決めるべきという発言をしたせいで、状況は加速した。
俺は今まで村を統治する機関や役職を作ることに抵抗を感じて反対していた。理由は、役職を作ることで、この地が俺の逃げてきた競争社会に一歩近づくためだ。
ただでさえ、私有化によって少しずつではあるが、生活格差が生まれつつあったのに、ここで村の政治機構を作って、権力者や役人のようなものを生み出しては、役職を求めてさらに競争が加速する恐れがある。
なので、平等でみんな仲良くノホホンと穏やかに暮らしたい俺としては、断固反対だったのだが、変わりゆく状況が許さない。
指揮系統を整えないと、先の共和国の襲撃のように、非常事態の際にきちんとした指示が出せないという問題があるからだ。
それに、共和国と一戦交えるならば、やはり指揮系統をしっかりと定めるべきだ。でないと烏合の集団と化す。
なので、俺は渋々政治体制を作ることに了承した。
それからはあっという間だった。幾重に渡って会議が行われて気が付いたらこうなっていた。
「ではここに、イスラ同盟国の建国を宣言をする」
「「「「うぉぉおおおおおおおお!!!!!」」」」
再建された村、いやよりパワーアップした街の中央に建設された議事堂内にある二百人は収容できる大会議場で大歓声が上がった。
歴史の当事者になれたと思ったのか、会議場の壇上に立ち宣言文を読み上げ終わったシギン婆さんはどこか満足げで、その他の人間も皆喜んでいるのが伺えた。
イスラ同盟国。
それは、何らかの理由で故国を追われてイスラの森に流れついた難民達が互いに協力して自分達の身を守るために建国した新国家である。
現在の人口は千人強、国というには余りにもみすぼらしく、居住可能な場所も、今まで使っていた城砦のみであるためギリギリ都市国家といえるかというレベルだ。
更に、貿易も国交を結んでいる国もないため、他国から承認すらされていない。というか、今の段階では、存在を知っている国すらないだろう。
しかし、この国を軽視できる国はこの大陸のどこにもいないに違いない。
エシャルとロカ、七使徒を二人も擁し、魔法の名家であるカルスタン家と王国最強の傭兵団を中核に、故郷を追われてゴブリンの襲撃から逃げ延びた数多の猛者たちがいるからだ。
まあ、非戦闘員より戦える人間の方が遥かに多いと言う、ある意味歪な国ではあるが。
それはさておき、資源さえあればいくらでも街や強力な兵器を作成できる築城の加護を持つ俺もいる。
つまりこの国は、どことも貿易もせずに、自給自足をして、強力な兵器を生産し続け、屈強な戦闘員を持つ戦闘国家と評してもいい。
そう考えるとこのイスラ同盟国、結構ヤバい国に見えてきた。
「では、次に我が国の政治体制について発表する」
幾重に渡る会議で全員知っていることだが、改めてシギン婆さんが説明をする。
「まず、国の最高意志決定を行う場として、評議会を開設する」
イスラ同盟国の全権を担うのは十一人の評議会のメンバーだ。
ゆくゆくは、選挙で評議員を決めたいが、今はまだその準備ができる段階ではないことと、いつ共和国の二次攻撃が来るか分からないという状況下であるため、俺を含めた現在村で力を持つ集団の代表者、計十一人が最初の評議員となった。
ちなみに、シギン婆さんとゴードンからは、俺に王様になってくれと懇願されていたが、その話は丁重に断った。
何故なら、諸々の事に一段落がついたら、議員を辞めてスローライフを送るつもりだからだ。そのため、下手したら死ぬまで引退できない王様など絶対にやりたくない。
故に、二人には俺の肩書きはイスラ同盟評議会初代議長で我慢して貰った。議長ならば、辞めようと思えば、辞められるし妥当なラインだろう。
さて、その後も、予定通りに式は進んでいった。
建国の式典と考えると決して盛大な式典ではないが、ここにはカルスタン家以外にも、国を追われた元貴族がおり、こう言った行事は得意なようで、きちんとした中々の式典だった。
そして、最後に締めのイベントが幕を開ける。
今回の式典のほぼ全てを評議会に丸投げしていた俺ではあるが、こればかりは譲れない。
これはサプライズ。評議員のメンバーを含めた十数人しか知らなかったそれを皆に見せる時がきた。
「では、皆。議事堂の外に出てください」
式典の司会を務めるシギン婆さんの言葉に疑問の顔を浮かべながらも外へと移動する参加者達、外へ出て彼らの視界に飛びこんできたものは、空を眺める会議所に入れなかった民達と、街の空を飛ぶ巨大な船だった。
「まさか、共和国の連中がきたのか!!」
列席者の言葉でパニックになるかと思われたが、シギン婆さんが慌てた様子で声を張り上げたおかげで、ことなきを得た。
「皆、あれは、評議会議長であるカナメ・アマダ様が建造した同盟製の空鯨船じゃ!!」
だが、本当に大丈夫なのかとシギン婆さんの言葉に戸惑う民達。不安を取り除くために、シギン婆さんは、あの船について手短に説明を始める。
その説明を聞きながら、あの船を建造した当事者である俺は、目を閉じて、ここ最近の事を思い浮かべた。
一か月前まで遡る。
ちょうど共和国軍を破り、捕虜を牢屋にぶち込んだ後の出来事だ。
そのころ俺は、墜落した共和国の空鯨船をどうにか復元できないかと足掻いていた。
理由は単純。だって、空飛ぶ船だぜ。乗りたいじゃん。
しかし、残念なことに墜落時の衝撃で船を空に浮かすために必要な魔法道具の大半が破壊されていた。捕まえた整備士達もドックに戻らなければ修復できないと言うほどの有様だった。
それでも俺はめげずに頑張り、そしてある事に気が付いた。
この残骸をアイテムボックスに収納すれば、修復できるんじゃね?
