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第十九話 会談 裏

「馬鹿野郎が!!」


「ひい、申し訳ありません!!」



 共和国首都にある商会の執務室で、軍トップの参謀長からの直々の報告を聞き、ゼラシード商会会長、ダグラス・ゼラシードは拳を机に叩きつけ、怒りを爆発させる。


 こうなることは分かっていたとはいえ、世界経済を影から操るドンを怒らせた参謀長は、謝罪と弁明の言葉を繰り返すしか選択肢はない。


 だが、ダグラスはもうこれ以上は聞きたくないと怒鳴りつけて、みっともなく喚く参謀長を黙らせた。


「なんてことをしてくれたんだ……」


 そして、気持ちを落ち着かせるためにダグラス・ゼラシードは、目を閉じてこれまでの事を振り返った。


 破竹の勢いで成長を遂げるゼラシード商会が現在直面している最大の課題。それが、国内で新規の武器工場の建設できなくなったことだ。


 武器を作るな持つなと騒ぐ平和ボケした世論と議会を動かすのは難しい。そこで、ダグラスは国外で新たに武器工場を建設することを目論む。


 最初は簡単には行かないと思っていたが、どの国も領有権を主張していない魔境イスラの森に、安全に人が暮らせる場所があることを知りダグラスは舞い上がった。


 しかし、この話はイスラの森に送り込んだ調査隊が、現地で彷徨う人間や洞窟で原始人のようにみすぼらしく暮らしていた人間から聞いた噂話。信憑性は低かった。そこで、ダグラスは自らの強権を使い軍に調査と交渉の依頼をした。


 現在噂になっているイスラの森にあるという堅牢な城壁に囲まれた村を尋ねて、ゼラシード商会との会談をセッティングして来いと。


 この作戦に必要だろうとダグラスは、裏から手を回して多数の人員と予算に空鯨船まで手配した。


 議会に感づかれないギリギリのラインで最大限の支援をしたつもりだったが、ここまでお膳立てしたにも関わらず、その結果は最悪極まるものとなった。


 まず、無敵と信じていた空鯨船の撃墜。乗組員に多数の死傷者。生存者は全員虜囚になり、その後、こちらとの話し合いの場を設けるために、数人が解放されて徒歩で森を歩き基地に帰還した。


 また帰還した者達からの証言で、帝国の残した城砦を改良した辺鄙な村だと思っていた場所は、共和国の首都にも匹敵するほどの発展していて高い技術力があり、空鯨船を容易く葬れる対空兵器が無数に配備され、止めに、村側は、撃墜された空鯨船をばらして解析しているということが分かった。


 ゼラシード商会の最高傑作を撃破できるだけの武力を持ちながら、向こうはその最高傑作の秘密を暴こうとしている。


 この時点で、ダグラスは目まいで倒れそうになったが、そうなる前にある疑問に辿りつき、こちらを怯えるように見つめる参謀長に尋ねた。


「そもそも、何故戦闘になっている?私は村の代表者と交渉できるように頼んだだけだぞ。しかも、報告を聞くにこちらから仕掛けたようだが」


 その質問には答えにくいのか、参謀長は歯を噛みしめ目線を下げて沈黙を選んだ。


 参謀長のその態度でダグラスは全てを察した。そして、呆れて深いため息を吐く。


「は~、私に忖度しようとして見事に失敗し裏目に出たわけだな」


 豊富な資源の眠るイスラの森。


 工場を建設する以外にも、開拓拠点や軍事基地など様々な事に使える。そんな宝のような場所は共和国やゼラシード商会で独占したいという気持ちはある。


 だがそうなると、価値観の異なる複数の国家からの難民で構成される現地に住む人間は邪魔者になる恐れがあった。


 特に、民主国家である共和国の理念を理解できない元王国や元帝国の人間との衝突は避けられないだろう。


 だったら、そうなる前に、皆殺しにしてしまおうと軍上層部は考えていたようだ。ついでにダグラスも同じ考えを持っているであろうから、整備の行き届いた無人の拠点を提供した方が覚えがいいと考えたのだ。


