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第十八話 会談 表

 その日の午前。


 俺はエシャルとロカの二人と一緒に、村の中を巡回し村の様子を見て思わずぼそりと呟く。


「あれからもう一週間か、あっという間だったな」


 共和国防衛軍による突然の攻撃から早くも一週間が過ぎた。


 あの攻撃で折角作った村の建物の半分近くが焼け落ちたが村人一丸となって復旧作業をしたおかげで、村中に配置した対空兵器インドラは城壁の方に移動し、新しく家屋を築き、何とか元の状態まで立て直すこと成功した。


 と言っても、瓦礫の山から回収した素材や、村人が集めてきた素材を使って新しく家屋を作っただけなので、普段とやっていることはあまり変わらないが。


「普通であれば、完全に元に戻るには、年単位の時間を要したと思いますが、それを僅か一週間で終わらせるとは流石です」


「ええ、この光景を見れば、つい一週間前に瓦礫の山と化していた場所とは誰も思わないですわ」


 迅速過ぎる復旧の様を傍で見ていたエシャルとロカは絶賛しているが、建物は元通りになっても、戻って来ないものはある。


「おお、オーナー!!」


「みんな、オーナー様が来たぞ!!」


 以前は村の中を歩いていても、呼び止められる事はなかったが、今は違う。


「あの時は、ありがとうございました」


「オーナー様のお力がなければ、皆殺しにされていました」


「それだけじゃねえ。この方がいたからこそ、こんなにも早く村は元に戻ったんだ!!」


 あの日以来、今まであまり接点のなかった村人達が目の色を変えて俺を見つけるやいなや、押し掛けて感謝の言葉を述べるようになった。


「ちょっ、みんな、落ち着いて」


「皆様、そう一気に押し寄せてくれば、天田様もご迷惑ですよ」


「そうそう、オーナーの事を崇拝するのは喜ばしいことだけど、節度を守ってね」


 護衛役であるエシャルとロカが、詰めかけるファンからアイドルを守るボディーガードのような働きをしてみせる。この数日で良く見られるようになった光景だ。


 もはや崇拝の域に達している。その理由についてこの前シギン婆さんに尋ねてみたら、こんな意見が返ってきた。


「天田様はこれまで、村人が回収した素材を様々な物に変えて村人達に渡してきたが、神の力があるとはいえ、役割としては商人とそう変わらん。それに、天田様は徹底して表に出ずに、この村を作った張本人でありながら、村の政は我々に一任して何もしてこなかったので、はっきり言うと影が薄かった。少なくとも、あの襲撃以前では、カルスタン家と傭兵共以外のほとんどの村人が、天田様の事をここの指導者としては見てなかったのは確かじゃ」


 シギン婆さんの意見は全くもって正しいと思う。


 俺は、スローライフを目指し、リーダーのような役職にも就かずに、オーナーとして必要に応じて対処するということをやってきたからだ。


 決定権と一定の影響力を保ちながら、働かずに不労所得で楽して暮らそうという理想を持って第二の人生を始めた。地球ではごく一部の上流階級だけが、できるだろう怠惰な暮らしをこの異世界で実現するというその野望は今も持っている。


 しかし、やはりそう上手く事は運ばないのが現実だ。



 先の戦い、結果だけ見れば、我々の完勝である。


 敵の空鯨船は撃墜させ鹵獲にも成功した。現在はその仕組みを解析中である。敵の乗組員も、墜落時と墜落後に狂戦鬼であるロカとの戦いで半数が命を落とし、生存者は人質として村の中に作った牢屋に入れている。


 一方こちらの被害は、負傷者はエシャルが治したし、建物の破壊も俺が新しく作り直したため、損害はほとんどなし。


 ただそれでも失ったものはある。


 最初の空爆で老人や子供を合計で五人失っていた。


 三強の一つである共和国の精鋭部隊を相手にたった五人の非戦闘員の犠牲だけで破った。歴史書に載っておかしくない文句なしの大勝利だそうだ。


 そう大勝利なのだが、死人が出た事で、勝利に沸く村の中で俺だけは素直に喜べないのが現実だ。



「オーナー様。それでいつやるんですか?!」


 しばらくは適当に村人の相手をしていたが、突然、これこそが本題とばかりに、一人の男が叫び、それに呼応するように、取り囲んできた村人達が、一斉に声を荒げる。


「共和国の奴ら、絶対に許せない!!」


「報復を! オーナー様のお力ならば必ずや奴らに裁きの鉄槌を下せます!!」


 上層部からの命令だったとはいえ、いきなり攻撃してきた共和国の兵士達に同情する余地は皆無であり、少しは収まったとはいえ、俺も強い怒りを今でも感じるが、俺が感じている以上に村人達は怒り狂っていた。