だが、レシピによって完成した物をアイテムボックスから出す時には制限はないが、収納時は一度に収納できる物の大きさや重量に制限があるため、船そのものをいきなり収納することはできなかった。
そこで、収納できる大きさまで船を解体することにした。大体一軒家くらいまでの大きさであれば、収納できるため、壁や骨組などをできる限りバラした。
そして収納できる大きさまで解体した後に、全てのパーツを改めて収納した結果、鉄柱や強化鉄板などの新たなレシピが解放されたが、その中でも特に重要だったのが飛空ユニットだった。
撃墜した空鯨船に使われていた飛行するための魔法道具は、風魔法を利用したこの世界の人間が作った飛行装置だ。
しかしながら、破壊された飛行装置道具を収納したことで解放された飛行ユニットのレシピは、収納した物とは全く異なる物であった。
搭載することで、空を飛ばすという機能は同じなのだが、アイテムボックスで作られる飛行ユニットは、風ではなく重力を利用している。
そのため、共和国製の装置とは段違いの性能だったのだが、その代償に要求してくる素材が、かつてないほど、入手困難な代物だった。
でも、めげずに頑張った。
大量の金や銀。鉱山の最奥で極稀に発掘されるオリハルコン、極めつけは今のところシギン婆さんしか使えない重力魔法。
シギン婆さんに頭を下げて、自ら炭鉱に潜って採掘するほど、俺は素材集めに奔走した。
そして苦行の果てに、ついに飛空ユニットが完成した。これだけでも万歳だったのだが、嬉しいことに完成した途端に更にレシピが解放された。
解放されたレシピは、飛空ユニットの上位版である大型飛空ユニットと特大飛空ユニットだ。
これらの説明には神の城を飛ばすために必要な重要パーツと説明があったが、作るのに必要な素材の大半が??????と名前だけ表示してあるため、現状では全く手が出せない。
また他には城を守り敵対者を殲滅するための、護衛用の空中艦のレシピも解放されていた。
超弩級空中戦艦や大型空中戦艦、空中巡洋艦、空中爆撃艦とか、そんな感じの物騒な名前の船が羅列している。
ただ、これらの船も特大飛空ユニットと同様に名前だけが解放されており、必要素材は同じく???と書かれているので今は作れない。
しかしながら、その中で一つだけ、今の状況でも何とか作れそうな船が存在していた。
それが、小型輸送空中艦である。
空中艦系のレシピの中で唯一、全ての必要素材が判明しているが、要求素材は半端ない。
例えば、船体を構成する鉄だけを見ても、一隻建造するだけで再建した街と同等以上の鉄を消費する。
余りにも大量の素材を使うため、正直、城壁や迎撃兵器を増設した方が良いじゃないかと思ってしまったが、一隻くらいは造りたいので何とか完成させた。
それが今、空を飛ぶあの船だ。
堂々とした船だった。
小型という名前の癖に大きさは、共和国の船よりも一回り大きい。
苦無みたいな外見で、レシピの説明項目には、物資を積載して飛行できる航空輸送の要の船だが戦闘能力は皆無で、初期に大量生産された船の一種とかいうよく分からない設定がついていた。
設定の方は分からないが、非武装なのはすぐに分かった。
なので、このままでは少々不安なため、船首の一部の装甲を取っ払って、対空兵器である雷弓インドラを取り付けたりと、レシピで作成した魔法兵器をいくつか搭載させてみた。
こんだけやれば、急な遭遇戦になっても、大丈夫だろう。
目を開けると、シギン婆さんによる空鯨船の説明が終わりに近づいていた。
「説明は以上じゃ。つまりあの船はアマダ様の力をもって建造された我が国初となる空鯨船ワルキューレ号。皆の協力で今後も素材が手に入れば、アマダ様がドンドン増産されるそうじゃ。さあ、諸君。大艦隊を作り、憎き共和国に一泡吹かせてやろうぞ!!」
説明が終わると、あたり一面が爆発した。
自分達が頑張って素材を集めるだけで、共和国しか作れなかった空鯨船を量産できると聞けば、誰だって震え上がるだろう。
艦隊を組んでみたい俺としては、国民が頑張って素材集めに励んでくれるのは何よりだ。
一番艦の建造は極秘裏に、ほぼ俺一人で行ったが、情報が解禁された今ならば、やる気に満ちた国民の献身的な働きのおかげで、二番艦もすぐに完成しそうな勢いだ。
そう考えると、少しばかりワクワクしてきた。
まあ何はともあれ、こうして建国式典は大成功のうちに幕を下ろした。