 確かにダグラスも、軍の意見には同意できる部分もある。長期的には、村人全員をどこかに移住させて、教育の行き届いた商会の従業員と軍だけを駐留させるつもりだった。


 しかし、その前に自分に断りもなしに、まさかいきなり住人の虐殺を試みるなど予想外だった。


 その挙句に、失敗して貴重な船まで失ってしまった。もう開いた口が塞がらないほど呆れ果てるしかない。



 目の前の馬鹿を見下ろしながら、ダグラスは頭をフル回転させ状況を精査する。


 軍の大失態により、何もかもが危機的状況だが、その中でも特にマズイのは、空鯨船を敵に鹵獲されてしまった事と、蛮族と見下していた連中が強力な対空兵器を持っていることだ。


(撃墜された空鯨船のデータを取られるのも、空鯨船を撃墜できる兵器も、どちらか一方でも他国に渡れば、我が商会と共和国軍の戦力を低下を招きかねない)


 あるいは、王国か帝国が極秘裏に開発した物が、例の村にあるのか。


 ともかく情報が足りない。


 だが、少なくとも、運良く偶然残された城砦を難民が利用してできた村と認識するのはあまりにも危険だ。


 総力をもって今潰すか。こちらが大幅に譲歩して和平の道を模索するか。


 ダグラスは悩みに悩み、そしてある決断を下す。


 極秘任務に失敗したどころか一隻しかないはずの空鯨船を失った事が議会の耳に入れば、目の前で泣きつく参謀長の命運はお終いだ。


 だからこそ、彼は己の全てを賭けてダグラスの元に助力を求めに来たのだが、無能の面倒を見てられないと参謀長を無視して、ある男を呼び出した。


「なに用でございますか。会長」


「仕事だ。メルクリア」


 泣き崩れている参謀長がまだこの場にいるにも関わらず、挨拶もせずに部屋の主の下へ向かうのは、若い美男子だった。


 長い金色の髪のなびかせるこの男の名前は、ユーリ・メルクリア。ダグラスの懐刀である人物で、情報部長をしている。


 元々軍の人間だったが、極めて有能だったため、ダグラスが引き抜いた逸材である。当然のように、これまでの顛末を把握して、更にダグラスの考えも読み切っていた。


「元軍の大佐である貴様であれば、少数の部隊を率いて例の村に行けるな」


「はい。可能かと。それで、まずは対話から入りますか?」


「ああ、交渉ではかなり不利になるだろうが、魔王の勢力と戦う前に軍の戦力低下は回避したい」


「かしこまりました。このメルクリア。身命を賭して交渉を成功させましょう」


 こうしてダグラスは、和平の道を信じて共和国政府からの委任状まで持たせてメルクリアを送り出した。





 その自らの手勢を連れて旅立ったメルクリアが戻ってきたのは、三週間後だった。


「で、どうだった?」


「残念ながら、交渉は失敗になるかと。こちらが向こうの要求をまとめたものです」


 そう言い、メルクリアは一枚の書類を出す。


「我が国の国家予算の一年分に匹敵する多額の賠償金と責任者の処分としてゼラシード商会会長と共和国大統領の首を持ってこいか。……人間との戦争は魔王軍が滅ぶまで控えたかったのだがな。仕方あるまい」