「あいつら、こっちが貧乏人だからと住む家を奪い工場を建てて、この森に押し込んだ癖に、私達の方が良い暮らしをしていると知って破壊しにきたんだわ」


「故郷である共和国では俺は負け組で今まで見向きもされなかった存在だった。だからそっとしておいてくれれば良かったのに、なんで……」


「国を追われ、幼い娘と二人でゴブリンが湧き出るこの森を生き抜いて、ようやく安住の地に辿りついたというのに、ちくしょう!!!」


「オーナー! 共和国は敗者に厳しい国だ。任務に失敗したあいつ等の事なんかどうでもいいと思っているはず、だから交渉材料にせずに、一秒でも早く惨たらしく殺してくれ」


 中でも、自分達を見捨てた故郷からの突然の攻撃を受けた、元共和国国民の怒りは凄まじい。


 交渉材料にせずに殺せと叫んでいるし、傭兵団が厳重に警護している牢屋に忍び込んで、何人か捕虜を殺してしまった者までいる。


 現在、約千人が住むこの村は、王国、帝国、共和国からの難民で成り立っているが、その内の三分一が、元共和国国民であるため、村がいつ暴動状態になってもおかしくない危険な状態だ。


 また元共和国出身者以外にも、今回の襲撃に対し強い憤りを感じている者は多数おり、何かの復讐をしなければ気が済まないというムードが形勢されつつあった。


「皆さん、落ち着いてください!!」


「そうです。冷静になりましょう」


「そういう時は何もやっても上手く行かないわ」


 それでも、ギリギリの所で暴動を抑えられているのは、先の戦いで大活躍したオーナーである俺や、エシャルとロカがこうして地道に冷静になるように呼びかけているからだ。


 でも、長くは抑えられないだろう。生活が元通りになり心に余裕ができたことで、報復を叫ぶ者はゆっくりと増加しているのが分かるからだ。


 今まではそれぞれ思惑を胸のうちに秘めていても、一致団結して開拓活動をしてきた。しかし、共和国軍の襲来により、生活拠点の開拓から、外敵への対処へと意見が傾きつつあった。


 だが、捕まえた共和国軍人達は、知っている情報を吐いたが、あくまで自分達は上からの指示でやったの一点ばりで、今後共和国とどうコンタクトを取ればいいのかまでは、彼らですら分からないみたいだ。


 負けるとは思ってもいなかったので当然と言えばそうなのだが。


 ただ、これでは埒が開かないと捕虜を数名を選んで、仲間の命が惜しければ今回の件を話し合うために共和国政府の人間をここに連れて来いと命じ解放した。


 それから数週間後、共和国の方からの使者が村にやって来た。





 突然、馬にまたがってやって来た十人ほどの集団が自分達を共和国からの使者だと名乗った時、暴動にならないように、一早くシギン婆さんが使者を守るように護衛を付けたのは賢明な判断だったと思う。


 おかげで、村の中央に新たに作られた公会堂までの移動中に、使者の人達に暴言や危害を加える村者はいなかった。


 その気遣いに少しは感謝しろと思いながら、俺を含めた村の代表八名と、今後の話し合いが始まった。



 交渉など面倒くさいとは思うが、ここである程度共和国側から賠償や補償のようなものを引き出さないと、村人が暴発しかねない。俺は、サラリーマン時代の重要な商談をする時の事を思い出して、気を引き締めて臨んだのだが、共和国側の代表である男の第一声を聞いて唖然となった。


「全く、遥々世界で最も進んだ共和国からやってきたというのに、歓迎の言葉一つもなしか」


 その村人たちを虐殺しようとしていた連中が何を言っているのだ?


 俺は、男の発言を聞いて、怒りを覚えるとともに、事前に聞いていたシギン婆さんの言葉を思い出す。


『共和国の人間というのは、基本的に他国の人間を見下しておる。なんせ、他の国では国のトップの王様は、王家の人間しかなれんが共和国の指導者は国民が投じる選挙で国民の中から選ばれるからのお。それに、他国の平民は、自分達の国の指導者である王様を選ぶことのできないが、共和国の国民は指導者を自分達で選べる。じゃから、自分達は他国の平民よりも優れていると己惚れているのじゃ』


 シギン婆さんの言う共和国の民主制度に思うところはあるが、一先ずおいておく。


 ともかく共和国人は、他国の人間の前では偉そうに振る舞う傾向があるから気をつけておけと釘を刺されていたが、そのシギン婆さんの忠告がなければ、話を聞かずにもう殴っていたがもしれない。


「まあいい、所詮は我が国や他の劣等国家で敗れた負け犬共のコミュニティー。こちらとしても礼儀は期待しておらん」


 じゃあ、声に出すなと強く思いながら、暴言を繰り返す共和国の代表の顔を見据えた。


 名前は、ユーリ・メルクリア。本来の肩書はゼラシード商会情報部長だが、今回の一件に限り、共和国外務省から全権を委任されているらしい。


 年齢は俺と同じくらいの金髪のイケメンだ。夜はゴブリンの巣窟と化すこのイスラの森に馬に乗ってきた以上、机にふんぞり返って指示だけ出すような臆病な小物ではないと思うが、選民意識が強いのだろうか、発言がいちいち苛つかせるため、俺の中の評価は既に最底辺だ。