そして、この翌日。
完成した一番艦ワルキューレ号は、試験飛行を行うために、街から旅立った。
共和国首都の郊外に設けられた練兵場にて、
高台に設けられた貴賓室から共和国大統領とユニオン商会会長ジョシアは、眼下で行進する兵士達を眺める。
ジョシアの隣に座る今の大統領はゼラシード商会の人形と揶揄されている小太りの男だ。
そのため現大統領は、ダグラスの強い意向には逆らえず、対外戦争を行えるように法改正を行った。
近年、共和国では反戦の気運が高まっており、この法案に反対する勢力は存在していたが、反対していた組織の中心人物達が、相次いで不慮の事故で亡くなったため、反対勢力の足並みは乱れて、最終的に議会は法案を承認した。
だが、悲願であった共和国防衛軍の自国以外でも戦闘を可能にできるように尽力したダグラス・ゼラシードは、今この場にはいない。
その理由を知るユニオン商会会長ジョシアは、笑顔で兵士たちに手を振る大統領の隣でほくそ笑む。
ただでさえ評判の悪いゼラシード商会は、更なる批判覚悟で法改正に手を回し、軍に大量の武器を売りつけようとしたが、その矢先に、空鯨船を持ち込んだユニオン商会に軍の調達予算の大半を持っていかれた。
単に、受注競争に負けて利益を持っていかれただけであれば、まだ良かった。
問題なのは、ゼラシード商会の最高機密である空鯨船の情報が外部に流出していたばかりか、競合していたユニオン商会が密かに大量建造していたことである。
その結果、共和国軍部は、ユニオン商会製の空鯨船を優先して大量購入することを決定したため、限られた予算内でやりくりするために、ゼラシード商会の武器を購入する余裕がなくなった。
ゼラシード商会の武器は在庫の山となり、倉庫に眠っている。
そして、この事を知ったダグラスの怒り狂いようは、それはそれは凄まじかった。
ダグラスは、丸一日、全ての幹部たちを集めて、八つ当たりをした後、自身が信頼する情報部長であるメルクリアに裏切り者の捜索を命じたのであった。
(ふん、今頃、ゼラシード商会は裏切り者探しに奔走しているだろう。まあ、見つからないだろうがな)
その情報部長メルクリアがこそが、空鯨船の情報をユニオン商会に流した犯人なのだが、能力でしか人を判断しないダグラスがその事実に気が付くのはいつになることやら。
ジョシアはしばらく楽しみができたなと満足げであった。
さて、頭の中から意識を戻したジョシアは、整列して行進する兵士達の方を見る。
屈強で練度の高い共和国軍の兵士達は、貴賓席に向かって敬礼すると、そのまま練兵所を囲むように着地している空鯨船に乗り込んでいく。
ゼラシード商会の建造した空鯨船よりも、一回り小さいこれらの船は、ユニオン商会が帝国と密かに共同で建造し、帝国の秘密工廠で完成した空鯨船だ。
三強の一角であるバイキング帝国は、皇帝が全権を握る軍事国家である。
兼ねてから、空鯨船の技術を欲していた皇帝が、技術提供と引き換えに、帝国内で誰にも気が付かれない場所に造船所を作ってくれというユニオン商会側の要望をあっさりとのんだのはいうまでもない。
こうして、最初の開発者であるゼラシード商会を差し置いて、世界初となる空鯨船の艦隊は完成した。
圧倒的な戦力と技術力。
ユニオン商会の空鯨船の研究と建造能力はゼラシード商会を完全に超え、空鯨船を手に入れた共和国防衛軍の戦闘力の前には、もはや魔王軍ですら敵ではない。
だが、この光景を眺めながら、ジョシアは、内心では少しまずいと思っていた。
何故なら、当初の予定ではダラダラ戦争を続けて大儲けする予定だったが、今回は歴史の転換点だと奮発して現状使える船を全て出してしまったからだ。
おかげで、この式典がかつてないほど盛大なものになったのは結構なことだが、初戦で、圧勝してけりがついてしまうのでは?という懸念が生まれた。
(う~む。これだけ空鯨船が揃っているこの光景は中々に壮大だが、この戦力で攻め込めば、カルスタン家や赤い狼がいるとはいえ、例の村は、ひとたまりもないだろうな)
とは言え、今まで緊密な関係を築いていたゼラシード商会と手を切り、空鯨船という強大な戦力を手にして、一番艦スルトの仇討ちに燃える軍の攻撃計画を今さら変更できない。
ジョシアの懸念は解消されないまま、共和国軍の誇る新進気鋭の空中艦隊、全十二隻の空鯨船は首都の空を覆い尽くすほどの威容を見せつけ、イスラの森に向けて発進した。