 こちらに非があるとは言え、村からの要求を飲む事は不可能だった。


 和解案が蹴られた以上、ダグラスとしては決断するしかない。


「ご苦労だった。戻って早々悪いが、我々に親しい議員を集めてくれ」


「では」


「ああ、戦争の準備だ。敵が増えるのを承知で強引な手段で法を変える必要もあるからな。忙しくなるぞ」









 その数時間後の夜。


 共和国首都にある高級ホテルの個室で二人の男が密談をしていた。


「クク、ダグラスの野郎。随分と大変な目にあっているな」


 話を聞いて嬉しそうに笑う腹の出た男の名前はジョシア・ボードマン。ゼラシード商会に次ぐ大商会ユニオン商会の会長だ。


 ユニオン商会はゼラシード商会ほどではないが、共和国経済と議会に影響力を持つ商会である。


 そして彼と話をしているもう一人の人物が。


「それにしても、貴殿のような男がこちらにつくと聞いた時は驚いたが……その仕事ぶり予想以上だ。ユーリ・メルクリア」


「ありがとうございます。これからもボードマン会長が喜ぶような話を持ってきましょう」


 完璧に礼服を着こなし、貴族のような所作をみせるゼラシード商会の情報部長ユーリ・メルクリアだった。


 そう、メルクリアはゼラシード商会の幹部でありながら、裏で商売敵であるユニオン商会に、ゼラシード商会の情報をこっそり流していたのだ。


 メルクリアの父親は現職の議員で、メルクリア本人も最年少で軍の大佐にまで登りつめた直後に、ダグラスの誘いでゼラシード商会の幹部の一角である情報部長に転身した経歴を持つ。


 故に共和国内でも信頼もあり優秀な人物として有名で、いずれ大統領になってもおかしくないという声もあるほど人気の高い男だ。


 そんな男が自身の経歴に傷がつくようなスパイ行為をしている事に対しジョシアは思う所はあるが度々、有益な情報をもたらしてくれるため、その真意を詮索しようとは考えていない。


「それで、今後はどう致しますか?」


 軍の独断専行は予想外だったが、戦争の引き金を探していたメルクリアにとっては好都合で、交渉で赴いたイスラの森の中にある村では、上から目線で傲慢な小物を演じて村人達を最大限煽ってきた。


 あれだけ煽れば、共和国への憎悪で、次に共和国側から攻め込んだ時は、対話など考えずにすぐに苛烈な反撃をすることだろう。


「共和国の国土まで戦火が広がれば、議会も国民も黙っていないと思うが、どこの国も属していない僻地に住む人間で、しかも共和国に敵意を持っている連中が相手であれば、幾つかの組織に金を出せば戦争反対を叫ぶ議会も国民も容認するだろうな」


 ユニオン商会を率いるジョシアにとって、ゼラシード商会は最大の敵だが、戦争を食い物にしている点では同業者だ。


 だが、共和国上層部と強い繋がりを持ってしまった反動で、工場一つ建てるだけでも反ゼラシード側の議員や市民と衝突せざるを得ないゼラシード商会とは異なり、世間からあまり注目されていないユニオン商会は、近年、高い機動力で一気に業績を上げてきた。


「この戦争で、一気にカネ儲けをして硬直したゼラシード商会を抜いてやるか」


 未だに姿を現さない魔王だが、おかげで来るべき時に備えて各国が軍備を整えるため、魔王特需と呼んでも過言ではないほど景気は上向いている。


 そのため、各国に武器や兵糧を売りつける二つの商会も儲かっているのだが、ジョシアとしてはゼラシード商会が世間から目を付けられている今のうちに、逆転したいと考えていた。


「ですが今回のイスラの森側との戦争。今の軍上層部とゼラシード商会の密接な関係を考えれば、軍需物資の調達は、ゼラシード商会がメインとなるでしょう。今から割り込むのは少々厳しいかと」


 当然の事ながら、ゼラシード商会の内情に詳しいメルクリアは、今のままではユニオン商会が遅れと取ると予想していた。


 しかし、ジョシアは心配するなとメルクリアですら驚愕する情報を口にした。


「貴殿の流した例の設計図、大変役に立ったよ。おかげで、既に艦隊を編成できるほど建造できた。これで我々の覇権獲得は確実なものとなった」


「そ、それはそれは、おめでとうございます」


「そう謙遜することはない。全ては貴殿の流したゼラシード商会の最重要機密である空鯨船の設計図のおかげだよ。まあ、表には出せない功績なのは残念だがな」


 開発したゼラシード商会ですら諦めた空鯨船をどうやって艦隊単位で大量に建造したかは、メルクリアですら知らなかった衝撃的な情報だったが、ともあれ、ユニオン商会がこの戦争に絡めるのは何よりだった。