「それは、すみません。何分こういったことには慣れてなくて」


 村の代表者の一人として、名前だけ名乗った俺は、とりあえず謝罪した。


 これは、今回の戦いは勝ったとはいえ、三強の一角である共和国と全面戦争になったら敗北する確率が高いので、多少の暴言は覚悟して下手に出ようという判断からだ。


 だが、これが逆効果だったようで、向こうは調子に乗りとんでもないことを言ってきた。


「ふん、これが、政府が出した貴様らとの和解案だ。喜べ、負け犬である貴様らも栄えある共和国民の一員になれるぞ!!」


 メルクリアの言葉を要約すると、


1、空鯨船と及びクルーに対する賠償金の要求。 

2、この村は共和国領になり、村を治める知事は共和国政府が派遣する

3、共和国領ではあるが、この村の人間は共和国国民としては日が浅いため、最低でも三十年は選挙権を与えない


 驚くことに、それは、何一つ妥協できない滅茶苦茶な要求だった。というかどこが和解案なのだ?


 恐らく村側の列席者全員が心の中で、全員ブチギレただろうが、その中で感情が身体に出たゴードンは机に拳を叩きつけ声を荒げた。


「ふざけるな、こんなもの何一つとして容認できぬわ。そもそも無敵と恐れられていた空鯨船を撃墜させ、貴様らの国に、黒星をつけたのは我々の方だぞ!!」


 ゴードンは俺が言いたかった事を代わりに言ってくれた。


 その通り。我々は勝ったのだ、いくら総力では共和国が上でも、こんな一方的な無条件降伏のようなものは認められない。負けたのはそちらだ。


 それに対して、メルクリアは偉そうにこう宣った。


「おお、そうだ。空鯨船を撃ち落とした兵器とやらを開発者を含めて全て出せ。そうすれば、私の権限で貴様らが攻撃的で野蛮な一味ではないと議会に説明できるぞ」


 メルクリアという男は、本気で戦えればお前たちなどひとたまりもないぞと脅しながら、その根拠を述べる。


「特別に教えてやる。こちらにはまだ各国には秘密にしている空鯨船があるし、現世界最強の魔法使いと神の使徒の一人である剣聖もいる。貴様らに勝ち目はないぞ!!」


 共和国に剣聖がいたのは知っていたが、空鯨船が他にもまだあるとは知らなかった。こんな重大機密を感情のままに迂闊に喋るとは、共和国の代表がこんな奴で大丈夫なのか?


 その後も、話し合いは最後まで平行線で終わった。


 やがて、終始偉そうな態度を崩さなかったメルクリアも、こちらが何一つ条件をのまないと理解したのか、悔しそうな顔を露わにしつつ諦めて様子で最後にこう言い放ち席を立つ。


「貴様らに待っているのは破滅しかない! ゼラシード商会の出世頭である私をここまでコケにしておいて、ただで済むと思うなよ!!」


 ゼラシード商会だけでなく政府からも和解の依頼を任せられていたにも関わらず、何一つ成果がないまま帰ることに、腹が立ったのだろう。


 捕虜の返還話すら拒み、メルクリア一行は、罵詈雑言を吐きながら覚えていろと小物のように喚き去っていった。


 そして使者達が帰った後、今回の会議の一部始終を聞いた村人達は奮起し、村は対共和国一色へと染まっていった。






 ひと段落がついた後、俺は一人城壁を登り、自分で築いた村を眺め、静かに思案に耽った。


 今俺には二つの選択肢がある。


 全てを投げ出して一人でここから逃げ遠くの地で再出発をするか。村人達と共に共和国と戦うかだ。


 とはいえ、もう答えは出ていた。


「……戦うか」


 仮に、ここから逃げ出してどうするというのか?別の地に行っても、この身に宿る築城の加護に目を付けられて、厄介事に巻き込まれるのは目に見えている。


 以前はめんどくさいと感じていたが、やはりどこかで、この世界の権力者たちに、こちらに迂闊に手を出せば痛い目をみるということを教える必要があると思うようになっていた。


 それに、よくよく考えてみれば反共和国を掲げた村人の士気は高く、おまけに二人の神の使徒に、カルスタン家や傭兵団のような猛者が味方にいる。量はともかく、戦力の質は高いのだ。


 なので、やり方次第では、勝てなくても、ある程度善戦すれば共和国と対等な関係を築けるように交渉のテーブルに着かせることも不可能ではないかと思えるくらいには勝算があると予想している。


「スローライフを目指しリスクの高いことから逃げて、今日までやってきたが、それもお終いか」


 この世界にやってきてよく分かった。


 例え、神の力を持っていても、それを隠していては、力を知らない者達を付け上がらせるだけだと。


 不幸中の幸いだが、こちらには既に共和国から攻撃されたという大義名分がある。そのため共和国に報復として攻撃するなら、抵抗感をあまり感じない。



「一発ガツンと食らわせて、二度と舐めた態度を取れないようにしてやる」


  

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