「では残る問題は敵の戦力です。例の村には、聖女や狂戦鬼に加えて、シギン・カルスタンを始めとするカルスタン家の残党や、ゴードン・フェンリルを始めとする赤い狼の残党など、数はともかく質だけならば、小国を滅ぼすレベルの猛者が多数います。まあ、数は少ないので向こうからは攻めて来ないでしょうが、あの鉄壁の城壁と対空兵器がある城砦を落とすには多大な犠牲が出るでしょう」


「やはり何度聞いても、イカれた戦力を抱えた村だな。現在確認しているイスラの森に逃げ込んだ強豪勢力の大半が集結しているぞ。そこに勇者がいれば、魔王軍も手を出さんだろうな」


 ジョシアも例の村については既に報告を聞いており、ゴブリンが湧き出るイスラの森の特殊な地勢も換算すれば、正攻法で落とすのは至難の業と見ていた。


「それでも戦力を一気に投じれば勝てるだろうが、その場合は大して儲からない。こちらの領土に被害が出ないのであれば、できるだけ長引かせたい」


「ええ、戦力の逐次投入という戦術的愚策を共和国防衛軍にさせるように裏工作を仕掛けましょう。無能指揮官の量産は防衛軍の評判を下げることになりますが、その責任は、軍上層部と深い関係にあるゼラシード商会が引き受けることでしょう」


「まあ、ゼラシード商会としても、自国外での戦争の長期化は望むところ、その点は上手くいくだろうな。ふん……例の村が頑張れば、頑張るほど、こちらは儲かるということか、では連中の健闘を讃えようか」


 この戦争を踏み台にしてゼラシード商会を追い抜く。


 メルクリアからもたらされた情報から勝利への道筋をつけたジョシアの顔は、対面するメルクリアから見てもとても良い笑顔だった。










 それから更に数時間後、真夜中の共和国首都にある高級住宅街にて。


「激務だ……もう疲れた。ワンマン上司の右腕、暗躍するスパイ、小物外交官。一人で三役をするにはいくら何でも精神的に疲れる。誰かに一つくらい役を代わってもらうか……」


 三週間ぶりに帰宅したメルクリアは、カバンを投げ捨てて、服を脱ぎ散らかしてソファーに飛び込んだ。


 いつも真面目で淡々と完璧な仕事ぶりをしている彼の普段の様子を知る者からは想像もつかないほどのだらけっぷりだ。


 そしてソファーに仰向けになり、天井のシミを数えながら、一人ぼそりと呟いた。


「対立している二人の上司の両方に取り入るのは滅茶苦茶疲れる。ダグラスとジョシアめ、せめて食事の好みくらい統一しておけ!!」


 それは日ごろの仕事から来るストレスの発散行為だったが、その様子を見ていた者がいた。


「長旅だったな。どうだった?」


「ん?ああ、いたのか」


 台所から出てきたのは、一匹の黒い中型犬だった。


 魔法がありふれたこの世界でも、犬は喋らない。


 しかし、留守を守るこの家の犬は例外のようだ。


 メルクリアは起き上がって、嬉しそうな顔をして犬の方を向く。


「戦争だ」


「ほう、それはよかったな。兼ねてからの予定通り、邪魔者同士潰し合いをさせるわけか」


「ああ、最大の脅威は、誰にも気づかれることなく、秘密裏に始末できたが、そのせいで先代達と比べて、大きく遅れを取ってしまった。こうなったら軍団結成までに、大陸三強の力を可能な限り、そぎ落としておきたい」


「そうか、まあ。君の先輩達は皆、最初に軍団を作り、土地を奪い建国を宣言するという流れで今までやってきたからね。そのスタンスを変えて、いきなり勇者を倒したのは君が初だ。だから、ここから世界征服を完了するまで、のんびりやるといい」


「分かっているとも」


 正面から戦うのではなく人の世に紛れて暗躍する道を選んだ当代の魔王メルクリア。


 だが、人の世に仇なす存在であるはずの男は、日々の職務の重圧から逃れるかのように今はゆっくりと瞼を閉じた。




第一章 完





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[一言] まさかのどんでん返し! しかも、勇者はすでに退場! スゴイ!
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